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鳥籠姫と黒い翼の魔法使い  作者: 飛翔生姜
第六章 舞い降りた蝶は残酷で
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歌姫の受難



 ジャスが憤然とリアの目撃場所に向かっている頃、ヒルダとロージャは既にチュニアール使節団にたどり着いていた。

「独立国チュニアール・・・まさか、かの国が殿下の留学先とは」

「うん、流石に私もビックリだな」

 そりゃ気軽に打ち明けられるはずもないと、二人は苦笑をこぼす。トロナイル国民から高い支持を受ける[星空の宴]。彼らを擁する独立国チュニアールは、不思議な海域に阻まれて大陸からの航路を未だ特定されていない神秘の島国だ。

「こちらに殿下の兄弟子(あにでし)様がいらっしゃるのですね」

 興味津々という顔で言うロージャに、ヒルダも頷く。

「うん、後から捩じ込まれた護衛官だって」

 ロージャに調べてもらった最新の資料で得た情報なのだから間違いない。随分急に追加されたようだが、他にランティスという名の男はいなかった。

 門番に来訪の旨を伝えると、応接間に通される。衛兵が奥へ向かう足音を確認したヒルダは、ようやくため息をついた。

(にしても殿下、ちょっと様子がへんだったなぁ。自分から留学先のことを話すなんて)

 その主が今現在「へん」どころか、とんでもない鬼の形相になっているとは知らず、首を傾げる。

「ヒルダ殿?」

 どうかしましたか、と問いかけるロージャだが、その彼こそ妙に落ち着かない様子だ。巻き込んでしまったが、そういえば昔からかなりの人見知りで、初対面の相手との会話など彼には負担ではないだろうか。

「いーえ。それよりロージャ様こそ平気ですか? 今から会うのは賓客ですけど」

「・・・だが、男性なのだろう。年若い令嬢が一人で会って、良からぬ噂でも立ったらどうする」

 その為に付き添うのだと硬い表情で告げられ、ヒルダは目を丸くする。これは予想外だった。

「そっか・・・、そうなれば僕・・・いや、私と親しい殿下にも迷惑がかかる。ありがとう、ロージャ様」

 ロージャがジャスのために同伴してくれているのだとヒルダは感激したが、何故か彼はピシリと固まった。そして少しずつ赤くなっていく。

「・・・いえ、そういう意味ではなくて、ですね」

 ロージャは、ぼそぼそ小さな声で、呻くように言った。上手く聞き取れず、ヒルダは聞き返した。

「え、なんて?」

 隣の椅子に腰かけているのに聞こえない。ヒルダの耳が悪いというより、ロージャの声が小さすぎるのだ。

「・・・なんでもありません!」

「急に大きくなったね?」

 赤い顔でそっぽを向くロージャに、ヒルダは首を捻るしかなかった。








 来客の報せを受けたのは、ちょうどランティスが現実に立ち返った頃だった。恐縮した様子の衛兵に振り返る。

「私に客人、ですか?」

 一緒にいた紅夜と、個室から出てきていたサーシェスやリオンも顔を強ばらせている。

「失礼ですが、どちら様でしょう」

 穏やかさを装ってサーシェスが尋ねる。トロナイルの貴族に知り合いなどいないのだ。ジャスからの連絡かもしれないが、半分は罠の可能性もある。全員に緊張が走った。

 しかし、問いかけられた衛兵は、妙な反応をした。

「えっ!?」

 サーシェスの顔をみて、ひどく驚いたのだ。

「・・・なにか?」

 奇妙だが緊張感に欠ける様子に、皆が首を傾げる。衛兵は慌てて一礼した。

「申し訳ありません。こちらのご婦人が、来客の方とよく似ておいででしたので」

「サーシャと似てる? トロナイルの貴族に東洋系の血が入ってるのかな?」

 こそっと、リオンがサーシェスに声をかける。

 ここでいつもなら、お決まりの台詞が返っていた。「私の名前はサーシェスです」と。しかしその彼女は、妙に強ばった顔で衛兵を見据えた。

「その来客というのは・・・?」

「ああ、重ね重ねご無礼を」

 衛兵は再び詫びると、今度はどこか誇らしげに告げる。

「お見えになっておられるのは、王太后様のお孫様であるロジオン・フィジー・ルートバルス様、並びに我が国が世界に誇る歌姫、ヒルデガルデ・コーバッツ男爵令嬢です」

 リオンを除く全員の顔が強ばった。







「失礼致します。ランティス・ラゴート様がお見えになりました」

「あ、いよいよだね」

 衛兵の言葉に呑気な返事をしつつ、ヒルダは立ち上がった。ロージャも同じく立ち上がり、王子の兄に等しいという相手を出迎える。

「お待たせしました」

 現れたのは背の高い男だった。新緑の眼差しは爽やかで、落ち着いた雰囲気の中で鮮やかに映った。

「失礼ですが、ランティス・ラゴート様ご本人ですか?」

「ええ」

 にこやかに頷かれるが、ヒルダは警戒する。

「お髪の色が、殿下からお教え頂いたものではないのですが」

 赤毛の男と聞いていたのに、目の前の男は茶髪だった。目を細めるヒルダに、ランティスを名乗る男は苦笑する。

「・・・驚いたな、あいつがそこまで教えるなんて」

 王子を「あいつ」呼ばわりしたことに隣のロージャが反応したのを察しつつ、ヒルダは更に口を開く。

「どういうことですか?」

「どうもこうも・・・」

 困ったように自称ランティスは背後を振り向く。すると、眩しい金髪の男が佇んでいて仰天した。

 ・・・まるで気配を感じなかった。もしこの金髪の男が刺客であれば、とうに殺されていただろう。

 唖然とするヒルダ達に、金髪の男は淡々と答えた。

「どうもこうも、こういう魔法(こと)だ」

 パチリと指が鳴ったと思えば、目の前の男の髪が途端に色を変えてゆく。

 現れた美しいワインレッドの髪をみて、ようやく確認が取れた。

「・・・ご本人だね」

「偽者だった時に備えて、敢えて“赤毛だったはず”とは言わなかったんだな。用心深いことだ」

 感心したようなランティスの言葉に、ヒルダは肩を竦めて応じる。

「当然。・・・ああ、殿下と親しいなら、あなたのことも敬うべきかな?」

 嫌味ではなく純粋な疑問として訊くと、ランティスは首を振った。

「いや、いい。それに、キミの主もそういうことを強要する奴ではないだろう?」

 諭すように言われて納得する一方、やはり彼はジャスと親しいのだと思い知らされて面白くない。わずかに頬を膨らませながら、ヒルダは金髪の青年を見た。

「あなたは?」

「俺はお前達の王子と面識はない。用もない。だが誓って、危害は加えない」

 さらりと自国の王子を用なしと言われ、ロージャのこめかみに青筋が浮かぶ。しかし彼も時と場合は弁えているらしく、怒りが口から飛び出てくることはなかった。

「誓うって、何にさ?」

 怪しいものを見る目で睨むと、金髪の男はやはり、淡々と言った。

「お前達の主の姉に誓って」

「はあ?」

 何故ここでノアリス王女の話になるのか。もう訳がわからないので、ランティスだけ連れて早く行こう。そう思った時、何やら騒がしい声がした。廊下の方で何やら揉めているらしい。なんだ、と警戒した時、再び扉が開いた。


「失礼致します、皆さま方」


 感情を窺せない低い声。ヒルダとロージャ、そしてランティスが目を丸くした。

「クリフ。なんだか久しぶりだな」

「御無沙汰しております、ラゴート殿」

 恭しく一礼したと思いきや、クリフ・ラドールは僅かに強ばった顔をしていた。

「大変恐縮ですが、ロジオン様、ヒルデガルド様、ラゴート殿。どうか今すぐ私と共に、殿下の元へご足労願います」

「殿下になにかあったの!?」

 慌てて駆け寄ると、クリフは歯切れ悪く応じる。

「詳しい話はあちらで殿下に直接お聞きください」

 有無を言わせぬ強い語調に、ヒルダはすぐ頷いた。ジャスの側近である彼は、自分にとって充分信頼のおける相手だった。

「クリフ。少し待ってくれ」

 制止をかけたランティスを見ると、目立つ赤毛を再び魔法で茶に染めているところだった。いっそ剃ればいいのに。いや、それでは悪目立ちするのか。

 嫉妬からつい意地悪なことを考えていたヒルダは、数分後クリフに着いて部屋を出た際、ひどい衝撃を受ける。

「ランティス、どこいくの? クリフが迎えに来たって聞いたんだけど」

 別の少年の声がしたが、さして気にならなかった。ただ、ランティスが無駄話でもしようものなら引っ張って連行しよう、と思い振り向いたのだ。

 そして、見た。

「え・・・?」

 癖のある茶髪。翡翠の瞳。

 幼い頃、ジャスや養父母と出会う前のこと。

 いつも泣いてばかりの少年がいた。鬱陶しいと思いながらも世話をやくうち、いつしか特別な、まるで弟のように可愛くなっていた相手。

 その名前は一一一。

「リオン、サーシェスと奥の部屋にいろって言っただろう!」

 慌てたようなランティスの声で、確信する。

「リオン、なの?」

 尋ねる声は掠れていた。隣のロージャがひどく驚いているのが気配でわかったが、ヒルダの意識は既に違う所へ傾きつつある。

 もう会えない、死んでしまったとばかり、思っていたから。



『うわ、今日も泣いてる。ほら、もー泣き止みなって。鬱陶しいからさ』

『うわあああぁぁあん』

『うるさいってば!』


 いつも泣いては自分に甘えてきた可愛い少年。


『今日は何なのさ。折檻でもされたの?』

『僕の先生が別の人になるって・・・・』


 果たせなかった幼い日の約束。


『いいじゃん。お互い頑張って生き残れば、また会えるんだから。きっとすぐだよ』


 自分は捨てた。

 可愛い弟分一人より、目の前の見知らぬ子供達のために時間稼ぎすることを選んだ。

 生きていても死んでいても、合わせる顔などなかったのに。

「生きてたの・・・?」

 過去は捨てたはずだった。

 それなのに、どうしてこんなに目頭が熱くなるのだろう。

 呆然と立ち尽くすヒルダに、名を呼ばれたリオンは目をやり、同じく絶句した。うそだ、と譫言のように呟く。

「・・・サーシャ?」

 捨てた名前で呼ばれ、心が震えた。しかし返事はできない。今の自分はヒルデガルド・コーバッツなのだと、戻ってきた理性が自制をかける。

 二人はじっと見つめあい、やがて反らされる。リオンが背後を振り返ったからだ。当然、ヒルダの視線もリオンの後ろに向けられる。

 そして二度目の衝撃に襲われた。

「!?」

 自分と瓜二つの女性。自分と同じ東洋の血筋なのだろうが、だからといって似すぎている。まるで近親者のようだ。あの女性がランティスの言う「サーシェス」なのだろうか。

 唖然とするヒルダの目の前で、そのやり取りは行われた。

「サーシャ・・・これ、どういうこと?」

 リオンは自分(サーシャ)ではなく、背後の(サーシェス)に向けてその名を呼んだ。さすがのヒルダも混乱する。

 アレクサンドラ一一サーシャ。そう呼んでくれたリオンが、良く似た別人にそう呼び掛けている姿に、ヒルダは嫌悪や苛立ちではなく、純粋な恐怖を覚えた。

(な、なんだ・・・?)

 気味が悪いと感じた。踏み入れてはいけないような。

 自分(サーシャ)の名前で呼ばれた(サーシェス)は俯いていた。その体が震えていると全員が気づいた時には、既に手遅れだった。


「だから言ったでしょう、ずっと! 私の名前は“サーシャ”ではなく“サーシェス”だって!」


 最初から最後まで、貴方は私を見てはくれなかった。

 自分と良く似た彼女が泣き崩れる姿に、ヒルダの脳裏で遠い昔に別れた母の顔が甦る。

 ・・・そして思い出した。

 そうだ、いた。自分には、良く似た顔立ちの家族がいた。

 捨てられた事実と、暗殺者として育てられた過酷な日々の中で忘れてしまっていた記憶がある。

 傲慢な貴族の父と、媚びることしか知らない母。

 そして。

「姉さん」

 静まり返った廊下に、ヒルダの呟きは恐ろしいほどよく通った。

「サーシェス姉さん。・・・貴女は僕の姉さんだ」

 擦りきれていた記憶の断片。

 泣き崩れる姿は、あまりにも母と酷似していた。




 予期せぬ二つの再会に、ヒルダはしばらく言葉を失った。












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