新たなる翼
忙しくて更新遅れてすみません
真田が海軍航空本部の一室に
到着すると、室内からは
激論を交わす声が響いてきていた。
「急降下制限速度に問題はないか!?」
「何度も計算し直しました!
主翼強度に問題ありません!」
「昨日の試験飛行ではラジエーターに
不具合があったとのことだが、
改善できたのか!?」
真田はそっと中を覗いてみた。
眼鏡をかけた男たちが、
大量の図面や資料に囲まれながら
計算を行っている。
「失礼いたします!
堀越技師、山本元帥のご後任がご到着です!」
集団の中央にいた男性が
顔を入り口の方に向けた。
丸渕眼鏡に七三分けの髪。
一見どこにでもいそうな会社員風の男。
日本が世界に誇る天才戦闘機設計士、堀越二郎である。
「お初にお目にかかります。
連合艦隊参謀の真田と申します。」
「おお、貴方が真田さんでしたか。
初めまして、三菱重工業の堀越です。
今は新型戦闘機開発のためにこちらの設備を
お借りしています。」
堀越の周囲にいた設計チームの面々も
頭を下げた。
現在戦闘機開発の真っ最中だという。
「そうでしたか。
ところで、例のA7M2はどうなっていますか?」
A7M2とは烈風に付けられた開発番号のことだ。
元々はA7Mだったが、開発の途中で
発動機を変更したため、番号もM2に
変更された。
「もう試験飛行の段階に入っています。
結果は概ね良好。あともう少し調整すれば
海軍から正式に量産指示が下りるでしょう。」
零戦の正式採用からわずか3年で
後継機が出来上がるのは異例の早さだ。
実はこれには真田の計画したA-150が
絡んでいた。
A-150の採用によって再び大艦巨砲主義の
勢いが強まると考えた山本を
筆頭とする海軍航空派が零戦をさらに上回る戦闘機の
開発をかなり早い段階から堀越に依頼していたのだ。
「貴方のことは亡くなられた山本長官より
聞いておりました。とても優秀で頭のキレる
人物だと。」
「私の力など些細なものです。
私の仕事はひとつでも多くの損害を敵に与え、
友軍の損害を少しでも少なくする作戦を
立案すること。ただそれだけです。」
真田がそう言うと、堀越も笑った。
「僕も同じです。ただ優秀な戦闘機を
創ること。それが私の仕事です。
そうだ、これからA7M2の試験飛行があるのですが、
もしよかったらご覧になりませんか?」
真田にこれを断る理由はなかった。
真田と設計チーム、航空本部の士官数名は
霞ヶ関からA7M2のある厚木飛行場へと移動した。
「あれが僕らのA7M2です。」
格納庫から運び出されてきた
その飛行機は真田が初めて目にするフォルムをしていた。
先端がわずかに上に反りあがった主翼。
馬力を上げるために採用された
巨大な発動機とエンジンカウル。
全身をオレンジ色で塗装された、
ずんぐりむっくりしたその機体は
零戦にように美しくはなかったものの、
パワフルで荒々しい印象を見る者に与えた。
「これより、A7M2の最終試験を行います!」
発動機が始動した。
零戦の栄とはまた違った音がする。
回転数はどんどん上昇し、
それに比例して発動機の爆音も激しさを増す。
待機していた整備員が車止めを外し、
滑走路へと移動した機体は
猛烈な速度で走りだし、大空へ舞い上がった。
「おお!」
真田の口から思わず感嘆の声が漏れる。
A7M2は空中で旋回や宙返り、急降下を行い、
不自由のない華麗な機動で空の下を乱舞する。
日本にもうひとつ、力強い切り札が
誕生した瞬間であった。