欧州の魔王 1
1942年 8月 ロンドン
「首相!大変です!」
「入ってくる時はノックくらいしたらどうかね?」
ロンドンの英国首相官邸。
公務室の椅子に腰掛け、
紅茶を啜る背広の
紳士の名前はウィンストン・チャーチル。
軍需大臣、海軍大臣、航空大臣を歴任した
イギリス屈指の政治家である。
1939年より始まった第二次世界大戦で、
イギリスは何一つ得をしたことがなく、
損害ばかりが累積していた。
ドイツの攻撃によって、フランス、オランダが
なす統べなく降伏。
本土はUボートに包囲され、
輸送船にバカにならない損害が出ている。
1940年〜1941年にかけて、
イギリス上陸を目指すドイツとの
間で猛烈な航空戦が繰り広げられ、
ドイツの本土上陸こそなんとか阻止した
ものの、イギリス側の航空隊は
壊滅的被害を被った。
さらに、1942年1月、日本が
参戦してくると、あっという間に
マレー半島、シンガポールが陥落。
東洋艦隊は日本海軍になす統べなく全滅。
インド洋に展開した日本軍空母に
よって、インドとのシーレーンが崩壊
すると、植民地各地で反乱が相次いだ。
アフリカ戦線はというと、
他の戦線と比べればまだマシではあった。
当初進撃してきたイタリア軍を機械化師団で
包囲殲滅。
救援にきたドイツアフリカ軍とも一進一退の
戦いが続いている。
アメリカが参戦した以上、枢軸側に
万にひとつの勝ち目もないだろうが、
そのアメリカも太平洋で多数の空母を
失ったという。
東洋の黄色い猿がここまでの
活躍を見せるとは正直予想外だった。
だが、そんな彼に止めとなる一報が入る。
「紅海に日本空母が出現!
数日間に渡る大空襲でスエズ運河駐屯軍は
壊滅!ナチスにスエズ運河を占領されました!」
それを聞いたチャーチルは
机からひっくり返りそうになった。
スエズ運河は物質をインド洋、太平洋方面に
運ぶ要地であるのはもちろんのこと、
中国国民党やイギリスインド方面軍への物質輸送ルートの
一角でもあるのだ。
そこをナチスに奪われたとあれば、
連合国の補給網に楔を打ち込まれたに等しい。
「すぐに奪い返せ!」
「それは難しいです。
戦力を整えるのに4ヶ月はかかります。」
第一次世界大戦でも一番損をしたのは
イギリスだった。
今回の大戦もそうなるだろう。
ところが、悪夢はこれだけでは
終わらなかった。
「首相!空軍偵察機より
緊急連絡!北海に超大型戦艦出現!
ナチスのものと思われます!」