第ニ話 千載一遇のチャンス
"ジギスムント帝立学院 教員募集中"
…なぜ、伐剣者ギルドの情報掲示板に教員募集の貼り紙があるんだ?
そっと、カティの様子を伺うも、いまだに書類と格闘中だった。
手続き完了までもう少し時間がかかりそうだし、隠れている箇所を読んでみるかと、軽い気持ちで掲示板に近づき重なっていた紙をめくる。
~ジギスムント帝立学院 新規教員募集のお知らせ~
ジギスムント帝立学院は、この度の教育制度改革によって五年制の初級者コースおよび三年制の中級者コースにおいて、新たに伐剣者学部を新設する運びとなりました。
そこで、騎士学部及び伐剣者学部の中級者コースの学生に対して、戦闘技術を教授して頂ける伐剣者の方を広く募集いたします。
我が学院に通う未来のSSランク伐剣者の育成を貴方の手でしてみませんか。
勤務形態並びに報酬については、学院長との面接においてご相談に応じますので、是非ご応募を検討くださいますようお願い致します。
帝立学院事務課 エリー・オイレ
"ジギスムント帝立学院 教員募集中"
ふむ、新しく伐剣者を育成するための学部を作ったから教員を募集するのか。
しかし、書いている内容だけでみるなら、それほど悪くないよな。それが、なぜこんな片隅の分かりにくい場所に貼ってあるんだ……ダメだ、情報が少なすぎて判断できない。
俺は、掲示板から紙をひっぺがすと受付に持っていき、カティに声をかける。
「なあ、カティ。この、ジギスムント帝立学院ってやつの教員募集についてなにか知らないか?」
依頼完了の手続きを必死にしていたカティは、ゆっくりと顔を上げ俺の方を向くとペンを唇に当てて頭を捻った。
「えっと、帝立…学院ですか?ちょっと、その紙を見せて貰えます?」
俺は、それに応えて応募用紙をカティに渡す。
それを、受け取ったカティは「うわぁ、汚いなぁ~」と呟きながら、内容に目を通していった。
「あぁ~、これですか。ジギスムントやその周辺国で応募したものの人が全然来なかったんで、去年辺りからこっちまで流れてきたヤツですね。その情報があったから、こっちでも情報掲示板の目立たない位置に貼ることにしたって聞いてます」
「応募するヤツがいない?結構、いい内容だと思うけどなにか問題でもあるのか」
不思議に思っていたので、カティの持っている情報を聞いてみた。そうすると、まあ、納得できる答えが返ってくる。
まず、第一に"ジギスムント帝国"の学院であることが問題なようだ。
ジギスムントは伐剣者が誕生した地である。
そのため、ジギスムントでは伐剣者から受ける教育というものに対する期待値が非常に高いものとなっている。
そうした理由から、基礎学校を卒業したての初級者コースならともかく、実戦も意識した中級者コースの教師に応募することは生半可な覚悟では出来ないということらしい。
そんな状況なのに、学院が書いてあるような、「未来のSSランクの伐剣者の育成」という文言は完全な逆効果で、ますます伐剣者達の腰が引けてしまうという結果に繋がってしまったとのことだ。
次に、全く応募してこない伐剣者の代わりに、中級者コースで戦闘技術を教えているのが元又は現役の近衛騎士という事に問題があった。
ギルドに所属する伐剣者達は、その実力に応じて準構成員である銅のFランクから始まり、赤銅のEランクからDランク、銀のCランクからBランク、金のAランクからSランク、そして最高位である白金のSSランクと細かく分けられる。
ランクが上がる度に厳しい審査を課し、条件を満たした場合にのみ、ランクを表す金属製のタグが授与されることから、このタグの信頼性は高い。
中でもAランク以上は、その実力から二つ名を名乗ることが許されたのち、ギルドに申請し重複が無いかなどの審査を経て、タグに二つ名が名前と共に刻印されている。
このように、実力に応じ厳格に定めたギルドのランクを一番初めに極め、一番初めに二つ名を名乗った者。
そう、始まりの伐剣者"SSランク<竜人>クラウディオ・カレンベルク"の前職が近衛騎士だったたため、伐剣者達はありもしないクラウディオの幻影を近衛騎士に見てしまっていた。
これによって、最早Bランクから下は応募する気が完全に無くなってしまったそうだ。
では、Aランク以上が応募するかというと、そういうわけでもないらしい。
なんでも、教員の年収がAランクの三回分程度の報酬でしかないため金銭的な魅力が全くないこと。
加えて、Aランク以上の伐剣者は縛られるより自由を選択する者達であって、よほどの物好きか変人でない限り、まず応募する者はいないだろうというのがギルドの見立てだった。
話を聞き終えた俺は、然もありなんと頷く。
実際、このような応募方法では高位ランクの者を教師として雇うことができるはずがない。
そう…目の前で話を来ていている、転職したいという野望をもった普通とは違うSSランクの伐剣者である俺を除いては。
俺は、事情を聞き終えると素早く周りを見渡す。
今は、昼時でギルド職員も昼食に出ているのか、カティを除いて二,三人しかいない。そうすると、ギルド内での諸手続きは、カティ達に任されてると見て良さそうだな。
つまり、カティを上手く丸め込んで…もとい説得して、離籍届に認印が貰えれば、後は事務長に書類を持っていき認可してもらうだけだ。
事務長はアイツだし、その手続きもほとんど流れ作業だからきっと大丈夫だろう。何か言われたら、受付の離席届に認印があることを盾に押しきればいいし。
よし、どうやら俺がSSランクに登り詰めるまでに磨いた交渉術をカティに見せるときがきたようだ。
「あー、カティさんや。その教員募集に、俺が応募しようと思うから、シュラフスの街のギルドから離籍を認めてくれないか?」
カティは、一瞬キョトンとした顔になったが、俺の言葉を理解すると猛然と反論し始めた。
「えっ、ちょっとなに言ってんですか!!シュラフスの街のSSランクの伐剣者を国内ならともかく他所の国に出すわけにはいきませんよ!!」
うお、千載一遇のチャンスに言葉のチョイスを間違えて、本音がそのまま出てしまった。くっ、こうなると下手に言い訳するよりも丸め込む方に全力を傾けるべきか!?
頭をフル回転して丸め込むための言葉を絞り出さなければ、ギルド内に俺の転職願望が広がってしまう。一刻も早くカティを落ち着けて、丸め込まねば!!
「ゴホン!!あー、カティ。いきなり驚かすような事を言って悪かったな」
俺は、落ち着いた声で再びカティに語りかける。
「本当ですよ!!全く、聞かされるこっちの身にもなってください!!SSランクの伐剣者の、いつ帰ってくるか分からない他所の国の教師になるから離籍を認めてくれなんて要求を簡単に聞いたら、受付業務に向いてないってギルドをクビになるかもしれないんですよ」
うっ、カティがクビにでもなったら、ギルド職員は勿論、カティを可愛がっている伐剣者達に殺されるかもしれない。
しかし、すまないカティ。男には引けない時もあるのだ!!
「まあまあ、ちょっと落ち着いて。言葉が足りなかった事でカティを混乱させたけど、判断を下すのは俺の話を最後まで聞いてからにしてくれないかな。なっ、頼むよ」
そう言うと、少し落ち着いたのか、話を聞いてくれる雰囲気になった。
もっとも、胡散臭そうなジト目を向けてくるが、ここで動揺を表に出すわけにはいかない。
「あー、まず帝立学院について、今わかっている情報だと銀以下のランクの奴らは腰が引けて応募出来ないし、金以上のランクの奴らは見向きもしていない…ここまでは、いいよな?」
そう問うと、カティは少し考えたあと頷いた。…よかった、話は聞いてくれそうだ。
「そうなると、今の状況は、学院を運営する国からすれば伐剣者が次世代の育成に非協力的であるように見えてしまう。この状況が続くと、ギルドがいくらそんなつもりがないと言っても、国との間に溝が出来る恐れがある。そんなことになれば、不利益を被るのは力のない一般市民だ。そこで、そんな状況を打開する方法として、最高位の白金の俺が教員に応募することによって、次世代の育成についてギルドも積極的であると証明するのが手っ取り早い」
最初は胡散臭い視線を送っていたカティも真剣な顔になって聞いている。
よし、適当にでっち上げた理屈の割に掴みはバッチリだ。
「また、戦力という点では、この街には俺を除いて三人のSSランクの伐剣者がいる。国内全てで見ると十五人と十分な数が揃っているし、SSランクに近いSランクの奴らもいる。だから、俺が抜けたとしても戦力の低下には繋がらない」
俺が抜けたことによる戦力の低下が心配ない事だと分かったのか、カティの表情も柔らかくなり微笑みを浮かべるにまで戻ってきた。
「それに、俺はAランクのランクアップ試験を受けた際にもお隣の国に行くために離籍届を貰ったけど、受付の認印だけでは離籍は認められないよな。事務長に書類を見せ、認可されて初めて離籍が認められるから、離籍届に認印を押してもカティの責任は全く無いはずだ」
そうだった!!と思い出したのか、ホッと一息ついている。
よし、ここで一気に畳み掛ける!!
「それに、今から離籍手続きをすると、俺が離籍した時の認印を押すのはカティになるだろ?今まで、伐剣者が応募してこなかったのに、最高位の俺が応募する。普通ならあり得ない事だ。そこで、誰が説得してくれたのかという話に当然なるはず。そこに、カティの認印。最高位のSSまで説得出来る能力があると見られるはずだ。」
そう言うと、さっきまで、柔らかく微笑みを浮かべていたのに驚愕し目を見開いたものに変わった。
まあ、本当は他国のギルドの事なんでこっちにはあまり関係ない事だけど。
「あの、レオンハルトさん。私、別にレオンハルトさんを説得なんてしてませんよ?」
くっ、流石は真面目な性格をしているだけあって、甘い話には乗らないか。少し方向を変えて丸め込…説得するか。
「すまない、また誤解させるような言い方をした。…カティ、これは街から出る俺から妹分への餞別みたいなものだよ。それに、応募したとしても、面接があるから落とされる可能性もある。その時は、この街で出世した敏腕受付嬢に登録し直して欲しいからね。」
そう優しく言うと、カティは照れたように笑い、いそいそと立ち上がった。
「ちょっと待っててくださいね。すぐに手続きの用意をしますから」
あー、ようやく終わった。俺の交渉術もまだまだ鈍ってないな。後は、この足で事務長のアイツに会って認可してもらおう。
そう思ったのも束の間、突然後ろから声がが掛かる。
「カティ。手続きはしないでいいので戻ってきなさい」