悲劇に生まれ喜劇を夢見る獣たち
イア・スプランはラミアナ・スプランに拾われてから三年間、彼女の義弟として生きてきた。鬱陶しいと思いながらも、その一方では命の恩人として感謝もしている。
そして何より。
「やっだぁ、イアちゃんってば似合うぢゃなぁい!」
目の前の巨大なオカマの義息子に認定されなかったことに関して、生まれて初めて神に感謝していた。
ニーフェル・ポロンドは【黎明の騎士団】のメンバーであり、イアの同僚ギゼル・ポロンドの義理の父親兼母親でもある。
ちなみに初対面の時、意識が朦朧としていたイアは屈強な大男が派手な化粧と女装、そしてどこの遊女だと言いたくなるような言動に仰天し、気絶した。こいつは歩く視覚毒だと思う。後ろ姿さえグロテスクに見えてくる。
「素敵よイアちゃん。様になってるワ」
「どうも・・・・」
ニーフェルが興奮気味に褒め称えているのは、貴族に扮したイアの盛装姿だ。帝国において上流階級の証ともされる眩しい金髪と、吸い込まれそうな色の紫眼の組み合わせは、磨きあげられた宝石のような美しさを放っている。
「ちょっとニーフェル、まず最初に誉めるべきは私じゃないの?」
燃え盛る炎のような赤毛を結い上げ、長身を引き立てるマーメイドドレスを纏ったラミアが詰まらなそうに言う。結い上げた長い髪と、黄金と宝石をふんだんにあしらった首飾りのおかげで、実は肩凝りで相当に機嫌が悪いのだ。美しい装いよりも返り血を好む彼女らしいが、これはこれで艶のある美女に化けているとイアは感心する。
「すごいな、ニーフェル」
自分達の衣装を全て見立て、ラミアに化粧まで施した。複雑だが、このオカマの美意識は本物なのだ。
「こういうのは流石に年の功ってやつかしらね」
プライドの高いラミアも認める。その手にあるのは、彼女の母方であるパルータ家の紋章が彫られた懐中時計だ。
「いいのか? お袋さんの実家を使って」
「構うことないわよ。もう何の未練もないわ」
パルータ家は先祖が討伐した魔物の呪いで、代々この炎を思わせる赤毛の者が多く生まれる家系だ。そしてイアの旧知である「ランティス」も、パルータ家の血を引いている。
「お母さまは戻ってこないんだから」
ラミアがため息混じりに囁いた。
ラミアの母シルフレイアはパルータ家の妾の娘だったが、正妻の死により、母ともども正式にパルータ家の一員となった。
しかし妾であった母娘に屋敷の人間はお世辞にも友好的ではなく、肩身の狭い思いをしながら暮らしていた。
そんな二人に唯一分け隔てなく接したというのが、ラミアの伯母でランティスの実母、アイリス・デ・パルータだった。
彼女は感情の起伏に乏しくおおよそのことに無関心であり、ゆえに妾の母娘を嫌うこともなかったのだ。
アイリスが年頃となり当然の流れとして親の決めた男に嫁ぎ、シルフレイアもまた父の命令で嫁に出された。
それぞれ相手に恵まれ、ありふれていても幸せな暮らしを手に入れた筈だった。
しかし、アイリスの嫁ぎ先に賊が押し入り、彼女以外は使用人も含めて惨殺されるという痛ましい事件が起きる。
未亡人となったアイリスだが、事件を受けて婚家が彼女を気味悪がったことから、アイリスは実家であるパルータ家の別宅に身を寄せて暮らし始めた。
「・・・・クーディス・ラゴートか?」
「そうよ。と、言いたいけど、そうするとあんたの大好きな友達も生まれてこないから、言わないであげるわよ」
「そりゃどうも」
アイリスの夫を目の前で殺し、あまつさえその身を汚した最悪の男。
ランティスの実父、クーディス・ラゴート。
アイリスはこの男と駆け落ちし、ランティスを出産した。
追われる身である二人は遠方で暮らすシルフレイアを頼り、またシルフレイアも喜んで協力し、夫ともども姉夫婦を匿ったという。
しかしそんな生活は長く続かず、裏切り者であるクーディスを追っていた【ラジェーテ】によってクーディスとアイリス、そしてシルフレイアの夫まで殺された。
シルフレイアは精神の均衡を崩し、娘を死んだ姉と認識し始める。
娘一一ラミアが母との暮らしに耐えられなくなるのは時間の問題だったのだ。
記憶も曖昧な伯母の身代わりにされることに疲れた彼女がたどり着いたのは、皮肉なことに【ラジェーテ】だった。
そこで彼女は、自分や母の髪よりも遥かに美しい血の海の虜になった。
「なによ、頭のおかしい女だって言いたいの?」
イアの沈黙を誤解したらしいラミアが目を細める。イアは首を横に振って短く否定した。
「違うよ」
この話を聞いたとき、イアが狂っていると感じたのはラミアではなく、アイリスの方だった。
事実、心が壊れてもおかしくないような事件の被害者である。寧ろ、事件後に何の変わりもなく実家の別邸でかつてと同じ暮らしを送っていたというのが異常なのだ。
(いや、ランティスを産んでくれたのは感謝してるんだけど)
どうして、自分の人生を狂わせた男と恋をして、駆け落ちの末に子供まで産めたのだろう。
(赦せたのか・・・・?)
全てを奪われて、それを赦せたというのだろうか。
(俺には無理だ)
今は拳を握った。
あの、全身が沸騰するような怒り。
大切な女の傍にいれないばかりか、守れず、奪われる未来を告げられた。
(取り戻すんだ)
そうしたら、今度こそ【彼女】と二人でやり直そう。誰も自分達を知らない、遠い土地で、いつまでも幸せに暮らすのだ。
(できれば、ランティスも)
思い描いた未来がある。そのための命だ。
「準備できたのか?」
宮廷楽士に扮したロッドが部屋に入ってきた。あんた軽そうでいいわね、とラミアが目立った装飾のないロッドの頭をみて呟く。
「似合ってるよ、イア」
「そりゃほんの四年前までは貴族だったしね、一応」
軽く肩を竦めて、イアはラミアを振り替える。
「それじゃあ行くか」
「そうね、そろそろ歯が浮きそうだし」
「お前の肩凝りについてはどうでもいいんだけど・・・・」
あきれ果てていうイアだが、実際はこの【黎明の騎士団】そのものに興味がない。
命の恩人であるラミアとロッドへの義理と、利害が一致するから所属しているに過ぎない。
(もうすぐ会いに行ける、お前に)
脳裏で、亜麻色の長い髪が揺れた。




