第六話 教師としての第一歩
俺の教員採用が決まると、学院長室の空気は明らかに柔らかくなった。
「しかし、先程見せていただいた資料に書かれていた内容を考えると、今だなにも成していないとは、また変な物言いをするものですな」
「全くです。こいつは変に遠慮する悪癖がありましてな」
「ほぅ、それは厄介な悪癖ですな」
うるさいよ。こちとら謙遜が美徳とされた国で育った記憶があるんだからしょうがないだろう!!
そんな和気あいあいとした空気の中、学院長が俺の方を向くとこれからの事を伝えてくる。
何でも、もう前期が始まってしまっていることから、生徒達に事情を説明し希望するなら俺の元で教育を受けさせる方向で話を進めるらしい。
ただ、希望者が出るとは限らず、最悪すでに戦闘技術を教えている教師の補助について貰うとのこと。
そして、これから教師や生徒に確認を取るので二日後の朝に改めて来てほしいと伝えられた。ついでに、住む場所が決まってないなら教員寮を用意してくれるらしい。
学期が始まっているなら、今からあれこれと言ってもしょうがない。
その話を了承すると、揃って学院長室を辞すことにした。
◇◆◇◆◇◆
学院での面接も終わり、俺達は一旦ギルドに帰り報告する事とした。
「しっかし、お前が学院長にあんな挑発的なことを言うとは思わなかったよ」
「ジギスムント一般の考えだろうが、人間性まで疑うような発言が出たからな。流石に、友人をああ評価されると、どうしても自分を押さえきれなかったようだ。まだまだ、私も修行が足りんな」
あぁ、学院長がポツリと付け足したやつか。なんか、俺のために怒ってくれたと言われると素直に照れちまうな。
…けど、どうしても納得できないことがあったため、テオに一つ確認する。
「なあ、ギルドは伐剣者の自由意思をそこまで重んじてたのか?今までのギルドの感じだと、俺が依頼で街から離れるだけでもピリピリしてたような気がするんだが」
「なんだ、気付いていたのか。そうだな、ギルド本部の方からも、お前が伐剣者を辞めようとする場合には説得して引き留めてくれと言われていたからな。まあ、今回は国外に出るという場合だったから、ああいう手続きを取ることで上手く説得することが出来たと本部には伝えた」
なんだよ、それ。伐剣者というか俺の自由意思なんてあってないようなものじゃないか。
流石に怒りを覚え立ち止まると、一言言ってやろうとテオの方を向く。
「まあ、ギルドに対する建前はそういうことになっている。だけどな、レーヴェ…お前はどこかこの世界とは別の世界を視ているような目をよくしていた。だから、ジギスムントに行ったまま何時の間にか私やカティ、それにおじさん達の前から消えてしまうのではないか。そう、俺は心配だったんだよ」
俺が言葉を発するより早く、同じく立ち止まったテオがそう言っていくる。
確かに、記憶が戻ってからはこの世界と日本をよく比べてたし、また安全なあの世界で暮らしたいとよく思っていた。
それで別の世界を視ているような、そんな目をしていたんだろう。
ちくしょう。そう言われたら何も言い返せないだろ。
「あー、そりゃ悪かったな。変に心配をかけちまって」
「全くだ。それと、カティはわからんがおじさん達は気付いているから夏には顔を見せに帰ってこい」
それなら最初からそういえよ。そうすりゃ、俺も色々と考えたのによ。
分かったよ、夏にはきっと帰るさ。帰って、お前達に会い、誓約書通りSSランクの仕事もバリバリ…あれ。
「おい、テオ。よく考えたら、何で誓約書なんて作ったんだ。あの内容は、明らかにやり過ぎだろ」
「ギルド職員を騙った罰だ。如何なる理由、騙りの大小に関わらず、伐剣者がギルド職員を騙ることは許されない。かかる行為を発見していながら見逃すことは、ギルド事務長の職責を放棄していることになるのでな。たとえ、それが親友であっても見逃せるものではないのだ」
いけしゃあしゃあとこの野郎。
俺達は、「そもそも、お前らギルドが、俺の自由意思を縛ってるのが問題だろ」「お前は、空気を読んで自分の意思を主張しない悪癖があるからな。キチンと主張していれば問題なかった」「それでも、説得とやらはするんだろ」と言い合いながら、賑やかになりつつある帝都をギルドに向かい歩き出した。
◇◆◇◆◇◆
ギルドに着いた俺達は、アロウズさんとクララさんに教員に採用された旨を伝えて、ジギスムント帝国のギルド本部に在籍登録を済ませる。
その翌日には、テオが「また夏に会おう。前期の終わりには小馬竜車を寄越すから、しっかりと生徒を育て、うちに来たいと思わせておけよ」と笑いながら言うと小馬竜車に乗って帰って行った。
そして約束の二日後の朝、俺は再び学院長室を訪れた。
「お早うございます、ハーンさん。これからの事をお話ししますので、まずはお掛けください」
そう促され、面接の時に座っていたソファーに腰を下ろした。
「そうですな。とりあえず、生徒の事についてお話ししましょう。あれから教員を通して生徒に呼び掛けたところ、四名の生徒が貴方の戦闘技術の授業に参加することになりました」
四名ってのは少なすぎないか?これなら、他の教師の補助に付いた方がまだ生徒の役に立つんじゃないだろうか。
俺が首を捻っていると、学院長が続きを語る。
なんでも、あれから教員を集めて、俺の事についてどの様に扱うか相談したそうだ。その際、やはり二つ名の事が問題になり、生徒にはランクを告げずに"優秀な"伐剣者としてしか紹介できなかった。
そのため、多くの生徒達は、学院の言う優秀とされる伐剣者と元近衛騎士のどちらに戦闘技術を教えてもらうかを天秤にかけ、移らないという選択をしたらしい。
しかし、奇特な生徒が俺の授業に移ってもいいと言い出した事によって、その者だけを教えて貰おうかという話が教員の間で出たようだ。
それと、俺が初めて教員になるので、まずは少人数だけで教えてみてはどうかという意見もあったらしい。
正直に言って、その判断はありがたかった。
俺もいきなり十人以上の生徒に教えるには流石に自信がない。
そう、感謝していると、後ろから扉をノックする音が聞こえる。
「失礼します、学院長」
そう言って壮年の男性が入ってくる。
「お早うございます、キール先生。彼が、今度赴任するレオンハルト・ハーンさんです。ハーンさん、彼は一年次の生徒達の学年主任です」
「初めまして、ハーン先生。魔動力学と魔動力理論を教えているフリッツ・キールと言います。これから同僚として、どうぞよろしくお願いしますね」
そう言うとフリッツ先生は頭を下げてくるので、俺も慌てて立ち上がり挨拶を返す。
大袈裟に見えたかもしれないが、やっぱり初対面の印象は大事だからキッチリとしておいた方がいいだろう。
「初めまして、キール先生。レオンハルト・ハーンと言います。気軽にレーヴェと読んでください」
「分かりました。では生徒の前以外では、レーヴェ先生と呼ばせてもらいます。私もフリッツと呼んでください」
おお、なかなか気さくな人ではないか。やっぱり、学年主任ともなるとこういう人当たりのいい人がなるものなのかな。
そう感心していると、フリッツさんが学院長に「後の説明は教職員室で行います」と言って、退室の許可を求めていた。
「では、レーヴェ先生。こちらにいらしてください。業務についての説明と、同じ一年次担当の先生方と生徒達に紹介しますので」
そう言うと、俺を促して学院長室から退出し教職員室に向かう。
こうして、俺は初めての教師生活に胸を高鳴らせながら、教師への第一歩を歩みだしたのだった。
次回は4/17 18時頃に投稿します
2017.6.25 文章・表現等の修正をしました。
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【ジギスムント帝立学院 教職員制度】
・ジギスムント帝立学院では、教師は年次毎に生徒達に振り分けられ、卒業までを担当する。
三年次を担当し終えた教師は一年次に戻ることになる。
・日本では当たり前の担任制度だが、この世界では進歩的な制度である。
複数人の生徒に対して一人の教師が担任につき、卒業まで公私につき相談・助言などを通して、適切な教育を施すことになる。
一度、担任になると、よほどの事がない限り卒業まで変わることはない。
・学年主任は、同じ年次を担当するジギスムント帝立学院の全科目の教師達に指導・助言等を行うことが職責に含まれる。
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【追記】
・レオンハルトの悪癖について
この世界、特に伐剣者では、謙遜や自分の意思をハッキリと告げないことは、自分を低く見せることに繋がり悪癖とされる。
ただ、自己中心的になることや傲慢に振る舞うことではないので、このような行動は当然に嫌われる要因になる。
レオンハルトは、この世界での生活が長いので徐々に慣れてきているが、前世の記憶から無意識に謙遜や空気を読んで発言を控える事をよくしてしまう。




