マリアナ沖大海戦 9
それは最早兵器ですらなかった。
戦艦の皮を纏った"海神"であった。
その装甲は攻撃をことごとく弾き返し、
その主砲は、天を揺るがし、
海を割る咆哮で、対峙する戦艦の装甲を
ちり紙を破るが如く引き裂いた。
"海神"の前には戦艦の設計思想も
速力の優勢も防御装甲の工夫も
なんの役にも立たなかった。
午後8時31分、
交戦開始から約50分が経過した。
大和はここまでで、アイオワ、ニュージャージー、
マサチューセッツの3隻を海中に葬っている。
「なんで、なんで平然としていられるんだ!」
米兵たちは半ば発狂状態にあった。
これまで大和に少なくとも10発以上の
41cm砲弾を叩き込んでいる。
高角砲の一部はえぐりとられ、カタパルトは
粉々にされていたものの、
その分厚い装甲は一度も貫かれることはなく、
ダメージはほぼゼロに等しかった。
大和は36cm砲なら5km以上、
41cm砲なら12km以上離れていれば
装甲を貫通されることはまずない。
それだけ圧倒的なのだ。
「サウスダコタ級に命中!大破炎上を確認!」
4隻目の犠牲が出た。
サウスダコタ級のネームシップ、
サウスダコタ。
命中弾は1発だったが、それが
第一主砲塔弾薬庫をえぐったため、
艦首が切断され、前方に急激に傾斜。
そこに降り注ぐ信濃の46cm砲。
対41cmの想定しかしていないサウスダコタに
とっては、46cm砲ですら致命傷となりうる。
兵員室は跡形もなく消え去り、
発電室、通信室も木っ端微塵にされ、
艦後方から火炎を吹き出し、
火の塊となって砕けてゆく。
武蔵、信濃の射撃も見事だった。
大和ほどではないにしろ、
優秀な乗員が集められており、
インディアナを沈めた後、
ノースカロライナとワシントンを
海の藻屑へと変えている。
暗黒に包まれていた太平洋は
いつの間にか発砲炎と火柱によって
真昼のような明るさへと変貌していたが、
その火炎のほとんどは米艦艇のものであった。
米艦隊の隊列は完全に乱れた。
戦艦6隻を失い、得意のレーダー射撃も
封じられ、万にひとつの勝ち目もない。
だが、彼らの中に逃げ出す艦艇は
なかった。
守るべき主を失った駆逐艦は
大和ら日本艦隊に一矢報いようと
勇猛果敢に突っ込んでくる。
そして、大和を魚雷射程に捉えることなく、
伊吹、鞍馬の20cm砲の
洗礼を浴びて主の後を追う。
悲惨だった。
駆逐艦だけでも300人、
戦艦ともなれば2000人の米兵が乗っている。
果たしてその内の何人があの業火から
逃れられただろうか。
でもやらなければ自らが倒される。
「これが、戦争なのだ…」
大和の射撃で炎上するアラバマを見つめながら
真田は呟く。
宇垣もなにも言わず、黙って海面を凝視する。
自分たちの所業を忘れないために…。
しかしながら、この海戦、日本艦隊のワンサイドゲームとは
ならなかった。
米艦隊の最後尾の戦艦2隻が中々厄介者だったのだ。
モンタナとオハイオ
この2隻は、日本が建造した
武蔵型戦艦に対抗するべく、
米国が急遽建造した
最新鋭戦艦であり、
Mk.7 16インチ50口径三連装主砲を4基12門を
搭載し、防御力も武蔵型に匹敵している。
日米の艦隊決戦は佳境へ突入した。