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鳥籠姫と黒い翼の魔法使い  作者: 飛翔生姜
第五章 絡まる因果は蜘蛛の巣の如く
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王子様の家に遊びにいこう





独立国チュニアール

 リアがルフィスから衝撃の事実を聞かされ、硬直しているその頃。

「ジャスが国へ帰った!? 嘘でしょ、お兄!」

「残念ながら本当だ。諦めろ、レティ」

「でもでもでも! またすぐ戻るんだよね? ねえねえ」

 しつこく腕に絡み付いてくる妹レティアに、イーヴァ・ブリュレイクは苛立ちを隠さず言う。

「あのな。そもそも、お前はもうジャスから手を引いたんじゃなかったのか」

「そうだけど・・・だって、それじゃあリアちゃんとはどうなっちゃうの!? 王宮に帰ったら、どこぞのお姫様と結婚させられちゃうじゃない!」

 おや、とイーヴァは瞬いた。

 かつてはジャスを恋しく思う余りに同族を殺した罪業深き人魚姫が、少年少女の幼い恋を応援している?

「そんなのやだ! 絶対だめ! そんな雌犬、私がぶちのめしてやるんだから!」

「俺の淡い感動を返せ」

 どうしてささやかな期待をしてしまったのだろう、とイーヴァは溜息をつく。我が妹ながら、根本はまったく変わっていないようだった。

「だって、ジャスとリアちゃんの子どもだよ!? 私にとっちゃ親友の孫だよ!? 孫! どう、この素敵な響き! “おばあちゃーん”とか呼んでくれるかもしれないんだよ!?」

 呼ばれたいのか? どこまでぶっ飛んでいる妹の叫びにイーヴァはうんざりする。

「・・・あの二人がお前を会わせるとでも?」

「わかってる、あくまで妄想! そりゃあ結婚して何千年も経つのにいまだ子どもの一人もできない冷戦夫婦には残酷な響きかもしれないけど、やっぱり孫は捨てがたいよ!」

 さりげなく、かなり馬鹿にされた気がする。イーヴァはゲンコツしてやろうかと怒りに震えるが、図星であるからこそ反論できない。

「だからせめて、その孫を抱えたあの二人の姿を目に焼き付けてから、アルナちゃんの所に行こうと思ってたのに」

 ぐすん、と半べそになる妹の顔は未だに幼さを残していて、いつもどおりの拗ねた口調で言うものだから、イーヴァは反応が遅れた。

「・・・・は? お前、何いって」

 アルナちゃんの所に行く、とは一体。

 聞き返されたことでレティアも、ようやく思い出したというように口を開いた。

「お兄。言わなきゃいけないことがある」

「なんだ」

「セレナを殺した挙句、私はジャスを攫い、海と陸の掟を破り、神々の怒りを買って封印され、寿命を削られた。まだ、本当は余裕があるはずだったんだけど」

 聞いてはいけないと思いながら、イーヴァは最後まで、遮ることができなかった。

 妹の視線は、光り輝く、巨大な美しい水晶へと注がれる。

「私はリアちゃんを守る。守りたい、守らなきゃ。ジャスの分も、アルナちゃんの分も」

 だから、ごめんなさい。

「夏の一件からずっと、私はこの水晶に術式を施し続けた。それが、ようやく完成するの」

 少しずつ、この膨大な魔力をリアへ返す。

 今度こそ、彼女が潰れてしまわないように。

「夏の事件でね、またお父様に寿命を削られたの。この術式を本格稼動させたら、たぶん一年かからずポックリ逝くと思うんだ」

 レティアは微笑んだ。恋する乙女のように。初めての友に見せるような笑顔だった。

「アルナちゃんに会いに行く。リアちゃんの話、たくさんしてあげるんだ」

 死へと舞うような足取りで進む妹の姿に、イーヴァは数秒、言葉もなく立ち尽くした。







 







 同じ頃。

「リア、大丈夫やろか」

「ルフィスさんが待てっていうんだから、仕方ないよ。たとえ普段だらしなくとも、この国の女王が発した玉命だ」

「わかっとうけど・・・」

 談話室でリアとルフィスを待つミナは、悄然と俯いていた。その傍らに立つイリヤは数秒迷ったが、ややしてからミナのオレンジ色の頭を撫でた。彼女も驚いたように身を強張らせたが、やがて力を抜き、イリヤに凭れかかり、小さな嗚咽を漏らす。リアと親しく、その不器用な恋心を本人よりも理解し応援していた彼女にとっても、この状況はつらいはずだった。

 こんなのってない。そう、震える肩が叫んでいるように思える。イリヤは天井を見上げた。

(あの馬鹿)

 これで二度と戻らないなんて言いやがったら、ただじゃおかない。

 いつか離れるとわかっていて、それでも仲間として友として、日々を過ごしてきた。

 だから――――。

「・・・・・そういえば、さ」

 唐突に口を開いたイリヤに、部屋にいた全員が視線を向ける。

「なに、イリヤ」

「どうしたの」

 この状況で彼が何を言うのかと、不思議そうな仲間たちへ。

「ジャスの奴、俺やミナの実家とか、ラドたちの家とかさ。人の家には入り浸ってたくせに、俺達があいつの“家”に行ったことって一度もないな?」

 イリヤの意図を全員が悟るまで、そう時間は懸からなかった。


「遊びにいくか? ジャスの家まで」










 王族とは大抵、国の名を背負う。

 帝国ならファディロディア、公国ならアルポロメというように。

 すくなくとも、この中央大陸において、国名とは異なる姓を名乗る王室が、たったひとつ。

 トロナイル王国の王族は、代々“リコルゲント”と名乗っていた。

「ロゼッタ・ヴァロディ・リコルゲント?」

 初めて聞く名を反芻するリアに、ルフィスは頷いた。

「ええ。それが、初代国王との間に跡取りの息子を産んだ女性よ」

「では、やはり・・・」

 リアは息が詰まった。

 ジャスは知らないのだという。

 だが――――これは、罪だ。

 公表されたら、王家転覆となっても不思議ではない。

「あの、ルフィスさん」

「なあに?」

「そんな大事なことを、どうしてあたしに話してくださったのですか?」

 ジャスにも知らせてない事実を、なぜリアに。

 そう訊ねると、ルフィスは楽しげに笑った。

「だって貴女達、このままで終わるつもり、ないでしょう? 特に」

「え?」

 そこまで言うとルフィスは、屋上と屋内を繋ぐ古い木製の扉を勢いよく開けた。

「――女王の命令を無視して聞き耳を立てちゃうような“悪い子たち”と、そのお友達のあなたにはね。そうでしょ、レリアル・ウルフラーナさん?」

 談話室で待機を命じられたはずの友人たちが、揃って決まり悪げに苦笑しているのが、暗がりでもはっきりとわかった。

 その顔をみて、ようやくリアは、かすかな笑みを浮かべたのだった。

「はい、もちろん!」









「名代?」

「ええ」

 場所をルフィスの執務室に移し、椅子に腰掛ける女王の前で、イリヤがにこやかに続けた。

「誕生祝も兼ねた立太式なのでしょう? 同盟国であり、長らく自国の王子を手厚く大切に育てたのは我が国です。式典にかけつけても、なんら不思議はございませんでしょう」

「ふーん。誰の悪知恵かしら?」

「思いついたんはイリヤ。具体的な手段はラドが企みました」

 さらりと答えるミナだが、その目は許可をもらうまでは絶対に帰らないという強い意志があった。

「まあ、いいけれど。女王の名代ね。なるほど、確かに去年、それでジャスを帝国に放り込んだしねえ」

 その時の出会いで今ここにいるリアは何を言おうか迷い、結局は押し黙った。

「でも、それだと条件があるわ」

「なんですか?」

 意外にもあっさりと許可が出たことに全員が驚いたが、次の瞬間には絶句した。

「リアとディディは残りなさい」

「・・・・え」

「なっ!?」

 誰よりもジャスに会いたがっていると分かっている少女二人への非情な宣告に、全員が耳を疑う。なんだって?

「失礼ながら、ルフィスさま。それは、どういうことでしょうか」

 平静を装いながらも憤りが窺えるアランの詰問には、ルフィスよりも早くラドが答えた。

「決まってるでしょ。リアさんはすぐ隣の帝国の、現皇帝の姪で、皇太子の失踪した婚約者って立場だよ。当然、式典には帝国の関係者も招かれてる。リアさんを見知った奴がいない可能性、否定できないでしょ」

 リアは絶句した。そうだ。本人が身分を捨てたつもりでいても、世間では賊に誘拐された哀れな姫君という認識なのだ。

「ですが、私は! お言葉ですが、リアさんのような身分とは程遠く・・・・!」

 ルフィスに食って掛かるように口を開くディディを、やはりラドが諌める。

「落ち着いて。そして思い出して。君はどこの生まれだったかを」

「え・・・・」

 聖地アイモダ。天馬としての姿をもつ、神の眷属の末裔。

 淡い金髪は光り輝く太陽の女神のように美しく、空とも海とも言い表せない不思議な碧眼は、常に仄かな光を発している。

「君と初めて会ったとき、僕はまず、君をどう売りさばこうか考えたほどだよ。ましてや、王宮なんて貴族の巣窟。知ってるだろ? そういう華やかな場所ほど、醜い連中が裏でのさばる」

 いっそ辛辣なほどの物言いは、流石のルフィスさえもギョッとした。

「こら、ラド。言い方ってものが」

「だって、仕方ないでしょ、陛下。王宮育ちで貴族の醜さを知るリアさんはともかく、ディディは世間知らずなくせに猪突猛進。まだ言い足りないくらいだよ。釘を打つにこした事はない」

 誰もが慌てふためいてラドを口を押さえようとするが、意外にも誰より冷静だったのが、ディディを想っている筈のセブンだった。彼女への暴言にも等しい言葉に、しかし口を挟まず親友を見つめている。

「とにかく! 正式なメンバーは明日の朝までに通達する。明後日には出立よ。各々、わかってるわね」

 ルフィスの声に、リアとディディは俯いた。

 そんな二人を、ミナが心配そうに見つめていた。








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