第二十一話 教員同士の意見交換2 ―教育の方向性
「さてと、そろそろ本題に入るとするか。確か、レオンハルトが、教えてる生徒達の事じゃったかな?」
そう声をかけられると、ハッとなって、飲んでいたビールから口を離す。
久しぶりに堪能する酒と、お薦めと言うだけあって美味しい料理、ついでに可愛い看板娘に、ここに来た理由をすっかり忘れていた。
しかし、俺の方から聞きたいことがあると、お願いして来て貰っているんだし、手早く用件を済ませてしまうか。
「今日、学院で始めて授業らしい授業をしたのですが、どうも生徒達の能力に偏りがあるように見えました。そこで、お二人の授業でどのような事をしているのか、教えてほしいのです」
「偏りがある?うーむ、それだけでは、なんとも言えんな。もう少し、詳しく話してくれ」
そう促され、今日行った訓練、ハーン式訓練法の内容を語ると、二人は難しそうな顔をして、考え込んでしまった。
暫くすると、ヨーゼフ先生が、何とも言えないという表情で自身の考えを教えてくれた。
「生徒達が、自身の限界を知らぬ上に、それを伸ばそうとしておらん…か。確かに、限界まで訓練をして、自分を知ることが大事だと言うのは分かる。しかし、それを授業に組み込むには、やや早いような気がするのじゃが…レオはどう思う?」
「そうですね…私も、まだ早いような気がします。今、学院に来て学んでいる生徒達のことを考えると、戦う術…武器の使い方、魔術を含んだ模擬戦などを通して、技術を高める事を優先すべきではないでしょうか。それに、レーヴェ先生の担当する生徒にはルディ君がいるはず。彼には、その訓練は負担になりすぎるのではないのですか」
レオ先生がそう言うと、同じ考えらしく、ヨーゼフ先生も頷いている。
確かに、ルディについては、過度な負担になるのではないかと悩んでいた。そのことを相談するつもりだったとはいえ、改めて言われると、やり過ぎた授業をしてしまったのだろうかと考えてしまう。
「ただ、私達は元々騎士だったため、訓練そのものについての考え方が、伐剣者とは違うのでしょう。レーヴェ先生が、今の段階で、ハーン式訓練法でしたか…それをしようとしたことには、何らかの理由がおありなんですよね?」
「え?…ええ、理由は勿論あります。伐剣者にとって、一番重要なのは、限界ギリギリの状況で最後まで諦めない精神力だと、私は考えています。しかし、その事を知らないのでは、簡単に心が折れてしまう。そのためにも、早い段階から徐々に鍛えていくことが必要なんです」
そう言ってはみたが、自分の言葉なのに違和感を感じる。本当に、それだけで、ハーン式訓練法を行うと決めたのか。何か、もっと別の理由があったんじゃないのか?
なぜ俺は、そんな状況を想定して授業をしている。なぜ、技術を高める事と平行してまで、訓練をしようと決めたんだ。
そう考えていくと、生徒達がオリエンテーションで見せた顔が頭をよぎった。
「いえ……決め手になったのは、生徒達に目標を聞いたこと。そう、ディータとアニータ、ルディの三人はSSランクの伐剣者を目指し、クラウディアも自国の最高位の騎士を目指していると言ったのです。生徒達は、目指すべき自分の姿が見えている。口だけでなく、目標が具体的で、それに向かう強い意思があると思ったので、私も受けていた訓練法を組み込もうと判断しました」
「ほう…生徒の言葉に動かされたということか。しかし、今の段階でお主の訓練法を授業に組み込む理由としては、やや弱いような気がするがの」
ヨーゼフ先生は、よくわからないと、首を傾げながらそう問いかける。
「先生方の言葉を借りるなら、私は騎士の行う訓練を知りません。しかし、伐剣者としての訓練ならば知っています。そのため、生徒達が目指すべき場所に到達するには、早い段階で限界を知り、それを越える訓練を繰り返していくべきだと、経験上断言できます」
そう言いきると、ヨーゼフ先生は目を閉じて少し考えると、なるほどなと言って俺の方を見る。
「一つだけ聞きたい。今までの言葉は、SSランクの伐剣者であるレオンハルトの言葉か。それとも、教師としてのレオンハルトの言葉か、どちらじゃ?」
「両方の立場で申し上げました。伐剣者としての経験を積んだSSランク伐剣者として、その技術を余すことなく生徒達に伝える教師としての言葉です」
真剣なヨーゼフ先生の目をみて答える。周りの喧騒が途切れ、静寂の中にいるような感覚に打たれながら、時間が過ぎていく。
暫くすると、ヨーゼフ先生はフッと目の力を緩め、目の前のビールを手に取り一息にあおる。
「ふぅ、うまい酒じゃ。そこまで考えているなら、周りの雑音に気を使うことなく、お主の思う通りにやってみるがいいじゃろ」
空になった杯を戻しながら、そう返事が返ってきた。
「そうですね。ただ、先程も言いましたが、ルディ君には負担になりすぎるという懸念はありますから、キチンと見ておく必要があると思います。そうして、まだ無理だと判断した時点で、訓練内容を切り替えることを意識していれば、今のままでもいいのではないですか」
レオ先生も、酒を一息にあおるとそう言ってくれる。
変に悩むより、やってみてダメだったら、その時に改めて訓練内容を切り替えればいいか。見るべきは生徒であって、生徒に適した訓練内容を考える。それが俺の今の仕事だったよな。
迷いを吹っ切るように、目の前のビールを一息に飲み干し、先生方に頭を下げる。
「相談に乗っていただいて、ありがとうございます。先ずは、今の方向性でやってみようかと思います。あと、教えていく上で参考にしたいので、私の授業に移る前の生徒達の事を教えてもらってもいいですか?」
「もちろんじゃ。儂らの方も、お主の授業内容をより詳しく聞きたいと思っていたところじゃ。よくもまあ、着任早々にも関わらず、本心と取れる言葉を聞けるまで、生徒達と親しくなれたもんじゃ」
そう言うと、ビールの追加を注文して、笑いかけてくる。
迷いも消えたことだし、うまい酒を飲みながら、これからの事を相談していくことにするかな。
◇◆◇◆◇◆
あれから、いくつも杯を重ねながら、ヨーゼフさんやレーヴェ先生と教育の方向性を話し合っていった。
レーヴェ先生は面白い教育方針をとっているようで、私達騎士とは違う視点で生徒達を見ており、刺激になる話が多くあった。
特に、生徒達と親しくなるきっかけとなった、伐剣者式オリエンテーションの事も話してくれたが、今まで聞いた事のない試みだが、合理的な理由のあることに驚いた。ガルクブルンナー王国では、このような試みをしているのだろうか。
とりあえず、オリエンテーションについては、後日フリッツ先生に打診しておこうと記憶に留める。
ただ、そんなレーヴェ先生だが、話せば話すほど、受けた印象と肩書きが、大きく離れている事に戸惑ってしまう。
騎士時代に、何人かのSSランクの伐剣者と会っているが、レーヴェ先生はどのタイプとも違うように感じたのだ。悪く言えば、高位の伐剣者らしくないのである。
高位の伐剣者は、共通するところでは、総じて力に対する関心が強く、自分に対して絶対的な自信を持っている曲者揃い。しかし、酔ったレーヴェ先生の話を聞いていると、それらが薄い…いや、ほとんど無いように感じるのだ。
そして、自分が培った全ての技術をやすやすと教えていることにも、驚きを隠せない。
当初、SSランクの伐剣者が教師として学院で教鞭を取ると聞いた時には、当たり障りの無い技術を教えるだけだと思っていた。ギルドで、伐剣者の弟子になった者も、そう簡単には技術の伝授はされないと聞いていることから、これは私だけの考えではないはずだ。
「レオンハルトは、自身の技術を伝授することに、躊躇いはないのかの。特に、重ね掛けじゃったか。ここ、ジギスムントで広まっていない技術を簡単に教えるとは、正直驚いておる」
同じ疑問を持ったヨーゼフさんの言葉に、私も頷いてレーヴェ先生の方を向くと、困ったように笑いながら頭をかく姿が見えた。
「重ね掛け、正式には瞬時強化というんですが、ギルドの魔術書類にも記載されていますし、特に秘密というものではないですからね」
「しかし、魔術書類を見て分かるというのは、凡人の域を越えたごく一部の者だけです。それに、まだまだ新しい技術ですから、奥の手として秘匿しておきたいのではないですか?」
そう問いかけると、不思議そうな顔で、逆に質問される。
「そうですか?ディータは、瞬時強化の魔術は、Cランク以上の伐剣者の間では関心が高まっていると言っていましたし、広まるのも時間の問題でしょう。それに、せっかく学院に学びに来ているのですし、学べる機会があるなら学んだ方が良いのではないですか?」
それが学院の存在理由でしょと、問いかけるレーヴェ先生に、ますます分からなくなる。確かに、学院の教師としてみると正しいのだが、それが伐剣者の言葉としてみると、途端におかしなものに聞こえるのだから、不思議なものだ。
「ククク、ハハハハハハハッ。面白い。本当に面白いぞレオンハルト!」
堪りかねたようにヨーゼフさんが笑い声をあげる。それに、驚いているレーヴェ先生に、私も微笑みがこぼれてしまった。
「先程から聞いている教育方針といい、レーヴェ先生は伐剣者としては、変わり者ですね」
なぜ、そう言われているか分かっていないレーヴェ先生に苦笑して、私やヨーゼフ先生が教えていた頃の生徒達の様子を話すと言って話題を変える。
そうして、杯を空けながら、今後の話をしていると、いい時間になったので、ここまでにすることにした。
定期的に、今日のような話し合いの場を設けることを決め、会計を済ませると席を立つ。
店の外に出ると、春の柔らかな風が火照った顔を撫で付けるように吹いていった。心地よい風を受けながら、魔導灯の明かりに照らされた夜道を歩いていると、一つレーヴェ先生に言うべき事を思い付く。
「そうだ、レーヴェ先生。もしよろしければ、今教えている生徒達の担任になりませんか?」
授業を担当してはいるが、彼らの担任はまだ私やヨーゼフ先生だったはず。これからも、彼らを教えていくなら、その方が良いのではないかとの思いで聞いてみる。
「えっと、いいんですか?まだまだ、教師一年未満の若造ですよ?」
「ええ、構いません。むしろ、今日話をしてみて、その方が生徒達のためになるものと思いました」
そう言うと、レーヴェ先生は少し考えてから、分かりましたと言ってくる。
話は決まった。明日、フリッツ先生に言って手続きをしてもらおう。
その後、雑談に興じながら帰路を進み、途中教員寮に帰るレーヴェ先生と別れると、ヨーゼフ先生と今日の交流会を思い出しながら話をする。
「レーヴェ先生は面白い感覚の持ち主でしたね」
「うむ。気持ちのいい男じゃったの。今まで親交のなかった国から、SSランクの伐剣者が学院に教えに来ると聞いた時は少し疑ったものじゃ。しかし、今日話してみてそれが杞憂だったと安堵したわい」
伐剣者学部を設立して三年。ただの一人も高位伐剣者の応募がなかったなか、他国からやって来た最高位の伐剣者。
普通ならば、よくぞ来てくれたと言うだけで、ここまで警戒することはなかったのだが、来る時期が悪かった。
「一部の伐剣者や騎士、他にも幾人もの者達が裏でこそこそしておるからな。まったく、動くならさっさと動いて潰えてくれればよいものを」
「なかなか尻尾を見せないらしいですからね。今動いても、蜥蜴の尻尾きりで雑魚しか潰せないと、騎士総長も悩んでいるらしいですよ」
石頭の官僚やボンクラ貴族とのやり取りに疲れて、騎士を辞めて教師になったということにしているが、まだまだ騎士団とは繋がりを保っている。
この事は、学院長のみが知っており、その人が採用を決めた以上、大丈夫だという信頼はあるが、やはり自分の目で確かめておきたかった。
そうして話してみると、とても影で動くような人物に見えず、心配も杞憂であったと安心できたので、結果としてはよかったのだろう。
「しかし、国の治安のためとはいえ、常に疑いをもって動くことを求められるとは…因果な仕事じゃな」
「まったくです。このまま、大事にならずに、一網打尽にできると期待したいものですね」
そう言って押し黙ると、ひときわ強い風が吹き抜けて、夜の闇へと消えていった。
―次回投稿は5/28 12時頃を予定しています。




