第一話 薄汚れていたキッカケ
序章はやや設定等の説明寄りとなっています。
話数として、三話~四話を予定しています。
季節は冬から春に移つりつつあるのか、降り注ぐ日差しは徐々に暖かなものになってきている。
依頼を終えた俺は、ギルドの手配した荷馬車に揺られながら暖かな陽気に合わせるように鼻歌を歌い、伐剣者の活動拠点であるガルクブルンナー王国最北の街シュラフスへと帰って来た。
この街は、ガルクブルンナー王国にとっての玄関口でもあるため、王国の北にあるラザニス王国、さらにその北にあるボアルズ連邦などから多くの人が訪れる一大拠点である。
そのため、今日も今日とて商人や伐剣者、それ以外の旅人らしき者達が列をなし入国の手続きを行っていた。
荷馬車から賑わっている列を眺め、自然と出てくる欠伸を噛み殺しながらのんびり待っていると、ようやく俺の番になった。
「よう、レーヴェか!!依頼はうまくいったのか」
「こんにちはミューランさん。ええ、依頼の方はなんとかうまく達成できましたよ」
義父母の友人であり、子供の頃からお世話になっている衛兵のウォルフ・ミューランさんの問いかけに、俺も笑顔で返事をする。
「そうか、それはよかった!!しかし、少し前までは洟垂れ小僧だったお前が、今はいっぱしの伐剣者としてやってると感慨深いものがあるな」
「洟垂れって、ひどいなぁミューランさん。それに少しって言っても、もう二十年近くも前のことじゃないですか。俺ももう二十六になったんだし、伐剣者としてベテランの内に入りましたよ」
「何がベテランだ。俺から見ればまだまだひよっこだ。それに、あの頃のお前は…」
くそぅ、色々とやらかした子供の頃を知られている相手だとやりにくい。
そもそも、荷物の確認をしなければならない商人とは違い、本来俺のような伐剣者は、依頼書とタグを見せ目的を告げるだけでさっさと手続きが終わるのに、いやに時間がかかる。
ヤバい。後ろで並んでる人達の視線がいよいよ剣呑なものになってきた!?
「ミューランさん。そろそろ街に入るための手続きをしてもらえませんか?」
俺は、やや慌てながらミューランさんにお願いする。
これ以上、ミューランさんの話を聞いていると、絶対に不味いことになる。依頼を終えて疲れている状態で、子供時代の黒歴史を聞かされて精神がすり減ったのに、これ以上の厄介事はゴメンだ。
「あん?ああ、レーヴェも依頼が終わったばかりで疲れてるよな。悪い悪い。それじゃあ、依頼書と伐剣者タグを見せてくれ」
俺の嘆願にややズレた返答が返ってくるが、これ以上の時間を掛けるのも不味いと、慌てて依頼書を取りだしてミューランさんに渡す。
そして、外套の前をやや開けて首から下げているSSランクの証、"白金"の伐剣者タグを防具から引っ張り出した。
その"白金"のタグを見た者は、ハッとなって俺の顔を見ると剣呑だった視線をやや緩めるてくれるのでホッと一息つく。
検査のため、二言三言言葉を交わすと、ようやく恥ずかしい昔の暴露話から解放され、大きく開いた門を通り抜けてシュラフスへと足を踏み入れる事が出来た。
そうして、門の傍近くにあるギルド施設に荷馬車を返しに行くギルド職員と別れると、依頼達成の報告をするため伐剣者ギルドに向けて歩き出した。
◇◆◇◆◇◆
伐剣者―元はジギスムント帝国の近衛だった騎士に由来する。
その騎士は、ある村に襲い来る魔獣に対し、規則を破り一人立ち向かい討伐に成功する。
しかし、騎士は己が神聖な騎士の規則を破ったことに変わりはないとして、周囲が引き留めるのも聞かず、自ら近衛騎士を辞してしまう。
そして野に下った元騎士は、ある時は魔獣に襲われる民のため剣を振るい戦い、またある時は民の間の争いを仲裁し不和を取り除き、常に民のため尽力し続けた。
いつしか、傷を負っても奮戦する騎士の姿を見た者達は、魔獣を伐つ剣を振るう者、伐剣者と敬意を込めて呼ぶようになった。
そうして、一人また一人と志を同じくする者、憧れを抱いた者が集まり、元騎士と力を合わせて伐剣者ギルドを立ち上げ、騎士とは異なるやり方で民とともに歩んでいくのだった。
それから、かなりの歳月が経過したが、『民とともに、民のために』という設立理念は、創始者たる近衛騎士が使用していた『討伐の剣』と『守護の盾』を模したギルドの紋章とともに、いまなお脈々と受け継がれている。
さらに、始まりはジギスムントであったが、先人の努力が実り、現在ではゼテウギウム大陸の各国に広がり、多くの国で民の生活に根差していった。
それほど、普段の生活に根差している伐剣者になって十三年も経つというのに、俺はいまだに伐剣者という職業に慣れる事ができないでいた。
…それというのも、ゼテウギウム大陸とは異なる世界で生きていた時の記憶が甦ったことが原因がある。
先程ミューランさんが子供の頃の話をしたためか、ふと昔の事を思い出す。
前世…というのだろうか、少なくとも記憶の中の俺は『日本』という国でギルドは勿論のこと、魔獣といった怪物とも無縁の生活を送っていた。
そのため、徐々に記憶が甦ってきた六歳の頃は、平和に過ごしていた記憶と危険なこの世界で生活のギャップに、かなりのストレスを感じながらの生活をしていた。
日々の生活への不安、記憶とかけ離れた常識や価値観のズレは深刻なもので、こっちではあり得ないような問題行動や発言を色々としたものだ。
そのせいで、命を助けてもらった上に育ててくれた義父母には色々と迷惑をかける事になってしまった事は申し訳なく思う。
本人達は、俺を指差して爆笑した上で、周りに吹聴しまくって楽しんでいたのだが…うん、やっぱり迷惑なんて何もかけてなかったわ。
とにかく、記憶が蘇ってきた幼い俺は日々の生活への不安と恐怖を常に抱えていた。
その一番の原因は、この世界は平和な日本に比べて危険とされる領域が数多く存在し、そこには様々な魔獣が生息していることにある。
厄介なことに、その魔獣達は危険とされる領域を越え、人間の生活する領域にまでその牙を突きつけてくる事がままあるから堪ったものではない。
事実、この世界での俺の両親は魔獣に襲われて命を落としてしまった。俺も喰われそうになったところを、伐剣者である義父母が間一髪で駆けつけたことによって運良く助かったにすぎない。
まあ、眼前に迫った死の恐怖がショック療法になり、記憶が戻るきっかけとなったのだから、今の俺からすると不幸なだけだったとは言い切れない、なんとも複雑な気持ちになる。
とにかく、ここは俺の両親のように突発的な死が当然に起こるような危険な世界であるため、何とかしなければ自分達の生活圏が脅かされ続けることになる。
そのため、大昔の人達は必死に戦う術を模索し、長い年月をかけついに魔獣達と戦うための幾つかの技術を編み出していった。
そのうち最も有名で、最も強力な武器となったのが魔術である。
この世界の人間には、必ず大なり小なり魔力と呼ばれる力が宿っており、その魔力を対魔獣用に開発・発展させたものが魔術と呼ばれる技術であった。
この世界の人間は、自身の魔力を触媒を通して使うことで巨大な炎を創り魔獣に向けて攻撃したり、自己の身体能力を強化し普通なら振るうことが出来ないような武器を使用することが出来るのである。
俺が初めてこの魔術なるものを知ったのは、両親の死の原因となった魔獣に喰われかけた時であった。
俺を助けるために義父が放った炎の塊、前世では映像でしか見たことのなかった光景が眼前に広がったのである。
ただ、いくら子供が喰われそうになっているとはいえ、その口に炎を打ち込むのはやりすぎだったと今でも思っている。
なにせ、緊急事態とはいえ、目の前の恐ろしい魔獣の牙が炎によって煌々と燃え盛った時の恐怖は筆舌に尽くしがたいもので、しばらくの間はトラウマとなって夢にまで出てきてたしな。
…まあ、そんな恐怖体験で知った魔術という技術だが、ゼテウギウムで生まれた今世での俺は当然のように使うことが出来た。
ある程度落ち着きを取り戻した頃の俺は、神秘めいた魔術に対する好奇心と魔術が使えるという嬉しさから、昼夜を問わず夢中になっていた。
そうして、日本のゲームなどで見た魔法なんかを使う方法がないかと色々と工夫し、幾つかの新しい使い方を不幸にも発見し、ある日その事を義父母に話してしまう。
それを見た伐剣者である義父母は、黒い笑顔になると猛然と俺を鍛え始めた。そして、準構成員となれる十三歳の誕生日にいいように言いくるめられて伐剣者登録をさせられる事になろうとは、話した時には夢にも思わなかった。
そんな経緯でなってしまった伐剣者という職業は、ランクが挙がるにつれ実入りはかなりの額になるものの、それに比例するように命の危険もハネ上がっていくため、かなり辛い部類に入る…と俺は思っている。
そのため、俺でも出来る安全な仕事があれば、実入りが多少悪くても是非そっちに移りたいと、あれこれ探してはみたのだが見つからなかった。
そう、全くといっていいほど見つからなかったのである。
初めは商人になろうとしたが、あいつら買い手には仏のようでありながら、同業者には悪魔のようになる人種なので、俺が商売をすると全財産を奪われボロボロになる未来しか見えなかった。
また、職人になろうにも、細工物は不器用すぎて断られ、鍛冶は力加減がうまくいかず断られと全敗に終わる。
それなら、伐剣者の経験を活かして調合師になろうにも、既存の店舗が多くあり、今から新規参入することは、ほぼほぼ不可能なことだった。
結果として、俺はいまだに伐剣者としての生活を送る羽目になっている。
そんな、とりとめもない事を思い返しながらメインストリートの石畳を進んで行くと、伐剣者ギルドにたどり着く。
見慣れた建物を見上げ、変わらない日常に一つため息をつくと扉を押し開けて中に入っていく。
◇◆◇◆◇◆
帰って来たのが昼頃だった為、俺のように依頼を達成し終えたのか単に依頼を見に来ているだけなのか、ソロにコンビ、四人組のパーティーが疎まばらにいるだけでギルド内は閑散としていた。
さっさと依頼達成の手続きを終わらせて、併設されている酒場に行くため、空いている掲示板横の受付に向かった。
「あっ、お帰りなさいレオンハルトさん!!依頼は無事に達成できましたか」
「ただいま、カティ。依頼は無事に達成して、討伐した鳥王イェルガーはギルドの輸送員に預けて、先に帰らせてもらったよ」
そう答えると、カティ・ユンカーは嬉しそうに笑い返してくる。
蒼色の髪に蒼い眼のタヌキ顔、といってもこの世界では通用しないか。とにかく、まだまだガルクブルンナー王国の学園を卒業したばかりで十六歳のひよっこだが、真面目でひた向きな性格からギルド職員だけでなく伐剣者連中にも可愛がられていた。
「流石、SSランクの伐剣者です。イェルガーが相手でもあっさり依頼を達成するなんて凄いです!!」
カティの勢いのある賛辞に、ちょっぴりビックリして身を引いてしまう。
いや、なんだろう。こう素直に褒められると、嬉しさより照れの方が大きいな。
「おおう、ありがとう?!まあ、幸い鳥王一匹だけだったからね。それより依頼達成の手続きをしてもらえるかな。それが終わったら隣の酒場で一杯やって帰るからさ」
「あっ、すみません。興奮してしまって。すぐに、手続きを済ませますね」
そう言うとすぐさま手続きに移るが、まだ慣れないせいか書類をあっちにやったり、こっちにやったりしている。
まだ、もう少し時間がかかりそうなので、暇潰しにと受付横の依頼掲示板とは別の情報掲示板の方に目を向けることにした。
普段全く見ない情報掲示板には、新しい薬草や魔術触媒の情報が貼られており暇を潰すには調度いい。
一通りの情報を眺めていると、一番端の目立たない位置に、他の情報紙の下に貼られて内容がよく見えない薄汚れた紙に目が止まった。
何が書いてあるんだ?
内容を確認しようと目を細めた俺の目に、今一番欲していた情報が飛び込んでくる。
"ジギスムント帝立学院 教員募集中"
―ご意見、ご感想をお待ちしております。
◇◆◇◆◇
【お知らせ】
・2017/4/4 以前掲載していた第一話を骨子に大幅な改稿をしました。物語として、少しは読みやすくなったのではないかと思います。作者の未熟さによりご迷惑をおかけしました。本当に申し訳ありません。
・2017/6/20 加筆修正しました。
・ "ジギスムント帝立アカデミー"の表記を"ジギスムント帝立学院"に変更します。
それに伴い、"学園長"の表現を"学院長"とします。