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鳥籠姫と黒い翼の魔法使い  作者: 飛翔生姜
第五章 絡まる因果は蜘蛛の巣の如く
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二人の少女







 長年待ち望まれた立太式に向け、各国からも続々と王候貴族、大使等がトロナイルへ集結していた。

 そして誰もがすぐに忘れてしまっていた、大帝国の皇族生まれというリアの出自が問題になっていたが、これは悪気もデリカシーもないセブンの発言で解決する。

「リアさん貴族にみえないし、使用人のふりすりゃよくね?」

 確かに妙案ではあったが、この時は流石にランティスがセブンの口を慌ててふさぎ、リーシャは呆気にとられるリアを優しく無言で抱き締めた。そして、仲間であるアランはともかく、知り合ったばかりの紅夜やペルセフォネ、マリーナまでが視線を彼方に向け、そんな話少しも聞こえてませんが何か、という態度をとった。

 揃ってフォローされた事実にも打ちのめされたが、自分の冴えない外見はこんな時にこそ役に立つのでは?  そう言い聞かせたリアは苦笑いして受け入れた。

 昨日までの出来事に思いを馳せ、リアはため息をつく。

 王宮入りしたのは今朝。今夜から各使節団のため歓迎の宴が催される。なるべく早くジャスに想いを伝えたいリアは、できれば立太式の前に彼に会いたいと望んでいた。

「さて、まずはどれに着替えようかな」

 リアの前には、トロナイル王宮で使われる女官服が数着あった。階級全てを揃えるのは無理でも、使い分ければ王宮内である程度は自由に動ける筈だ。

 今回、リアはチュニアールの使節団に公には混じらない。神秘の国の客人を、関係各国が興味深く観察してくるのは明白なのだから、いくら変装していても危険は避けるべきとの判断だった。何よりチュニアールの使節団の一員として周囲に認識された状態でジャスとの対談を望めば、ジャスにもリアにもまずい展開になる可能性が高い。

 そしてリアとは逆に、どうしても目立ってしまうリーシャと、合流予定のシンルーも、トロナイルで忌避される赤い両目を持つ雪女であるため、使節団には加わらず、彼女らは王宮の上空で待機することになった。もし仮にリアの正体が露見しそうになった場合は文字通り飛んでいく、と意気込んでくれた二人の顔を思い浮かべ、リアは深呼吸した。


「おまえ、まだいたの」


 氷のように冷たく無機質な声に、リアは振り返った。

「ティフォール様」

 チュニアール使節団もう一人の代表、ティフォール・ユクシアだった。まっすぐな水色の髪は水晶の飾りで複雑に編み込まれ、同色の瞳は彗星を思わせる輝きがあるのに感情が窺えない。髪も瞳も明るく、仄かに発光して見える。かつてのリーシャと同様の巫女姫という役職にも納得の、威厳と風格に溢れる眩しい女性だ。

 ルフィスに生涯の忠誠を誓い捧げる彼女は、逆にルフィス以外の存在に爽快なほど無頓着だ。唯一嫌いなものは、ルフィスの恋人であるウォルらしい。嫉妬だろうか。

「おまえ、あのくろいこどもをさがすのではなかったの」

 黒い子ども、とはジャスのことだろうか。彼の髪色を指しての言葉にリアは頷く。

「はい。なんとか忍び込みます」

「ルフィスさまにめいわくはかけないで」

 どこか舌足らずな口調で言うや、ティフォールはすぐに踵を返し部屋から出ていった。大司祭と巫女姫という立場上、マロナとティフォールは立太式まで宴には参加しない。ジルハーツ家当主でイリヤの父ヒュージが、若年の多いチュニアール使節団を心配して、後から駆けつけるとの事だ。クリスフォードも行くと駄々を捏ねているらしく、その説得を終えたら追いかける、と伝言があった。

「よし」

 一番多く使われる中級の女官服に着替え、リアは部屋を後にした。

 目立ってはいけない。これは大前提だ。しかし、帝国側の顔ぶれが非常に気になるのも事実だ。皇太子がいればすぐに回れ右だが、逆に父やマリアンヌ皇女がいれば。

 遠目からでも、その元気な姿を見てみたい。素直な愛惜があった。いつか必ず家出を詫びに、一度は帰るつもりだ。

 しかし、もし会えるなら。

 知り合いがいなければいないで、今後の行動範囲も広くなる。その意味もあり、リアはまず帝国側の様子を探りに行くことにした。

 そして、祖国とは違う造りの城に戸惑いながら、リアは庭園の前を通った。

 美しい城だ。冬だというのに花が咲き乱れている。帝国とは違う開けた空に、思わずため息をついた時だった。







  光の花が降る頃

  僕と君はまた出逢うだろう

  きっと また この場所で


  光の花が降る頃

  彼らは見上げるだろう

  同じ夜空の下






 朗々と響く歌声に、思わず聞き惚れた。

 黒髪黒目。中央大陸では滅多に見ない東洋人の娘。

 サーシェスとよく似た少女。

 つい足を止めたリアに、娘一一ヒルダも気付き口をつぐむ。


「きみ、誰かな?」

「えっ・・・と」


 冬の庭で、とある二人の少女が出会った瞬間だった。

 方や王太子の友人にして想う相手。

 方や王太子の悪友にして側室候補。

 似て非なる二人の少女の出会いは唐突だった。

「君、どこの女官?  王子殿下の宮殿じゃ見ない顔だけど」

「えっ、あの」

 知らずジャスの宮殿へと進んでいたと気づいた時には手遅れだ。こうして呼び止められてしまった今となっては。

「わたくし、決して怪しい者ではございません。先日より行儀見習いとして王宮にお仕えしております、地方貴族の娘です」

「へー・・・」

 疑われている。それがひしひしと伝わる白い目だった。

(それにしても)

 こんな状況でとは思うが、リアは少なからず感嘆していた。

(サーシェスさんにそっくりだわ)

 目の前にいる黒髪黒目の娘、東洋人ゆえ余計そう見えるのかもしれない。

(でも)

 顔の造りが本当によく似ている。違うのはゆるく波打つその髪質と、幼さが風貌に滲んでしまう未成熟な「少女」であること。

 東洋の神秘だ、なんて思っていると、黒髪の娘は更に踏み込んできた。

「そう。それじゃ、君の名前は?  お近づきのしるしに自己紹介といこうか」

 柔和な笑みだが、間違いなく尋問の始まりだ。捕まったら最後、下手すれば不審者として牢獄送りもあり得ない話ではない。

 行動開始直後に早速リーシャの世話にならなければならないのだろうか、と自分の愚かしさに目眩を覚えた瞬間だった。



「ヒルダ、そこにいるのか?」



 その声を、聞き間違える筈がなかった。

ピシッと固まるリアに、目の前の少女は警戒を露にする。

「殿下、ちょっと止まって!  僕がいいって言うまでこっちに来たら駄目だからね」

「はあ?  また女官を口説いてるのか」

「いいから一一、・・・?」

 少女はリアの顔を見て目を丸くした。

 自分はどんな顔をているのだろう?

 しかし、そんなことはどうでもよかった。

 ジャスがいる。おそらく自分の後方に。

 振り返れば、会える。

 気持ちを伝えることができるのだ。



 なのに。



(どうしよう)

 頭が真っ白だった。

 好きです。

 それだけなのに、口の中は渇き切っていて、舌が動かない。歯も震えそうだ。

 息の仕方さえ思い出せない。

 彼の顔をみるのに、これほど勇気が必要なのか。

(ジャスだ)

 彼がいる一一一一。

 たったそれだけで、この世の全てが色づいて、力強く動き始める。

 この先どうなっても、出逢う前には戻れない。

 張り裂けそうな胸の奥で、少女は自分がどれだけ彼を想っているか、文字通り痛感した。




 不審な女官姿の娘の変化に戸惑うヒルダは、ふと相手の右耳に僅かに視線が逸れた。

「え一一一一」

 あるはずのないものだった。目を丸くする。

「それって・・・!」

「申し訳ありません、失礼致します!」

 つい声を上げた瞬間、その呼び掛けがスイッチであったかのように、女官はヒルダに慌てて一礼し、すれ違うように走り去っていった。

 思わず呆気にとられて見送るしか出来なかったヒルダに、王子がノコノコ近づいてくる。

「ふられたのか。珍しいな」

「いや、てゆーか・・・」

 先程の女官が右耳につけていたもの一一それは、真珠のイヤリングだった。精緻な銀細工で鈴蘭の意匠が施され、真珠を引き立てるように、小粒だが上質なダイヤモンドが煌めきを放っていた。

(僕が夏に殿下の為に描いたデザインのイヤリングに見えたけど・・・)

 断言はできない。似ていると気づいた瞬間に彼女は走り去ってしまったのだから。

(あの時のイヤリングは、確か殿下の好きな女の子に贈られて・・・)

「?  なんだよ、その哀れむような顔」

「いや、そーいや失恋したんだよね?  ふられたんだよね?  そーだよね、今の殿下かわいそうだもんね」

 ならば不確かな情報は伝えるべきではないし、最悪この王子、貢がされていただけかもしれない。相手の女はイヤリングをすぐ換金したのかも。そんな妄想を頭の隅で転がしつつ、ヒルダは主に向き直った。

「ところで、何の用だったのさ」

「おい、それより今の暴言は何事だ」

 ジャスは呆れたように言うが、ヒルダの無礼な言動はそれこそ出会った頃から変わらない悪癖のようなものだ。相手をわざと怒らせて内面を探りながら生きてきた彼女は、今でも無意識に挑発的な口調で、時折トラブルを招く。

「まあ、いいけど。顔を見に来ただけだから」

「えーキモイよ殿下。寂しいの?  構ってちゃんなの?  可愛いなぁ」

「あんたに比べりゃ芋虫のがまだ可愛げあるよ」

 ニヤニヤと下品に弛む頬を軽くつねり、ジャスはため息をつく。

「しばらくお互い忙しいからな」

「僕は今夜の歓迎式典を終えたら、次の大仕事は殿下の立太式で精霊達を呼び込むだけだから。明日からはまた一緒にいるよ?」

「いや、休めって」

 思わず苦笑してヒルダの頭の小突く姿は親密そのものだった。

 まさか想う少女がすぐ近くでその現場を見て衝撃を受けているとも知らず、ジャスは今夜から続く宴にうんざりとため息をついたのだった。






















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