囁く王女は悪魔のようで
静かな回廊を歩いていた。しかしそれでも声がやまない。
精霊たちが騒がしいのだ。
宮廷楽士に扮して潜入したロッドは、息が詰まるような気分を味わう。
人工的に産み出された自分の身に宿る、古代魔法。本来は女以外が扱うことはできない秘術を無理に組み込まれ、不完全なロッドの肉体は更に蝕まれた。あと数年で朽ちてしまうことだろう。
(それまでに、あいつを殺して)
恋人の仇を討ち、束の間の幸せを与えてくれたあの村の雪に埋もれて眠るのだ。そんな詩的な最期を望む資格などないと自嘲しながら、ロッドにはこの夢だけが生きていく為に欠かせない、文字通りの支えだった。
「やっと見つけたよ」
王子の立太式を前にした王宮は騒がしい。比例して精霊たちも落ち着きを失う。そんな激しい喧騒のなかで、しかし穏やかな声はしっかりロッドの耳に通った。
精霊たちの騒ぎ声が、より一層に増す。
「はじめまして」
「・・・・どうも」
ドレス姿の女だった。癖のある長い黒髪。
麗しい面を隠す邪魔な眼帯に気がついて、ようやくロッドは目の前の女の正体を悟る。
「お噂は予々、王女殿下」
「あは。じゃあ、やっぱりきみなんだね。それもラミアちゃんと一緒にいる?」
「ええ」
人が多すぎる王宮で、精霊たちを完璧に制御できるほどロッドの能力は高くない。しかもこの城は特殊な結界が張られて魔力の行使には随分と制限がかけられる。加えて、どうやら自分より優秀な【メロディア】保有者がいるらしく、精霊たちはあまり協力的ではない。
ここは腕っぷしだけで押しとおるしかないが、この白兵戦においては魔女と呼ばれた元暗殺者の王女に、自分が太刀打ちできるとは思えなかった。
「ノアリス王女殿下」
「そんなに構えないで。わたし、きみのことは殺したくないんだよ」
周囲に人の気配はない。しかし、この化け物のような女が相手の場合、それこそ危険なのだ。盾になる人質もいないし、仲裁してくれる第三者もいない。下手にこちらから仕掛けると、一方的に切り刻まれるだろう。
「・・・・ラミアは貴女を随分と恨んでいるようですね」
「うーん。まあ、当然だよねぇ。わたし、裏切り者だもん」
敵意は感じられない。会話にも乗り気だ。
逃亡手段を考える時間は稼げると判断したロッドは、ノアリスの誘いに乗った。
「俺を殺すつもりではないのですか?」
「うん。寧ろきみがこのお城にいるのに気づいて驚いたよ。ずっと探していたのに、まさかこんなところで会うなんて」
ふう、と溜め息をこぼす王女に、ロッドは内心首を傾げる。
「探していた・・・・俺を?」
「そうそう。それがまさかラミアちゃんたちの仲間になってるだなんて」
ロッドはますます混乱する。自分が【黎明の騎士団】に加わる前から探していたというのだろうか?
「理由を」
「わたしはきみのお母様を知っている。あなたのことで、ずっと苦しんでいた」
心臓を鷲掴みにされたようだった。
自分の出生について知っているのはラミアとイアだけだ。
もう、二十年以上前に凍結された計画。
噂以上の事実を知ることができるのは、当事者とそれに近い存在だけ。
「・・・・マリーナ・ウィキルに、俺の処分を頼まれたのか」
身籠った自分を生体兵器の研究素体として胎児のまま売った女。
母親だなんて思っていない。そもそも、彼女さえいなければ、自分は生まれず、メアが死ぬこともなければ、シンルーを苦しめることもなかった。
逆恨みとわかっている。だから今まで意識したこともなかったのに。
「違うよ」
「?」
「マリーナさんはね、きみを産んで育てるつもりだった。それを強引に奪われて、きみのことを処分されたものだとばかり思ってる」
「は・・・・?」
驚きはしなかった。そこまでの関心もない。
しかし、そんな安っぽい台詞をかけてくる目の前の女に嫌悪が沸いた。
その途端に理解する。
この女は誰より血塗られた手をしているのに、善人面でその手をまるで女神の救済のように差し伸べるのだ。
ラミアの嫌悪も頷ける。これは好き嫌いの分かれる女だ。
「なんだ、それで俺を母親に会わせてくれるとでも?」
復讐を終えてまだ命に余裕があるなら、騙されたふりをして従い、この女の目の前でマリーナの首を折るのもなかなか魅力的に思える。それほどまでに、この王女はロッドの癪に触った。
「ううん」
その呟き1つで、王女の雰囲気が変わる。
「きみの本音が見えたよ。そう、やっぱりそうなんだ」
穏やかな眼差しだった。
優しげな微笑みなのに、ロッドは自分が小さな鼠に思えた。目の前には竜がいる。たった一捻りで殺される。生まれてはじめて、死の恐怖を感じた。
「マリーナさんにとって、きみは毒になりかねない」
ああ、はめられたのか。
先程の、一見すれば善良な言葉。あれは挑発だったのだ。ロッドが自覚さえしていなかった憎悪を炙りだす悪魔の囁き。
こつ、こつ、こつ。
踵を鳴らして王女が近づく。
ロッドは動けなかった。指一本でも不用意に動かそうものなら、その瞬間に首が飛びかねない。
(ああ、くそ)
まだ死ぬわけにはいかない。
仇をとるまでは一一一一。
(非力な人で助かったなあ)
右手にロッド、左手に先程の始末した暗殺者を引きずりならが、ノアリスは古い隠し通路を進む。
ロッドはノアリスにとって、母に等しいマリーナの実子だ。殺したいはずがない。
峰打ちであっさり気絶した軟弱さに少し呆れたが、身柄を確保できたのは嬉しい収穫だ。
(さてさて)
別かれたばかりの茶髪の少女に思いを馳せる。
彼女は今どのあたりにいるだろうか?
2ヶ月も更新せずにすみませんでした。
しかもその間にもちらほら足を運んでくださった方がいらっしゃって、本当にありがとうございます。
ロッドさんお気に入りなのですが、
作者が首を傾げたくなるほど不幸が似合う殿方です。
以下、粗い紹介。
ロッド
・マリーナの実子だが、彼女は組織により堕胎されたと思い込んでいる。
・シンルー(ルー)の姉メアリーの恋人だった。




