廻り合い
ジャスが東洋人の少女と共に立ち去った後。
(何、今の)
実際には頬を女性相手とは思えぬ無遠慮な力加減で引っ張っていたのだが、リアの角度と、偏見によるフィルターのかかった目では、優しく頬に触れているように映り、いかにも親密そのもの、という空気だったのだ。
(ヒルダ、って呼んでた・・・)
仲間達から、ジャスはこれまで女性と自分から親しくなろうとはしなかった、と聞いていた。だからこそリアを連れ帰った時には皆が大騒ぎしたのだと。
なのに。
(ヒルデガルド・コーバッツさん)
今になって思い出す。そうだ。
以前からミナが好んでいる、トロナイル国内外で絶大な人気を博す稀代の歌姫。その外見から東洋の天音と例えられることもあるという。
(ど、どうしよう・・・)
仲間達を心配させ女王に我が儘を言い、ディディを差し置いて海を越え、ここまできたというのに。
あの一瞬で、ここ数日の全能感は消えてしまっていた。
(こんなの、嫌だ)
咄嗟に、追いかけようか、とも思う。
けれど、肝心な時に、自分という人間は都合よく臆病になる。
「情けないったらないなぁ・・・」
つい自嘲の呟きが零れた瞬間だった。
「なにが?」
「え・・・!」
さっきから自分はヘマばかりしている。
(で、でも! 気配なんてなかった! 流石に気付かない筈ないもの!)
すぐ横に女性がいた。柱の影に隠れるリアの、ほんの数センチ隣に。
「あは、ごめんね。驚いちゃったよね? なんだか泣きそうだったから、つい声かけちゃったよ」
先程の少女とは違う、大人の女性だった。癖を含んだ漆黒の髪に深く澄んだ鮮やかな碧眼。不思議と見るものを落ち着かせる魅力があったが、残念なことに、もう片方は眼帯で隠されてしまっている。
「大丈夫? ごめんね、わたし、怪しくないから。そんなに怖がらないで」
おっとりとした口調や語感に、リアは山吹色の髪と林檎色の瞳を持った、とある人魚の娘を思い出す。
(セレナさんに、似てるかも)
外見は全く似ていないのに、どこか通じるものを感じ、リアの中の警戒心がいくらか薄らいだ。そして今の自分が女官姿であること、目の前の女性がひどく美しく、またその麗容を際立たせる優美なドレスに身を包んでいることに気づき、あわてて頭を下げる。
「ご無礼を・・・」
この女は貴族の中でも相当高位の家柄だろう。王族のようなドレスを着こなす本人もまた、優艶な美女であり、リアは色んな意味で腰が引けた。
「あなたは、王子さまのお友達?」
「滅相もございません」
「そうなの? ヒルダちゃんと一緒にいるのを見てヤキモチ妬いてたのに?」
「・・・っ!?」
嘘が吐けない正直者。
少なくとも、今のリアはジャスに関する全てが弱点になっている。これでもかというほど真っ赤になって硬直するリアの姿に、女性はくすくす笑った。
(あれ?)
その姿に、不意に既視感を覚える。トロナイルの貴族の娘に知り合いなどいないし、【星空の宴】から派遣されている諜報員にも見えない。
(このひと・・・似てる・・・!)
セレナに、ではない。今度はもっと別の人物だ。
つい先程まで、そこにいた。
(ジャスが女性に生まれてたら、こんな感じ・・・ううん、髪を伸ばせば・・・)
脳内で惚れた男に女装を施しながら、確信する。
彼女はジャスと、とてもよく似ている。
「あの・・・」
「あ、わたしノアリス。ノアリス・パルーシャ・ラフィリコルゲント。あなたは?」
「えっ? えっと、わたくしは」
「んー、この国の人じゃないよね?」
心臓が口から飛び出るかと思った。
絶句するリアに、ノアリス王女はにこやかに続ける。
「わたしの好きな人と似てるの。魔力の感じがね、そっくりなんだ。帝国の人でしょ?」
嘘がつけない。つかせてくれない。
穏やかな空気で鋭い斬り込みをいれてくるジャスと瓜二つの女性に、リアは完全に主導権を取られていた。
というか。
「え、ノアリス王女殿下!?」
時間差で言葉の意味を正しく認識し、目を丸くする。次いで、慌てて膝をついた。本来なら疑ってもいい自己紹介だが、その弟王子であるジャスの顔を知るリアに、その血筋の正統性は明らかだった。
「申し訳ありません。重ね重ね、無礼をお詫びします」
その弟に平気で焦げた鍋の底を磨かせたこともあるくせに、相手が王族と分かったリアはとうとう素で謝罪する。貴族育ちの条件反射だ。
「いいよ。わたし王宮より外での育ちが長いから」
気にしないでね、と笑う美しい王女の笑顔に、ジャスの姿が重なり、思わず息が止まった。
そんなリアの様子も気にする風もなく、ノアリスは人懐っこい笑みで首を傾げる。
「あ、そだ。あなたお名前は?」
「・・・お許しください。今は名乗ることができません」
咄嗟に偽名を使うことも考えたが、ジャスとよく似た容姿を持つ彼の姉に、嘘をつきたくなかった。
無礼の咎めを受けることも承知で、リアは深々と頭を下げる。
一方、ノアリスは無礼というよりその馬鹿正直さを好ましく感じたのか、にっこり人の良さそうな笑みを浮かべる。
「じゃあ、わたしが何かあだ名とか、考えちゃってもいいかな?」
「?」
「本名が難しいんでしょ? でも、呼び名くらいないとお喋りできないし」
一国の姫君が得体の知れない相手とお喋りを楽しんでどうするのだ。そもそも王女から愛称を下賜されたなら、忠誠心の厚い者は改名してしまうのではないだろうか。リアは唖然とする。
「んーとね。じゃあ、綺麗な琥珀の色の目をしてるから、琥珀ちゃん・・・なんてどーお?」
どう、と言われても。
リアの立場からは、返答など半ば決まっている。
「も、勿体なく存じます、王女殿下」
「気に入ってもらえた? よし、じゃあ琥珀ちゃん、わたしと一緒にお城を探検しよ!」
「えっ・・・・・・ええ!?」
あの弟にしてこの姉あり。
自分と妙に相性が良いらしいこの姉弟に、自分はどうも振り回される運命なのだと、リアは悟った。
一方、チュニアール使節団では、急遽合流し参加が決まったランティスがセブンと共にカルダから魔法の指南を受けていた。ランティスとセブンの目立つ赤毛を誤魔化すための措置だった。
「すみません、カルダさん。助かりました」
「どもっす」
ランティスとセブン、それぞれの感謝の言葉に、カルダは軽く首をふった。
「いい。こっちこそ助かった。お陰で合法的に城へ入れたし、寧ろ感謝してるから」
「そういやさあ、なあ、金髪の兄ちゃん。なんで城に来たんだ? 盗み? 見た目だけでも食っていけそうなのに」
不躾な物言いのセブンにカルダは思わず苦笑いをこぼしたが、特別気分を害した風もなく答える。
「少し前に恋人が行方不明になって。で、どうやらこの城にいることは掴んだから、それが理由」
「へー・・・カ、カノジョいんのか」
思春期独特の気恥ずかしそうな初々しい相槌にランティスとカルダは密かに笑いそうになったが、そこは大人の優しさで堪えておいた。
「どんな姉ちゃん? 美人なのか」
「珍しいな、セブン。そういう話にお前が食いつくなんて、ディディと何かあったのか?」
いつになく他人の色恋に興味を示す少年を不思議に思い、ランティスがつい口を挟んだ。セブンも相手がジャスなら意固地になるところだが、ランティスとカルダは彼にとって「大人の男」である為か、二人には素直に話し始めた。
「ジャスを連れ帰れたら・・・・・・その、こっ告白しようと思、うから!」
おお、とランティスは驚いた。そして思う。
(いや、ジャス云々の前に、そもそもディディと会話できてないだろ、お前)
好きな娘の前では全く言語機能が働かない脳を持つセブンの前途は多難である。やる気が空回りして良くない状態に陥らないことを祈るばかりだ。
「・・・“ジャスを連れ帰る”?」
聞き咎めた風に呟くカルダに、ランティスとセブンは目を向けた。
「 なんだよランティス、この兄ちゃんに説明してないのか?」
「どう説明しろって言うんだ・・・・・・ああ、カルダさん。ジャスっていうのは、その一一一」
「今回の主役の王子か?」
「ええ。よくわかりましたね」
彼の名前“ジャスティス”は代々王太子に与えられる称号のようなもので、それを略して呼ぶことなど本来なら決して許されない不敬であり、そんな発想を持つ者も、このトロナイルにはそういない。
(そうか。この人は帝国の出身だからか)
トロナイル王宮の習慣など知らなくて当然だと納得したランティスは、話を次に進めるとこにした。
「ええ。殿下は我がチュニアールにてご幼少の頃より多くの時間を私どもと共にされました。今回は正式に王太子として立たれるとの事でしたので、急ぎお祝いに」
「・・・・・・。なるほど、その名目で“連れ帰る”って訳か。できるのか?」
呆れた風もなく問うカルダに、ランティスとセブンは顔を見合わせた。
「まあ・・・おそらくは」
「最終兵器もうエンジン全開だし」
なにやら物騒な物言いだが、カルダもその“最終兵器”が誰を指しているかは容易に察しがついた。
「ああ、あの女神の再来か」
レリアル・ウルフラーナ・ストレイ。
本名を知っているのに、どうしても畏れ多く感じてしまうのは帝国貴族の生まれ以前に、この身に流れる血によるものなのだろう。
女神の恩恵を受けた臣下の末裔。カルダの只人と比べ遥かに頑丈な肉体や紅い瞳、黄金の髪は女神から先祖が賜ったものだ。
(妙な感じだ)
この時代に、先祖の血を色濃く顕す者がこうも複数揃って生まれたのは一体、何の暗示なのだろうか。




