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鳥籠姫と黒い翼の魔法使い  作者: 飛翔生姜
第七章 聖女か魔女か 運命の女
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人魚の祈り






 どうしてこうも立て続けに、厄介事ばかりが降りかかるのかと項垂れていたジャスは、不意に胸元で奇妙な熱を感じた。服の下を見て、思わず息が詰まる。

 セレナの形見である真珠が、淡く発光していた。

「・・・な」

「殿下?」

 本当に、次から次へと。今日は一体なんの日なのだ。

 しかし本当に気に入らないのは、このタイミングだ。彼女の行方が分からなくなった途端に起きた、この現象。

(リアの身に何かあったのか)

 歩いているだけで面倒事にぶつかる厄介な性質の娘だ。何も驚くことはない。

 ただ、腹が立つほど心配なだけだ。

「紅夜どの。悪いが、貴方の言葉を鵜呑みにするわけにはいかない。だが、兄弟子(ランティス)の顔は立てよう。ノアリス殿下に、言付けがあるなら承る」

「俺が来ていると伝えてくれたら充分なんだが。そうだな」

 切り捨てられることさえ考慮していたのだろう、紅夜は落ち着いた様子で言う。

「じゃあ、“悪いが首は突っ込むぞ、蒼姫”と」

「・・・承知した」

 内容については些か問い質したいところだが、口を割る男には見えなかった。頭から信じるつもりはないが、本当に姉の客なら無下にもできない。

 何より、姉を誘拐した組織【ラジェーテ】出身のランティスが元同僚だと明言した。ランティスが得体の知れない人物を易々と随行させるとも思えなかった。

「あいつの宮殿にいくのに、俺は留守番を食らう羽目になりそうだな?」

「恋人に会えるかもしれない機会が遠退くのに、落ち着いてるようだが」

 試すように聞けば、紅夜は肩を竦めた。

「ここで騒いでお前に迷惑をかけたら、それこそ後で二人になったとき叱られる」

 妙に実感のこもった言葉に、ジャスは迷った。この男の見張りに人手を割くなら、いっそ引き連れてリアを探したほうがいいかもしれない。しかし姉の宮殿へ赴くのに、こちらは先触れさえ出していなかった。その上素性知れぬ男を連れていくのは問題がある。

「俺は一度さっきの宮殿に戻って、あのセブンとかいう連中と合流しておこうか」

 その発言に、もう何度目かという衝撃を受けた。まさかと思いながら、ランティスを見る。

「紅夜どのは、チュニアール使節団の一員として入城したのか」

「ああ。話が前後するんだが、彼は俺達の師匠と長年暮らしていたんだ」

「そこで何故ノアリス殿下が出てくる?」

 なんだか聞きたくない気もしたが、流石に無視できなかった。

 ジャスの――――恋人(ノアリス)の弟の顔色が悪くなっているのを、やはり淡々とし様子で見ながら、紅夜は答える。

「一緒に暮らしてたからだ。組織が崩壊してから、アルポロメのグレルという田舎町で、親子三人と嫁いできた妻として生活していた」

 ・・・本当に聞かなければ良かった。なんで本人ではなく姉の同棲相手、というか内縁の夫から、秘密の結婚生活について聞かねばならないのだろう。いくら疎遠といえど、年頃の弟として複雑だ。

「ランティス?」

「胸中は察するが、・・・事実だ。家には肖像画もあった。お前そっくりの女性だった」

 気の毒そうに言うランティスを見て、ジャスは腹を決めた。

「紅夜どのは姉に用があるとの事だが、今の話が真実だとしても、手放しで信じることはできない。姉は離縁を望んで帰還したのかもしれないし、そもそも既に王女として周囲に認識されている以上、恋人というのは公には歓迎されない」

 ノアリスはまだ若い。そして王位継承者にとって唯一の姉であり、彼女が産んだ子にはトロナイル王室の血が受け継がれるのだ。それは政治的にもあまりに大きな意味を持つ。ノアリスが自分の宮殿から殆ど出ないのも、この手の陰謀を避けようとしているからだと、ジャスも察していた。

 そこにきて、行方不明期間に同棲していた恋人の登場は、あまりに面倒だ。

 彼を邪魔だと判断して亡き者にすべく手を打つ者もいれば、逆にすり寄る輩もいる。紅夜の話を信じれば、帝国でも由緒あるディオール家の嫡子だ。出世に目がない連中が養子として迎えるのに、これほど美味しい話はないだろう。

 一番最悪な使い道は、ノアリスやジャスの地位を崩す為の駒に利用されることだ。

 それを思えば、もう目を離すことはできない。自分が廃されたら、チュニアールにどれだけの被害が及ぶか、考えただけでぞっとする。

「紅夜どの。随行を許可する。だが、妙な真似だけはしないでくれ」

 クリフとヒースに目配せする。不審な行動があれば、その場で押さえ付けるように。

「瀞霊宮に行くぞ」








+ + + +








 夏の日、あの水晶の中で、セレナはある女性から遺言を受け取った。

『ここは私に任せて。貴女には残って、後に備えてほしいの』

 娘を文字通り、命懸けで愛して守り抜き、生涯を終えた女性。

『良ければ、お友達になってあげてね』

 アルナリア――――我が姫レティアの友人であり、新たな友レリアルの実母である女性から、そう言われたのだ。

 だから今、ここにいる。






「どうして」

 掠れた声をあげるしかできないリアに、セレナは安心させようと笑いかけた。

「久しぶりだね、リアちゃん」

 現実世界で直に言葉を交わすのは、これが初めてだった。内心ドキドキしながら、それでも表面上は落ち着いているように振る舞う。

「怖かったよね。もう大丈夫だから」

 我ながら中々男前ではないだろうかと自惚れつつ、セレナはリアにのし掛かっていた男を睥睨した。

「人魚にも人間にも、どんな種族にでも。欲に溺れた賤しい者がいるんだね」

 脳裏に思い浮かぶのは、誰より恋しいジャスの笑顔だ。彼が想いを寄せるリアに、この男は狡猾にも付け込もうとしている。

 リアとアルナリア、二人の魔力に寄り添って現在まで意識を保っていたセレナは、目の前の男がリアにとってどういう相手か理解していた。

 だからこそ、腸が煮え繰り返る。

「人間の姿に化けた醜悪な害虫みたい」

 よくもジャスの想い人に手を出してくれたという、我ながら身勝手な怒りは、確かに大きい。

 しかし、それ以上に女として、あるいは、リアの友として赦せない。

 この男は、リアが自分を拒めないことを知っていた。彼女の性格上、仮にサズが「俺のことは気にするな」と身を引いても自分を責めるだろう。彼はどういう言葉や態度で臨めばリアが折れるか、きっとこの世の誰よりも熟知している。

 重ねた日々の中で生まれた絆を、呪いにした。

 確かにこの男は不幸だろう。愛しい娘を正攻法で婚約者にし、将来を誓い合っていた。それを理不尽に奪われた挙げ句、自身は死人として扱われ日陰者に追い落とされたのだから。

 だが、その行いは、かつてのレティアとなにも変わらない。

 リアの心が壊れる可能性を承知していた。気持ちが離れていることも予想していたし、リアの方も明確に告げ謝罪している。

 それなのに、強引に彼女を汚そうとした。

 かつての思い出、消えない愛着、そして何より罪悪感から、リアはサズを拒むことができない。

 そう、 彼は自分が何をしても、リアに本心から憎まれることはないと、確信しているのだ。

 その事実に気づいた途端、セレナはかつてないほど、頭に血が上った。

「どうして今更のこのこ出てきたの」

 本気で邪魔だと思った。ああ、あの夏の日、レティアもこんな気持ちで、セレナを睨んでいたのだろうか。

 しかし、セレナの嫌悪と侮蔑に満ちた態度に、サズは大した反応は見せなかった。人魚が珍しいのか、それとも半透明な点か、あるいは両方か。驚いた顔でセレナを見ていたが、やがて淡く微笑み、リアに視線を向ける。

「そうか。リア、友達が出来たんだな? いいことだ」

 直前の暴挙など無かったかのような穏やかな声に、背後リアの体が強ばったのが、気配でわかった。

 セレナ自身、愕然としている。

 この男は、徹頭徹尾、リアのことしか見ていないのだ。まるで世界には自分と彼女さえいればいいと言うように。その異様さに、リアも気づいている。

 こいつは駄目だと、セレナははっきり理解した。いずれはリアどころか、ジャスにとっても大きな害悪となる。出来ることなら今すぐにでも葬ってやりたいが、生憎セレナにその力はなかった。

「リアちゃん、立って」

「え・・・」

 すっかり腰が抜けているリアに、振り向かず言う。

「ただの罪悪感なんかでここに座り込んでたって、きっと何も変えられないよ。この人はそれで満足しない。皆が不幸になるだけだ。だから、今は立ち上がって」

 セレナは知っている。

 リアという娘は強いが脆い。そして流され易くもある。その性質を、目の前の男は必ず利用するだろう。

 だから、今は立ち止まってはいけない。そうでなければ、蜘蛛の巣に絡み捕られた蝶のように、彼女は奪われてしまう。

「ここで全ての選択を下せ、なんて言わない。だけど、今ここで立ち上がらないと、その数少ない道筋さえ途絶えてしまう」

「あ・・・」 

 リアが声を発した。セレナは微笑む。

「そうだよ。あなたと、あなたが仲間と思う人たちとの未来だ。一人で勝手に諦めないで。ここで簡単に捨てられるほど、弱い望みじゃないでしょう」

 アルナさん。もういない相手に、そう心で語りかける。

 ほら、言った通り。

 リアは立ち止まったまま、終わる娘ではなくなった。

「リア、どこに行くんだ?」

 不思議そうにサズが問う目の前で、リアはゆっくり立ち上がった。セレナも振り向く。

 衣服は乱れたままだし、涙だって止まっていない。顔はぐちゃぐちゃだ。

 だけど、視線は既に相手を捉えていた。

「サズ」

「うん?」

 呼んだか、と嬉しそうに笑う男を、セレナは気味悪く思う。しかし、その思考も段々薄れていくようだった。

(ああ・・・)

 後に備えてほしいというアルナの遺言に従い、なんとか自我を保ってきた。しかし、ここは海から遠い上に、魔力の結界が施されている。セレナの存在を、認めない。

 いつまで顕現できるか分からない事実にひやりとするセレナの前で、リアは言った。

「生きていてくれて、本当に嬉しかった。だけど、今は」

 リアの言葉が終わるより先に、サズが彼女を逃がすまいと手を伸ばしてきた。実体を持たないセレナをすり抜けて。逆にリアは身を翻す。

 その瞬間をセレナは見逃さなかった。

「リアちゃん、走って!!」

 現れた時と同じように、いやそれ以上の光を放つ。自分にできるのは、もう目眩まし程度だ。

「このっ・・・!」

 しかし、セレナの存在をまるで意識していなかったサズは、その光を零距離で受けた。

 憎たらしげな声にほくそ笑む。同時に、とうとう力を使い果たしたことを理解した。

 消滅の刹那、セレナは祈る。

 お願い、誰でもいいから。


 私の二つの宝物を、どうか守ってください。




















 

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