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鳥籠姫と黒い翼の魔法使い  作者: 飛翔生姜
第五章 絡まる因果は蜘蛛の巣の如く
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束の間の休息






トロナイル王宮


「おっかえりー殿下」

「・・・ただいま。なんかもうアレな、この際あんたでもいいや。うん」

「は?」

「気を遣わなくてすむ相手って素晴らしいよな、うん」

 しみじみと呟くジャスの前では、昔なじみの悪友であるヒルデガルドがドレス姿で悠々と一人茶会を開いていた。

 いや、実際にはジャスの帰還を友人としてささやかながら祝う、という名目なのだが、当のジャスが待ち合わせ場所に来た時には既に彼女は菓子をつまみ、紅茶で喉を潤し、どちらが王族かまるで分からない態度でジャスを出迎えてくれたわけだ。

「なんか殿下、やせてない?」

「・・・怒涛の一週間だったからな」

「あっはっは。そりゃ確かに。ぼくも驚いたよ。まさか立太式を一年繰り上げるだなんて。随分と大胆だよね。王様ほんと大丈夫? 死ぬの?」

「言いたい事は色々あるけど、一応俺の父親だぞ」

 もうちょっとオブラートに包めないのかと呆れるジャスに、ヒルデガルドが珍しく口を尖らせる。

「知ってるけど、嫌いだよ。あんな人」

「?」

 少し前ヒルデガルドの身に起きた騒動を知らないジャスは首を傾げるが、奔放な彼女の物言いにあれこれ小言を漏らすなんて、それこそ今更のような気がして、そのまま小さく溜息を零すと、彼女の対面の席に腰掛けた。

 ジャスが所有する、つまり王子の宮殿に多数ある庭園の一つ。東屋の中で、二人の茶会は始まった。余計な給仕はおらず、控えているのは護衛官のクリフとヒースのみだ。

 紅茶を一口含み、ゆっくりと嚥下する。普通はその香りや味わい、色などを楽しむのだろうが、今のジャスにその余裕はない。

 一週間前のことだった。

 帰還したクリフから、逆に父からの招聘を聞かされた。

 来年に予定されていた立太式を、急遽今年のジャスの誕生日と併せて執り行うというのだ。仰天どころの話ではない。

 一刻も早く戻れとの国王命令であり、結局ルフィスにしか挨拶できていない。

 さすがに、二度とチュニアールに戻れない、ということはないだろうが・・・・・。

(いや、どうだ? 貴族どもは王が余命幾許もないなら、次代を担う俺に取り入ろうとする。あるいはさっさと殺して別の傀儡を仕立て上げる。・・・今の状況で俺が自分から留学先について何かしらの意見を発するのは、賢い行動じゃないな)

 チュニアールに迷惑はかけられない。しばらくは周囲の流れを観察しながら、優秀な時期国王として振舞う事に徹するほかなさそうだ。

「あ、そだ。ねねね、殿下?」

「んー?」

 行儀悪く足を組んで菓子を貪っていたジャスは、次の瞬間むせかえるほどの衝撃を受けた。

「こないだね、殿下の姉姫様のノアリス王女殿下にお会いした時のことなんだけどさ」

「・・・・・はっ!?」

 下品だが、口から食べたものが零れるほど驚いているジャスに、しかしヒルデガルドは小首を傾げる。

「え、聞いてないの?」

「聞いてないも何も・・・え、会ったのか?」

「うん。・・・・え?」

 流石にヒルデガルドも頬を引き攣らせた。ジャスの反応をみて、今更とある疑問を抱いたのだ。そんなわけないだろうと、考えてもいなかったけれど、まさか。

「もしかして・・・まだ、会ってないの?」

「会ってないよ。嘘だろ。なんでだよ。実の弟ほったらかして、よりによってあんたかよ。シリスとか叔母上ならともかく!」

「まあ、殿下が懇意にしてる相手で身分が一番軽いのはぼくだし、ね?」

 ヒルデガルドが気を遣っている。無神経を絵に描いたようなこの少女が、自分を慰めようとしているのだ。その事実に少年は尚更ショックを受ける。

 姉への憧れは幼少期に断ち切ったつもりだが、それでも血のつながりを持つ唯一の姉だ。関心がないといえば嘘になる。

 ジャスはこの一週間目が回るほどの多忙ぶりで、確かに挨拶ひとつできていない。面会の先触れさえ出せなかった。

 しかし、姉のことは何度か考えた。なのに彼女はジャスなどそっちのけで世界的に有名な歌手であるにヒルダ会いに来たのか。なんだそれ。

「俺ってどこまでも振られて捨てられる運命なのかな・・・・」

「はあ?」

 公務で紛らわしていた失恋の苦悩が蘇り、ジャスはテーブルに突っ伏した。どうせヒルデガルドしかいないのだ。もう構うものか。

「え、何? 失恋って、え? なに殿下、ふられちゃったの? 例のイヤリングの? うっわ、何のために美形なの? 宝の持ち腐れだよね、殿下の顔って。女の子ひとり落とせないなんてさあ」

「慰めるところだろ、ここ・・・・」

 返す言葉にもいつもの覇気がない。さすがにヒルデガルドも心配そうな顔をした。今更すぎる。こいつ本当に意地悪だ。ジャスは舌打ちした。

「顔なんか飾りだろ」

「それ、殿下が言ったら嫌味にしかなんないよ。この世の誰が聞いてもね」

 ジャスの言葉を一蹴したヒルデガルドは、仕方ないというように、ジャスの髪を優しく撫でてくれた。

「シリス様にはお会いしたのかい?」

「いや、今回ばかりは少し慎重に行動しないと。シリスに火の粉がかかる」

「・・・その理屈でいくと、ぼくは大火傷してもいいってことにならないかい、ぼくの大好きなご主人よ」

 じっとりとした目で睨まれ、ジャスは視線を泳がせる。そんなつもりはなかったが、確かにヒルデガルドならば自己防衛もできるだろうし、とか思ってしまった。

「それで、王女殿下とは何を話したんだ?」

「?」

 明らかな話題変換だったが、ヒルダは不思議そうな顔をしただけだった。

「ノアリス王女殿下とお会いしたんだろ?」

「いや、そうだけども。随分と他人行儀だね。僕には縁遠い話だからいまいちピンとはこないけど、あれだろ? 世間的には血の繋がった家族は大事じゃないの」

「いやー・・・だって、なあ」

 ジャスが物心つく前に、姉は賊に攫われ、つい最近になって生存が確認された。もう遠い親戚程度の感覚さえもてない。

「気にはなるけど、姉上とかは呼べないかもしれないな」

「そう? まあ、殿下のお姉ちゃんにしちゃ、アレな人だったけど」

「・・・? どういう意味だ」

「いや、優しそうな人だけど、怒らせたり敵に回しちゃいけない相手って感じ」

 かつて思い描いていた『拐われた憐れな姫君』とは程遠い話に、ジャスは少し戸惑った。

「えっと・・・・じゃあ、顔は似てるのか? 俺や妃殿下に」

「うん。まあ僕はお妃様には会ったことないけど」

 フルーツのタルトを頬張りながら、ヒルデガルドは器用に続ける。

「すごく綺麗な人だったよ。偉そうじゃないのも素敵だね。親しみやすいんだよ。・・・・・その辺りは、少し僕のご主人様に似てるかもね?」

「どーも」

 プイ、とジャスは顔を背けた。その仕草に、ヒルデガルドはイヒヒ、と品のない笑みを浮かべる。

「照れておいでですなあ、我が主よ」

「あんたのそういう所が嫌いなんだ」

「なーにさ。嬉しいくせにー」

「黙れ馬鹿娘」

 問答無用でヒルデガルドの頭を鷲掴みにして振り回すと、幾分かジャスも鬱憤が晴れる。一息ついたそんな時だった。

「ご歓談中に失礼致します、殿下」

 王宮に戻った途端に呼び方を「殿下」に統一した堅物武官のクリフが、東屋の階段前に跪いて頭を垂れた。

「どうした?」

 ジャスはヒルデガルダから手を離し訪ねたが、肝心のクリフが立ち上がらない。思わず「おいおい」と呟くと、御馴染みのやりとりに、ヒルデガルドまでが呆れたような、曖昧な笑みを浮かべた。

「赦す。何用だ、ラドール卿」

 主の許可なく頭を上げるな、というな確かに宮廷では当然の作法だが、「赦す」の言葉が来るまで徹底的に跪くのは如何なものか。ジャスは頭が痛くなった。

「ルートバルス家の次男、ロジオン様が殿下にお目通りをとお見えですが、いかがいたしましょう」

「え」

「え」

 ヒルデガルドも目を丸くし驚いている。

「ロージャが来てるのか?」

「そうみたいだね。でもまあ、いないほうがおかしいか。一応、彼は“殿下のご学友”ってやつだろ? 立太式のお祝いに来たんじゃないのかな。国母の一族っていっても彼は次男坊で家督は継げないし、ゴマ擦りも必要だ」

「・・・・よくもそう滑らかに、汚い政治的背景を笑顔で茶しばきながらペラペラ喋れるよな、アンタ」

「いやあ、それほどでも」

「ほめてない。・・・クリフ、通してくれて構わない。ヒルダ、いいよな、ここで?」

 さも他人事のようにいうが、ヒルデガルドもロジオンとは面識があるはずだ。道連れにしてやる、と横目で睨むと、彼女は涼しい顔で「どうぞ」と答える。相変わらず可愛くない。

「でも、用心しなよ」

「ん?」

 ロジオンを待つ間、ヒルデガルドが意味ありげに口を開いた。

「言ったろ。彼は次男で家督を継げない。彼がどういうつもりでここにきてるかしらないけど、彼の周囲の人間は絶対に“殿下のご学友”っていうのを利用したがる。たとえ本人が純真な笑顔で祝辞を述べても、そこには醜い思惑は付随する」

「ああ。・・・・たとえば?」

 ジャスが幾許か声を落として頷くと、ヒルデガルドは皮肉げな笑みを零す。

「わかってるくせに。今の状況じゃ、殿下に領地の特産なりの贈り物をして、自分の領地へぜひーって誘って、そこで一族の綺麗どころを紹介する。見初められれば御の字だ。殿下にとっては祖母の生家だから、邪険にもできないしねえ?」

「・・・援護は?」

「するよ。僕は殿下のこと好きだもの。露払いくらいはしてあげるよ」


















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