表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鳥籠姫と黒い翼の魔法使い  作者: 飛翔生姜
第七章 聖女か魔女か 運命の女
94/118

心の潰れる音がした






 ステラ様。確かにノアリス王女はそう言った。リアは唖然とするしかない。

「どうして、あなたが」

 隣国で有名な神話といえども、帝国民さえ、かの女帝がステラという名前であったと知る者は少ない。なにせ遥か大昔の人物だからだ。

「ステラ様・・・じゃ、ないのにねえ」

 問われたノアリスは苦笑した。その表情は強ばってみえて、リアはようやく我に返った。その場で跪く。

「身内がとんでもない無礼を!」

 サズの言葉が蘇る。戦争の火種。確かにその通りだった。ノアリスに剣を向けた時点で、すでに事は良くない展開へ向かってしまう。

 しかし、ノアリスはどこまでも呑気に笑った。青ざめ震えるリアの、乱れた服装を直してくれる。

「落ち着いて、琥珀ちゃん」

 優しく目を細められる。片方の赤い目は見慣れたジャスのものと同じなのに、どこか違う。泣きたくなるような懐かしさと、なぜか苦いものが込み上げてきた。

「・・・眼帯を外されて、よいのですか?」

 赤い目はトロナイルで忌避されている。ジャスは魔法で茶色にして、このノアリスはオッドアイを眼帯で、それぞれ赤い瞳を隠していたはずだ。

 しかし、問うてすぐ気づく。サズほどの実力者相手に、片目というハンデはあまりに大きい。文字通り、命取りになりかねない。だからノアリスは、眼帯を外しているのだ。

 結局リアのせいだった、何もかも。自分が逃げ出したから、サズはあんな強硬手段をとった。ノアリスは道徳心に則り助けてくれた。結果として、家臣たるサズは、他国の王族に剣を向けた。

(・・・どうしよう)

 そもそも何故こんなことになったのだろう。自分はジャスに謝罪の意と、思いの丈を伝えたかっただけなのに。いや、これはそれ以前の問題なのだろうか。

 サズの存在を過去に置き去った罪。ジャスへの恋慕を自覚した日から、それを忘れたことは一瞬たりともない。だけど。

(もう、あたしは)

 サズへの愛着はあるが、それは既に男女の甘い情ではないのだ。家族愛に近くなってしまっている。

(あの頃には戻れないのに)

 もう何も知らない娘ではない。好きな(ひと)がいて、優しい親友(リーシャ)もいて、帰るべき(いえ)仲間(かぞく)が、今もきっと待ってくれている。

 何もかもが、こんなにも違ってしまった。

「琥珀ちゃん? 立てる?」

「あ・・・はい」

 ゆっくり腰をあげる。本当は跪いて許しを乞い続けるべきだろうが、ノアリスの眼差しには不思議な強さがあって、逆らえない。

 ジャスと似ている。やはり彼女は、彼の姉なのだ。

「今のひとは知り合いなんだよね? とにかく、一度わたしの部屋に行こうか」

「えっ、それは」

 王族自ら私室に招いてくれるのだから、本来はとても名誉なのだろうが、今の状況と自分の立場を思えば、恐れ多いという言葉だけでは片付けられない気持ちになる。

 しかし、後退るリアに、ノアリスは少し困ったような笑顔を向けて、言いにくそうに告げた。

「でも、その格好じゃどこにもいけないよ?」

「あ」

 指摘され、顔に血が上った。ノアリスが多少は整えてくれているが、もみくちゃになって刻まれた皺、全力疾走と大暴れのために着崩れたドレスは、同性相手でも見られるのは恥ずかしい。

 それ以前に。

(妻に)

 そう言ったサズが、自分に何をしようとしたか。今さらになって恐怖が甦ってくる。もしもセレナやノアリスが現れてくれなかったら、自分は今頃どうなっていたか。考えるだけで震えが止まらなくなる。

(やだ、やだ、やだよ)

 思い出したくないのに、あの時の光景が瞼の裏に浮かぶ。

 冷たい笑顔のサズが、自分の上にのし掛かる。乱暴にドレスの裂かれる音。胸を掴む荒々しい手。熱い吐息と炎の瞳。

「あっ・・・あ、あ」

 いやだ、いやだ、いやだ。

 こんなのは自分じゃない。他の誰かの話だと、そう信じたかった。それに未遂に終わったのだからと、楽観的に自分へ語りかけるも、すぐに恐怖で塗り潰されてしまう。

 気持ち悪い、なんてものではなかった。

「琥珀ちゃ  大丈  」

 ノアリスの声が途切れていく。おかしい。視界が定まらない。音も全てが遠退いていく。それに何より、息ができない。

 気を失う寸前、誰かの叫び声を聞いた気がした。

 その声で名前を呼んでもらうのが好きだった。けど、相手は誰だろう? 彼に会いたいと思った。彼だったらいいのに。朦朧とする意識の中で、最後にそんなことを願った。










 + + + +








「琥珀ちゃ・・・」

 過呼吸を起こしている少女に、ノアリスが呼び掛けようとした瞬間だった。

「リア!」

 知った声に、ノアリスはつい緊張する。そのせいで、少女の体が傾くのに反応できなかった。それくらい、声の主はノアリスにとって特別で、何より可愛い存在だった。

「王子さま」

 呟き、我に返った。身も心も傷ついた少女に、異性を近づけるのはいけないことだ。

 しかしノアリスが口を開くより早く、声の主である弟、ジャスティス・ラゾーディア・ヴァロリコルゲントは、文字通り飛ぶような速さで傾くリアの体を抱き留める。

 ジャス。

 そう無意識らしい囁きを落とし、少女はそのまま気を失った。頬を伝う涙が痛々しかった。

「王子さま、その子は!」

 咄嗟に声をかけるが、返された眼差しに息が止まりそうなほど悲しくなった。

 感情を押し殺そうとした強い瞳には、ノアリスに対する警戒心と疑念も含まれている。

「・・・まずは先触れもなく突然押し掛けたこと、心よりお詫び申し上げます、王女殿下」

「うん」

 こんなに近くにいても、同じ両親から生まれ血が繋がっていても、自分たちは姉弟ではない。そのことが、思ったよりノアリスを感傷的にさせる。

 可愛かった弟。毎日何度も飽きず抱きしめた。誰より守りたかった。

(ちがうよね)

 ・・・愚かだと、自嘲が漏れる。

 自分は国や家族より、恋人と生きること選んだ女だ。都合よく城に戻って、姉として振る舞おうなど甘いにも程がある。

「その子、リアちゃんって言うの?」

「・・・お忘れ下さい。どうか」

「王子さまの仰せなら仕方ない。わたしは琥珀ちゃんって呼ぶよ」

 リアというらしい少女は、どうやら厄介な身の上のようだ。ノアリスとて詮索は好まない。軽く頷いて了承を示すと、ジャスティスは次の質問を口にした。

「この格好なのですが・・・」

「うん、まあ明らかにアレなんだけど、駄目だよ。女の子なんだし」

 誰がどう見ても襲われた女そのものの姿であるリアの現状に、ジャスティスの表情は酷く険しいものになる。しかしリア本人さえ現実を直視しきれていない今の段階で、ノアリスが事の経緯を他者へ語るわけにはいかない。そもそも全貌が掴みきれていない上、リアの様子を見てもう一度話をせねばならないのだから二度手間だった。王族ではなく同性として、ノアリスはリアの味方をしたかった。

「王女殿下、それは?」

 自分の上着の一枚をリアに掛けてやりながら、ジャスティスは視線をノアリスの持つ双剣に向けた。

「剣を振るわれるのですね」

「あれれ。ヒルダちゃんから何も聞いてないの?」

「貴女だけは敵にしたくないと」

「あはは、本当に利口な娘だ」

 にっこり笑えば、ジャスティスは警戒を隠さずノアリスを睨んだ。

「・・・貴女は、この娘の敵ですか?」

「まさか。仲良くなりたいと思ってるよ。琥珀ちゃんの目が覚めたら確認してみて。わたしはちゃんと王子さまの味方だから」

 断言すると、ジャスティスはため息をついた。そのままリアを抱えて立ち上がり、踵を返す。

「あっ、どこいくの? 駄目だよ、噂になる!」

「ヒルダの抜け道を通ります。――王女殿下」

 睨むでもない、探るような視線が翻る。

「一体どういうつもりですか、この宮殿の穴だらけの警備は? 陛下と何を企てておられる。またご自身を囮にでもなさるおつもりか」

 その声には思いの外、非難の響きがあった。ノアリスはぎょっとする。まさか行方不明になった本当の理由を、彼は知っているのだろうか。家族の為に殺人鬼と正気の沙汰ではない取引をしたこと。そして自らも人殺しの業を背負ったこと。

 ひやりとしたのは一瞬で、ノアリスはすぐに微笑んだ。考えるまでもなく、この弟が知るはずがないのだ。きっとそうに決まっている。

 それに、と思う。

 今の言い方と仮説では、まるで心配してくれていたようだと都合よく解釈してしまいそうで、そんな自分が情けなかった。

 小さくも甘美な誘惑を振り払うように、笑顔を作って答える。

「陛下は国の繁栄と民の安寧を。わたしは、わたしに心をくれた宝物を。それぞれ守りたくて結託してる」

「宝物?」

「うん」

 怪訝そうな顔のジャスティスは、それが自分のことだとは考えてもいないようだった。ノアリスの言葉の内容を吟味している。

 腹の探り合い。誰に本心を打ち明けても、必ず一度は疑われて裏切られる。昔から王宮(ここ)はそういう場所だった。

 きっと信じてもらえない。そう落ち込んだノアリスは、「あ、そうだ」と、どこか場違いに呑気な呟きに顔を上げた。

「どうしたの?」

「いえ、すみません。少し混乱して忘れていました」

 どこか困惑したように、ジャスティスが体ごと振り向く。単純なことに、それだけで少し嬉しくなっていたノアリスは、次の言葉で固まった。

「王女殿下の恋人を名乗る男がいます。貴女から“紅夜(こうや)”という名前を賜ったと」

 うそだ、と叫びたくなった。

 会いたくてたまらない相手ではあったけど、だからこそ、巻き込まないよう遠ざけたのに。

「・・・えっと、金髪で金眼?」

「はい」

 ノアリスの反応を見て関係者に違いないと確信したらしいジャスティスは、更に続けた。

「伝言です。“悪いが首は突っ込むぞ、蒼姫”だそうで。如何なさいますか」

 ノアリスは迷った。ここで会うのは嫌だった。しかし、ここで首を横に振れば紅夜は城を追い出されるどころか、王女の汚点として命を狙われかねない。返り討ちに遭うのは暗殺者の方だろうが、だからといって無視できない。

「じゃあ、会おうかな。どうすればいい?」

「今クライン卿とヒルダが見張っています。ご所望とあらばすぐお連れしますが、警護のため、二人きりにはできません」

「ああ、うん。その方がいいかも」

 二人きりになった瞬間お叱りを受けるだろうと想像し、ノアリスは小さく苦笑した。

「離縁を望まれているわけではないのですね」

 確認するような口調で尋ねる弟の本心は分からないが、ノアリスは素直に頷く。

「うん。勿論だよ。一緒に素敵な老夫婦になるのが夢だもの」

 明るい笑顔に毒気を抜かれたようで、ジャスティスは今度こそ歩き始めた。一度リアを軽く抱きしめるような仕草をしたが、すぐ抱え直した。

「それでは、私の宮殿へ共にきて頂きます」

「うん。お邪魔するね」

 こんな冷たい空気の「お招き」は初めてだと思いながら、ノアリスは弟の背中を追った。














評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ