皆が王都を目指す
トロナイル王都ヴェーズリーズ近郊の町に、その目立つ集団はいた。
輝く黄金の髪と瞳を持つ青年。帝国の貴族と言っても通じるほどに眩い金の色を宿している。
その横にいるのは、派手なワインレッドの髪が放つ過激で鮮烈な印象を、初夏を思わせるライムグリーンの瞳が打ち消して、黒衣をいう出で立ちながらどこか清涼感を感じさせる、不思議な男だった。
「やっぱ目立ちますね、おれたち」
「そうか?」
ワインレッドの髪の男――ランティスの声に、金髪の男――紅夜が首を傾げる。周囲に向ける関心はないのだろうか。
「・・・・いや、仕方ないっていうか、あんたの髪も充分に目立ってるからね」
紅夜の態度に呆れたような調子で返すのは、癖のある茶髪に、これまた派手なピアスをいくつもつけたリオンだった。
「あなたも自分のことを棚にあげてますけれど、リオン」
淡々と言うのはこの中央大陸では滅多に見られない、東洋人の女だ。神秘的な雰囲気で、浮世離れした不思議な艶を放っている。
「いや、この際サーシャやランティス、紅夜さんもいいとしようじゃない。リーシャもね。問題はアッチ」
引きつった顔でサーシェスに答えたリオンの指差した方を意識して、全員が振り向かずとも互いの心情を理解してしまい、ほぼ同時に溜息をついた。サーシェスでさえ、恒例の「私の名前云々」を口にできなかった。
確かに、紅夜やランティスの髪色は遠くからでもよく目立つし、リオンもサーシェスもつい目で追う程度には目立つ容姿だ。リーシャはアイモダ特有の金髪を、今は紅夜が魔法で茶褐色に見えるよう細工してくれている。リーシャの身の安全だけは、とランティスが頼んだのだ。
しかし、今になって思えば、奴隷商とてこの色物集団には声をかけない確率が高いだろう。
そう、誰もが思った。リーシャでさえ。
なにせ、狐の面をつけて割烹着を身に纏いながら、颯爽と草履を踏み鳴らす不審者が、隙なく周囲を警戒しているのだ。
警戒されているのは寧ろ自分達の方ではないかとげんなりしながら、彼らは宿に落ち着いた。
そして―――。
「立太式!?」
ランティスとリオン、サーシェスは殆ど叫んだ。
「誰が! いつ! どこで!」
「トロナイルの王子様がお城で来月の頭に」
宿屋の主人が三人の剣幕に驚きながらも、丁寧に答えた。
「うそ・・・・」
自分たちが傍を離れた間に、ジャスの身の回りではどうもとんでもない事態が起きていたらしい。思わずランティスは頭を覆った。
(最悪だ)
つまり、これから向かう王城にジャスがいる。個人的な付き合いは長く親密だが、このまま行くと敵同士になってしまう恐れがある。
自分達はこれから――――。
「お城にジャスがいるんですか? だったら」
リーシャは協力してもらえれば言いかけて、三人の顔色に気付いた。
「何か問題でも・・・?」
「このままいくと、最悪の場合ジャスと敵対することになるかもしれない」
「えっ」
賊として王城に忍び込む自分達がジャスの知り合いだと露見した際、彼の名に泥を塗ることになる。徹底的に他人のふりを貫かねば。ランティス達は独立国の所属ゆえ中央大陸での身分を保証するものはないため、口さえ噤んでいれば“王子の留学先が城を内偵”している等の醜聞は防げる筈だ。
だったが。
「タイミングが悪すぎる」
どうしてこうも時が重なるのだろう。因果と簡単に言い切ることは出来ても、感情は別だ。ジャスがトロナイルに帰国しているとして、チュニアールの面々はどうしているのだろうか。そこまで考えてランティスとリーシャ、リオンとサーシェスの四人はほぼ同時にその名を呟いた。
「リア」
もしこのまま正式な王太子として披露目を終えたジャスが、病床の国王を支えるためトロナイルに残るという事になれば、彼女は一体どうなるのだろうか。
四人の表情が硬化していく様を不思議そうに見つめる紅夜だったが、ふと首を傾げる。
(リア? 誰だっけ、どっかで・・・・)
春先の誘拐事件? いや、違う。もっと以前に聴いたことがある。
遠い昔。自分が最初の名前で、無邪気な少年時代を謳歌していた頃。
『本家の姫君アルナリア様は、我らが女神に、レリアル・ウルフラーナという御名をつけられたそうだ。ああ、早くお目にかかりたい。その時はしっかりご挨拶申し上げるのだぞ。建国の女神、その再来であらせられるのだからな』
(そうだ、父上が仰ってた・・・・そんな事もあったなあ)
連鎖的に記憶が蘇っても、会話の意味さえ掴めていない紅夜は、あっさり思考を手離した。まさか目の前にいるがその“女神”の友人であるなど気付くはずもない。そもそも、彼にとっての女神はひとりだけだ。
(今から迎えにいくからな、蒼姫)
かつて互いに名づけた愛称を胸に、紅夜は恋人の蒼い瞳を想った。
先日の帰省以来、ジャスは殆ど休みなく動いていた。時折ヒルデガルドが押しかけてきては強引に休息を押し付けてくれるお陰で、なんとか体調面は安定している。
問題に別にあった。
「お久しぶりでございますわぁ、殿下。この度は誠におめでとう存じます」
どこか媚びを感じる粘着質で甘い声。ジャスはひきつりそうな笑みで答える。
「ご無沙汰しております、セレスフィア姫」
アルポロメ公国の使節団の中に、やっぱりというか、いた。
セレスフィア・リーゼロッテ・ラフィアルポロメ。ジャスの最も苦手とする部類の公女だった。
いい加減あきらめて別の誰かと婚約でもすればいいものを、と内心で辟易しながら、ジャスは彼女の後方から駆け寄ってくる男に目をやった。
「申し訳有りません、殿下! 妹がいつもご無礼を・・・」
「いえ、ご挨拶を頂いたのですよ。ルドルフ殿も、ご無沙汰しております」
幾分か安堵してジャスは言った。セレスフィアの同腹の兄でありアルポロメの公太子、ルドルフだ。同性であり、妹の強引な振る舞いに胃を常に痛めている彼を他人とは思えず、ジャスは苦笑いしてささやかな同情を示した。
「殿下はいつお会いしても眩しい美貌をお持ちです。が、何よりも内面の誠実さに、私はお会いするたび感服しております」
意訳すると“気持ちを汲んでくださりありがとうございます”といったところか。
(どこも大変だな)
心の底からそう思った。
自分の宮殿に戻ると、サロンには叔母夫婦と小さな客人がいた。
「ラズお兄様!」
「シリス!? お前もきてたのか」
「うん!」
無邪気な笑みで答える従弟はまだ体が小さく、何より今の自分の立場ではあまり親しげな態度をとるのは彼にとって危険だと判断し、ジャスは帰省から一度も顔を会わせていなかった。
だが、現金なもので、その穢れをしらない笑顔に、ジャスの中の疲労感はゆっくりと溶かされていく。会いたいとシリスはいつも言ってくれるが、それは自分も同じなのだと改めて実感させられた瞬間だった。
「ただいま、シリス。夏以来だな。元気だったか?」
「うん、元気だよ。お兄様は?」
「見ての通りだ。ほらっ」
シリスを高々と抱き上げ、くるくると回る。慌ててしがみ付いてくる小さな手が堪らなく愛しいと思った。
「ごめんなさいね、ラズ。忙しい時に時間をとらせて」
「いえ、お会いしたかったのは私のほうです。シリスの顔まで見られるとは思いませんでした。ありがとうございます」
「殿下って本当にシリス様のこと大事だよねえ」
叔母との会話に不躾に入り込んでくるのは、叔母の背後に控えるヒルダだった。変装した彼女はいま、侍女として叔母やシリスの警護に当たっている。
一体ジャスの知らないところで何があったのか、ヒルダは国王にかつてない嫌悪を示し、ジャスを“ぼくの陛下”や“大好きなご主人様”等と、今までにない呼び方をすることが増え、今ではジャスが手配するより早く叔母たちの警護に自ら回ってくれている。歌手としての仕事を減らしてまで自分に尽くしてくれるのは嬉しいが、正直に言おう。懐かしむには彼女との思い出には今までの奇天烈な言動が積み重なっていて、この献身ぶりは薄気味悪い。何か良くないものでも拾い食いしたのだろうか。
「・・・体は大丈夫なのか?」
「何のことやら」
「じゃあ頭」
「うっわ。シリス様たちの前じゃなかったら危なかったなあ」
むくれた顔は以前と変わらなく見えたが、やはり線が細い。痩せたな、と思う。
「頼むから、体は壊すなよ。あんたに倒れられるわけにはいかない。貴重な信頼できる味方なんだから」
「・・・・わかってるよ」
真顔で言うと、さすがに誤魔化せないと感じたのか、ヒルダはしぶしぶ認めて「今日はちゃんと寝る」と小声で言った。クラウディアが小さく笑う。
「もういっそ、一緒に寝てしまったら? 護衛も休憩も子どもできて良いこと尽くしじゃないかしら」
ジャスはシリスを抱いたまま固まり、流石のヒルデガルドもぎょっとしている。公爵は妻の大胆な発言に青褪め、シリスは内容が理解できずそんな大人達を不思議そうに見ている。
「叔母上! なんてことを」
「いえね、もう結婚しちゃえばいいのにと思って。お似合いよ?」
「全然どこも似合いませんよ」
同じなのは髪の色くらいではないか。
「クラウディア様、殿下にはもう心を捧げた相手がいるじゃないですか。ほら、イヤリングのぉ」
早々に復活したヒルダはニヤニヤと笑ってクラウディアを炊きつけた。ジャスは思わず頬を引き攣らせる。この女、叔母にも同じように「ふられた」と説明しろと?
「ヒルダ! ちょっと来い」
「えー、どうしよっかなあ」
「あんたなぁ!」
そんなやりとりをみて、クラウディアがまた呟く。
「お似合いだわ」
二人は同時に返した。
「どこがですか!?」




