極寒の海
1941年 12月20日
閑静な北の海に船の鼓動が響く。
気温は連日氷点下10°近くまで下がり、
吐く息は皆揃って白かった。
整備兵は飛行機の翼やプロペラが凍らないよう、
手入れに苦心している。
千島列島、択捉島。
この島最大の港、単冠湾に
日本海軍連合艦隊の正規空母9隻が集結していた。
空母天城には南雲忠一中将の中将旗が
掲げられている。
この9隻の空母は22日に出撃し、
年が明けた1月5日、米海軍太平洋艦隊の基地がある
ハワイ真珠湾を空襲するのだ。
本日は呉より山本五十六が座乗する戦艦長門が
やって来ており、真珠湾攻撃の最終確認が
行われている。
「この作戦の目標は開戦壁頭真珠湾に
停泊する米太平洋艦隊に大打撃を与え、
半年間の作戦行動を不可能にすることにある!」
連合艦隊の黒島亀人先任参謀が言った。
そこに山本が付け加える。
「艦艇を破壊するだけでは敵はすぐに
復活してしまう。修理施設や重油タンクの
破壊も怠らないように、くれぐれもよろしく頼む。」
山本はあの参謀の言葉を思い出した。
・・・・・・
山本五十六の回想 1ヶ月前 長門作戦会議室
作戦会議室で盤面を見つめる山本の前に
ある男が現れた。
将官会議で顔を会わせた真田正樹参謀である。
「失礼します。軍令部としての戦略がまとまりましたので
ご報告致します。」
山本は彼の書類をめくった。
必要兵力から損害予測、注意すべきポイントまで
こと細かく書かれていた。
「この案を考えたのは、君か?」
「はい。私の原案に同僚たちが補足して
くださいました。」
少しの沈黙。
その後、山本は言った。
「君の案は確かに素晴らしい。
だが君はアメリカの力をわかっていない。
彼らは君たちの想像を遥かに超える国力を持っている。
アメリカと戦えば日本は三度国土を丸焼けに
され、国は滅ぶだろう・・・」
真田は山本の心中を察した。
負けるとわかっている戦争の指導をすることが
どれほど辛いことか。
その思い空気を打ち払うように真田は言った。
「今私の作っている戦艦は絶対に沈むことのない
不沈艦です。それだけではありません。
日本には9隻の空母と1万人の優秀な搭乗員がいます。
勝てる勝てないではなく、勝たねばならないのです。」
真田は負けることなどまったく考えてはいなかった。
その自信に満ちた目は山本に一種の安心を
与えたのだった。
回想終わり
・・・・・・
「お待ちください!」
山本に待ったをかけた人物がいた。
機動部隊参謀長、草鹿龍之介だった。
「港湾施設を攻撃するのは武士道に
反する行為です!」
しかし、山本はそれを一蹴する。
「港湾施設や燃料タンクも軍艦となんら
変わらない立派な軍事施設である!
草鹿参謀長、連合艦隊司令部の指示は
【米艦隊を壊滅させ、半年間行動不能にする】
だったな。その命令を守らないことのほうが
よほど武士道に反しているとは思わんかね?
本物の武士なら命懸けで任務を遂行しようと
すると、私は思う。」
山本の諭すような口調にさしもの草鹿も
うなだれ、港湾施設への攻撃を了承した。
(真田参謀。君の国を思う熱意は本物だ。
私もこの戦いにできる限りの力を尽くす
ことを約束しよう)
開戦まであとわずか――――――――――