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鳥籠姫と黒い翼の魔法使い  作者: 飛翔生姜
第七章 聖女か魔女か 運命の女
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それぞれの夜明け







 陽翼宮の謁見の間で、王子が頭を抱えている頃。


 一通り話を聞いた後、ヒルダはなんとか少女を寝かしつけた。というのも、どうにも少女ーー琥珀、とノアリスが呼んでいた彼女は、様子がおかしい。絶え間なく、何者かに精神を揺さぶられているような。恐怖といった、自分自身のものではない感情の波に翻弄されたように、譫言を繰り返していた。

 何かが彼女に干渉している。あらゆる精霊を使役する稀少魔法(メロディア)を持つヒルダは、姿なきものの存在には鼻が利くと自負していた。

(ロゼ・・・誰のことだ? 殿下と初めて会った時も)

 初めて会ったとき、精霊たちが騒いだ。ステラ。ロゼ。そう言っていた。

「ふーむ」

 呟き、少女の髪を撫でてやる。未だ安らかとは言いづらい寝顔に、胸が痛んだ。

「ん?」

 右耳のイヤリング。触れて、悔やむ。自分があのとき、この少女の身柄を確保していれば。そう思う。

 主から彼女を任される際、着替えさせたのはヒルダだ。衣服の惨状は当然ながら、その下の肌に残る赤いものも目にしてしまった。

 主の相手だとか、そういう話をおいても、どうにかして先に助けてやれなかったのかと、悔やまずにはいられない。

 しかしいつまでも気落ちしているわけにはいかなかった。この少女に寄り添い、慰めるのが今の自分の役割だ。

 意識を切り替えようと体を伸ばしたとき、視界にあるものが映る。

 寝台脇のテーブルには、彼女が身に付けていた赤い宝石の髪飾りが二つ置いてあった。どうやら魔力を制御する魔法道具らしく、精霊たちは嫌がっている。

「殿下はこういう、素朴なの子が好みなのかな」

 意外とは思わなかった。外見に反して真面目で、異性に対して少し臆病な面がある主には、こういう平凡そうな娘が安らぎをもたらしてくれるのかもしれない。

 よかった。そう瞼を閉じる。

 寂しがり屋だった王子。両親に突き放され、臣下には腫れ物のように扱われていた。ヒルダはそれが、たまらなく悔しかったから。

 だがもう大丈夫だと、この娘を側で見守る主を見て、思った。

 これからだって傷つくことはあるだろう。だが、自分にとって大切なものを見つけることができたなら、何度だって立ち上がれる。人はそういうものだ。折れてもいい。何度も砕けて、その度に(つよ)くなれるなら。

(君は殿下と添い遂げてくれるかい?)

 想い合っている。それは二人のやりとりを見てすぐに分かった。彼らの間にある違和感も。主が彼女の言葉を遮った瞬間の横顔を思い出すと、ヒルダは少し悲しくなる。

 望んで、その期待を裏切られるのが怖いのか。最初はそう思った。だが、主の目に怯えはなく、ただ慈愛の色が強い。そんなに深い気持ちがあるのに行動に移さないのは、何かよほどの事情があるのだろう。

(今度こそ守るから)

 我が姫と、心ひそかに、そう誓いを結んだ。








 ヒルダがリアの隣で添い寝し、陽翼宮では王子が姉夫婦を別室に隔離、自身も逃げるようにバルコニーへ出て朝日を浴びている頃。


 チュニアール使節団は、まるで葬儀のように静まりかえっていた。時刻は既に朝であり、殆どの者が起床してサロンへ集まっているのに、だ。

 サーシェスとリオンは先日ようやく恩師に再会できたと昨日までは喜んでいたのに、寝室から出てきた時点で二人とも、表情は死んだ魚の目よりも虚だった。何があったと思いながら、イリヤはうんざりする。

(朝から何なんだよ)

 今度はランティスを見る。昨夜遅くに戻ってきたと思ったら、共に出たというカルダは戻ってこないというし、ランティス本人の顔色も悪い。カルダについては気にしなくていいと彼は言うが、そういう自分の様子にはまるで気づいていないようだった。

 リーシャがそばにいないと。そう呟いたのはイリヤの義弟アランだ。囁き合い、兄弟は頷いた。リーシャと出会って変わったランティスだが、彼の内罰的な思考は根が深い。もはやリーシャはランティスにとって精神安定剤の役割を担っていた。

 だから、リアがここにいない件について、イリヤもアランも追及できないでいる。彼女の身柄はジャスが保護しているとランティスは話していたが、そもそも保護とは何なのか。王族のジャスの側にいるほうが、よほど帝国使節団の目に止まりそうなものだと思うのだが。

 参った、と重苦しい空気にイリヤとアランがお互い、顔を見合せ溜め息をついた時、サロンの扉が開いた。

「リアさん帰ってきたのか!?」

 林檎色の髪と褐色の肌を持つ少年だった。子供が苦手なイリヤは、普段は喧しいと鬱陶しく思う時もあるのだが、今だけはその能天気そうな様子に大層癒された。

「いや、まだだ」

 苦笑気味に答えるアランが、セブンを手招きして同じテーブルへ誘導する。彼は駆け足のように近寄ってきた。

「まだ!? 大丈夫なのかよ」

 夜が遅いからと、昨夜セブンを無理矢理寝室に押し込んだのは過保護なアランだ。じっとりとした目でアランを睨むセブンに、イリヤは溜め息をつく。

「いいから、まず座れ。これから状況を整理するところだから」

「そうなのか?」

「ランティスがまたジャスのところに行くんだ。その前に、それぞれ話すことがあるだろう?」

 イリヤはサロン全体に届くよう、声を張った。チュニアール建国以来続く名門ジルハーツ家の長男として、使節団をまとめるよう女王に命令されているイリヤは、そろそろ我慢の限界だった。

 本当なら、昨夜の段階で情報を共有すべきだったのだ。

 それを強制しなかったのは仲間たちへの配慮だったが、まさか夜が明けて尚、誰も自ら口を開かないとは思わなかった。何があったのか知らないが、友好関係にあるとはいえ、ここは異国の地だ。呑気に自分たちの世界に浸られては、たまったものではなかった。

「食事の前に、全て話し合おう。昨日、何があったんだ?」






 イリヤ達が昨日の件について各々話し合い始め、陽翼宮では徹夜の王子が簡単な食事と沐浴を済ませた頃。


 リトレイズ国使節団で、セトは二人の仲間に向かい合っていた。

「え、あのとき私がぶつかったひとたちが、トロナイルの王族!?」

 ひいっと青ざめているのが想像できる裏返った悲鳴をあげたのは、ふわふわ浮いた帽子である。三人きりの時は姿を現すときもあるキーアだが、大人数の中に混じる勇気はまだないらしく、再び魔法を纏っていた。この結界内で見事な精度である。いっそ執念のようなものを感じた。

「うん。エメリヤ王室についての情報を開示してくれると約束してもらった」

 ただ気がかりなのは、あの少女(リア)の様子だ。セトは考える。

(このままでいいのか?)

 昨日の段階で王子はリアを確保しているが、自分は精々証言くらいしか役に立っていない。あの王子が約束を反故にする性格とは思えないが、この程度の働きで見返りを求めるのは卑しい気がする。

 相手は王族だ。適切な距離を保ちつつ、できるなら長く付き合いたい。

「どうした、セト?」

 初めて会ったときからずっと側で支えてくれているジャックが、何もかも見透かした仙人のように静かな眼差しで、セトを見ていた。その澄んだ視線を受け、心が決まる。

「・・・なあ、もう王宮には着いたんだ。連邦(ガストロイヤ)だって簡単には動けないし、祖国(リトレイズ)としても、俺がトロナイル王家と親しくなるのは悪い話じゃない」

「おう」

「そうですね」

 仲間たちが各々頷く。セトは続けた。

「だから、もうしばらく王子に引っ付いてみようかと思う。恩を着せておくに越した相手じゃないし」

 昨日の王子と少女を思いだし、セトの中で違和感が蘇る。

 こんなの、お前達らしくない。

 たった一度きりの出会いだった彼らに、セトはそう感じていた。

 馬鹿正直に感情をぶつけ合って、下らない口喧嘩をしていた、あの時のお前達を、もう一度見たい。

(何かあるんだろうな)

 あの二人には、人を引き寄せる力があると思った。二人でひとつの何かを抱えている。その不思議な引力に、自分もふらふらと釣られてしまっているようだ。そう苦笑し、立ち上がる。

「そんなわけで、悪い。巻き込んでばっかりだとは思うけど、もう少し首相の護衛代理、頼んでいいか?」






 セトたちが話し合いながら朝食を終え、陽翼宮では王子が朝議の前に少女の様子を見に戻り、そこで寝こけているヒルダの姿に呆れている頃。


 鎮痛剤が切れ、サズは何度目かのうめき声を上げた。体が熱い。

「くそったれ」

「うるさいわよ」

 ラミアが鬱陶しいと言わんばかりの顔で応える。

「まあ、油断したんでしょ。なんだかんだいっても女だろ。そんな風にね」

「お前がうるさい」

 だが実際、ノアリスの実力はサズの予想を遥かに上回っていた。お綺麗な騎士の戦いが染み付いている自分では、確かに部が悪い相手でもある。

 この四年で、随分と人を殺したし、自身も殺されかけた。だが、まだまだ甘いということだろう。

「なあ、ラミア」

「なによ」

 サズの包帯を交換してくれている彼女は、もう言わんすることを察しているのか、淡白ともとれる態度で応じる。

「・・・ザノイックと連絡とれないか?」

「とれなくはないけど、あんたが気張らなくたって、あの王女は私が殺すわよ?」

「あの女は俺にとっても邪魔な存在だ。それに」

 いざという時、恩人(おまえ)の役に立てないのは嫌だ。そう言いかけ、口をつぐむ。

「それに?」

 ラミアの方は怪訝そうに首を傾げただけだった。安堵しつつ、サズは誤魔化して続ける。

「それに、あの王女の宮殿に潜入したはずのロッドが戻らない。無関係とは思えないだろ」

「はいはい。それで?」

 口がへの字に曲がるのを自覚しながら、渋々答える。

「ザノイックに、もう一度頭を下げるよ」

 人殺しの技を乞うために。

 世界中の誰を不幸にしようとも、いつか最愛の少女を再び腕に抱くまでは、自分は何も終われない。

 邪魔するものは徹底的に排除する。そうでなければ四年前の悲劇を繰り返してしまうだけだ。




 城下町の隠れ家でサズが改めて決意を固めた頃。

 陽翼宮にて、王子が少女の髪を撫でた時、琥珀色の瞳がゆっくりと開かれ、その視線が王子と交わった。












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