第十四話 楽土の大樹を求めて
"楽土の大樹"
魔力を多く含んだ土壌に生育する大樹で、それゆえか魔力を蓄え通すことに長け、"魔力を肌で感じる"ための触媒として子供に使われる物だ。
楽土の大樹を触媒にしても普通なら魔術は発動しない。そのため、ルディが身体能力強化の魔術が使えるか試したことは無かったらしい。
まあ、あの人も運良く身体能力強化に使えることが分かったみたいだし、楽土の大樹が触媒ならしょうがないか。
「よし、ルディに適した魔術触媒が分かったから、授業が終わったらナイツェル先生のところに一緒に行って、必要な分を分けてもらえるか交渉してみよう」
まあ、初級者コースもある学院なら蓄えがあるだろうし、学生のために必要であることを説明すれば直ぐに手に入りそうだし、ラッキーだったな。
◇◆◇◆◇◆
「えっ、…楽土の大樹の素材が何も残ってないんですか」
「ええ、ごめんなさい。あれば分けることも出来るのだけど、初級者コースで楽土の大樹を使った授業を行ったとこみたいなの。それで、授業後に学院にあった触媒はみんな生徒に渡ってしまって、今からだと次の搬入待ちになってしまうのよ」
なんてタイミングが悪いんだ。
ああ、すまんルディ。俺が、直ぐに手に入るなんて考えなければこんな事にはならなかったのに。
「…なら生徒を連れて行ってみればよろしいのでは…ハーン先生?聞いてますかハーン先生」
「えっ、あっ、すいません。聞いてませんでした」
しまった。変なスイッチが入ってしまったのか、アホみたいな事を考えていて、まったく話を聞いてなかった。イリス先生のあの呆れた目なんてもう…
「ですから、戦闘技術の課外演習をなさればいいではありませんか、と申し上げたのです。楽土の大樹なら、まだ安全な場所に生育していますし訓練の一環には丁度いいのではないですか」
ジギスムントでは楽土の大樹って生徒を連れていけるような場所に生育してるの?ガルクブルンナーでは、危険領域ギリギリ手前に生育してたから、採取も結構大変だったんだけどなぁ。
「幾つか質問していいですか。まず、課外演習って何ですか?」
「課外演習ですか。そうですね…伐剣者や騎士は外で活動することが多いので、授業でもそれを取り入れる事でより実践的な訓練が出来るように組まれた演習の事です」
ほー、そんなもんがあるのか。そりゃ、確かに力は付くな。
「では、楽土の大樹が生育している場所と日数、その場合に他の授業の出席の問題とかはどうなります?」
「そうですね。一番近い場所は…ドゥミバーズ遺跡になるのではないですか。日数も、学院が所有する鳥覇ライナックと大型の鳥車を使えば往復に一週間位で済むでしょう。それに、中級者コースは実践的な授業を重要視していますから、課外演習の方が優先されます。ですから、そう何度もなさらなければ大丈夫ですよ」
ただ、他の授業で進む分は自習してもらうことになりますが、とも付け足された。そうなると、生徒達にも確認しなければいけないな。
その後、イリス先生に課外演習に必要な手続きを聞いて、待たせているディータ達のところに向かうためにルディを連れて教職員室から出ようとすると呼び止められる。
「ハーン先生は、生徒達…ルディ君に慕われたようですね」
教職員室に入ってから一言も喋らず、俺の後ろに隠れるように立っていたルディを見ながらイリス先生は嬉しそうに言ってくる。
まあ、こんな状況ならば慕われたと言えなくもないだろう。
少人数ってのも活きているんだろうけど、授業初日から慕ってくれるというのは嬉しいものだ。その信頼を裏切らないように俺も頑張らないとな。
「生徒達からも歩み寄ってくれたおかげですよ」とイリス先生に答え、ルディを伴って教職員室を出る。
生徒達に課外演習の事を説明すると、真っ先にアニータが一緒に行くと言ってくる。その後、ディータ、クラウディアも参加すると言ったので、我がレオンハルト戦闘技術クラスの生徒達は、全員でドゥミバァーズ遺跡への課外演習を行うことにする。
そこで、次回の戦闘技術の授業をする日の朝に出発する事とした。それまでに保護者への連絡と旅の準備をすること、それと分からないことは聞くようにと言ってその日は解散とした。
後は、俺の方で必要最低限の準備をするだけか…あっ、ヤバい。教員寮に入れるみたいだからその手続きとかもしなくちゃいけないか。
そう思い出すと、意外とやることが沢山あることに内心慌てながら、手続きや準備をするために走っていく。
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あの後、教職員室に帰るとイリス先生に、可視化の魔術を使って見せて欲しいと頼まれ、さらにはヨーゼフ先生達まで見たいと言ってきて大変だった。
そのため、入寮の手続きも受付が閉まるギリギリだったし危なかったなぁ。
そんな慌ただしい準備期間を終えて向かえた三日後の朝、俺と生徒達は学院が所有するライナックが引く屋形―屋根つきの大型車―に乗り込み、一路ドゥミバァーズ遺跡へと旅立つ。
「しっかし、晴れてよかったな。まるでこれからの旅の安全を祝ってくれてるみたいじゃないか」
そう御者台から声をかけるが返事は返ってこない。いぶかしみながら振り返ると、呆れたような視線が向けられていた。
「先生さ。本当に楽しそうだよな」
「うむ、ハーン教諭を見ていると幼子の頃を思い出すというものだ」
むっ、イカンぞ君達。若いのにそんな枯れた言い方をするなんて。旅は楽しみながら行くもんだ。しかし、素材集めをするとはいえガルクブルンナーで伐剣者をしていた時とは気分が全然違うな。
イリス先生の話によると、獣が出る森を通るが危険は少ないとの事だし…まあ、万が一魔獣が出たとしても覇種位だろうから気も楽なのが原因なのかな。
そう結論付けると、ライナックの引く鳥車に揺られ、鼻歌を歌いながら周りの景色を楽しむ事にした。
道中は問題もなく進み、魔術を行使するタイミングなどの勉強を教えたり御者役をしたいという生徒達と代わったりしていると日が経つのは早く、ドゥミバァーズ遺跡まで残すところ約一日の場所まで来れた。
今日はここまでと、夜営の準備を完了させ、皆で火を囲みながら夕食をとる。そして、火の番の順番を決め休もうとした時に、街道の左右に広がる森の中から妙な気配を感じた。
少ししてからディータ達も気付いたのか、顔色を変えてこちらの方にやってくる。
「先生。なにか来ます」
「ああ、分かっている。人の気配は……二人か?こっちに向かって来てるようだ。それと、この気配はまさか魔種か?」
「えっ、そこまでわかんの!!」
そうこうしている内に、視線の先にぼんやりと人影らしきモノが見えてくる。どうやら魔獣、それも牛魔ベルクスに追われているようで必死にこちらの方に向かって走ってきていた。
魔獣はベルクス二頭だけのようだが、生徒達はまだ魔種二頭と戦えるような実力がない。それは走って来ている二人も同様だろう。
素早くそう判断すると、生徒達に指示を飛ばす。
「ディータとアニータはあの二人が来たら保護して怪しい動きをしないか見張ってるんだ。クラウディアは周辺の警戒、ルディは火の近くにいて消えないように注意しててくれ」
「先生はどうするんですか?」
そんな不安そうな顔をしなさんなって。
「俺か?俺はちょっと牛狩りに行ってくる」
安心するように笑って言うと、身体能力強化の魔術を行使し駆けていく。
途中、二人―どうやら女性のようだ―の横を通る時に「あいつらの所にいろ」と言って返事を聞かずベルクスの前に立つ。
俺が目の前に来ると、それに気付いた左のベルクスが巨大な角を向けて突進をしてくる。
その角が胸を貫くかという寸前、足に身体能力向上の魔術を武器に硬化の魔術を使い、避けると同時に抜刀しながら首をかき斬り、もう一頭の方に駆け抜けていく。
背後でドゥッと倒れるベルクスに、残ったベルクスが怒り咆哮をあげて鋭い鉤爪を振るってくる。その鉤爪を避け懐に入ると右下から逆袈裟に心臓の辺りまで斬り裂いた。
そして、生命活動を停止させ倒れるベルクスを避けながら、血糊を振るい落とすと刀を鞘に納め一息つく。
ふう、こんなものか。念のため周りを探り、近くに魔獣がいないことを確認すると、魔術の触媒となる部位を切り取っておく。
ベルクス達の死体は、後でディータ達に周りの木々に延焼しないように手伝ってもらい、火炎の魔術を使って焼き尽くすか。
そう予定を組み立て戻ると、生徒達と二人組はポカーンとしていた。
一体どうしたんだ?
「ハーン教諭は、オリエンテーション…だったかの時は自分に制限をかけると仰っていたが、確かにこれほど強いなら頷ける。あの時は侮辱かと思ったが、ベルクスとの戦いを見るとそうではないというのがよく分かった」
そうクラウディアから声が掛かかり、そういや魔獣との戦いを見せるのは初めてかと思い至る。
これから学んでいく重ね掛けの参考になったかなと笑いながら言うと、牛魔から逃げて来ていた女性達の方を向く。
「で、あんたらは一体なんなんだ」
―次回の投稿は5/2 18時頃を予定しています。
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【魔術情報6】
・硬化[シュレアー]の魔術
主に武器や防具に対して使われる魔術。
魔獣、特に王種以上は甲鎧の存在から並みの武器や使い込んだ武器では刃こぼれしたり折れる事になる。しかし、武器の素材にもよるが、この魔術を使うことで甲鎧をも断ち切る又は砕く事が可能となる。また、一般的には防具にも使われ魔獣の鋭い爪牙から身を守る。
ただし、肉体までは硬化出来ないので、その場合には別の魔術が必要となる。
【魔術情報7】
・火炎[フレイム]の魔術
触媒を通すことによって、魔力を炎に変換し火炎放射器のように攻撃する魔術。一般的な火炎魔術で、その威力は触媒に通した魔力に比例する。他の触媒を使った火炎弾[フレイムボルト]や火炎嵐[フレイムストーム]等がある。
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【乗り物】
・走行速度
小馬竜ピュティック>鳥覇ライナック(>車)>軍馬>馬
・牽引できる重量
小馬竜ピュティック>鳥覇ライナック(>車)>軍馬>馬
・最大積載量
小馬竜ピュティック>鳥覇ライナック(>車)>軍馬>馬
・小回りの効き易さ
馬>軍馬(>車)>鳥覇ライナック>小馬竜ピュティック
・一般人が使用する頻度
馬>軍馬≧鳥覇ライナック
*これらは一頭辺りの比較です。また、物語が進むにつれ、新たな乗り物も出すかもしれません。( )は、仮に車があったならどこに位置するかを形式的に当てはめたものです。
【箱・屋形】
馬車が引く人が乗る部分を指す言葉。小さいものが箱で、大きくなると屋形と呼ばれる。
大型の屋形は、小馬竜や鳥覇が引くことを想定して作られている。
*馬が引くのを馬車、鳥が引くのを鳥車と表記しています。




