夕暮れの世界で
「ご無沙汰・・・・っと」
青年は古びた墓標の前に立ち、苦く笑った。
「・・・・ごめんな」
謝る資格も権利もない。そう理解していながら、彼に詫びたいとずっと思っていた。
赦されたいとは願わない。自分を恨む死者たちは皆【敵】として戦い、こちらが勝ったというだけの話。この汚い墓地で静かに眠る彼こそが、青年を恨み、そして叱る権利がある。少なくとも青年自身はそう考えていた。
墓石の前に膝をつき、同居人たちが押し付けてきた花束をそっと供える。柄じゃないし、墓の下の男も花より酒の方を好むと思うが、それは次回にしろと言われた。わけがわからない。
『お前の未来が、少しでも明るくなればいいと思う』
あのくたびれたオヤジ声。今になれば胸が締め付けられるほどに懐かしい。
「久しぶり、ルアード」
あんたの言葉の意味が少しだけ分かった気がするから、今日は会いに来ることができたよ。
唇だけで感謝を捧げ、彼は躊躇わず踵を返した。
・・・・理由はどうあれ、自分は彼を裏切ったのだ。ノアリスを守りたいと願ったあの14才の日に、ルアードへの義理を放棄した。だから、もうこれ以上、ここに立つ権利は自分にはない。
墓地はゴーストタウンの外れ、森の程近くにあった。二輪車は町の方においてきたので彼はのんびりと歩いた。灰色の町が血のような夕焼けに染まる。
まるで遠い【初仕事】の時のような景色に、泣き笑いしたい気分を味わいながら彼は空を仰いだ。
風が、金髪を優しく撫でるように、揺らした。
不意に、黄金の瞳が瞬く。
(? 今・・・・何か)
風の中に、別の匂いが混じっていた。この臭いを自分は知っている。なのに咄嗟に思い出せない。
(煙草? で、も・・・・)
ここは無人の土地だという疑念は、彼方に消し飛んだ。
「・・・・っ・・・・ド・・・・」
紅い夕日。ずっと遠くに、ひとつの影があった。
最初は心配性な彼女が迎えに来たのかと思ったが、影は男のものだった。
それが誰かを悟ったとき、彼は思わず【ソルド】として叫んでいた。
「ルアード!!」
岩のような巨体、褐色の肌、厳しい顔つきにどこか人好きのする笑み。そして無精ひげ。
夕暮れの世界に今だけ舞い戻った彼は、ニヤリと笑った。いたずらっ子のように。
「 」
「待っ・・・・!!」
青年は一歩踏み出し、その手を伸ばした。
しかしそれは、突如巻き起こった強風に阻まれた。砂やら枯葉やらを巻き上げ、紅い視界を遮る。
「―――――――」
そこには、もう誰もいなかった。
影もない。けれど、
「ルアード・・・・」
ぎりぎりまで吸われ短くなった煙草が、小さく燃えていた。
「あ、お帰り紅夜・・・・ぅわっ!?」
帰宅するなり突然抱きしめられ、彼女は瞠目した。珍しい。
「どうしたの?」
気遣うように尋ねると、困惑顔がそこにあった。
「・・・・参った」
「え?」
「赦されちまった」
あの時、ルアードはこう言ったのだ。
幸せになれよ、馬鹿息子、と。
ずるい。あの男は本当に、ずるい。
最後の最後まで、こちらを心配して逝った。
蒼姫を腕に閉じ込めたまま、紅夜は何年かぶりに涙を流した。
「うっせぇんだよ、糞親父」
懐かしい声が胸に響く。
『お前の未来が、少しでも明るくなればいいと思う』
できるなら、今こうして抱きしめてくれる恋人を紹介したかった。そんな幸せな、叶わない未来の夢を見てしまう。
だから、紅夜は願った。叶わないなら、せめて。
彼が自分の未来と幸福を祈ってくれるのなら。
あなたの眠りが、どうか永久に安らかでありますように、と。




