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鳥籠姫と黒い翼の魔法使い  作者: 飛翔生姜
第七章 聖女か魔女か 運命の女
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彼らの名前




 セトとの思わぬ再会から一転、まさかのリアがこの城に潜入しているらしいと聞き付けたジャスは、彼を伴い目撃現場までやって来た。

「ここ?」

「ああ。いないけど・・・嘘じゃないからな」

「わかってる。ここで俺から反感を買うのはリトレイズ国にとっては不利益でしかない」

 あっさり断じたジャスは、周囲を見回した。ようやく、頭が冷えてきたかもしれない。

 落ち着いていたつもりだったが、ようやく鎮まっていく鼓動を思えば、まだまだ平常心ではなかったようだ。

「移動したんだな。その時の詳しい様子は?」

「遠目だったけど、何かを探ってる風だった」

「どこの密偵に就職してるんだ、あの馬鹿は」

 苦々しく吐き捨てる。セトが小さく笑ったので、思わず睨んだ。

「なんだよ」

「いや、すごい変わりようだと思って。さっきまで完璧な王子様だったのにさ。惚れた女にかかると、どんな身分立場の奴も、ただの男になるんだな」

 しみじみと言われ、ジャスは言葉につまった。セトと初めて会った時、リアへの想いなど自覚もなかったというのに、どうしてこうも筒抜けなのか。

「うるさい。探すぞ」

「はいよ。・・・と、そうだ。手伝うのに見返りを頼んでもいいか? あくまで個人的に」

 付け加えられた内容に、少し驚く。彼を軽蔑したというわけではないが、ジャスの身分を知って尚、そういう俗っぽいことを堂々という人間は滅多にいない。大抵は無償ですり寄り恩を着せ、後の好機を窺うものだ。

「望みは?」

 軽い口調から、大したものは望んでいないだろう。個人的にと前置きをするくらいだから、国交に関わる問題でもない筈だ。

 だからといって金銀財宝や地位に執着する類いでもあるまい。そんな分かりやすい男なら、恋人を探して世界を巡ったりしないだろう。

 そうなれば、大抵の予想はついた。

「おれが恋人を探しているのは、前にも伝えたな?」

「ああ」

 やはりその話かと、軽く頷く。

「トロナイルは魔導国家。大昔の神話についても多くの文献が残されていると」

「? ああ」

 少し話が逸れたような気がしたが、ジャスは遮らずに続きを促した。

「おれの望みは、紀元前に滅んだエメリヤ王家について調べることだ。これに関して、トロナイルほど有益な国はない。どうか殿下の御名にて、御許しを頂きたく存じます」

 言い終わるや、セトはその場に平伏した。屋外で下は芝生といえど、地面に額を押しあて跪く姿は真剣そのものだった。

 正直、エメリヤ王家と彼の恋人の行方がどう結び付くのかは皆目見当もつかない。しかし、今は根掘り歯掘り聞く暇はないし、何より真摯そのものの拝礼に、疑う余地は見当たらなかった。

「面を上げられよ」

 ぴくり、とセトが反応する。その後ろで、ヒースが目を白黒させていた。

「事が落ち着き次第、貴殿に対し可能な限り情報を開示すると約束しよう」

「拝謝致します、殿下」

 相変わらず頭を下げたまま言うセトに、ジャスは不快なものを感じた。なにもそこまでしなくてもいいのにと思ってしまう。礼儀を守っているのはセトの方だと頭で理解できてしまうから、それが尚更腹立たしい。

 ただ調べものの協力を頼むだけなのに、どうして彼は地に頭を付けねばならないのか。身分というのは全く恐ろしい暴力のようだった。

「分かったから立て。服を洗う人のことも考えろ」

 ジャスとしては苛立ち半分本気半分で言ったのだが、立ち上がったセトは目を丸くした。そのあと、大笑いする。

「なんだよ」

「だっ、だって王子が! 洗濯物の心配する王子なんておとぎ話でも聞いたことないぞ」

「そうか。なんなら、焦げた鍋の底を磨くのが得意な王子も、そこに付け加えておいてくれ」

「ちょ、待ってくれ。面白すぎるだろ!」

 むっすり言うが、更に笑われてしまった。しかしセトの顔は先程までの穏やかな表情に戻っているから、密かに安堵する。

 背後に軽い衝撃を感じたのは、その時だった。

 ヒースが止める暇さえなく、ふわりと。

 微かなハーブティーの香りがしたと思ったら、とん、誰かにしがみつかれた。ついぎょっとするが、自分にこんな振る舞いをするのも、香水でなくハーブティーの香りを纏うのも、約一名しかいなかった。

「ヒルダか。良かった、早かっ----」

「殿下!!」

「今度は何だ。って、痛い痛い痛い!」

 背後から抱きついたまま、ギリギリと思い切り力を込めてくる。ヒースがさっと青ざめて近づいてくるのを制し、なんとか彼女を引き剥がした。ひゅう、を口笛を吹いたセトをヒースに命じて会話が聞こえない距離に追いやるのも忘れない。

「どうした、ヒルダ」

 覗き込むんだ表情に、呆気にとられた。顔色が悪い。体調どうこうというより、何かよほど恐ろしい目に遭ったのではと心配になる表情だった。

「で、殿下」

「うん?」

 急いでいるが、ヒルダのこんな顔は初めて見る。後回しにするという考えは、ジャスの中ですぐ消えた。

「殿下の留学先に、僕の姉さんがいた」

「・・・なんだって?」

 真っ先に浮かんだのはサーシェスだった。確かによく似ているが、容姿以外は何もかも正反対であるし、東洋人の知り合いがヒルダとサーシェスしかいないジャスは、今まで二人を意識して繋ぎ合わせたことはなかった。他に比較対象がいない上、サーシェスとはさほど親しくないのも大きい。

「サーシェスって、殿下の兄弟子(あにでし)さん達が呼んでて、それで」

 ヒルダの顔が強ばった。

 それは肉親に出会えた喜びでも、今さらになってという複雑さでもない。

 純粋な恐怖と、気持ち悪い、という目だった。

「リオンが、サーシェス姉さんを、昔の僕の名前で呼んでて。姉さん叫び始めるし、リオン棒立ちだし、ランティスさんたち何か知ってる風だけど殿下の客だし、急いでるし、クリフさんは殿下に何かあったみたいな言い方だし、もう訳わかんないよ」

 記憶から抜け落ちていた(サーシェス)(じぶん)の名を使ってリオンと接触していたことが、本当に恐ろしく、そして気持ち悪いのだという。

「てか、殿下もさ!」

「なんだよ」

「普通は気がつくだろ! なんなんだよ、そっくりじゃないか僕ら姉妹! しかもリオンいるじゃん! 僕の昔の偽名じゃん! 関連情報ありまくりじゃん!」

「だっ・・・、しょうがないだろ。俺だって驚いてるんだ。しかもリオンなんて男女両方に使えて、珍しくない名前だろうが」

 ぎゃーぎゃー動揺のままに喚き合ってなんとか落ち着いた頃、ようやくランティスたちが追い付いてきた。ヒルダは独自に発見した近道を通ってきたらしい。

「あれ、ロージャ様いないや」

「ロージャといたのか?」

「うん。僕の立場じゃ資料室までは入れないから通行証代わりに」

「・・・悪女が」

 は? と軽く首を傾げるヒルダを小突き、ジャスはランティスと共に近づいてきたクリフに尋ねた。

「ロジオンはいないのか」

「途中までいらっしゃいましたが、足並みが・・・その」

 珍しく歯切れの悪いクリフに、ジャスもヒルダも悟った。ランティスの気まずそうな様子も大きい。

 運動不足で体力がないうえ、そもそも身体能力が低かったロジオンだ。体力自慢の男どもから早々に脱落したらしかった。

「まあいいか。ロジオンに今は用もないし、会ったらヒルダが世話になった礼を言いたいから、それとなく伝えてくれ」

「御意」

 さて、とジャスは意を決してランティス達と向き直る。王子として対面するのは、初めて会った時以来だった。

「ランティス」

 呼び掛けようとした瞬間、彼は略式の礼をとった。

 この事実は、思いの外ジャスを傷つけた。ランティスの振る舞いが自分の立場を守ってくれるものだと理解していても、やはり疎外感を覚える。

「・・・やめてくれ」

 我ながら絞り出すような声だった。

 王子として知り合って、王子として付き合ってきた相手なら良かった。

 しかし、ランティスは。

 チュニアールの仲間(かぞく)に跪かれるのだけは、耐えられない。

「ほら、我が儘で可愛いの弟弟子(おとうとでし)の仰せだよ、兄弟子(あにでし)様」

 好きなだけ不満を叫んで冷静さを取り戻したらしいヒルダが、二人の間に立ってそう言った。

「・・・いいのか」

 ランティスは頭を下げたまま問う。どこに誰の耳目があるとも知れない環境で過ごすジャスのことを、守ろうとしてくれているのだ。

「そんなこといったら、こいつはどうなる」

 ヒルダに至っては突撃からの肋を折りかねない圧力で抱擁、終いには喧嘩腰の口調でジャスに不満をぶつけていたのだ。引き合いに出された本人は気にした風もなく、ランティスの横に回りその背を叩く。

「ほら、もう。しつこいよ。僕のご主人様いじめないでくれる?」

 しかめっ面で言うヒルダに、ランティスがようやく顔を上げた。最後に会ってから1ヶ月も経っていないのに、随分と久しぶりな感じがした。

「元気そうだな、ジャス」

「ん」

 不思議な気分だった。

 幼い日コーバッツ男爵家でヒルダと過ごし、その後海辺の離宮に遷されレティアと出会った。そして再び呼び戻されたこの王宮で、ルフィスとランティスが自分を待っていた。

 あの日から、どれだけの月日を、兄弟として過ごしてきたか。

 それがもう戻らないかもしれないことを、ジャスはようやく実感した。下らない馬鹿騒ぎも安い酒も皆で摘まむ肴も。身分関係なく切磋琢磨した武芸も、些細な喧嘩も。祖国よりも懐かしい城下町、潮の香りが心地よい煉瓦の港。運河の町。白亜の大宮殿。

「殿下?」

 ヒルダの呼び掛けで、ようやく我に返った。

 ルフィス達に改めて挨拶する程度の機会は国王からもぎ取るつもりだったが、自分で思うよりずっと、ジャスはあの国での暮らしを愛していたのだ。

「なんでもない。それで、ランティス」

「ああ。まず謝ろう。リアがいなくなった」

 真顔で言うランティスに、ジャスは言葉を失う。

 リアを連れてきたことを詫びるならともかく、いなくなっただと?

「・・・は?」

「道中でクリフから聞いた。リアを探しているんだろう? クリフがオレ達のところにきた頃、イリヤ達が戻ってきたんだ。それで、リアがいなくなったと。もしかしたら、ノアリス王女の宮殿かもしれないそうだ」

 絶句した。

 リアがこの城にいるだけでも頭が痛いのに、まさか姉の名前が出てくるなんて。

 すると、それまで大人しくしていたランティスの横にいた男が一歩、前へ出た。すかさずヒルダがジャスの前に立つ。

「下がれ。殿下に許可なく近づくな。あなたがどこの誰かは知らないが、この場で殿下に御許し頂いているのは、そこの兄弟子(あにでし)様だけだ。弁えろ」

 お前が言うのか、という男三人の視線をものともせず、ヒルダはまっすぐその男を睨んでいる。ジャスもようやく、その男に目をやった。

 見覚えのない男だった。チュニアールの工作員にも見えない。

「ランティス、彼は?」

 混乱する頭でも正直、この男の優先順位は極めて低かった。しかし自分の平静を取り戻そうと、なんとか言葉を口にしたのだ。

 問われたランティスは、困った顔をした。

「オレ達の師匠と一緒に暮らしてたんだ。・・・そこの、サーシェスの妹やオレ達と、同じ組織にいた人だ」

 その場の空気が凍りついた。再びヒルダの表情に怯えが宿る。

 武装集団【ラジェーテ】。

 自身がその出身であると知られたこと、目の前の男たちが同郷であること、もし敵ならば主を守りきれる可能性が低いこと、そしてそれをジャスの前で明言されたことに、ヒルダは畏縮しているらしい。

「で、殿下・・・」

 今日は全くもって彼女らしくないと思いながら、ジャスは腹をくくった。

「ランティス、何か人違いをしてないか?」

「え?」

「殿下?」

 これでもう、自分は同罪だ。

「こいつはヒルダ。ヒルデガルド・コーバッツだ」

 かつてヒルダからすべての過去を奪った男爵夫婦を批判的に思っていたが、ジャスは今この瞬間、その資格を失うだろう。

「俺の悪友で、我が国が世に誇る稀代の歌姫だ。国家の繁栄に貢献した男爵家の令嬢でもある」

 そう言い切り、ジャスはヒルダを覗き込む。

「お前も。何を勘違いしているのか知らないが、お前に姉なんかいない。いるのは気の強い母と狸っ腹の父、それに俺という友だ。何か不満が?」

 ヒルダはぽかんとしていた。こうまで力強く否定されるとは、思ってもみなかったらしい。

「殿下・・・」

「はい、この話は終わり。それで、その男がランティスの同郷だとして、それで?」

 用は何だと男を見据える。いつの間にか近くに戻ってきていたヒースとセトは、剣の柄に手を掛けていた。クリフさえ、いつでもジャスと、なによりヒルダを守れる位置取りをしている。

 その事実は、ジャスを喜ばせた。クリフとヒースが、彼女を必要な味方として認めている証だった。ヒルダに不利益な情報をもっているらしい男を、命令があればすぐに取り押さえるつもりでいるのだ。

 いざとなればランティスも間に入るだろうから、流血沙汰にはならない。そう踏んでジャスは男に向き直った。

「あなたは誰だ?」

 男はすぐには答えなかった。しかし、褐色の髪が徐々に輝くのを見て驚く。変装の魔法が解けて、現れた容貌は想い人の祖国で尊ばれるものだったからだ。

 黄昏色の髪と瞳。

「帝国の人間か。それも相当高位の貴族の血を持つ者が、一体何の用だ?」

「お前の姉に会いにきた」

 ジャスをお前呼ばわりした挙げ句、ノアリスに接触しようとしている。ヒースは危険と判断したのだろう、目で抜刀の許可を求めてくるが、そんな不審人物をランティスが連れてくるとは思えない。

「親愛なる我が姉上は、まだ城に戻られて日が浅い。名も明かさぬ輩を通すわけには」

 嫌味な微笑を浮かべれば、男は意外にも、小さく笑った。それまでの無愛想、無表情が嘘のような、優しい眼差しだった。

「嫌味を言う時の笑いかたまで、よく似てる」

 演技には見えなかった。愛しげに言う表情に、同性でありながら、つい見とれてしまう。

「改めて、あの馬鹿(ブラコン)の弟。俺は紅夜(こうや)だ」

「紅夜?」

 珍しい響きだった。この国の名前ではない。

「お前の姉がくれた名だ。生まれはファディロディア帝国ディオール侯爵家、当主ガイの長男ソルド。今は弟の名を借りて、カルダとして過ごしている」

 あまりに淡々と、とんでもない身の上話を打ち明けられ、ジャスもヒルダもランティスも固まった。帝国について知識の少ないらしいセトはきょとんとしていたが、護衛官たるクリフとヒースは、流石に冷静だった。

「その紅夜どのは、恐れ多くもノアリス王女殿下のご友人だと?」

 ヒースが剣から手を離さず問う。それを見ながら、やはり紅夜は淡々と、あるいは、しゃあしゃあと言った。

「いや、恋人」

 次から次へと増えていく面倒事に、ジャスは束の間、聞くんじゃなかったと後悔したが、残念ながら後の祭りだった。


















ジャスとランティスが顔あわせるの

本編じゃそんなに日数経過してませんが、

リアルタイムじゃ大方一年ぶりでした。

そりゃ書いてる側も距離感見失うわ。


折り返し地点なので頑張ります!

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