第5話 ♯You don’t need any ====== to listen to music !
「やあ、ジャック。コイツが例のおチビさんかい」
「……」
チビと言われて速水は少しむかっとした。
表情には出さないが——出ているかも知れない。
「ああ。マスターこんばんは」
ジャックが微笑んだ。
「……どうも」
速水は会釈した。
この初老の体躯の細い男性は、このハウスの支配人だった。
髪は白髪が程良く交ざったグレー。同じ色の口髭を綺麗にそろえている。
日本人だが少し色黒だ。
速水は仕事が終わった後、強制的にまたここに連れて来られた。
今日はジャックのステージがあるらしい。
ウィルの所で色々試してから、二週間が経っていた。
速水はロブが置いて行った色々なブレイクビーツのCDや、その他ジャックが買ってきた新曲を聴いたり踊ったりしたが、さっぱり糸口は掴めない。
何か根本的に違うのかも知れない――。
が、それが一体何なのか分からない。
速水は、沢山の曲を聴きまくり、聴きすぎて、次第に誰がどう見ても目がうつろになっていった。
それを見かねたジャックが、気分転換にと口実を付けてまたここに連れて来たのだ。
支配人は『例の』、と言ったから、多分、自分の事はよく知っているのだろう。
なら自己紹介は要らない。
「ジャック。俺、控え室にいる。楽しんで来いよ」
「ああ。後で感想聞かせてくれ」
「……」
速水は無言でその場を去った。
「ああ、君」
廊下にガードマンがいた。
前回来た時も居たが、ロブが一緒だったから声をかけられなかった。
速水は今関係者のIDを首から下げている。今日ジャックに渡された物だ。
「聞いたよ、ジャックと組むんだって?」
が、そのガードマンは速水の予想と違う事を言った。
「―—?」
速水は立ち止まって見上げた。てっきり、ID見せろと言われると思った。
「ジャックも変な事言うよな。ああ、いま彼のマネージャーがいるから」
「……どうも」
速水は帽子のつばを少し上げて、そしてまた少し下げてその場を立ち去った。
ガードマンは肩をすくめた。
ジャックの控え室の扉は開いていた。
この前と同じ部屋だ。
「あら」
入ろうとしたら、先に見つけられた。
「リサさん。こんにちは」
速水は言った。
今はリサしかいない。ダンサー達は本番を控えて、自分の控え室か、ステージの方にいるのだろう。
そして速水はいちばん端の席に座った。
「真ん中に座れば?」
「やる事あるから」
速水は袋からCDとプレイヤーとノートを取り出した。
「宿題?話かけても良い?」
どうやら一人で暇だったようだ。机の上には日本のファッション雑誌とスナックが置いてある。
「今のうちなら」
速水は言った。
「即興はどう?できそう?」
「……」
速水は少々顔をしかめた。まさかジャックは速水の事を、関係者全員に触れ回っているのか?
「ゴメンね、兄さん強引だから……もう多分、ここでは皆知ってるわ」
速水の思いはリサに伝わったらしい。
「支配人も、ガードマンでさえ?」
速水は苦笑して言った。
「あら。早速、言われたのね」
リサはくすりと笑った。
「うん……」
「組む気はあるの?」
リサが聞いた。
「分からない。そんな事、あったとしても当分先だ」
速水は溜息をついた。……これでは組む気があると言った様な物だ。
「リサさんは反対だろ?マネージャーとして」
速水は尋ねた。
ジャックの妹?でマネージャーだと言うリズは、どう思っているのだろう。
さすがに賛成って事は無いだろう。
「そうねー、年が離れてるからちょっとどうかって思うけど。ジャックから言い出すのは初めてだから……。ゴメンね、やっぱりまだ戸惑ってるわ」
正直に言われ速水はホッとした。
「ふぅん。ありがとう。音楽聞いてても良い?」
そう言う。
「ええ。邪魔してごめんね」
「あ。なんか、不気味らしいけど、気にしないでくれ」
速水は思い出して言った。
速水は両耳にイヤホンを付けて、曲の再生を始める。
ランダム再生。タイトルは見ない。
ノートを開く。
一曲目がはじまった。
鈴虫のような、鳴き声の前奏。
一つのねじれた音をベースに、周囲に広がる無限の音――。
これは……若干の気色悪さを伴うが、かなり聴ける方だ。
だがサビも何も分からない。
と思えば、いきなり途切れ、また始まり。途切れ、始まり。
どんどん大きくなっていく。
子供が遊んでいるようで、速水は思わずクスクスと笑った。
ねじれた音が二つに増えた。
そして周囲の音が一つにまとまり。テンポが早くなる。
また一瞬だけ一つに戻り、また思い出した様に二つに。
曲が終わった。
速水は曲名を見た。
「……ハァ」
クラシック?……全然分からなかった。
でもこれはまた聞きたい。無駄に長い曲名をノートにメモする。曲の端に『+』と書く。
次の曲が始まる。
どん!!
と嫌な音がした。
速水は眉を潜める。誰かが挽きつぶされるような。そんな音合わせの繰り返し。
「……」
――もう来た。ハズレだ。
速水は姿勢を正し、耳に手を当てた。
目を薄く開いて、口をしっかり閉じる。
何百曲も聴いて分かったが、ハズレの曲でも耐えられる物もある。
この前聞いたテクノ?は特に酷い大ハズレだったのだ。
これはまだ小ハズレ。
無理矢理叩き付ける様な音の嵐。
何か、中華麺の生地を両手で持ってのばしたみたいな……。
真ん中の音が左右の音に引っ張られて、その持った手も、違う音にまとわりつかれている。
挽きつぶされるような音は真ん中から出てる。それがしばらく延々と続き、やっとメロディーらしき物が出て来た。
速水はほっとし、椅子にもたれた。
ふと。突然、綺麗な音階……途切れ途切れのメロディー、が混ざったのでメモする。
珍しい。ここは、多分曲が静まった部分だ――。
そして最後は消え入る様な、四つの音が、途切れ、延び、途切れ―—消える。
「……」
速水は曲名を見た。
このアーティスト、中々やるな……。そんな事を思いながら、『-、ただし後半はかなり良い』と記入した。
三曲、四曲と聞き。
『+ 一部音階あり』『- 全然下手。イライラした』
等と記入する。
五曲目で、少し疲れてきた。
けどハズレじゃ無ければ――まだ大丈夫。
曲の頭を聞いて……。
――。
クィクィ、キュッー!
「?」
そして速水は振り返った。鳥がいる。ツグミ?
違う、気のせいだ。ここはライブハウス――。
横から影が落ちる。
「速水?」
イヤホンを抜かれ、言われて初めて顔を上げた。
「……ジャック?あれ?休憩か?」
「もう終わったぞ」
「えっ」
ジャックに言われ、速水は辺りを見回した。
そしてノートを見る。
メモは取られていなかった。時計を見ると、八時半。約一時間経っていた。
「悪い、ちょっと聞きすぎた。あっ。ライブ見忘れた……」
速水は肩を落とした。
「程々にな。今日のは良かったのか?」
ジャックが速水の頭をわしゃわしゃと、優しく撫でる。
速水はうっとうしそうに首を振った。
そして少し笑う。
「ああ、アタリが多くて。-の曲もかなり聞けた。クラシックはよっぽど悪く無い。この後は?用事とかあるのか?ステージは全部見る?」
「いや今日はあと三十分くらいしたら帰る。途中で何か軽く食べて行こう。悪いが待っててくれ。マスターに挨拶して来る。あとな」
ジャックが言いながら、苦笑する。
「お前、目ちゃんと閉じろ。怖いぞ。まあ歌い出さないだけ今日はマシか――」
「――、げっ」
速水は周囲を見回した。
リサと、その他三名ほどのダンサーが速水を見ていた。
リサが代表で話しかけて来た。
「ねえ……何聞いてたの?」
「……見てたのか?」
速水は言った。
「いえ、途中は気にしてなかったわ。ジャックが踊り始めて、声を掛けたんだけど」
彼女は苦笑した。
どうやら速水は無視し、――気が付かなかったらしい。
「完璧に入ってたな」
ダンサーの一人が言った。
「目の前で手をこう、手を振っても、反応無しだったぜ」
もう一人が手をヒラヒラさせた。
「あー、ハァ」
速水は椅子に座って、ガックリと頭を抱えた。
そして恨めしげにノートのページをめくる。しっかり白紙だ。
あそこだ。五曲目でやめておけば……。
速水が色々曲を聴くようになってから、たまにこんな事がある。
まだ目を閉じていれば、寝ていたとごまかせるのだが……。曲に合わせて歌っていなかったのが不幸中の幸いか。
「ねえ、ハヤミ、帰り私も一緒にご飯食べていいかしら?」
リサが言った。
「……オーケー」
ジャックの妹だし、速水はそう言うしか無かった。
――外で音楽を聴くのは止めた方が良いな。
速水はそんな事を考えた。
■ ■ ■
ジャックは免許を持っていないが、リサは国際免許を持っているらしい。
多分、ジャックが色々抜けている分、妹がしっかりしたのだろう。
「兄さんって、ちょっとドジだから。運転なんてさせられないわ」
「いつも助かるよ」
ジャックはそんな事を言っていた。
たまに寄る事のある、国道沿いのファミレスに寄った。
何の変哲も無いチェーン店だが、ジャックはここの料理が気に入ったらしい。
ボックス席にリズとジャックが並んで座り、リサが窓側に座った。
速水は二人の向かいに一人で座った。
リサは雑穀粥を食べている。
彼女は綺麗な日本語で注文していた。
「支配人が来たから声かけたんだけど、この子全然気がつかなかったのよ」
リサがジャックに言った。
どうやら先ほど、途中で支配人がのぞきに来ていたらしい。
が、速水が反応しないので帰って行った。
「……今度謝っとく」
速水は大いに反省した。
「まあ、別に良いんじゃ無いか?」
ジャックはオムライスを食べつつ、そんな事を言った。
「兄さん、もっとしっかりしてよ。ハヤミの方が正しいわ。あ、兄さんの次のライブだけど――」
そしてスケジュール帳を開いた。
速水は首を傾げたが、とりあえず軽めの食事を取った。
話が一段落した頃に口を開く。
「ジャック」
「何だ?」
「そう言えばジャックって、今、日本でしか活動してないのか?」
速水は言った。
ジャックは今度、東京へ行くらしい。が、本籍はアメリカで、活動拠点はそちらのハズだ。
「ああ、実は――」
「兄さん!兄さんは喫茶店に就職しちゃったから、しばらくは日本で頑張るのよね!?」
リサが口を挟んだ。
アウチ、と言う声が聞こえた。どうやらジャックはリサに足を踏まれたらしい。
「……こら、アレ関係は言っちゃ駄目でしょ……!」
「……そうだった……」
何やらヒソヒソ話している。
「?アレ関係って何だ」
もちろん英語だったが、速水には聞こえた。
「いや、ええと俺は」
「兄さん!はね。アメリカでの人気はもう十分だから。今度は日本を拠点にしてその後アジアにも進出するつもりなのよ!つまりこの国が、世界征服への足がかりなの。――ガンバってね」
リサは笑って言った。若干いらついてるようにも見える。
「……はい。僕はダンスで世界を征服します。まずはココ日本からです」
ジャックは太もも?を押さえている。つねられたらしい。
「へぇ。さすがジャックだな。がんばれよ!」
速水は笑ってそう言った。
ジャックの何か様子がおかしいが、おそらくいつもの誇大妄想だ。
「ああ!君と俺とで世界を変えよう!!――それで、予選の話だが」
「予選?」
速水は聞いた。
「来年の大会の予選。その為に、今からバイト減らさないとな」
「ああ。へぇ」
速水は水を飲んだ。
――バイト減らして大会出るとか、ジャックは凄いな。
「ジャックは凄いな」
そこだけつぶやいた。
「ん?」
リサが少し首を傾げた。
「じゃあ俺、応援行く。頑張れジャック!あ、でも俺が行ってもいいのか?」
速水は心底嬉しげに、最後ちょっと戸惑ってそう言った。
「ああ、もちろん!……って?応援?」
ジャックが固まった。
「や、ちょ――ちょっと!兄さん、この子、全然分かってない感じだけど。ちゃんと言った?来年の予選、一緒に出ようって」
リサは言った。
「いや、言った……てない!!」
「……は?」
速水は首を傾げた。言った―てない?どんな英語だ。
ヒアリングには自信があるが、今のはジャックが咬んだのだ。
あとリズが焦りながら、何か気になる事を言ったような……。気のせいだろうか。
「ゴメン、二人とも、もう一回?今、全然聞き取れなかった」
速水は人差し指を立てた。
ジャックは頭を抱え、止まったままだ。
その表情は痛恨のミス、とでも言うような感じだ。
「ハァ。もう良いわ。私が進める。兄さんってほんと……こういうとこ役に立たない……」
一人でリサは納得している。リサが速水を見た。
「速水、あなた、大会に出てみない?」
「……大会?」
速水はあっけにとられた。
「ええ、来年四月のドイツでの世界大会の、まずは日本予選」
「――は?」
速水はポカンとした。
英語は分かる。来年の?大会?
「今年の……つまり来月の本戦には兄さんはソロで出るんだけど、もし優勝しても貴方と一緒だと、シードが効くか分からないから」
「たいかい?そろ?シード?効く…、いや、効くか分からない……??」
速水は呟いた。言っている事はわかるのだが、何が言いたいのか理解できない。
貴方と――って。
「ええ!?」
速水は思わず声を上げた。
そして、あっすみません、と言って慌てて口を閉じる。ここはファミレスだ。
「予選自体は来年三月だけど、エントリーは早い者勝ちだから。って言っても日本は出場チーム少ないかな。っていうか兄さん!ちゃんとエントリーの了解取っておくって言ってたのに!話してさえ無いってどういうことよ!?ユニット名だけ、この子に考えてもらえば良いと思ったのに。―—言い出したの兄さんでしょ?」
リサは途中で周囲を見回して、少し声のトーンを落とした。
代わりにジャックは襟首を引っ張られた。
「いや……あの時、了解が取れたと勘違いしてた……」
ジャックはおそるおそる、と言った様子で速水を伺った。
「あの時って?」
リサが言った。
「あの時?ってジャック、いつの事だ?」
速水は首を傾げた。
「ほら、速水、君がベッドで――」
「ベッド!?」
リサが驚いた。
「えっ。――あっ……」
速水はようやく思い当たった。
速水が寝込んだ日、そう言えばテンション高くジャックが何か言っていた。
『早速エントリーを!』とか何とか!
「あ、あなたたち――」
リサがジャックと速水を交互に見ている。
「ち、違うっ誤解だ!俺の誤解だったんだ。彼は悪くないっ」
ジャックが立ち上がって言った。
「えっ、それって……!」
「げっ違う、そうじゃない!そう言う意味じゃ無いんだっ」
リサがさらに驚愕し、ジャックはさらに否定した。
「お客様、すみません少々お静かに……」
店員が恐る恐る、と言う感じに声を掛ける。
「あっ、すみません黙らせます。ジャック何かデザート注文しろ。あと謝れ」
速水は慌てて頭をを下げた。
「ええと、じゃあこの小倉パフェを二つ。すみません、騒いでしまって。静かにします」
「私は、……じゃあイチゴパフェで。ごめんなさいね」
「あ、はい、いえ。小倉お二つ、イチゴ一つですね」
ウエイターはホッとした様子で注文を取り去って行った。
「変な言い方するなよ。あれは看病だろ。俺が風邪を引いたんだ」
速水は英語で言った。
「あ、なんだそうだったの!良かった」
リサはホッと胸をなで下ろした。
「エントリーっていつから受け付け?」
速水は聞いた。
「受付は、今年の大会終了後から、締め切りはだいたい大会の一ヶ月半前までね。来年なら練習もたっぷりできるし、折角だから出てみない?」
「――ジャックと?」
速水は目の前に座るジャックを見た。
そして、速水は難しそうな顔をして息を詰めた。
ジャックは得意げに速水を見ている。
「ああ。一年後なら、背もきっと伸びる。今から一緒にショーケース作って、ライブステージや他の大会にも出よう!…いやそれはマズイか?」
「そうね……ステージはともかく、大会はどうかしら。奴らどこで見てるか分かったもんじゃ――」
ジャックとリサは考える速水を余所に、何か話している。
大会……?速水は確かに背が伸びたら出てもいい、そう思ったが。
「悪い、ジャック。俺はやっぱりちょっと出られない。他にやりたいことがあるんだ」
「え?」
ジャックが固まった。
「え?……なに?やりたいことがあるの?」
リサが聞いて来た。
「俺、今バリスタの国内資格めざして、勉強してるんだ。だからバイトはあまり減らせない。それに今フランス語の勉強してる。あと、ダンスだけど」
速水はつらつらと言う。
「ちょっと、待って。バリスタ?バリスタ目指してるの?」
リサが言った。
「え?うん。資格取ってイタリアに行こうと思ってて――。向こうで上手く行くか分からないけど、イタリア語はできるし何とか。それに、ダンス……」
「イタリア?イタリア語……?えっでも今さっきフランス語、って?」
リサはポカンとした。
「リサ、言ってなかったが、彼は、凄いぞ。速水、もう中国語は良いのか?」
「元が漢字みたいな物だから。楽だった」
速水はジャックに言った。
「驚くなよ。とにかく、ひどい語学マニアなんだ。俺も知って絶句したんだが――実は、速水はイヤホン付けて踊ってる時は大抵、語学のCD聞いて勉強してる。音楽、聞いてないんだよ」
ジャックが言った。
リサがポカンとした。
「お待たせいたしました。小倉パフェと、イチゴパフェです」
パフェが三つ運ばれてくる。速水の前にも置かれる。
「食べても良いか?」
速水は二つ食べるつもりだったのかと思って、ジャックに聞いた。
「ああ、いいぞ。他に何語が出来た?」
「サンキュー。英語、イタリア語、ドイツ語、中国語、韓国語、エスペラント、簡単そうなのからやったから、フランス語はもう少しかかるかも?」
リサが「オーマイガー」と言って天を仰ぎ、はぁ……と深い深い溜息を付いた
「君って……見かけによらないのね。そういえばその年で、英語上手すぎよね。あまりに普通に話してたから――、おかしいと思わなかった……そう、だから……兄さんから組んでみたいって……」
そして、ジャックに似た仕草で頭を抱えた。
そのジャックが隣でため息をついた。
「まあ、大体そんな感じだな……。俺も、こっちで知り合ったバリスタ……隼人にとりあえず見てくれって言われて、踊り見た後、オーマイゴットって叫んだ。その隼人も、まだ小学生だった速水に英語教わってマスターしてイタリア語は一緒に勉強して、何とか話せるようになったんだってよ。まあ、ハヤトも大概に優秀すぎだろうが。。俺は、速水は教師?いや語学博士にもなれるぞ……っていつも思ってるんだ」
ジャックも頭を押さえた。
速水の踊りを見て、曲は何聞いてるんだ?からのオーマイゴットだ。
「俺、ダンス出来ないと思ってたし、暇だったから。他は全然駄目だけど、言葉は割と得意なんだ」
速水はパフェを食べていた。美味しい。
そう言った物の、速水は内心複雑だった。
速水には、耳が変になってから、歌詞しかダンスの頼りが無かったのだ。
英語は必須だった。それは――必死にもなる。
まあ、少しハマってしまったが。
それに、言葉を勉強していたら昔聞いた、動物語がいつか分かるかもしれない。
けれどそちらの望みは無いに等しい。速水は嘆息した。
「バリスタ、真剣に目指してるの?」
速水にリサが尋ねた。
「もちろん」
速水は顔を上げ、すぐ頷いた。
「速水サン、珈琲の煎れ方も、小学校から店に入り浸って教えて貰ってたんだって。全く、呼び捨てに出来ないぜ」
ジャックが珍しく嫌みを言った。
「……腹立つ……?」
速水は不安げにジャックを見た。
……嫌われている?
生意気って思う?不気味って思う?
……変だって言う?
「いや。俺はお前が好きだし、すごいと思う。だから一緒に俺と出場してくれ!」
ジャックは言った。
速水はホッとした。良かった……いつもの誇大妄想だ。
速水はジャックのこういう、優しい所は好きだ。
「でもだから、バリスタの勉強が……」
「そこを何とか、ほら、フランス語、すこーしゆっくりにしてだな。ダンスとバリスタ資格、どっちも取れば良いんだ」
「そんなの……うーん……」
速水は出来る訳ない、と言おうとしたが、一年あるなら…。いや?
「あ、いや、ちょっと待て、俺、他にもやりたいことがあるんだ」
「――まだあるのか!?」
ジャックが言って、ガックリと突っ伏した。
リサはもう何が何だか、と言う顔をしている。
彼女はとりあえず溶けかけたクリームを口に運んだ。ああ、おいしい。
「ダンス――、ダンスで、即興をできるようにしたい。大会でブレイクするにしても、どの道、即興やバトルが出来なきゃ駄目なんじゃ無いか?」
速水は言った。それは大問題だ。
「お、やる気になったか!」
「違う――だって」
そしてまた背が伸びたら云々。元の木阿弥だ。
パフェは無くなり、時間も無くなり、速水達は車で帰路についた。
〈おわり〉