表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鳥籠姫と黒い翼の魔法使い  作者: 飛翔生姜
第七章 聖女か魔女か 運命の女
95/118

深淵の記憶







 彼女の元へ飛んでいきたい。だって、だって、ほら。あんなに泣いて叫んでいる。真っ赤な炎が、友を奪おうとする様をどうして黙って見過ごせようか。

 初めてできた女友達だった。腰が低くて、いつも名前を様付けしてくることだけが唯一の不満。あと、男を見る目がないのが心配だった。私が男だったら、きっと世界中の誰より彼女を大切に慈しみ、最高に幸せだと言わせてみせただろうに。

 ああ。その彼女の、命が!!

「ロゼッタ! ねぇお願い、返事して!」

 石を投げつける民衆を己の青い炎で追い払い、磔にされている友に駆け寄った。

「ロゼ。ロゼッタ。可愛いロゼ。返事してよ! しなさいったら!」

 遠くに、馴染みの魔力を感じる。クルスイーク。ロゼッタを誰より愛した魔族の男。種族の違いから身を引きつつも、ずっと彼女のそばにいた。

「クルス! あんたも早く手伝いなさい!」

 声を張り上げながら、手は休みなく火を消した。皮膚が焼け爛れても気にならない。そんなことよりも、ロゼ。

「ロゼ、聞こえる? 助けにきたわ。返事して」

 拘束を解いた瞬間、ロゼッタの体はずるりと落ちた。同行していた部下が慌てて受け止めてくれる。

「ロゼ!」

 今のは何の匂い? いやだ、そんなはずはない。

 否定したくて、すぐロゼを抱き起こす。しかし、そこにかつての清楚な面影はない。皮膚が失われ、露な肉さえ焼けて異臭を放つ。体の至るところに杭を打たれた痕があった。そのくせ、顔の輪郭は綺麗に残っていて、美しかった彼女がこの処刑の日まで、幽閉されながらどんな地獄を味わったか、すぐにわかってしまう。いつだって、女は男に虐げられるのだから。

「ロゼ」

 ああ、いやだ。こんなの認めない。

 どうして彼女ばかりが、こんな目に遭うのだ。散々苦しんだ挙げ句、最愛の男に切り捨てられ、拷問の中で男たちの欲から慰みものにまでされた。

 清らかな心の、美しい娘だった。

 それが何故、こんな最期(おわり)を迎えている?

 許せないと思った。

 あの男? それとも、間に合わなかった自分だろうか?

 歯を食いしばった瞬間。

「ステ、ラさま」

 消え入りそうな、掠れた声。焼けた喉で、それでもロゼッタは私の名前を呼んでくれた。

「ロゼ!」

 生きている。だが、それさえ儚い奇跡だと理解している自分がいて悲しかった。この重症では、明日まで到底もつまい。

「ありが、と。きてくだ、・・んて、おもいも・・・」

「馬鹿! あんたの為なら国境だろうが次元の裂け目だろうが、いくつだって飛び越えるわよ!」

 恨み言でも漏らしてくれたら、今すぐ彼女に殉じることもできた。それなのに、あまりにもまっすぐ見つめてくるから、私は何も言えなくなる。

「今度は、私が貴女をたす、け・・い」

「いいよ! そんなことより、今は自分のことを」

「なら、お願いを」

 そして最後に望みを呟き、彼女は――。









+ + + +









「寝ながら泣くとか、あんた変なとこ器用だな」

 呆れたような、親しみのこもった声だった。

 この声で名前を呼ばれるのが大好きだ。とてもきらきらした気持ちになる。信じられないほど、自分の名前が胸を揺さぶるのだ。

「ジャス・・・?」

「うん」

 安心させようと、彼が意識的に相好を崩したのが分かった。また一筋、涙が流れる。

「ごめんなさい」

「・・・・何が?」

 少し警戒気味に問うジャスに、手を伸ばす。

「間に合わなかった。助けてあげられなくて、ごめんね」

「いや、待て。何の話だ」

 慌てたように手を振るう姿に、奇妙な感覚を覚える。あれ?

「指、生えてる」

「そりゃな」

「殆ど残ってなかったのに」

「・・・・どんな恐ろしい夢みてたんだ、リア?」

 リア。そう、リア。レリアル・ウルフラーナ。神々の戦を止めた光の花の名前。意味は「愛在る者の幸福」だ。

 自分の名前を胸の中で繰り返した瞬間、ようやく意識がはっきりしてきた。

「・・・・おはよう」

 ジャスにそう言い、リアは周囲を見渡した。

 自分の部屋でもジャスの部屋でもない。

 身を起こし、ここはどこだと言いかけて、思い出す。ここはチュニアールではない。

「あ・・・・」

 連鎖的に蘇る全ての記憶に、絶句した。

「リア!?」

 無意識に顔へ爪を立てる手を、ジャスが引き離した。その力強さに震えが走る。

「やっ・・・・!」

 恐慌状態のリアは、その手を振り払った。そのまま目の前の男から距離を取ろうとして、寝台から転げ落ちる。また頭を打った。

「――――そんなに俺が怖いのか? それとも赦せない?」

 その声に、詰る響きはなかった。どこか労るようであり、切実なもの。

「あんたの身に何があったか、正確なことは何も聞いてないんだ。だけど、まず謝らせてくれ。あの夜のことだ」

 一定の距離を開け、驚くべきことに、ジャスは膝を付いた。リアが声を上げるより早く、彼は言う。

「本当に悪かった。怖かったよな、嫌だったよな。立太式が済んだら、チュニアールでいくらでも殴られるつもりでいたんだけど」

 まさか王宮に特攻してくるとは。そう苦笑する彼の頬に、やっと気持ちが落ち着き始めたリアは手を伸ばす。

「ジャスは悪くないわ。あたしが」

「俺はあんたに自分の気持ちを全く告げてない。そんな相手から迫られたんだ。あんたは被害者だ」

 自分の気持ち――その言葉に泣きたくなる。待って、違う。謝るのは自分の方だ。本当は求められて嬉しかったのに、保身から拒むような真似をした。

 その眼差しの強さも無邪気な笑顔も大きな手も名を呼ぶ声も、何もかもがたまらなく愛しい相手だ。

「ジャス、あたしは!」

 言い募りかけた口を、大きな手が優しく塞いだ。ゆっくりとした仕草なのに、まるで反応できない。何より、その行動の意味に衝撃を受ける。

 言わない方がいい。

 リアが拒んだように、ジャスもまた拒んでいるのか。

 そう考えた瞬間、視界が一気にぼやけた。目の奥が熱い。

「き、嫌いになった・・・・?」

「なれたら、どれだけ楽だろうな」

 涙を拭う手は慈しむような所作であるのに、今の二人には明確な壁が存在した。

「落ち着いたら、聞いてくれるか? 応えてくれとは思わない。ただ、知ってほしいんだ」

「ジャス」

「本当に悪いと思う。散々はぐらかして、今更よくもって、自分でも呆れるんだが」

 困ったように笑う様が、ひどく大人びて見えた。

「もう、あんた以外は女に見えない」

 悪戯のようにリアの髪を掻き乱すと、ジャスはそのまま部屋を出ていった。その後ろ姿を、放心状態のリアは黙って見送ったわけだが、じわじわと頬が熱を帯びるのを感じる。

 そんな場合ではないというのに、嬉しく思う自分を否定できなかった。というか、あんなもの殆ど告白と変わらない気がする。

「もう・・・」

 恥ずかしいやら悔しいやら情けないやらで再び毛布を被った時だ。



「いやあ、何あの桃色空間。殿下ってば僕がいること忘れてたのかな」



 呆れたような声に、ぎょっとして起き上がる。見れば部屋の隅の長椅子に腰かけた少女が、顔をひきつらせてこちらを見ていた。

「なんかもう、あれだったね。空気中に砂糖まぶしたみたいな。つーか殿下、好きな子相手ならあんな風になんの?」

 君も大変だねぇと笑って近づいてくる少女を、リアは知っている。

「ヒルデガルドさん」

「はいよ、二回目だね。よろしく、お姫様」

 そのままヒルデガルドは流れるような所作でリアの手を取ると、指先に唇を落とした。思わず硬直する。

「あ、あの?」

「殿下は僕のご主人だ。君はそのお姫様。なら、忠義を示して当然だろ?」

「お、お姫様!?」

 鳥肌がたった。どんなに頑張っても脇役止まりな容姿である自分を、ほぼ初対面の相手がそんな風に呼ぶなど。

「いやはや、仲睦まじいお姿を拝見したよ」

 にやにや笑う姿は、どこかリオンを思わせる。姿形はサーシェスとそっくりなのに、言動でこうも印象が異なるのか。

「僕のことはヒルダでいいよ。年が近いし女同士だからってことで、しばらく君の警護と侍女を兼ねて側にいるから」

「えっ」

「殿下の仰せだよ」

 ヒルデガルド――ヒルダは、猫のように笑った。

「いやあ、ほんとびっくり。あの殿下がねぇ。ふふ、僕に君を任せるとき、なんて言ったと思う?」

「え・・・と」

 リアは真面目に考えた。ジャスからリアに関する注意事項が出たならば。

「・・・すぐどっかへ行くから要注意、機嫌を損ねたら焼き菓子、石頭だから頭突きは避けろ、みたいな?」

「なにそれ!」

 違ったらしい。ヒルダは腹を抱えて大爆笑だ。日頃のジャスからして、てっきりそんなことを言ったのだとばかり思ったのだが。

「あー、駄目だ。お腹いたいわ。お姫様やるね! 殿下ったら基本報われないんだから、あの顔で。ああ、もう。ほんと笑える」

 笑いすぎではないだろうかと思いながら、リアはおそるおそる声をかける。

「あの、ヒルダさん」

「呼び捨てでいいよ? ああ、でも君は名乗らないでね。殿下が君の事情については詮索するなってさ。時期を見てるんだろうけど」

 てきぱき答えるヒルダの態度は、ジャスと親しくも男女の甘ったるいものは全く感じられない。嫉妬した自分を恥じつつ、リアはおずおず尋ねた。

「それでジャス・・・いえ、殿下はなんと言ったんですか?」

「そんなに畏まらなくてもいいのに。聞きたい?」

「はい」

「なら、敬語と敬称なしで。いやぁ、年の近い子と知り合う機会なくってさあ。貴族からは嫌われてるし」

 からから笑う彼女に、リアはこっくり頷いた。正直ハードルは高いが、このヒルダという娘、見た目のわりに頑固な性格かもしれない。ここは従うべきだと判断した。

「ヒルダ。ジャスはなんて言ったの?」

「ふふ。あのね」

 こっそり耳打ちされた言葉に、リアはあっという間に真っ赤になった。問題は山積みだというのに、どつしようもなく心が弾む。今だけは、この喜びに身を委ねてもいいだろうか。それを杖にして、また立ち上がれるように。

 ヒルダの言葉が、ジャスの声で蘇る。





『側で支えてやってくれ。俺の宝物なんだ』





 天然って怖いよね。そう笑うヒルダに、リアは全力で同意した。











評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ