終戦への道 3
1944年 8月5日
波打ち際の静かな音だけが
流れる鎌倉のとある旅館。
真田は今日ここで、終戦の動きを加速
させるための重要な人物と
会う予定がある。
日も西の水平線に沈み、
辺りが暗闇に包まれ始めた頃、
真田の待つ部屋にひとりの老人が
入室してきた。
頭は白髪で痩せ細っているが、
ベージュの背広とシルクハットを
着こなし、眼光も鋭い。
「お久しぶりです、福原少将。」
「久しぶりだね、真田君。」
福原は自分の3本目の足とも言うべき
杖を床に置き、座布団の上に腰かけた。
2年ほど前に右足を悪くし、少将で
現役を退いたのだ。
「サイパン沖での戦いは見事だったと聞いているよ。
さすが孝幸さんの血だな。」
「とんでもありません。
戦艦を数多く失って上も随分苦労したそうです。」
「佐久間さんも喜んでたよ。
『あいつがいれば、帝国は100年安泰だ』って。
実に安らかな顔だった。」
真田の叔父、孝幸と共に大正〜昭和の
日本海軍を支えた佐久間京司は
1944年6月25日、58歳でこの世を去った。
マリアナ沖海戦における勝利の一報から
2日後のことであった。
「それで、本題なのですが・・・」
「それなら心配いらない。軍令部は
ほとんど講和で纏まっているよ。」
真田はマリアナ決戦後の講和を円滑に
進めるため、軍令部の意見を講和にまとめようとし、
軍令部次長の伊藤整一中将と海兵で同期の
福原にそれを依頼していた。
「だが、本当にやるのかい?」
「はい・・ここで終わらせなければ、
日本は永遠に米国との戦争を続けなければならなく
なります。これ以上の犠牲は・・・
その時だった。
慌ただしい足音と共に京子が部屋に入ってきた。
「真田さん!大変です!」
「どうした?」
「はぁはぁ、すぐ、そこに、陸軍の兵隊さんが・・」
「何!?」
京子は息を切らせて真田に危機を伝えた。
妊娠中の身ながら相当急いでお豆腐屋さんから戻ってきて
くれたのだろう。
「真田君、ここには僕が残る。君は脱出しなさい。」
「いえ、そういうわけには・・」
「僕は足が悪い。それに予備役の老いぼれ
なんぞ陸軍も相手にしないさ。
さあ早く!」
真田は腰を上げ、福原に深々と敬礼した。
京子の手を引き、裏口へと走る。
「後は頼んだぞ・・・」
旅館を抜け、走るふたりの背中から、
怒号と銃声が響いた。