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ラプンツェルが出逢ったのは 【3】





  なんとかリーシャの悲しい誤解をといたランティスは、ひとまず彼女自身について尋ねた。

 容姿から察した通りに、アイモダの生まれであること。更にはその地で巫女姫として崇められていたこと。押し入った賊により大火に見舞われたこと。自分はもうずっと以前から結界(ここ)を出られず、空虚な日々を過ごしていたこと。

 そして何よりーー。

「・・・眠れないって」

「ここには時間の概念がないらしくて。髪も爪も伸びないのです。ほら」

 リーシャは唐突にランティスの手を再び握ると、左胸に導く。今度は静かに見守っていたランティスだが、そこでようやく気がついた。

 リーシャは心臓が止まっている。

「どういうことだ? キミが死体だとでも?」

 若く瑞々しい美貌は生気に溢れ、とても死人のそれとは思えない。どういうことだと考えるが、咄嗟に頭が働かない。

「よくわからないんです。押し入ってきた邪教の狗どもが私を殴ったことしか」

「・・・う、うん?」

 清楚可憐な容姿からは似つかわない過激な言葉に少々たじろぎつつ、ランティスは少女に声をかけてから手を握った。

(・・・温かくも冷たくもない)

 リーシャは、まるで霞のように実態が掴めない違和感の塊だ。しかし、正体不明の侵入者に、殺してくれと泣いて歓喜するほど追い詰められている彼女を、魔物の類いとして処分するのは躊躇われる。

 何より、リーシャの長すぎる金の髪は、遠い日に死なせてしまった母を連想させた。

「キミを殺さないと言っていたなら、今の状態は作為的なものなんだろう。生命活動が止まっているなら代謝もない。そんな魔法は聞いたことがないけど、キミは聖地と名高いアイモダの中でも、特別な位を賜っていたのだろう?」

 一つ一つ確認するような問いかけに、リーシャはこっくり頷いた。

「はい。巫女姫で、死後に新たな守護龍神となる運命(さだめ)を持って生まれたそうです」

「そのあたりの事情が絡んできてるのかもしれない。でも、目下の課題は脱出だな」

 どうしたものかと周囲を見渡すも、相変わらず境界が曖昧な草原と青空が、どこまでも続いているだけで、怪しいものは見つからない。

「オレ以外に人間が来たことは一度もない?」

「はい。・・・ですから、本当に嬉しかったんです」

「ちょ、ちょっと待って。泣かないで」

 再び目を潤ませるリーシャに、ランティスは慌てた。ジャスが可愛がっているアイモダの少女ディディによくしているように、軽く頭を撫でてやる。子ども扱いしたいわけではなかったが、だからといって女として見るには、リーシャはあまりにも清純すぎた。淡く輝く柔らかな金の髪の一房にさえ、触れるのが少し躊躇われる。

「髪、随分と長いんだね」

「え? ええ。あ、そうです。髪だけは、ここにきてからこの長さに」

 思い出した風に言われるが、ランティスは別のところに戸惑った。「この長さ」と言われても。

 遥か地平線まで続くようにも見える金の髪は、なぜか彼女を縛る鎖のようにも見えた。

「どこまで続いてるか知ってる?」

「かなり昔に頑張って歩いてみたんですけど、いつまでだっても毛先にたどり着けませんでした」

「・・・女性に不躾とは思うんだけど、その髪を少し譲ってくれる?」

「え?」

 気が狂いそうな時の監獄の中で、ようやく巡り会えた唯一の相手であるランティスに、リーシャは既に信頼を寄せているようだった。首を傾げつつも、にっこり頷いてくれる。

「どうぞ。生え放題の延び放題ですし」

「そんな・・・雑草じゃないんだから。綺麗だよ」

 さらりと言ったランティスは、この時リーシャの顔を確認せず、彼女の髪のどのあたりを切ればいいかと考えていた。後にリーシャがいつランティスに惚れたのかと周囲に聞かれた時、「初めて会った時に、髪を誉めてもらった」と答えたのだが、当のランティスは全く覚えておらず、これが初めての喧嘩の原因になり、更にはボロ負けを食らうわけなのだが、それはまた別の話だ。

「じゃあ、失礼して」

 仕込みナイフで髪を数本切る。淡い金糸が手のひらに落ちた時、ランティスは確信した。

(彼女のこの髪は、魔力の塊だ)

 ようやく全体像が見えてきた。

 巫女姫の誘拐。焼き払われた桃源郷。「恵みの龍神」。長すぎる髪の形をした高純度な魔力の塊。

(十年前の大火災は陽動だ)

 アルポロメ公国で聖地と名高いアイモダの地。そこに奇跡的な確率で生まれ落ちた龍神の娘。その人ならざる特殊な魔力は、儀式を重ねれば神の域にも届くだろう。そのすべてを抽出して魔法道具の製造に利用、性能の高いそれらの兵器に法外な値がついたのは想像に難くない。

 何もかも、リーシャを拐ってその魔力を利用するために。

 アイモダは彼女の為に滅ぼされた。

(・・・決めた)

 もともと女王(ルフィス)の許可はある。故郷のないリーシャは難民といってもいい筈なのだから、何の問題もない。そう自分で結論を出した。

(ここから連れ出して、チュニアールに行く)

 その為にはまず結界の外に出ることが前提だが、これはもう難しくないように思えた。ランティスは手にある髪を見つめる。

 リーシャの長すぎる金髪は、彼女の強い魔力を外へ運び出す通路の役割もかねている。ならば、あとは魔術式を組み込み加工すれば、脱出どころ再びの侵入も可能になるだろう。この知識だけは、本当にルフィスに感謝せねばならなかった。

「リーシャ」

「は、はい」

 様子の変わったランティスに、リーシャは少し戸惑った風だった。その彼女に優しく言う。

「試したいことがあるんだ。必ず戻るから、一度ここを離れることを許してほしい」

「・・・本当に?」

 リーシャが震え始めた。その溢れる涙をランティスは拭ってやる。

「約束する。何度でも、キミに会いに来る。きっと助けるから、待っててほしい」

 結界の解除ならば、ジャスの護衛クリフが専門的な知識を有していた。外界でどれほどの時間が経過しているか分からないが、まずはジャスとルフィスに連絡を取らなければ。

 そしてーーーー。

(神殿の奴らを()しておかないと)

 ライムグリーンの眼差しから温もりが消えたほんの僅かな一瞬に、泣きじゃくるリーシャは気がつかなかった。













 脱出に手間を取られ、ようやく外界に出たランティスは、さほど時間が経過していないことを知った。その事実は、ランティスに更なる怒りを与えることになる。

(どれだけの時を過ごしたんだろう)

 愕然とした。現実世界の十年は、昼夜の区別も睡眠という本能も奪われたあの結界内で、どれだけ長く空虚なものであったか。正気も理性も容易く押し潰されるだろう環境で、彼女がまだ人として自我を保っているのは奇跡に等しい。

(・・・いや)

 初めて会った時の様子を思い出し、ランティスの中で苦いものが広がる。

 恐らく彼女は既に一度、狂ってしまっている。

 敵を罵る言葉と共に放たれた、異常な覇気や威厳、相手を縫い止めかねない鋭い眼光、堂々とした風格ある佇まい。

 後から現れた弱々しい面も、きっと彼女の一部だとは思う。しかし、どちらが巫女姫として育った彼女の本質であるか考えれば、答えは容易に導ける。

 リーシャの心は粉々に砕かれた。

 個人的な感傷を彼女に重ねている自分を理解しつつ、それでもリーシャの為に憤る気持ちも嘘ではなかった。

 神殿を抜け出たランティスは公都に向かい、そこでチュニアールのルフィスに連絡をとり、すべて報告した。荒唐無稽な話を女王は真剣に聞き入れ、ランティスに必ずリーシャを保護せよと、改めて命じてくれた。

「それで、ルフィスさん。ジャスは今そちらにいますか?」

《え? あーっと。ごめん。もう帝国に出しちゃったわ》

「帝国支部に連絡を取っても構いませんか? クリフに頼みたいことがあるので、ジャスを通さなければいけないんです」

《ああ、例の結界の件ね。構わないわ》

「拝謝します」

 通話を切った途端、強い目眩がして、ランティスは膝をついた。遠方の相手と会話できる魔法道具はチュニアール独自の手法で製造された特別なもので他国のものより高性能だが、その時間と距離に応じて使用者に負担がかかるのだ。もちろん設計段階で使用者の負荷を軽減される造りになっているのだが、もともとランティスは、体内における魔力容量が特別に多い方ではない。

「早くしないと・・・」

 リーシャはこの瞬間も、ずっと独りきりの世界で自分を待っている。多少の無茶が何だというのか。彼女に与えられた理不尽極まる運命を思えば、こんな目眩など些末事ですらない。

 帝国支部に連絡を取るべく、別の術式を起動させようと立ち上がった時だった。

「待った」

 後ろから腕を掴まれ、唖然とする。

「・・・アラン?」

「他の誰かに見えるなら、一度寝るべきだ。そして、まだその道具を使うなら、時間を空けて少し休むべきだ」

 結局は休息をとれと言いたいらしい。半月程前にはチュニアールにいたアランが何故アルポロメ公国の都にいるのか知らないが、ランティスには休んでいる時間などなかった。

「悪いけど、聞き入れられない。待たせてる人がいるんだ」

「わかってる。聞いてたから。だけど、一週間も連絡がとれなくて、皆どうしたんだって大騒ぎだったんだ。ジャスも出発の時まで心配してた。少しは自重してくれ」

 柔らかく言い聞かせるようで非難の響きを含んだ声に、ランティスは少し頭が冷えた。しかし、焦る気持ちは変わらない。

「それは、悪かったけど」

「だから俺が帝国に連絡するよ」

「・・・は?」

 アランは他者の気配や機微に敏いはずの自分から、あっさり魔法道具を奪っていた。そのまま、やはりあっさりと、帝国支部に連絡を取ってしまう。

「ば、馬鹿か! お前の魔力容量はオレより低いだろうが!」

 思わず声を上げた時には既に遅かった。

 生憎ジャスは既に帝国支部を出立し、帝都の屋敷に滞在しているという。連絡はいれておくから本人から折り返すのを待って欲しいという相手の意向をランティスに伝えた直後、案の定アランが気絶してしまったのだ。

「言わんこっちゃない」

 こいつこんなに馬鹿だったっけ? そう呟いて気づく。

(馬鹿はオレだ)

 心配してくれたのだ。いつだって、アランは親切だった。そしてそれは、他の仲間たちだって同じこと。

 母と(サズ)を見殺しにした自分に、これ以上落胆したくなかった。そんな保身ばかり上手い自分に絶望して日々を過ごすうち、周囲に壁を作ってしまっていた。

 だけど。

(孤独(ひとり)じゃない世界にいたのに)

 今からでも間に合うのなら、少しずつでも歩み寄りたい。賑やかで温かな彼らの、本当の家族(なかま)になろうと思った。

(その時はキミも一緒だから)

 瞼に浮かぶ少女は泣いでばかりで、いつか満面の笑顔を見てみたいと、ぼんやり思った。

















長くなったので前中後からナンバリングに変更。

リーシャに出会ってランティスが変わったと、どこか多分ジャス視点で書いたと思いますが、こういう流れでした。

登場人物が多すぎてごちゃごちゃしてますが、

チュニアールの面々でも気の合うグループというかペアというか組み合わせというか、気づけば無意識につい一緒にいる相手がいます。

全部は無理ですが、ちょっと関係性を書いてみます。


ジャス&イリヤ&ランティス(壁組三人)


ランティス&アラン(仲良し。不良と委員会?)


ランティス&リオン&サーシェス(幼なじみ)


ランティス&ジャス(ルフィスに養育された義兄弟)


ジャス&イリヤ(一番気の合う多分親友)


ランティス&シンルー(弟と姉)



ランティス中心だと大体こんな感じ。

リーシャに出会うまでは受動的でしたが、

以降のランティスは自分から寄っていったりしてます。





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