寝耳に水な話
クリフを伴い旧書庫を後にしたジャスだったが、そこで見馴れた男を発見する。
「ヒースか」
「あ、殿下!」
声をかけられたヒースは安堵したような表情で駆け寄り、ジャスから数歩の距離をおいて跪いた。
「おい・・・」
公の場でもないのだから礼は略式で構わない。クリフといいヒースといい、どうして自分の側近は堅物ばかりなのだろう。ヒルダを足して割っても、まだ柔軟さに欠けるような気がした。
「謁見の間にて、リトレイズの首相がお待ちです」
「ああ・・・ご無事だったんだな。連邦からネチネチ嫌がらせを受けてたんだろ?」
ちらりと背後のクリフに確認すると、彼は首肯した。
「はい。殿下」
「嫌がらせと申しますか・・・」
無表情のクリフとは違い、苦い顔を見せるヒースに、ジャスは立ち上がるよう命じた。
「そうだな。言葉が適切ではなかった」
嫌がらせなどという、可愛らしいものではない。リトレイズの首相が連邦から受けた仕打ちは、立派な暗殺未遂だ。
トロナイルの助力を得て独立したリトレイズ共和国を、ガストロイヤ連邦は目の敵にしている。
ここでリトレイズだけを招待しては更に両者の溝を深めるとわかっている以上、トロナイルは連邦側にも招待状を出している。リトレイズにはトロナイルという大国が控えていると、連邦側に誇示する狙いもあるのだろう。
「滞在する宮殿は離してあるんだろ?」
「はい。我が国の警備もつけております。それに・・・」
「それに?」
「年若い護衛官どのがそばに控えておりまして、これがまた素晴らしい剣術の腕をお持ちなのです」
「実戦を見たのか?」
驚いて聞き返すと、ヒースは照れくさそうに笑った。
「はい。陛下のご命令でお迎えに参りました。その折、護衛官どのは剣ひとつで魔物を一掃なさったのです」
「へえ・・・」
剣ひとつ。ジャスは興味深く呟いた。
「魔法を使わなかったのか」
身を守る術として、ジャスは大抵の武器なら扱える。もちろん叩き込んだのはトロナイルの教師ではなく、魔法はルフィスやイーヴァ、クルスにミュイ。武芸はウォルやユーナ、イクスといったチュニアールの育て親たちだったが。
しかし魔法大国であるトロナイルにおいて、魔物相手に剣のみで勝利を納めたという話は、大昔の英雄や稀代の剣豪と名高い将軍たちくらいだ。もちろん相手の魔物の程度にもよるだろうが、それでもなかなか珍しい話で、ジャスの興味を引くには充分だった。
(流石にウォルやユーナには及ばないだろうけど)
親愛なる育て親を贔屓しつつ、ジャスは呟く。
「見てみたいな」
「え?」
ヒースがきょとんとしたので、ジャスはふと我に返った。ここはチュニアールではないのだから、気楽な発言はすべきではない。
「いや、なんでもない。その護衛官の名前は?」
「確か・・・セト殿と首相はお呼びでした。セティード・オーウェン・ラルス殿です」
ふむ、とその名を頭に入れたところで、ジャスは首を傾げた。
(リトレイズの“セト”・・・?)
いつか、どこかで聞いた気がするのだが、結局すぐには思い出せなかった。
そして。
ああ、彼だった一一と気づいたのは、その顔を見た時だ。
病に臥していると世間で噂されている父王に代わり、リトレイズの首相との謁見に応じたのだ。
(・・・あ!?)
首相の後ろで、その彼はこちらを見て硬直している。それもそうだ。
かつて一度だけ顔を会わせた時、自分は彼に東大陸へ向かう旅人を名乗っていたのだから。
『鍵、拾ってくれてありがとう』
『あー、大した事じゃないから』
『いや本当に。旅の人?』
『ああ、明日から東大陸へ』
『そうか。海賊には気をつけて』
リトレイズが誇る港町ホリブで、自分は彼と会っている。
『・・・・そっちも旅の途中? ・・・・えっと』
『セト』
『俺はジャス。このチビはリア』
『恋人?』
『せめて血の繋がらない兄妹と言って下さい』
冷やかす視線にリアがそっぽをむき、ジャスは意趣返しにからかったのだ。
『あんたの恋人は、さっき鍵落とした人?』
そして、確か一一。
『いや。おれの恋人は行方不明でね、仲間と一緒に彼女を探す旅の途中なんだ』
港町で護衛もつけず、小娘と呑気に探索していたような男が、実は故郷の後ろ楯ともいえる大国の王子だと知ったセトは、愕然としている様子だったが、流石にこの場で自ら口を開く愚を犯すことはなかった。
彼の自制心に感謝しながら首相との儀礼的な挨拶を終えた頃、ジャスは世間話としてセトの剣技について触れた。
「部下から聞きました。護衛官どのは若くも大層な剣豪だとか」
「ええ。国に残ってくれている、私の補佐官の愛息子ですよ。国立士官学校を首席で卒業しております」
首相の護衛に抜擢されるくらいなのだから当然かもしれないが、やはりそこそこ良家の出身らしい。
しかし半年前は恋人を探す旅の途中だと話していたのに。もしや今回の式典で無理矢理この首相に付き合わされているのだろうか。だったら自分なんかの立太式のために申し訳ない。
内心うだうだ悩みながらも、ジャスは努めて愛想よく、にっこり笑った。
「初めまして、ラルス卿」
「・・・お初にお目にかかります、殿下」
一方のセトはひどく引きつった笑顔で応じる。初対面の相手に恋人云々を馬鹿正直に話す彼は、咄嗟の芝居に慣れていないようだった。
「ああ、申し訳ありませんな。殿下のご尊顔に、いささか気後れしているようです」
セトの堅い表情を見て、首相がそう助け船を出す。普通ならどういう意味だと問われかねない発言だが、生憎ジャスの無駄に整った容姿は、大抵の場合、初対面の相手を圧倒してしまうのだ。この首相とて、就任直後に初めて挨拶した時は唖然として、しばし絶句していた。しかも直後に「あまりにお美しいので」と真顔で言ってきたのだ。これくらい図太くなければ暗殺対象の代名詞ともいえる座に就くなどできないのかもしれないが、王子に向かって「美しい」などと普通なら言わない。
何が一番腹立たしいかと聞かれたら、当時の首相の発言について、誰もが同意や納得を示したことだろう。この目立つ容姿についてはもう諦めているが、国同士の外交の場でさえ持ち出されるのはいかがなものか。
「・・・いえ、馴れておりますので」
苦い気持ちを飲み下して、ジャスはにこやかに応じる。その後もセトの視線が突き刺さるのを感じたが、ひとまず知らぬふりを通したのだった。
首相との謁見を終えたジャスはクリフにセトへの内密の連絡を命じた。式典前に不要な面倒事がどんどん増えているのは気のせいだろうか。
すると驚いたことに、戻ってきたクリフはセト本人を伴ってきた。
「・・・随分と仕事熱心な護衛官どのだな?」
首相の身の安全について少しばかり不用心ではないだろうか。他にも山ほどの護衛がいるのは承知しているが、異国の城であまりにあっさり主から離れる彼に、ジャスはつい呆れ顔になる。
しかし、物言いたげなのはセトも同じだった。
「いや、あくまでおれを通して父の存在を王子殿下に印象付けるつもりなんだよ。・・・いや、ですよ」
語尾に取って付けたような敬語を挟み、セトは周囲を確認する。
「えっと・・・殿下の秘密を知ったおれを始末するとか、そういうわけではないんですかね?」
セトの慇懃無礼な態度に、ヒースが一歩前に出る。ジャスはそれを片手で制した。
「やめろヒース。彼は俺の知人だ」
「えっ?」
驚いて目を丸くするヒースに苦笑いしながら、彼に人払いを命じる。
「久々の再会だ、少し話がしたい。護衛はラドール卿だけで充分だ」
「承知いたしました」
恭しい態度で一礼すると、ヒースは扉の向こうへ消える。それを確認したジャスは、警戒心も露なセトに声をかけた。
「随分と驚いてるな?」
「そりゃあ、半年前に港で女の子と仲良く遊んでた奴がトロナイルの王子だなんて、なんの冗談だって話ですよ」
遠慮ない発言に、ジャスは思わず笑ってしまった。内容には少し誤解を招くものがあるが、こういうやりとりができる身近な相手は今、ヒルダしかいなかった。どこか懐かしくなったジャスは、喜びを噛み締めるように言う。
「その変な話し方は必要ない。人の目さえ気にしてくれたら、前のような口調で頼みたいな」
「了解」
穏やかな申し出に、セトも悪戯っぽく笑う。
「しっかし、あの色男がまさかの王子様とはねぇ。じゃあ一緒にいた・・・リアだっけ? あの子は何者なんだ? 随分親しげだったけど、護衛には見えなかったぞ」
いきなり失恋の傷口を抉る会心の一撃だった。さすが剣豪と阿呆みたいなことを思いながら、ジャスは口を開く。
「詳しくは言えないけど、まあ、ただの友人だよ」
「ふーん。血の繋がらない兄妹じゃなくて?」
「・・・よく覚えてるな」
当時のリアが言った無理な要求だ。そういえば、セトに出会ったあの頃は、リアのことなど精々喧嘩友達くらいにしか思っていなかったのに、今では一人の女として心底惚れてしまっている。
たった半年で、随分と変わってしまった。
そうぼんやり考えていたジャスは、次のセトの発言で殴られたような気分を味わう。
「覚えてるも何も、さっき見たけど」
「・・・・・・は?」
たっぷり間を置いて聞き返すと、セトはややたじろいだ様子で答える。
「いや、だから。そのリアって子、謁見の前に見かけたけど」
「クリフ!?」
思わず背後の部下を振り返ると、彼も寝耳に水らしく、珍しいことに動揺していた。ジャスも混乱する。クリフの差し金でないなら、一体どうやって彼女がこの城に入り込めるというのだろう。
痛くなってきた頭で、ジャスはなんとか落ち着こうと可能性を探る。
「見間違い、人違いじゃないのか」
「いやー・・・そりゃ、そんだけ驚かれると自信なくすんだけど。確かに遠目だったけど、怪しくて目立ってたし、よく似てたんだよ」
ジャスは沈黙した。怪しくて目立つ? なんだかリア本人のような気がしてきた。
「具体的にどこが怪しいんだ?」
「女官の服きて物陰に隠れたり、頭かかえて独り言ぼやいてるように見えたな。・・・正直ちょっと近寄りたくないから声をかけなかった部分もある。それで、しばらくしたら今度は紫のドレスで、本物のお嬢様みたいに堂々と城の広間をいったり来たりして・・・だからジャスが王子って聞いて、驚いたけど納得したんだよ。あの子はてっきりお前の愛人か何かなんだろうなって。違うのか?」
「愛人じゃない! ・・・というか!!」
その不審な女について考える。聞けば聞くほどリアに思えてくるのだ。しかも彼女なら、こうやって見咎められていることにまるで気づいていない可能性が高い。基本的に間抜けだから。
(・・・まさか)
そんな筈はないだろう、と願う。
まさかとは思うが、彼女はチュニアールの使節団の一員なのだろうか。
(何を考えてるんだ!?)
ここには帝国の使節団も来ている。見つかれば強制帰国は免れない。そうなれば彼女は二度と自由を得られなくなる。
「一一一あの馬鹿が!」
「えっ?」
「殿下」
思わず上げた怒鳴り声にセトは驚き、クリフが諌めるように声をかけてきた。しかしそれでこのよくわからない気持ちを抑えられるなら、最初から叫んだりしない。
「俺が戻らないとでも思ったのかよ! 歯でも骨でも、好きなだけへし折られるくらいは覚悟してたんだぞ!? ルフィスさん達も何を・・・ああっ、もう。・・・クリフ!」
「はい」
滅多にない主の荒ぶる様を見て、クリフも流石に困惑しているようだったが、それでも努めて冷静に応じてくれた。
「この後の俺の予定は?」
「調整致します」
「よし。一一セト」
ジャスとしては、睨んだつもりはなかった。一度噴火しかけた怒りのようなものは既に飲み下しているし、今は動揺するより先に大事なことがある。その為に彼の協力が必要だった。しかし、強い眼差しにセトは僅かに顔を強ばらせる。
「ど、どした?」
「その女、耳飾りをしていなかったか?」
「え? ああ、してたよ。白っぽいの、あれ真珠かな。遠目だったけど視力には自信あるし、それに」
最後の言葉を聞いて、ジャスは立ち上がった。
「悪いけど、少し付き合ってくれ」
有無を言わさぬ態度で歩き始める。当然のようにクリフが続き、セトも慌ててついてきた。
「リアを見かけた場所まで案内すればいいんだな?」
「ああ。一一クリフ、お前はスケジュールの調整が済んだら使節団へ。もう構ってられない。ヒルダも呼び戻しておいてくれ」
「御意」
「ヒース! 少し出掛ける。付いてきてくれ」
きびきびとした動作で部屋を出ていくクリフと入れ違いで現れたヒースは、ジャスの顔を見て青くなった。自分は今そんなに恐ろしい形相をしているのだろうかと、疑問に思う自分をやけに遠く感じる。
耳の奥では、セトの最後の言葉が反芻していた。
『それにさぁ、遠目からでも見えるくらい立派な真珠なのに、片耳しかつけてないんだよ』
当然だ。
その片割れは、今も自分が持っているのだから。
(見つかったら、今度こそ外に出られなくなるんだぞ!)
ふざけるな一一一一ふざけるな!!
そんな思いをさせたくないから諦めようとした。いつまでもあの島国で、仲間達と共に笑って過ごしてくれたら。自分自身の望みも重ねて、そう祈ったのだ。
なのに、どうしてこんな危険な真似をするのだろう。
確かにあの別れの夜については、全面的にジャスが悪い。そんなことは百も承知している。だがしかし、それとこれとは話が違う。
殴られてもいいからちゃんと顔を見て謝りたい一一そう思っていたのに。まさか、このまま自分が逃げるように国に留まるとでも考えたのか。だったら侮辱もいいところだ。
リアもリアだが、周りもどうかしている。そういえば、ランティス探しにヒルダを派遣したわけだが、この分だと彼も一枚かんでいる可能性が高い。
(どうして止めなかったんだ!)
情けないやら腹立たしいやら、我ながら自分が誰にどう憤っているのか判断がつかない。頭が痛くなってきた。
「ジャス・・・じゃない。王子殿下、落ち着こう、いや、落ち着きましょうよ」
真顔でずんずん回廊を進むジャスに、セトがやんわり声をかけるが、もはや焼け石に水でしかない。
「俺は落ち着いている」
嘘つけ、と背後で溢れたセトの呟きを聞き流し、ジャスは足をひたすら前へ向けて歩き続けた。
忘れた頃に現れたセトが分からない方は
第一章「理想郷へ」をご覧くださいませ。
ご安心なさいませ、誰もがモブと思うような
会話しかしておりませんので忘れて当然です(真顔)




