ラプンツェルが出逢ったのは 【4】
ジャスから折り返しの連絡があったのは、ちょうど日付が変わる頃だった。
《ランティス、無事だったんだな!》
開口一番にそう言って安堵と歓喜を示してくれた弟分に、ランティスは少し照れ臭く笑った。
「うん、心配かけたな」
《無事ならそれでいいよ。それで? クリフに頼みたいことって?》
「ああ、それなんだけどーーー」
そして手短に、幽閉されているリーシャの件を伝えた。封印の解除に、クリフの知恵を借りたいのだと。
《わかった。俺もそろそろ戻る予定だったから、そのまま現地で合流する。国境だよな? 出発はあと何日か後になるけど、急げば3日で着くから》
ジャスに鉄道などを使うつもりが毛頭ないのはよくわかっていた。ランティスと違い、魔力容量値が冗談のように高い彼は、魔法を使って文字通り飛んでくるつもりなのだ。
「助かるよ」
《あ、その代わりって訳じゃないんだけど、俺も一人チュニアールに連れて行きたい奴がいるんだ》
「帝国から?」
ランティスは軽く衝撃を受けた。もともとジャスは孤児を拾ってきたりすることもあったが、わざわざ祖国の隣で目立つ振る舞いをするような、軽率な人間ではないはずだった。
「どんな相手なんだ?」
《別に孤児とかじゃないんだけど、頻繁に命狙われてるっぽくて、それにさ》
なんか気になるんだ、あの女。
ぼそぼそ自信なさげに続いた言葉に、とうとうランティスは固まってしまう。
(・・・ジャスが、女に自分から関わるなんて)
幼い頃とある変態人魚に親友を殺された挙げ句に、恥辱としか言い様のない行為を強要されたジャスは、女が苦手なはずだった。その彼が、自分から手を差し出して救おうとしている。
これはとても嬉しい衝撃で、ランティスは数秒、息を忘れた。
「・・・ルフィスさんには?」
《これから連絡する。許可が取れたら、そのままそっちに一緒に連れていくから》
それじゃ、と通信が途切れ、ランティスはしみじみ感慨に耽る。自分が変わりたいと願うように、ジャスもランティスの知らないところで前に進み始めているのだ。
ただ、相手の素性や意向について詳しく語らなかったのが気にはなったが、危険な人物ならジャスを護衛するクリフが看過しないだろう。そう結論付けた。
それがまさか、亡き親友の婚約者だった少女だとは、この時はまだ思いもしなかったのだ。
リーシャ救出の段取りが着き、目覚めたアランにしっかりと礼を述べた後、ランティスは再びあの神殿に戻った。
そして。
「さて」
魔力を練って具現化すると、銀色の大鎌が現れる。血のよく映える色だった。
「なんだ、お前。どこから入ってきた?」
正面から堂々と押し入ってきたランティスに、神殿の者たちが当然の質問をしてくる。
しかし、ランティスは答えなかった。
その必要のない相手だった。
逃げる隙さえ与えずに大鎌を振るう。首を落としてやろうと思ったが、直前に思い止まった。
即死なんて楽な最期は許してやらない。
リーシャが受けた絶望や恐怖、苦痛と屈辱。それらの百分の一でも味わせてやらねば気が収まらない。
喉を裂かれた相手は、傷と口の両方から血を噴いた。呼吸がままならずもがき苦しむ相手の片足を、そのまま切断する。
声にならない絶叫を尻目に、ランティスは次の獲物に取りかかっていた。逃げ出そうとしていた別の背中をに大鎌の先端を差す。貫こうとしてやめた。そのままぱっくりと背中の肉を割り、転げてこちらを見返してくる目を切り、光を奪ってやる。
室内には他にも数名の男がいたが、全員をゆっくり殺してやった。骨を一本一本丁寧に砕かれたものもいれば、四肢を削ぎ落とされた者もいる。
その全員がようやく息絶えた時、ランティスは思った。
(・・・片付けるのが面倒だな)
武器の流通については拷問で既に口を割らせてある。問題は室内に充満する血と、その臭いだった。死体については少し重いが、森まで運んで狼たちに食わせてやろう。
(リーシャに気づかれないよう沐浴しておこうかな)
ここで彼女の素性を知る者は生かしておけない。そもそも、その価値がないと思った。
そうして何もかもを綺麗に処分した後、ようやくリーシャの元へ行ったランティスは、例の宝玉を前に思う。
(結局オレがこの宝玉の中に入れた理由は分からず終いだったな)
拷問して訊ねても、連中は本当に知らないようだった。まあ、武器の流通については洗いざらい自白してくれたのだから、他は些末な事だと思えばいい。
再び足を踏み入れた空間で、彼女はやはり、独りだった。どこまでも孤独だった。静寂に身を蝕まれていて、とても小さな子どもに見える。
わざを足音を立てれば、その長い髪を振り乱し、こちらを振り返った。その途端、淡い碧眼に涙が浮かぶ。
「ただいま、リーシャ」
「・・・おかえり、なさい」
照れ臭いと思った。しかし、言って良かった。
涙を流しながら、それでもリーシャは笑ってくれていたから。
「リーシャって泣き虫だね?」
「違います・・・違います!」
泣きながらの否定には微塵の説得力もない。涙を拭ってやりながら、ランティスは柔らかく笑う。
「さて。まずは何から話そうかな」
「え?」
結界の話、宝玉の正体、彼女を救出する計画、神殿の状況はさすがに濁すしかないか。
全ての話題を話し終えたら見回りに出た。それを数回繰り返して、ランティスはジャスを待つ。
リーシャにせがまれ、世間話もした。本人の強い要望で、アイモダの現状について包み隠さず伝え、同時期に起きたいくつもの事件について。
そんなことを数日続けて、ランティスは再び結界の中に入る。今日はジャスが到着する予定だった。
すっかり打ち解けて、軽口を叩ける仲になったことに安堵した後。
「キミの命を、オレに預けてくれないか?」
我ながら卑怯な問いかけだった。
リーシャには、この自分しかいない。
それをわかっていて言葉にした。
彼女は戸惑いながら頷く。
その姿は可憐であり、蜘蛛に捕まった蝶にも見えた。
ほの暗い愉悦と罪悪感。それを自覚していたランティスは、だからこそ直後の出会いは運命だと感じた。
ジャスが連れてきた女は、かつてのサズの許嫁であるリアだったのだ。
忘れるな、お前だけ幸せになるなんて許さない。そんな怨嗟の声が聞こえてくる。
母だったかもしれないし、サズだったのかもしれない。
決して忘れない。だからどうか、いつか報いを受ける最期の日まで、自分を大切にしてくれる仲間たちと、生きることを赦してほしい。
時は流れて秋の終わり。
「起きろ、ランティス」
ごつんと硬いもので殴られる。うたた寝していたランティスは、思わず相手を睨んだ。
「義手で殴るなよ、アラン」
片腕が義手であるアランの一撃は、なかなか響く。
「資料室で寝るからだろ」
呆れた風に言うアランは、ランティスが机に積んでいた本を見て驚いた顔になった。
「なんだ、リーシャに何かあったのか?」
アイモダの史実や研究書、龍に纏わる各地の伝承や詳細データ。他にも人外との混血に関連する資料が、山のように積まれていた。誰にも告げていないが、ランティスは師匠を探す旅に際し、一度アイモダ現地にも赴いている。
「・・・別に」
関わってほしくないというより、まだ誰に言える状態でもなかった。
資料室を後にしたランティスは思い出す。
リーシャがジャスに相談を持ちかける現場を、目撃してしまったのだ。
・・・リーシャの寿命が残り少ないと、知った。
(なんでリーシャばかり奪われる!)
目の前が真っ赤になった。どこまでも神は残酷なのか。一体あの柔らかな娘が、何の罪を犯したというのだろう。
報いを受けるのは自分の筈だった。
(リーシャの体質を変えることができないなら、いっそ)
自分の命を彼女に譲渡できないだろうかと本気で考えているランティスは、まだリーシャやジャスに、自分がこの件を知っていると伝えていない。
しかし。
「ランティスさん、最近おかしいですよ」
ある時、リーシャに言われた。焦燥を見透かされたのだ。
「・・・そう?」
「アランさんも心配してました」
「あいつはオレのこと大好きだから」
曖昧に誤魔化そうとした瞬間、失敗を自覚する。
リーシャにだけは、この演技は通じない。
「私の目を見てくれませんよね」
「見たら襲いたくなるから」
我ながら酷い言い訳だと思う。しかし、確かに詰めよって問いただしたい気持ちもあるので、あながち嘘ではなかった。
「私の隠し事のせいですか」
「・・・知らない」
まるで小さな子どもだと、自分が嫌になる。
自分ならよかった。どんな惨い死を与えられても文句の言えない人生を送ってきた。
しかし、リーシャだけは守りたかった。全ての苦難から遠ざけて、誰にも傷つけられることのない穏やかで優しい世界に、ずっと生きていてほしい。
そんな彼女の寿命が後半年程度で尽きるなんて、一体なんの悪夢だろう。
「ランティスさん、私を見てください」
慈愛に満ちた声だった。恐ろしい引力で、ランティスの心を奪っていく。
そう、あの壊れたような泣き顔を見た瞬間、恋に落ちていた。
彼女はランティスにとって、唯一絶対の女神だ。
逆らえる筈がなくて、ゆっくり顔を合わせる。すると、胸ぐらを掴まれ、素早く口づけられた。
「大丈夫なのに」
呆然とするランティスに、リーシャが苦笑を見せる。その表情に、ランティスの中で何かが弾けた。
「何が大丈夫なんだよ!」
いなくなるくせに。
消えるくせに。
また、置いて逝くつもりのくせに。
視界が歪んで、情けなくなる。涙なんて、子どもの時でも数えるほどしか流していない。
それなのに。
「嫌だ、リーシャ・・・死なないでくれ。消えないでくれ。なんでもするから、頼む、一緒にいてくれ」
すがるように抱き締めると、「あらあら」と、リーシャが声を上げた。
「やっぱり、そのことですよね」
「なんでキミばかりなんだ! おかしいだろう!」
喉が張り裂けそうなくらい叫びたい。こんなのはあまりに理不尽だと。
彼女を救えるなら、ランティスは何だってするのに。
「私の延命については今、ジャスがお国にクリフさんを派遣して、調べて下さってますから。それに」
リーシャは穏やかに続けた。
「大丈夫です。私、わかるんです」
柔らかな手が、ランティスの髪に触れる。
「命が尽きて、体が消えても。星が落ちて海が枯れても。どんな時でも、私はきっと、ランティスさんのそばにいます」
あなたが私の帰る場所でしょ? そう笑う彼女を、より一層つよく抱き締める。
「そんなのは綺麗事だ」
「ありゃりゃ。まあ、そう思いますよね」
「絶対に延命させてやる。でなきゃ、後を追うからな」
「蹴り返しますよ」
「しがみつくから問題ない」
リーシャに対してこんな口調になるのは初めてだった。
「いなくなったりしませんよ。私はずっとここにいるんですから」
そう、にっこり笑う。
「だから、覚悟して下さい。浮気したら雷どころじゃ済まないんですからね」
龍神となっても見張っているといいたいのだろうか。しかし、ランティスが惚れたのは今ここにいるリーシャなのだ。
「キミ以上の女なんて存在しない」
ジャスやイリヤでは逆立ちしても出てこない台詞を真顔で言い、ランティスは苛立たしげにリーシャの唇を奪う。そのまま抱き上げ、寝台に向かった。
「あのう、ランティスさん? 今まだ昼間ですよ?」
「なにもしないよ。ただ、一緒にいたい」
「あ、良かった」
あまりにもリーシャが呑気にしているので、本当に押し倒してやろうかとも思うが、やめた。今は気分が乗らない。
「延命については、クリフさんに任せましょう。チュニアールにある文献は、もう自分で確認してるんです」
だから、今はお師匠さまのことを考えましょうと、優しく笑う。
「あなたの人生に、私を巻き込んで」
死ぬつもりなんかない。悲観もしない。
ランティスがいれば、それだけでリーシャは生きていける気がした。
全力で命を恋に燃やしている。
(好きですよ)
泣きつかれて眠る愛しい恋人に、再び唇を落とした。
(あなたを愛している)
運命を受け入れている自分を、赦してほしいなんて思わない。しかし、彼を手放そうとも思えなかった。
自身の寿命を一度も嘆かなかったと言えば嘘になるだろう。しかし、すぐに思い出した言葉がある。だからリーシャは救われた。
(忘れちゃったの?)
あなたが言ったのに。
『キミの命を、オレに預けてくれないか?』
あの日から、リーシャの命はランティスと共にあるのだ。
だから、体が朽ちても、きっと大丈夫。
想いはきっと、ここから先の未来へ、歩いていけるはず。
「ずっと一緒にいますよ。・・・私のラン」
少し照れ臭くて、最後の言葉は小さく。
死に巣食われながらも、龍神の娘は恋する乙女の表情で、惚れた男の寝顔を見守っていた。
ジャスリアより早く設定が出来上がっていたペア。
後回しにした理由は明白です。主人公が代わりかねないくらい作者の思い入れ深いカップルなので。
でもその結果ちょっと影が薄くなったかなと反省。
ランティスが結界の中に入れたのはそこそこ理由があります。けど物語の本筋において、そこまで重要な設定ではないので割愛。
アイモダの守護神が「竜」でなく「龍」なのは、
もともとは東大陸にいた神が古の時代に移り住んできたため。
その東大陸は現地では八洲と呼ばれています。




