永久の戦艦
最終回です!
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1947年 夏
どこまでも広がる晴天の日。
呉の平屋に赤ん坊の元気な鳴き声が響き渡る。
「よ〜し、よし、和子、お腹すいたよね」
京子がもう2歳になろうかという娘の和子を
抱き上げた。
そんな彼女の鳴き声を感慨深く感じながら、
和服で縁側にたたずむ男がひとり。
「正樹さん、よかったのですか?大和の最期に
立ち会わなくて・・」
「いいんだ。もう、戦争は終わったんだ。」
1945年1月、大和率いる日本艦隊は欧州の魔王と
呼ばれた戦艦フリードリヒとヴイルヘルムを擁する
ドイツ艦隊を殲滅し、大西洋の制海権を確保した。
2月、連合国はイギリス本土上陸作戦"コロネット作戦"を
決行し、イギリス本土からドイツ軍を駆逐した。
5月、日本艦隊はジブラルタルで補給と修理を行ったのち、
ドイツ軍が防御陣地を構築するフランス沿岸線などに
艦砲射撃を行い、連合国のフランス上陸作戦
"ネプチューン作戦"を支援。
東からソ連軍、西からアメリカ軍の挟撃を受けた
ドイツ軍は次々と防衛線を破られ、1945年9月2日、
総統アドルフ・ヒトラーの自決によって
ドイツは降伏。第二次世界大戦は終わりを迎えた。
世界大戦の終結に伴い、国際連盟は解体され、
米英主導の元、国際連合が創設。
日本はその常任理事国となった。
日本国内もすでに新たな時代に向けて動き始めている。
国際連合へ再加盟すべく、明治憲法は
帝国議会で改定され、植民地朝鮮は独立。
力を失った陸軍の重役は軍法会議にかけられ、
日本軍は中国、満州、東南アジアから撤退を開始した。
これからは、植民地を獲得して市場を広げる帝国主義
ではなく、国際社会と製品の値段や性能を競いあって
市場を奪い合う国際貿易が主流となるだろう。
そんな時代に燃料を食らい尽くすだけの戦艦は
無用の長物でしかない。
ドイツ降伏後、ハワイ条約により、大和は
アメリカに引き渡された。
そして今日、大和はビキニ環礁で米軍の水爆実験に
参加する。
「大和は絶対に沈まない。水爆なんかで沈むもんか・・」
まるで自分の子供を失ったかのように
正樹は虚ろな目で空を見上げ、今日三度目となる
独り言を呟いた。
「これで、よかったんだ・・」
大和は正樹の海軍人生のすべてだった。
圧倒的工業力を誇る米国に対抗すべく、
関係各所にその必要性を説き、予算をかき集めた。
大和と共に太平洋を暴れまわった日々。
艦橋から見つめた果てしなく続く群青の海。
天地を焦がす主砲の轟音。
足元から伝わる26万馬力の鼓動。
そのすべてが、真田の青春であり、
彼の人生だった。
大和がなければ、今の日本はあり得なかった。
「大和・・・ありがとう、さらばだ・・」
2ヶ月後、彼の家にひとりの来客があった。
「お久しぶりです、真田さん。」
「牧野技師・・」
「海軍、お辞めになったのですね。」
「対米戦が終わった以上、もう俺の役目はないですから・・」
真田は牧野を客間に案内し、大和の思い出話に
花を咲かせた。
「牧野さん、牧野さんは大和の最期をご覧になられたの
ですよね?」
彼はビキニ環礁での水爆実験の際、
大和設計に関わった人間として特別に
臨席が許されていた。
しかし、真田の問いに牧野は口をつぐんだ。
「すみません、実は見てないんです・・」
「??どういうことですか?牧野さんは・・」
「はい、確かに水爆実験には臨席しました。
ですが、大和が沈む瞬間は見てません。
彼女は3度目の爆発の翌日、姿を消してしまったのです。」
「姿を・・消した?」
「はい。深夜見張りにあたっていた米兵にも
尋ねましたが、誰も沈む瞬間はおろか、
鉄が軋む不審な音すら聞いていないと。
本当に、一瞬のうちに煙のように消えてしまったのです。」
「そうか・・」
―大和は沈んでいない―
真田はそう確信し、空を見上げた。
本来、大和の命日となるはずの日とまったく同じ
雲ひとつない晴天だった。