第二十四話 努力・才能・昔の話
思わず出た俺の苦笑いに、ルディは不思議そうな反応をする。
「えっと……どうしたんですか、先生」
「ん?いや、ルディが俺に伐剣者としての才能があったっていったからな。それで、昔の事を思い出してしまったんだ」
そう言うとますます不思議そうな顔をする。まあ、才能があったんですかと問われて、苦笑いするような奴はまずいないだろう。
「これは…そう、内緒の話だから、誰にも話さないでくれよ?」
「ええと…はい」
ルディが頷くのを見て、昔の事を思い出しながら話を始める。
「そうだな…まずはここから話すか。俺は、六歳の頃に魔獣に襲われて、両親を失い俺自身も殺されそうになったことがある」
そう言うと、いきなりの重い話に、目を見開いてこっちを見てくるルディと目が合った。
「その時に、魔獣を討伐して助けてくれたのが、今の義両親なんだが…その、助けられてからの俺はどんなだったと思う?」
「えっと、その時の義両親さんに憧れて…伐剣者になろうと訓練に励んでいた…とかですか?」
自信なさげにそう言うが、そんな格好いいエピソードじゃないんだよな。
そう思い、ルディの言葉を首を振りながら否定して答えを言う。
「いや、引きこもった」
「えっ!!」
おお、なかなかの反応だな。よっぽど、今の俺と結び付かなかったんだろうか。でも、普通はそうなるだろ?
「だって、そうだろ?魔獣に襲われて、いきなり死にかけるなんて経験をしたら、怖くて怖くて外に出ようなんて気にはならなかったんだよ」
そう、徐々に甦っていく、平和ボケとも言われるような世界で過ごした記憶とのあまりの違いに、外に出るのが怖くて仕方がなかった。
突然魔獣に襲われ死にかけるという経験は、当時の俺にそれほどの深い傷痕を残していた。
「それでな。あまりの怖さに、義父にしがみついて離れなかったんだ。だけど、それで俺に情が湧いたらしく、数年後には養子として迎え入れてくれたんだよ」
この事は、今世での俺にとって、黒歴史の一つとなっている。
当時、バリバリの伐剣者として活躍していた義父は、強面ということもあって、伐剣者以外の女性や子供からは近寄りがたい存在だったらしい。
それなのに、女性である義母を素通りして、自分に抱きついて、ガタガタと震えている子供を前に、俺が守ってやらねばという思いが湧いたそうだ。
一方、素通りされた義母は、なんだがショックを受けていたようで、この時の話をすると必ずといっていいほど、その事を言われる。
とにかく、あの時の俺は、死にかける恐怖と甦ってくる記憶が合わさって、言葉に出来ないくらい混乱していた。そのため、一見して強そうな義父にしがみついて離れないという、行動をとってしまったわけだ。
そのため、その時の事を知る義両親や俺の友人達からは、魔獣より怖い猛獣にしがみついて不安そうに周りを見ていた子供として、今でも笑い話として語られている。
「それじゃあ、どうして伐剣者になったんです…か?」
「それは…その、成り行きでそうなっただけなんだよ」
本当の事を話すか少し迷ったが、ここまで話して伐剣者になりたくてなったと言ったのでは、話の辻褄が合わなくなって、疑念を挟むことにもなりかねない。
そうなると、何のためにこんな話をしているのか、分からなくなってしまう。
「俺が、あまりにも義父から離れないので、義母も最初は仕方ないと思ったのか、二年くらい一緒に生活したのかな…とにかく、それくらい経って正式に養子になってから、将来をどうするかと言う話になったんだ」
俺が、大体八歳くらいの時かな。それくらいになると、将来はどうするかと言う話が出てくる。
その頃には、義母も俺の事を息子と思っており、何故だか義父よりも教育熱心になっていた。
こちらの世界の多くの国では、職業に必要な知識は各家庭で教えており、家で出来ない場合には、例えば商会やら調合師の元に教えてくれるように頼んで子供が通うという仕組みだったな。
そのため、一応シュラフスにある学園に通わせてもらっていたが、その学園は専門分野を教えることはほとんどなく、日本の小学校のように国語や算数のようなものを段階を踏んで教えるような授業で、同級生達はあまり集中してなかった記憶がある。
これは余談だが、俺の場合は少し特殊で、見るもの聞くものが新鮮だったから、授業を楽しむ日々を過ごしていたため、真面目な生徒という評価がされていたらしい。
「それで、当時の俺は魔術を使えることが嬉しくてな。仕事で義両親がいない時には、二人が持ち帰っていた触媒を使って色々と遊んでいたんだ。遊び感覚で魔術を使っていると、幾つかの新しい使い方を見つけてたから、将来の事を聞かれた時に義両親にこういう魔術を使えるような仕事がしたいと答えたんだ」
それを見た義両親は、心底驚いていたな。
義両親にしても、ほとんど学園と我が家、たまにテオの家と何に興味があるか分からないような生活をしている俺が、そんな遊びをしているとは思わなかっただろう。その上、まさか持ち帰っていた触媒を使って、重ね掛けなんかの魔術を使っているなんて、普通の親は考えもしないはず。
「そうしたら、義両親が…こう、なんというか黒い笑顔をしたと思った翌日から、伐剣者としての猛特訓が始まってしまったんだ。その時の俺は、武器は使えないは、魔術を使いながらまともに動くことも出来ないはで、本当に苦労したよ」
「先生がですか?」
信じられないといった感じで言われるが、これがまた本当なんだよ。
前世では、一応運動部にいたから体の動かし方は最低限できた。しかし、実戦で使えるような戦い方は知らないし、そこに魔術なんて代物が絡んでくると、途端に駄目になってしまった。
「俺にだって、全くできなかった時はあったんだぞ。それを出来るように、文字通り血反吐を吐きながら努力した結果、多少の運も合わさってSSランクになることができたにすぎない。だから、ルディが言うような伐剣者としての才能は、当初の俺には無かったんだろうな」
そう言って、チラリとルディの方を窺う。ここまで話して、万が一にも軽蔑でもされていたらどうしよう。そんな不安があったのだが、見た感じは大丈夫そうだな。
「ルディは、初めて俺の授業を受けた時に何て言ったか覚えているか?」
「初めての授業の時…ですか?えっと、その、僕の意思で伐剣者学部に入ったから、諦めないで最後まで頑張る…だったと思います」
「そうだ。ルディは、その時にはまだ身体能力強化の魔術を使えなかったにも関わらず諦めていなかった。さらに、使えるようになってからの走行訓練でも限界までやり遂げる強い意思があった。俺はな、ルディ。そんな心の強さこそが、伐剣者としての才能だと思うんだ」
自分の信念を曲げずに貫き通すことは難しい。特に、周りが出来ているのに、自分だけが出来ない場合には、半端な気持ちでいたのでは直ぐに折れ曲がってしまう。
本当に、よくぞ諦めずに努力を続けたと誉めてやりたい。
「それでだ。最初の話に戻すと、直ぐに答えてくれとは言わない。ただ、可能性があるなら刀を使ってみるか考えてみてくれないか」
自信があるのかと問われれば揺らいでしまうが、それでも俺が考えうる中では、おそらくこれが最善に近い答えではないだろうか。
まあ、直ぐに答えれるわけではないだろうし、今日のところはこれで終わろう。
「あの…」
「ん、どうした?」
「あの、やってみようと思います」
えっと、決断が早くない?
俺が提案したとはいえ、結構重要な選択なんだよ?
「刀を使ってもうまく戦えないかもしれません。でも…やってみようと思います」
「…そうか、分かった。ルディがそう決断したなら、後はやってみるだけだな」
決断の早さに戸惑うが、その判断が出たのなら後は俺がしっかりと教えるだけだな。
◇◆◇◆◇◆
正直に言って、嬉しかった。
今まで、どんなに鍛えても、どんなに訓練しても、自分は強くなれないんじゃないかと怖かった。
周りは、伐剣者としての力を着実に付けて進んでいるのに、自分は今いる場所から前に進めないもどかしい現状に、息苦しく感じていた。
それは中級者コースに入っても変わらなかったから、もしかしたら周りの言うように、僕は伐剣者にはなれないんじゃないかと半ば諦めかけていた。
そんな時、他国から現役の伐剣者が学院で教えるという告知があった。
他国の伐剣者というので躊躇っていたが、初級者コースから僕を知っている同級生の目から逃げたいという気持ちもあり、結局はお姉ちゃんとディータ兄ちゃんの勧めでその人の授業に移ることに決める。
学院からは優秀な伐剣者と聞いていたけれども、果たしてどんな先生なのか。
そんな不安と僅かな期待を胸に授業を受けにいくと、見たこともない不思議な装備の怖そうな人がフリッツ先生と一緒にやって来る。
そうして、初めての授業。
伐剣者式オリエンテーションという聞いたこともない授業をしたのだが、その時の先生は無茶苦茶強かった。
お姉ちゃんやディータ兄ちゃん、それと騎士であるクラウディアさんが束になっても敵わないその姿に
、思わず食い入るように見入っていると、発光の魔術による閃光が直撃してしまった。そのため、最後まで見れなかったけれども、戦う姿は目蓋の裏に焼き付いている。
そして、見とり稽古だったかの感想を聞かれたので答えると魔力感知能力の事に気付いて誉めてくれた。
ただ、それだけでは終わらず、とても答えづらいことを聞かれる。
本当は、折れそうだった。
本当は、諦めようとしていた。
でも、まだ憧れの父に追い付きたくて、まだ伐剣者になりたい気持ちがあって、その思いをつっかえながらも答えると笑顔で受け止めてくれた。
顔は怖いけど、優しい先生なんだと、その時に実感した。
その後は、課外演習として身体能力強化の魔術を使うための触媒を見つけてくれたりと、怖そうな顔と違って優しくて凄い先生だということが改めて分かった。
でも、学院に帰って来てハーン式訓練法というものを受けてみると、その思いが揺らぐ。そう、物凄い勢いでグラグラと揺らいだ。
それでも、停滞していた物が動いている、動こうとしている。そんな実感があったから何とか耐えることができた。
そして今日、ハーン式訓練法に比べれば普通と言える授業が終わった後に呼び止められ、現状の能力の事を指摘される。
その途端、今まで周りから言われてきた事が思い出され、先生の話が途中なのに思わず大声で遮ってしまった。
しかし、それは早とちりだったようで、先生は自分も使っている刀という武器を僕も使ってみないかと提案するつもりだったようだ。
そういえば、最初に確認と提案があると言っていた事を思い出すと、恥ずかしさで顔が赤くなる。
でも、本当に僕が刀を使えるのだろうか?先生のような才能は僕にはないんじゃないだろうか?
そんな疑問を持って質問すると、先生の意外な昔話を語ってくれた。
まさか、先生にそんな過去があったとは。
最初から才能に溢れて、何事も上手くこなしてきたものとばかり思っていた。
先生は血反吐を吐きながら努力した結果、SSランクになれたと言う。先生ほど強い人でも、それだけの努力をしなければならないなら、僕はもっと努力をしなければならないだろう。
それでも…それでも、前に向かって進めれるなら、やってみる価値は十分にあるじゃないか。
鍛えても、訓練しても強くなれなかった過去。周りは前に進んでいるのに、自分は止まったままという悔しさ。
それらに比べれば遥かにマシだ。
そう思った瞬間、僕の口は勝手に動いていた。
「刀を使ってもうまく戦えないかもしれません。でも…やってみようと思います」
この時、この選択をした瞬間、何故か一歩だけ前に進めたような感じがした。
―次回投稿は、6/4 12時頃を予定しています。
2017.6.30 修正しました。




