十字架を背負って
1943年 12月
連合軍はマーシャル諸島へ来襲した。
米軍を中心に、
大型空母8隻、戦艦6隻、巡洋艦13隻、
上陸軍4万2000人の大部隊である。
日本軍にも100機の偵察機、戦闘機と
4000人の守備隊がいたが、
圧倒的な連合軍の前に
なすすべなく壊滅。玉砕も時間の問題と見られた。
その頃、
真田は1ヶ月ぶりに呉の自宅に帰宅していた。
その表情は疲れきっている。
「ただいま」
「お帰りなさい。」
割烹着を着た京子が
真田を迎える。
真田は京子に上着を預けると、
茶の間の座布団の上に
乱暴に腰をおろす。
「お疲れみたいですね…」
「ああ、せっかく帰れたのに、悪いな。」
「いえ…」
真田が疲労困憊の理由、
それは言うまでもなく、無能な新参謀長にある。
「敵はマーシャル諸島に来襲した!
今こそ決戦の時である!
全艦隊を押し出して敵を撃滅するのだ!」
マーシャル諸島が空襲を受けてから、
この参謀長は呪文のように毎日
「艦隊決戦」を繰り返していた。
連合艦隊の主力はほとんどが本土や
ブルネイ、シンガポールにいる。
そこから艦隊を集結させてマーシャル諸島に
向かうとなれば、どんなに急いでも2週間以上、
最悪1ヶ月はかかる。
そんなことをしている間に米国は
マーシャル諸島を占領し、航空基地を建設してしまう
だろう。
そうなれば連合艦隊は基地航空隊の援護が
ほとんど皆無な状態で決戦に挑むことになる。
それがどんなに無謀なことか、
連合艦隊の若手参謀は皆よくわかっていた。
「恐れながら、参謀長、
今はまだ決戦の時ではありません。」
「マーシャル諸島で決死の戦闘をしている
友軍を見捨てろと言うのか?
帝国軍人として恥ずかしくないのか!?
至急第一航空艦隊を呼び出せ!」
「一航艦は航空隊の再編中です!
母艦航空隊の消耗も少なくないのです!」
「今戦えば、これまでの苦労も、
死んでいった兵士たちの努力も
水泡に帰すのですよ!」
岩田や田代も真田と一緒になって懸命に反対した。
5時間近くにわたる大激論の末、
なんとか福留を押さえ込むことに
成功したのだった。
自宅に戻ってから、真田はずっと
難しい顔をしていた。
彼の頭の中には、最後の手段ともいうべき
悪魔の計画があった。
果たしてそれをやるべきか否か、
彼は決めかねていたのだ。
「京子」
「はい」
「俺を死神だと思うか?」
京子は答えなかった。
無言で真田の後ろに回り込むと、
真田を後ろから抱き締めた。
「思いません。正樹さんはお国のため、
臣民のために戦っていますから…」
「俺の作戦でたくさんの人が死んだ。
敵も、味方も。そしてこれからもっと多くの人が
死ぬかもしれない。それでも、
君は俺を…愛してくれるのか…?」
「はい…」
真田の心は決まった。
真田は静かに振り向くと、
京子を布団の上に押し倒した…
12月19日
九州鹿屋基地。
新人搭乗員の養成所として
九六艦戦や九七艦攻、零戦二一型など
旧式の機体が多数揃えられている。
滑走路の横には格納庫があり、
その中では、4つの発動機を備えた巨大な機体が
整備を受けていた。
二式飛行艇の輸送機型「晴空」
3日後、連合艦隊司令部はマリアナ諸島へ
前線視察へ向かう。
その時搭乗するのがこの晴空なのだ。
「連合艦隊司令部の真田中佐だ。」
夕方、格納庫にやってきた真田は
近くにいた整備兵に声をかけた。
「は、はい!いかがなさいましたか?」
「福留参謀長が搭乗する二番機を見せてもらいたい。」
「は!」
整備員がピカピカに磨かれた
二式大艇のところへ真田を案内する。
すると、真田はいきなり整備員に銃を
突きつけた。
「さ、真田中佐、一体何を!?」
「この飛行艇に細工をしてもらいたい。
途中で墜落するようにな。」
「え?」
戸惑う整備員。
真田は拳銃の引き金を引く。
弾丸は整備員の横をかすめ、
格納庫の壁にめり込んだ。
「君に迷惑はかけない。もしバレそうになったら
あの銃痕を根拠に
『真田中佐に脅迫された』と言えばいい。
報酬は払う。日本の未来のためなのだ。
どうかよろしく頼む!」
整備員は呆気にとられていたが、
最後はしぶしぶ了承した。
12月22日
「それでは真田中佐、留守を頼むよ」
「長官、どうぞお気をつけて」
古賀長官は真田ら留守番組と敬礼を
交わすと、副官に先導され1番機に乗り込んだ。
福留参謀長も何も知らずに2番機に乗り込む。
大艇の発動機が始動し、護衛の零戦が
次々と空に舞い上がった。
勝手にMO作戦を実施して多くの優秀な搭乗員を
失わせ、
真田をありもしない贈収賄容疑で排除しようとし、
さらに、山本長官の飛行予定を打電させ、
海軍甲事件を引き起こした張本人。
その因縁も今日これで終わるのだ。
そして、今度は真田が、
上官を殺した十字架を背負うことになる。
真田は自分のやってることも彼と変わらないと
思った。
一歩間違えれば、自分があの立場にいたかもしれない。
(福留参謀長、さらばです)
3時間後、福留参謀長らを乗せた2番機が
太平洋上空で行方不明になったという知らせが入った。
長官を乗せた1番機と通信、気象、医療要員を乗せた3番機は
無事テニアンに到着した。