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第1話 はじまりはグッバイ


「え?」

速水朔は耳を疑った。


今日は店番が無かったのでいつも通りに、朝から晩までジャックと踊った。

踊って、踊って、倒れてまた踊って。少し死にかけて。

喧嘩して。また踊る回る、ひたすらに。


そして今。

彼はイヤホンを外し、汗だくでガレージの床に座って、スポーツドリンクを飲んで、タオルで汗を拭いている所だ。


時刻は午後九時を回っていた。

いつもジャックが「そろそろ切り上げましょうか」と言う頃合いだった。

やっとこの地獄から解放される…。彼は内心そう思っていたのだが。


「ゴメン、もう一回言ってくれ。ワンモアプリーズ」

多分聞き間違えだろう。そう思って速水は人差し指を立てた。

ジャックは外人なのでこの方が伝わりやすい。


優しげな面立ち、短い、ほんの少し茶色っぽい金髪。


タコ足のようなくるっとした前髪。

…大体いつも白の襟付きシャツを着て。

大体いつもくたびれた水色のジーンズを履いている。

スニーカーは白か赤。たまにネイビー。服より靴にこだわりがあるらしい。


「だから、僕と組みませんか?」

そして降りて来る柔らかい声。


「誰が」

もちろん速水はそう言った。


■ ■ ■


「は?馬鹿じゃないのか」

ガレージで速水はジャックを見上げそう言った。

その目つきは完全にジャックを馬鹿にしている。


「いいえ。僕は馬鹿ではありません。貴方と僕で、きっと世界を変えられます!」

ジャックはいまいち日本語が下手だ。

敬語なのは、それで日本語を覚えたかららしい。


「…いや。だってお前、幾つだよ」

速水は言った。速水は今、十五歳だ。

彼は中学校卒業後、この家に下宿しながら、家主であるバリスタの磐井の店で働いていた。


「僕は三十歳です」

「…アホか?」

一回りを越えて、十五歳差。

確かに、ジャックはかなり若く見えるが…無理があるだろう。


速水は立ち上がって片付けを始めた。

と言っても今は夜中なのでラジカセ等は使っていない。速水はイヤホンを付けて練習していたのだ。

イヤホンは耳に医療用のテープで止めて、小型プレイヤーを胸ポケットに入れ。安全ピンでポケットの口を止め付けていた。

朝と夜はこんな感じだ。


このガレージは磐井の厚意で使わせて貰っている。

もとは足の踏み場の無い倉庫だったが、速水と隼人で綺麗に片付け大層喜ばれた。

今では車庫にもなっているが、軽自動車を停めてもまだ十分な広さがある。


…速水はプロでも無いし、アマでも無い。

ただブレイクダンスをやっているだけの若者だ。


速水の将来の仕事はおそらく隼人と同じくバリスタ。

珈琲を煎れるのは嫌いじゃ無いし、接客も楽しい。彼は客が喜ぶのを見るのが好きだった…。


親友の隼人は今、バリスタ修行でイタリアにいる。


忘れもしない、速水が十五歳になった、約一月後。

速水はどうにかして残りの中学生活をすっぽかし、一時帰国した隼人についていこうと思っていたのだが、隼人がジャックを拾ってきた。


なんでも、路上で財布も携帯も無くして凍死寸前だったとか…。


そして速水は折角イタリア語も覚えたのに、磐井に捕まり、日本語が駄目なジャックに言葉を教えて欲しいと言われた。つまりジャックの世話を理由に取り残された格好だ。

が、ジャックは隼人に言われ、話せないフリをしていただけだったのだ…!


…あれは速水の人生最大の誤算で、憎たらしい隼人の、いつもの計算だった。


心底苛々しつつ、一応速水は男の名前を聞いて驚いた。

ジョン・ホーキング。ジャックと呼ばれる男。

ダンサー?ってまさかあの…!?

男は速水も当然知っている、世界的に有名なブレイクダンサーだった。


最も彼は、ジャックがあまりに薄汚れていたので『これ本人か?パチモンじゃないのか?』と暫く信じていなかったが…。


それから三ヶ月と少し。

ジャックと一緒に朝から晩までダンスし、そして珈琲にまみれた日々。


――近いうちに、日本のバリスタ資格でも取るか。いつかイタリアへ行くのもいいな…。

速水はそれなりに満足だった。


と、ここでジャックが馬鹿な事を言い出したのだ。

「アホらし。組んでどうするんだよ。電気消しとけよ」

そう言って彼はガレージから出た。


■ ■ ■


暗い中、すり切れた飛び石を踏んで歩く。

当然だが玄関には明かりが付いている。

速水は引き戸を開けた。


師匠の磐井は田舎の土地持ちだった。それなりの母屋、ガレージ。中庭の畑。

田舎と言っても、この市のメインの道路には近く、一つ通りを越せば車線は二車線になるし、賑わいもある。

磐井の店はここから五分ほどの場所だ。


速水が通っていた中学からは十五分ほどの距離。速水の住んでいた別邸からは四十分くらいの距離。

そして隼人の元実家からは十分もかからない。


「ただいま戻りました」

速水は頭を下げた。

「あら、おつかれさま」

いつものように家に入る。磐井の母が出迎える。八十過ぎの磐井節子さん。

「お疲れ様です。お母サン」

送れてジャックが入って来た。


「おつかれー」

磐井は居間でテレビを見ていた。適当な声を掛けられる。仕事以外では磐井は役に立たない。昔結婚していたが、奥さんには逃げられたらしい。


速水はジャックと台所へ行き、いつものように遅い夕食を取る。


速水は今朝自分で作ったアサリの味噌汁に火を入れ、冷めたおかずをレンジで温める。

飯を二膳よそい、片方をジャックに渡し。冷蔵庫から麦茶を出しグラスに注ぐ。

そして速水は席について手を合わせ。頂きますと言って食べ始める。

ジャックはタコなので先に食べ始めている…。一応手を合わせてからなのが、唯一の救いか。もちろんそう仕込んだのは速水だ。


ジャックには誇大妄想の気があると速水は思っていた。


「速水サン。僕と二人で、この世界を変えませんか!」

今日もそんな事を言っている。

「…馬鹿?」

ジャックのダンスは確かに凄いが、この男はこれで良いのだろうか。ダンスの仕事もやっている気配が無いし…。


食後、速水は皿を洗った。磐井と節子の分も流しに残しておいて貰っている。

世話になっているので当然だ。

「おおっと…」

…ジャックは一応皿にラップをしている。もちろんしつけたのは速水だ。

隼人が居た頃は洗い物も交代でやっていたのだが…。もう仕方無い。節子は膝を痛めているし。


畳にソファーと言う半洋風の居間では、ジャックと磐井がテレビドラマを見ている。

この家でテレビは、ここと節子の部屋にしか無い。

速水はニュースくらいにしか興味が無かった。

「俺、もう上行くから。少ししたら風呂入る。明日燃えるゴミだから出しとけ。節子さん、お先にどうぞ」

もちろんゴミを捨てに行くのは速水だ。

一番風呂は当然節子。節子が入った後は湯を換える。隼人が決めたルールだった。

「ありがとうね」「いえ」

速水は少し微笑み、二階に上がった。


二階には三部屋あって、一つは物置。残り二つは畳敷きの子供部屋だ。

そこに今はそれぞれ、ジャックと速水が間借りしている。

ジャックが居た部屋は前は隼人が使っていたが、今はおびただしいクマのぬいぐるみで埋まっている。ジャックは余った金をほとんどそれに使っているらしい…。


「ハァ」

…隼人、早く戻ってこい。

年代物の勉強机に座り、何となく速水はそう思った。


■ ■ ■


「速水、出かけましょう。僕は今日休みです」

「いや俺、今日シフトあるけど」


翌朝、いつものように一人で少し身体を動かして、シャワーを浴び、風呂掃除とゴミ出しなどをした後。

抹茶をたて、適当な朝食を食べていたらジャックがそんな事を言い出した。


磐井はもう店にいる。

速水は九時から六時までのシフトで、週三、四日ほど働く事になっている。研修が空けたら少し増える予定だ。

「じゃあ、終わった後に。夜から」

「夜って。晩飯はどうする?」

「外で食べましょう」

「いや、磐井さんの分は?って事だけど…。じゃあ節子さんに…」


節子に外出の報告をし、晩ご飯を頼んだ。

「マスターにも何か買ってくるように言っておきます。揚げ物以外で」




「おはようございます、マスター」

「おはよう、速水君」

店に入ると、きりっとした磐井が出迎える。


速水は裏で制服に着替えた。

この店にはもうかなり入り浸っているが、一応名目上は研修中だ。

今はマスターが休憩中なので、かわりに速水がカウンターに立つ。


「あ、いらっしゃいませ」

「ふう今日は少し暖かいね…あ、速水くん、いつもの」

いつもの時間にいつもの人が来た。

「はい、どうぞ」

速水は、ちょうど良い具合に出した。

「お、さすが」

…おそらく、自分は近い将来バリスタになるのだろう。

向いていると思うし、楽しい――。



「お疲れ。ああ、お前、最近ブレイクダンスはどうだ?ジャックに教わって、上手くなったか?」

速水の休憩中、磐井が聞いて来た。

この店では休憩と言っても、エプロンを外しカウンターに座ったりするだけだ。

磐井がそこに珈琲を置く。


「えっと、まだ微妙…」

珈琲を受け取り、速水は苦笑する。


「ダンサーにはならないのか?」

「いや、俺は好きで踊ってるだけだし。それに俺がダンスで食っていくとか、絶対無理」

速水はくつくつと笑った。

ジャックもだが、磐井もおかしな事を言う。


「けど、ジャックと組むんだろ?」

磐井が言った。

「え?ああ。そんな、だって年、一回り以上違うのに、あり得ないですよ。それに、…身長が…」

速水は肩を落とし、一番の懸念点を言った。

「そうか…まあそうだよな。でもそのうち――あ。いらっしゃい」

磐井は接客を始めた。



「速水サン!」

仕事が終わりに近づいた頃、ジャックが店にやって来た。

見知らぬ、背の高い黒人男性が一緒だ。

「いらっしゃいませ。…ジャック、その方は?」

速水は言った。

「僕の仲間です。マスター、彼にカプチーノをあげて下さい。あ、好きな席に。今オフで暇だって言ったので、連れて来ました」

「そうですか。初めまして。速水です」

カウンター越しに速水は頭を下げた。


…ジャックと同じ年か、少し上くらいだろうか。

百九十はあろうかという長身。短く刈り込んだ黒髪…。

ジャックの仲間と言うことは、ダンサーなのだろう。

確かにそんな感じの体型だ。


「…おい、こんな小さいのと組むのか?」

その黒人男性は、速水をまじまじと見てそう言った。

英語だった。

速水はちょっと面食らった。


確かに、今速水の身長は、百七十…無いくらいだ。でも年齢から見れば割と普通だと思う。が、ちょっと傷ついた。


「―、すみません、ジャックがおかしな事言ったんですね」

速水は英語で話した。

「ん?英語、話せるのか」

「ええ、一応ですけど…貴方も、もしかしてダンサーですか?」

「ロブもブレイクやってる。向こうじゃ、結構有名だ」

ジャックが言った。英語だった。

「へぇ、それは凄い…」

速水は他人事のようにそう言った。それでロブに対する興味は無くなった。


「じゃあ、朔、少し早いけど、もう上がって良いぞ」

「え?はい。お疲れ様です」

磐井がそう言って、速水は上がった。



「―そう言えばジャック、今日どこに行くんだ?ロブさんも一緒か?」

着替えを終え、速水はジャックに聞いた。

速水は大体いつもの格好だった。

黒のキャップに、黒のパーカーに黒のズボン、インナーは青。スニーカー。


さっきからロブが速水をじろじろ見ている。

一体何だろう。


「まるでクロウの子供だな」

なんて首をひねられても。…速水は気にしない事にした。


「ロブ、夕飯どこで食う?」

「そうだな、ま、途中で適当に――」


そして途中のファミレスで夕飯を奢られた。


『ブレイクやってるんだって?』『いつから始めた?』『大会出場は?入賞したか?』

「一応」「六歳くらい」「一回。予選落ち」

ロブの質問に、速水は食べながら答えた。


「いや、日本って凄い!パスタの種類がこんなにある!デザートも!」

その間、ジャックはひたすら日本のメシは旨いと言いつつ食べていた。


■ ■ ■


そこはライブハウスだった。


ロブの運転で、速水はジャックとそこに来た。

車から降りる。


「ジャック、ライブでも見るのか?もう八時だけど」

時刻はもう八時前だ。

ロックアーティストのライブでもあるのだろうか?

「今からが本番だ」

「おい、ジャック―?」

ジャックは歩き出した。

「さ、行くぞ。まあアイツの踊りを見てみろ」


「―え?」

ジャックが踊る!?今から?

速水はロブを見上げた。そしてロブも歩き出したので後を追った。


満員の観客席に速水とロブはいた。ステージから見て、かなり後ろの方だ。


「ブレイクダンスって、ライブとかあるんだ?」

速水はロブに聞いた。

「おいおい、もちろんあるさ。ここは、向こうでも結構有名だ。今日はブレイク以外にも、色々なダンサー達のライブがある。しかし、お前、発音上手いな。海外に居たのか?」

「いや?ずっと日本だけど…」


そして、ライブが始まった。

速水は生のダンスステージを見るのは久々だった。

以前、通っていたダンススクールで見たきりだ。


ロック、ヒッポホップ、アニメーション…。

色々なジャンルがあった。

「凄い」

グレイト、と速水は言った。

「次からブレイク。後半戦だな。ジャックはラスト。まあ今日のメインは奴みたいなモンだ」

華やかなショーケースが始まると、速水は食い入るようにそれを見た。


技を競うように。いや、観客を魅せる為に。

ソロもいたがチームもいる。

九名ほどでそろえた動き、音に合った振り付け。


「凄い…」

今度は、クール、と速水はつぶやいた。


そしてまたソロのB-boyが引き。いきなり会場が揺れる。

速水は驚いた。甲高い声に思わず耳を押さえる。

大歓声が上がったのだ。


「きゃぁああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

隣の女性が凄まじい大声を上げている。


男も女も。すでに叫び熱狂している。

「ジャックーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

と皆が叫ぶ。


一瞬ライトが消え、またライトがまぶしく光る。

速水は目を細めた。


「…」

ジャックがいた。

彼を何と言ったらいいのか。――別人としか言いようが無い。あれは誰だ…?

長身、巻き毛。鍛え上げられたスレンダーな肉体。

真上、四方からライトに照らされて、四つに分かれた薄い影が落ちる。

別人のように目つきが鋭い。まるで猛禽―いや、肉食の豹。


そして、大音響に合わせ、微笑むように踊り始める。


…やっぱり、分かる。

これは自分には無理だ――。


「すごいな、ジャックは」

速水はそう言った。


■ ■ ■


その後、大歓声の中、ロブが速水の腕を引いた。

何だ?と思う間もなくホールに出て、そのまま移動した。

脇の廊下の、KEEP OUTと書かれた札を越え。


「え、ココって」

「ジャック、いるか!」

ロブはその扉を叩いた。


中には、先程ステージで見たダンサー達が勢揃いしていた。

『JACK』と書かれていたが、皆たむろしている。

ある者は部屋の端の、鏡の設置された机に座り、スナックを食べ。女性が真ん中に用意されたテーブルで何か、…先程の録画…を見ている。もちろんその後ろには数名のダンサーがいて覗き込んでいる。


入って来たロブを見て皆が、よう、と声を掛ける。

速水は影に隠れた形になっていたが、促されて部屋に入った。扉を閉める。


「ジャックはまだだぜ。ロブ。ほら、アンコール中だ」

「あ。…まあ、ライブの後は混むし、先に来て正解だ。おい、速水見てみろ」

ロブはごまかした。

「え…」

速水は小さめの液晶を覗き込んだ。繋がっているらしい。

ロブも速水の後ろに立ち覗き込む。


「これ、今度のDVDに入れるの。だから撮影してるのよ」

液晶の前に座っていた金髪の女性が言った。

見事な巻き毛。かなりの美人だ。

赤いインナーに、ネイビーのジャケットをはおり。

薄い水色のダメージジーンズ、赤のパンプスを履いている。

…彼女はダンサーでは無いのだろうか?ステージには出ていなかった。


「…君。ジャックは好き?彼、凄いでしょ」

「それは凄いけど」

女性に聞かれ、速水は答えた。


液晶の中でジャックが、アンコールを踊っている。

圧巻のショーケースではなく、自由な、ブレイク。


「ジャック…何だか、楽しそうだな」

速水はふっと笑った。


「――で。ロブ、この子は?ジャックのお友達?」

その女性が、ロブを見上げ聞いた。

「驚くなよ。リサ。こいつはジャックのパートナーだ」

ロブが言った。


「「…何!!?」」

皆が振り返った。

当然、速水もロブを振り返った。


「ジャック!ついにそっちの道に…!」

「う、ぁー、やっちまったのか!!」「ぐっ…ゲイ――」

皆が一斉に悲鳴を上げた。

「違う違う!そっちじゃ無くて、ダンス!ダンスだ!!」

「「え?」」


「えっ?ちょっと、この子が…!?嘘っ」

女性が勢いよく立ち上がり速水の肩を掴んだ。

「…!!?」

速水も絶句し女性を見た。女性の身長は速水と同じくらいだ。


「――ふう。今日も良いステージだったな…」

とそこに丁度ジャックが現れた。


「ジャック!ちょっとどういうこと!?」

リサと言われた女性が速水を放り出し、ジャックに詰め寄った。

「ん?ああリサどうだった?」

「もちろん最高だったわ!…じゃなくて!!あの子!誰よ!」

リサが速水を指さした。

「ああ、彼、ほら前に言っただろ。組む予定の―」

「ちょっと、子供じゃない!あなた幾つよ!もう三十よね!?あの子幾つ!?」

リサは凄い剣幕だった。


「ええと?…速水サン、君は幾つでしたか?」

わざわざ日本語で聞かれた。

「十五」

速水は日本語で正直に答えた。

「あれ?…えっと、――リサ。二十だって!」

ジャックは嘘をついた。


「…十五歳」

速水は英語の綺麗な発音で言った。もちろん皆にしっかり完璧に通じた。


「おいおい…まじかよ!」

「ジャック…冗談きついぜ」「嘘だろ…」

数名があきれてその場に崩れ落ちた。


「はぁ。十五って…ジャック、…またいつものジョークね?…そうよね?………冗談よね?」

リサも机に両手を突きながら、ちらりとジャックを見て聞いた。

「いや。彼と一緒に四月の大会に出ようと思ってる。今年は無理だけど、来年ならエントリー間に合うから」


オーマイガー!と聞こえたそれは皆の悲鳴だった。


「おい!…ジャック、ちょっと待て?よく考えろ?よく考えてくれ!!何に出るって!?」

ロブが部屋の端でジャックに言った。

…どうやらジャックを説得するらしい。

「全くジャックは今日もおかしいぜ!」と言う声が聞こえる。


長くなりそうなので、速水は椅子に座ってさっきの映像を見ていた。

もちろんジャックと組むつもりは全く無い。

「…ん?」

と、リサが近づき話しかけて来た。

「あなた、ホントに十五?名前は?英語分かる?」


「だいたい分かる。俺は十五歳で。名前はサク・ハヤミ。あなたは?」

「ああ、私は彼の年下の兄弟で、マネージャーなの…、そう、じゃあ貴方が兄さんの言ってたハヤミサンだったの…」

妹だったのか。確かに髪質や顔立ちが似ている。速水の事はジャックから聞いていたらしい。


「ヘイ、ユー!ちなみにソイツ、元、男だぜ。バートン・ホーキング」

一人の言葉にぎょっとして、速水はその情報源を振り返った。

「あ、今も男か?」

「ちょっとウィル!言わないでよ」

「男…!?」

速水はショックを受けた。ジャックの妹…が、男!?

ウィルやその他は笑っているが…知らない方が良かった。


「ジャックと組むって本当?…聞いてた?」

「聞いてたけど、冗談だと思ってた…」

速水はジャックを見た。まだ端の方でロブと何か話している。


「だから、それが良いと思ったんだ。俺は速水と組むから――」

ジャックは全然、ロブの説得を聞いていないようだ。


速水はがたんと椅子から立ち上がり、ジャックの方へ歩み寄った。

「おい。このタコ」

そして速水はジャックを見上げた。


「タコ!?」

側に居たロックダンサーが飛び上がった。


「ジャック。お前、馬鹿だろ。俺はアンタと組むなんて言ってない。年違いすぎるし、身長も合わないし。他にもっといいやつ居るだろ。そこの人とか」

速水は先程踊った一人を指さした。


「それにそもそも、ブレイクって一人かもっと大勢でする物じゃ無いのか?二人ってそんなに聞いたこと無い」

「ああそう言えば、俺もあまり聞いた事は無いな、アゥチ!」

速水はジャックを蹴飛ばした。


「ハァ…、もう帰る。お邪魔しました。ロブさん。送ってくれ」

「あ、ああ。行くぞジャック」

「待った!」

ジャックは速水の前に回り込んだ。速水は舌打ちした。

「ちっ。…何だよ」

「来年が駄目なら、ほら!再来年はどうだ?それなら二年あるし、君の背もきっと間違いなく伸びる!」

「…はぁ?そんなの仮定だろ。馬鹿かお前。行くぞ」


速水はジャックの袖を引っ張り、強引に控え室を出た。


■ ■ ■


「全く、何かと思えば」

車内で、速水は溜息を付いていた。

「…速水サン。いいじゃないですか」

ジャックが日本語で言った。

「無理。駄目。ノー」

速水は言った無論英語だ。


「ハヤミだったか?お前、そんなにジャックと組みたくないのか?」

運転しながらロブが聞いた。

「だって、年が違いすぎるし…。俺、背低いし」

速水は嘆息した。ジャックは百八十くらいある。どう考えても無理だ。

「一年後なら伸びるんじゃ無いか?両親はでかいのか?」

「ロブさん…あんた、反対じゃなかったのか?」

速水は言った。


「まあ…ジャックが組みたいって言うなら、やってみれば良いじゃ無いか。滅多に無いチャンスだぞ」

ロブはそう言った。

「いやだ。そんなの、実力差がありすぎて、どうにもならない」

速水は至極正論を言った。


「じゃあ、今から俺と特訓したらどうだ?」

ジャックが英語で何か言ったが、無視した。


「お前、ブレイクは出来るんだよな」

ロブが聞いた。

「出来るって…、だからまだ十五歳だし」

「向こうじゃ、普通だ。そんな年の奴でも、もっと若くても、大会とかでバンバン勝ってる。日本は規模が小さいんだ」

「それは知ってるけど、ステージとか、俺には無縁な世界だ」

速水は頑なだった。


それきり三人とも黙ってしまい、車はただ進んだ。



「ありがとう、ロブさん」

速水は車を降りた。ジャックは座り込んで意気消沈している。

「なあ!一つ良いか?」

「?」

ドアを閉めようと思ったら、話かけられた。


「お前、何であいつを指さした?」

「あいつ?」

「ジムに、ジャックと組めば良いって言っただろ」

ロブは真剣そうだった。


「ああ。――別に、ジャックに教わった人だと思ったから」

「…そうか」


「さよなら」

速水はグッバイ、と言ってドアを閉めた。


〈おわり〉

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