真珠湾上空、敵影なし!3
1942年 1月4日 09:22 (ハワイ時間)
第一次攻撃隊から遅れること80分。
第二次攻撃隊179機が現着した。
第二次攻撃隊は主に5航戦(空母翔鶴、瑞鶴、空鶴)
所属機から成っており、ほとんどが800kg爆弾を
抱えていた。
第二次攻撃隊の目標は真珠湾周辺に位置する
燃料タンク並びに艦船修理ドックの攻撃である。
だが、そう簡単にはいかなかった。
第二次攻撃隊は米軍の対空砲火の洗礼を受けたのだ。
「チッ!敵さんもタダではやられないってか!?」
第二次攻撃隊指揮官嶋崎重和は
部下に機体を滑らせ、対空砲火を回避するよう、指示した。
それでも少なくない日の丸が翼から火を吹いて
撃墜されていく。
「雷撃隊は敵戦艦に止めを刺せ!
爆撃隊は港湾施設と燃料施設を攻撃しろ!」
日本軍機はその練度の高さを見せつけ、
対空砲火の弾幕を突破し、爆弾を
ねじ込んでいく。
艦船修理ドックには800kg爆弾が投下され、
収容されていた駆逐艦5隻が大損害を受けた。
戦艦ペンシルバニアにもさらに爆弾2発が直撃し、
主砲の砲身がへし折られた。
燃料施設群には九九艦爆隊が急降下爆撃を
見舞った。
その正確な爆撃は燃料タンクを破壊し、
重油が真珠湾湾内に流れ出す。
わずか2時間足らずの攻撃で真珠湾は
美しい群青の海から、血と重油の海へと
変貌したのだった。
最後の日本軍機、淵田機が真珠湾上空を離脱したのは
10時16分。
日本軍側の損失機は36機だった。
20世紀最大の大博打と称された真珠湾攻撃は
日本側が作戦目標のすべてを達成し、
大勝利をおさめたのである。