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ラプンツェルが出逢ったのは 【2】






 一番古い記憶は、母の生首を抱えて立ち尽くしていた時のものだ。

 柔らかな赤みがかった金髪は、無惨にも血で汚れてしまっていた。

(・・・思い出せない)

 それ以前の日々への追想を、脳が拒否している。幸せな家族の記憶を取り戻した瞬間に、きっと自分は壊れてしまうから。













 アルポロメ公国は中央大陸の南に位置する、実り豊かで長閑な土地だ。精霊と人との距離も近く、祭りなどで彼らが奇跡を起こすこともあるという。

 そんな童話のような国の神殿で、神殺しだとは。

(あれか)

 外観はまだ新しい。神殿というよりは、少し立派な教会のような印象だ。国境のすぐ手前に位置しているためか、三国の文化が入り混じり、いかにも急いで建設しましたといった風情だ。

 ルフィスが厄介というからどんなものかと警戒していたのに、屋内にはあっさりと足を踏み入れることができた。

 そして思う。

 こんなに神聖さ皆無の俗物めいた教会は初めてだ。

 屋内のいたる所に設置されている、侵入者を殺すための罠。どれも発動させないよう、慎重に奥へと進む。

 そうして地下に入り、松明に照らされた祭壇を見つけた。

 その上に祀られている像に目をやり、思う。白金の鬣、不思議な碧眼を持つ優美な龍神だ。

(・・・高値で売れそうではあるけど)

 アルポロメで信奉される聖地アイモダの守護神である龍を奉ってあるが、金や宝石を使った真新しい像は、妙に成金くさい。

(信心とは程遠いオレでも呆れるな)

 人間とは汚いものだとしみじみ感じたところで、背後から足音が聞こえた。まだ遠く、寧ろ松明の火が爆ぜる音の方が大きいくらいだったが、ランティスの聴覚は、近づいてくるその気配を正確に捉える。

(二人・・・足音は安定してる。オレの侵入に気づいているわけではなさそうだ)

 そうでなければ、混乱からもっと歩調が乱れるはずだ。この場所へ向かっているのも、おそらく定時の見回りだろう。

 ランティスは周囲を観察した。隠れてやり過ごせそうな場所がたくさんあることに安堵する。

(さて)

 どこにしようかと、我ながら呑気に考えた時だった。

 龍の像が何かを咥えている。

(魔法具だよな?)

 微かに感じる魔力。像に罠の類いはないらしく、罰当たりだと思いながらも足蹴にして登った。

(・・・水晶?)

 宝飾には詳しくない。しかし、僅かながら発光しているこの玉が、ただの石である筈がなかった。ランティスは唸る。

(これは“神殺し”の道具か?)

 神殿の中に、魔物を幽閉できるような部屋は見つからなかった。もちろん、見逃した可能性は否定できない。だが、目の前に怪しい魔法道具があるのだ。

(観察させてもらおうか)

 よし、と自分に頷き体を翻した。物陰に隠れ、完全に気配を消す。

 二つの足音は像の前で止まった。

「おお、恵みの龍神よ」

「割れてねーな。良かった良かった」

 安心して酒が飲めると笑い合う二人の男を、ランティスは静かに観察する。

 まだ若い。三十代くらいだろうか。

(龍神・・・像に嵌め込んでいるからか?)

 では、あの宝玉は石の形をした魔物なのか。強い魔力を帯びた石が発掘されるのは珍しい話ではないし、そう考えれば納得がいく。

「しかし、随分と褪せたもんだ」

「そりゃ十年もずっと働き詰めじゃあなぁ」

 卑しい声色に無意識な嫌悪を抱きながら、ランティスは首を傾げる。

(十年前?)

 真っ先に思い浮かんだのは、自分たちが恩師と生き別れた炎の夜だった。

 しかし、ここはアルポロメ公国だ。自分たちが育ったガストロイヤ連邦ではない。

 ならば当時、同じく世間を騒がせた事件が、何かあったのか。

(確かディディの故郷がアルポロメの聖地アイモダで・・・)

 ようやく思い出した。

 弟分ジャスが、それこそ実の妹のように可愛がっている少女ディディが故郷を失ったのも、確か十年前だった。

(アルポロメ公国が信仰を捧げる龍神の聖地アイモダ)

 目の前の像を見る。

 白金の鬣、不思議な碧眼は、アイモダ出身者特有のもの。

(無関係では無さそうだな)

 現状ではなんとも言えないが、もしあの宝玉が十年前の混乱で盗み出されたものならば、これはチュニアールに持ち帰り、ディディに渡すべきだ。同胞の手元にあるほうが、あの宝玉も、かつてのアイモダの民も、少しは報われる気がする。

 男たちが出ていったことを確認したランティスは、そろりと再び像に登った。

(十年も働き通しって言ってたな)

 どういうことだろうと疑問が浮かぶ。褪せた、とも言っていたが、こんなに儚くも美しい宝石に、随分ひどい評価だ。淡くとはいえ、発光さえしているのに。

(昔はもっと輝いていたということか?)

 どのみち持ち帰ってディディに聞けばいいことだと、ランティスは手を伸ばし、宝石に触れた。

 次の瞬間、脳裏に見たことのない風景が流れ込んでくる。見覚えがないのに、切なくなるほど懐かしさを感じる不思議な眺めだ。

 これはどこの景色なのかと思った時、視界がぐにゃりと歪んだ。

(・・・しまった)

 まずい、と思う。

 慌てて宝石から手を離したのは全くの勘だったが、どのみち既に手遅れで、ランティスは濁流のような魔力の渦に呑み込まれてしまった。



+ + + +




 気絶したわけではない。目を瞑ったのはほんの一瞬だ。

 それなのに、これはどういうことだろう。

(固有結界か)

 あの宝玉は魔物ではなく、魔物を閉じ込める監獄だったというのか。

(・・・我ながら間抜けすぎる)

 おめおめと殺されるつもりはないのだが、囚われているのが獰猛な危険種だった場合、本当に笑えない。自分から獣の牙の下に頭を突っ込んだようなものだ。

 まさしく鬼が出るか蛇が出るかといった状況一一。

「えっ・・・?」

 思わず、声が漏れた。

 曖昧な色彩で象られた、どこまでも続く草原と青空。

 その中に、一人の娘がいた。

 淡い金髪に不思議な碧眼はアイモダ出身の証。

 心底驚いた顔でこちらを見つめる澄んだ眼差しに、愕然とする。

「おいおい」

 魔物ではなく一一生きた人間の、それもこんな、いかにもか弱そうな娘を、十年も閉じ込めていたというのか。

「・・・キミは?」

 予想外の展開に動揺しつつ、ランティスは努めて穏やかな声をかける。少しでも彼女との間にある、奇妙な緊張を解せたらいいと思った。

 だが、その結果は芳しくないものになる。

「お前は誰だ、死神か?」

「え?」

 彼女の強張った表情と険しい声音に、目が丸くなる。先程までの淑やかそうな雰囲気は既になく、今では野生の獣がごとき剣幕で、ランティスを睨みつけていた。

「えっと、オレは」

「ここは聖地アイモダ! 貴様らのような卑しい畜生どもの好きにはさせぬ!」

 親の仇、というのも生ぬるいような強い眼差しだった。もうどこから何を指摘したものかと内心で途方に暮れる。

「オレはランティス。キミの敵じゃないよ」

「黙れ悪魔め!」

 死神の次は悪魔か、と内心で自嘲する。母を救えず殺しの道に堕ちたこの身には、ある意味妥当な呼び名でもある。

 さて、どうしたものかと視線を巡らせる。何か状況を変えるものを探したかったが、その変化はランティスが行動を起こすまでもなく訪れた。

 曖昧な色彩の草原が、突如として燃え上がる。

「は!?」

 さすがに目を剥くランティスの視界に、先程までなかった筈の、無数の家屋が崩れ落ちていく様子が映った。

 空を焦がす煙、轟音に混じる悲鳴、絶叫、慟哭。

 泥に汚れた、かつての桃源郷。

「あっ・・ああ・・!」

 声を上げたのはランティスではなく、先程の娘だった。

 最早ランティスのことなど失念しているらしく、目の前の光景に立ち尽くしている。

 そこで、ようやく合点がいった。

(この結界は彼女を縛る為に。その内側に広がる景色は、宿主の心象風景を映しているんだ)

 曖昧な草原は、おそらく平和だった頃のアイモダなのだろう。

 そして、今こうして目の前で再現されている惨劇は、噂に伝え聞く大火災の日。

「やめてええええええ!」

 娘が泣き叫びながら駆け出した。向かう先から嗚咽が聞こえる。見れば炎の中で、木の下敷きになっている子供がいた。娘が助けようと手を伸ばしても、触れることは叶わなかった。既に遠い過去の出来事であり、今更どう足掻いても、この景色は変えられない。

(・・・なんて惨い)

 この惨劇については、正直あまり心は動かない。似たような景色を知っているから、古傷が疼くような感覚はあるが、逆に言えばそれだけだった。

 しかし、変えようのない過去の事実、それも大切に違いない故郷の最期を、こんなにも鮮明に見せつけるのは残酷という他ない。この結界を壊した暁には、作り出した本人を探し、この娘に引きずり出してやりたいと思ったが、これ以上つらいものに触れさせるのも憚られる。今は過去を受け止めるための現実よりも、優しい未来への希望が、この娘には必要な気がしたのだ。

 少し迷った末、ランティスは娘の傍らに膝をついた。

 娘は長い、あまりにも長すぎる金の髪を振り乱し、泣いている。

 どんな言葉なら、この傷ついた娘の心に届くだろう。

「・・・ここにいるよ」

 悩んでいたはずなのに、自然と小さく漏れた声に、自分でも驚く。

「傍にいるから。独りにしない。一緒にいるしかできないけど」

 遠い昔、確か初めて会った頃、親友(サズ)がくれた言葉だ。

 あまりにも無力で子供じみた約束。それでも救われたのを思い出す。

 どうか届いてほしいと願うランティスの耳に、嗚咽まじりの声が響く。

「ほんとう・・・?」

 彼女はまだ泣いていた。しかし、今度はしっかりとランティスを見つめている。

 涙に濡れた不思議な碧眼に、猜疑心や敵愾心は見られない。

 だだ、迷子のすがり付く眼差しに似ていたと思う。

 ようやく視線を交わした瞬間、ランティスは奇妙な感覚を覚えた。電流が背筋を這い上がってくるような、痛みと心地よさが全身に広がる。

(な、なんだ?)

 彼女が魔法でも使ったのだろうかと、妙に落ち着かない気分で思考を打ち切った。訳のわからない焦燥めいたものが、自分の中で大きくなるのを感じる。

「改めて、オレはランティス。キミだけの味方だよ。名前を聞いてもいい?」

 柔らかく微笑みかけると、娘は瞬いた。白い頬に最後の滴が流れ落ちる。まるで水晶のようだと、ぼんやり思った。

「・・・リーシャ」

「リーシャ? そう、リーシャか。よろしく」

 ゆっくり手を差し出すと、リーシャはひどく驚いた様子だった。握手を求められることが、そんなに珍しいのだろうか。

 おずおずと、小さな手が差し出される。控えめに握ると、リーシャは硬直した。再びぽろぽろと涙を流し始めたと思ったら、そのまま握った手を胸元に運ぶ。

「ちょっ・・・!?」

 なんとか警戒は解けたようだと呑気に考えていたのに、予想外の接触にぎょっとする。ちょっと待てと制止をかけるより早く、繋がれた二人の手は彼女の額に向かった。

(・・・ほっとしたような、残念なような)

 彼女は何がしたいのだろう。アイモダに伝わる初対面の挨拶でもあるのだろうか。

 とりあえず刺激せず、好きなようにさせようとランティスは彼女を見守った。

(・・・やっぱりだ)

 やけに静かになった周囲を見渡せば、もうあの地獄のような炎はどこにもない。最初に見た、あの曖昧な草原と青空が広がっている。

(リーシャの感情に反応してるのか)

 まずは脱出方法をと思ったのだが、それより早くリーシャが口を開いた。

「死神さま」

「うん。・・・うん?」

 頷きかけて止まる。ちょっと待て、誰が死神だ。

「私を殺しにきて下さったのですね?」

 哀しい悦びに涙ぐむリーシャを見て、ランティスは撃沈する。

(死神だと思って受け入れてくれたわけか)

 あんな可憐な表情を見せておいて、それはない。

 些か以上に面白くない気分を味わいながら、とりあえず誤解を解くことを決めたランティスだった。

















初対面はジャスリアより険悪で歪。



時間の経過があまりに遅い結界で、空腹や睡眠や排泄といったものさえ封じられ、永い時のなか精神を磨り減らして人格さえ変わってしまったリーシャにとって、ランティスは奇跡のような存在。死神だと勘違いして大喜びしたのも、やっと死ねる、迎えが来たのだという哀しい悦びです。


本編では敬語キャラのリーシャですが、

生来の口調は巫女らしく厳格なものでした。

「神女を殺したの?」は動揺から。

普段は「~ならぬ」とか「だろう」とか

比較的男性よりの口調でした。


一人きりの世界に幽閉されて、

彼女は心が壊れました。

孤独を埋めるため、一人で何役も演じて

かつてアイモダで交わした会話を繰り返したり。

自分の言葉よりも守れなかった

民たちの言葉遣いを必死に胸に刻むうち

いつの間にか敬語や敬称が癖になったという設定。

壊れっぷりではランティスの母

アイリより悲惨な美少女です。



ランティスは顔の作りも女の好みも父親似。

ちょっと壊れてる危うい感じを魅力的に思うタイプ。

母親の面影を無意識に重ねてるので、

歴代の彼女はみんな金髪です(おい)。

周りから変な目を向けられたくないから

言い寄られたらそこそこ真面目に付き合います。

でも心の壁が分厚いので、女の方から離れていきます。

いつかルーが言ってた「いつの間に十代に戻ったの?」は女の扱いに馴れてなかった頃のことをネタにされていたのです。



自分から惚れた相手はリーシャが初めてなので、勝手が解らず右往左往してました。



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