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彼女の最初の宝物







 わたしは優しくなんてない。自分で心底そう思う。

『もう嫌・・・・なぜ私ばかりが・・・・』

 そう恨み言のように零す母を横目に、冷たい溜息を吐いた。

(あの人はいつもそう。自分だけが不幸を背負ったような顔ばかり)

 多忙な父には滅多に会えず、母親からは拒絶されている。自分の境遇については何の疑問もなかったが、幼い弟に対する両親の扱いには流石に嫌悪を覚えた。まだ明確な自我さえ示せないこの子に、何の罪があるというのだろう?

 弟を抱き上げ、悲しさを感じ笑った。

 可哀想な、わたしの弟。

 わたしは王位継承権のない王女。もちろん他に直系男児などがいない場合は担ぎ出されるかもしれなかったけれど、そこに生まれたのがこの子だ。

 ジャスティス・ラゾーディア・ヴァロリコルゲント。

「ヴァロ」はどこの国でも大抵、「王室男児」という意味で用いられる、数少ない古代から続く世界共用単語だ。わたしの【ノアリス・パルーシャ・ラフィリコルゲント】につく「ラフィ」も似たようなもので「王室女児」という意味がある。ここトロナイルでは時の王の正妃であり、血筋・家格ともに申し分ないと判断された娘のみが名乗ることを許される。それが今わたしのすぐ後ろでウジウジ泣いている女性である。血筋、家格の次に【人格】も加えるべきではないのかと正直すごく思う。あんなメソメソされたら鬱陶しいし、幼い娘に聞かせる言葉でもないでしょうに。

「ラズくん。さぁ、ねんねしようね」

「ぁーぅ」

 そっと寝台に寝かしつける。小さな指が甘えるように服の袖を握ってきて、なんとも言えない愛おしさが胸に溢れた。

 みんなはわたしを優しいというけど、もし本当にそうなら、その優しさは間違いなく、もの言わぬ幼い弟から与えられたものだ。

 守りたい。

 冷たい心を持て余していたわたしにそう思わせた弟の未来は、ひどく深刻だった。

 赤眼の魔王。そう囁く老臣たちの会話を、嫌でも耳にするのだ。

「きみは、何にも悪くないからね」

 だから。

「さよなら。きっともう会えないけど・・・・ずっと愛してるよ」

 たった一人の(かぞく)に永遠の別れを告げて。

 わたしは踵を返し、部屋の外に広がる暗闇の中で佇む男と対峙した。

「来たか。お姫さま、お返事は?」

 男の名はセルガ。暗殺組織を率いる殺人鬼。

 ・・・・どうして自分はここまで鼻がきいてしまうのだろう。自嘲気味に苦笑する。

「お断りします。父は今、この国にとってなくてはならない存在です。弟も同じに。あの母がこれ以上、子を産めるとは思いません。授かったところで妊娠中に発狂、母体の精神状態の影響で胎児ともにそのまま死ぬでしょう。ですから、“父か弟を殺せば王都襲撃は延期”というお話は、受けられません」

 実母の発狂死を淡々と語り、家族の情ではなく王家の血筋を念頭において答えた王女に、セルガはにやりと笑う。

 なかなか、面白い姫君がいるものだ。まだ十にも満たぬ年齢で、この冷酷なまでの聡明さ。

 ウチに欲しいくらいだと思った瞬間だった。

「しかし、王都を襲撃されては困ります。なので、こちらから別に条件を提示させて頂きたいのです。よろしいでしょうか」

「おう。何だ?」

 ノアリスは安堵に微笑んだ。その様子にセルガは、遠い昔に離れた一人の女が重なりぎょっとした。そういえばあの馬鹿も、自分のことは二の次でいつも他を優先していた。

「ありがとうございます。わたしの条件は―――」

 この日、彼女は自分で選んだ。血塗られた罪の道を。

 家族の身代わりではなく、彼女は。

「わたしを、あなた方の仲間にして頂きたいのです」 

 普通の命乞いには意味がなかった。

 狂った殺人鬼と交渉で渡り合う為に、王女は自分自身を血迷った遊びの道具として提案する。

「滑稽だと思いません? あなたの指示で大国の王女が殺しや盗みに手を汚すのですよ。」

 国も民も大切だった。

 しかし、それ以上に何よりも弟の為。

 太陽の輝く青空の下ではなく、紅い月が燦然と煌めく夜空の下、暁闇を駆ける道を選んだのだ。






 ・・・・随分と長い夢を見ていた。

「蒼姫!」

「紅夜? どう・・・・」

「どうした、魘されてたけど」

 呑気に昼寝してると思って近寄ると、病に苦しんでいるような寝顔だったので慌てて叩き起こしたのだという。

 蒼姫は苦笑した。

(自分で選んだのに、卑怯だね)

 セルガは二つ返事で承諾し、ノアリスは【ラジェーテ】に連れて行かれた。そこで殺人術を叩き込まれ、多くの仕事を完遂した。

 そして、あの日。

 紅い月の夜に、綺麗な黄金の月を見つけた。

 瞳は真紅。遠い日に自分の意志で独り置き去りにした、幼い弟と同じ色。

 誰が何と言おうと、蒼姫はこの色を凄く綺麗だと思う。

「紅夜」

「ん?」

「大好き」

 紅夜は目を点にした。

「・・・・蒼姫、どうした?」

「あ、何その反応。俺もだよとか言ってくれないの?」

「言わなくても分かってるだろ」

 そりゃそうだ。誰がどう見ても溺愛してる。

(ラズくん、元気かなぁ)

 自分に紅夜がいてくれるように、どうか弟にも大切な人ができますように。

 誰かを慈しむ気持ちをくれた君が、どうか笑顔でありますように。












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