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鳥籠姫と黒い翼の魔法使い  作者: 飛翔生姜
第四章 紅蒼比翼 ~君に捧ぐ名~
51/118

凶刃の出逢い





 露になった片方だけの目が、優しいと思った。

 宵の藍色より明るく、夏の空より深く、海より澄んだ宝石の瞳。

 そういえば、守れなかった母が碧眼だったと、記憶が今更になって蘇る。

 蒼い花に宿る妖精のように、無邪気で天真爛漫で。

 箱入りという称号がしっくりくる、どこか非常識で浮世離れした世間知らず。

 けれど、決して無知ではないと知ったのは、出会いの夜よりずっと後で。

 思い出は良いものも悪いものもたくさん、たくさんあるけれど。

 確かなことが、ひとつだけ。

 彼が愛するのは昔も【今】も彼女だけ、ということだ。






血色の月が燦然と輝く深夜。ソルドはライフルを構え直した。

(ルアード)

 生暖かい春の風が肌を撫でる。夜の恐怖が蘇って気持ち悪い。

 紅い月夜。赤は嫌いだった。家族の血、全てを壊した炎、自分の罪に穢れた手。

 それを躊躇いなく引き上げてくれる【彼女】に出逢う、この日までは。

 ルアードの死を知ったのは二日後の早朝だった。組織内が浮き足立っていて、人望のあった彼を悼む者は報復を望んだ。

 ソルドも少なからず、ルアードの死にショックを受けた。軍直轄の暗殺部隊で、子供は自分だけだった。そんなソルドによくしてくれた彼は、無残に変わり果てた姿で発見された。

 敵は史上最大級にして最凶の暗殺組織【ラジェーテ】。これは軍への宣戦布告とも取れる暴挙であり、ルアードの遺体が街の広場で発見されたことから一般人にも猟奇殺人事件として認識されている。政府は情報操作に手一杯だろう。

「ソルド」

「はい」

 ソルドは上官と向かい合っていた。呼び出された理由は分かっていたので、大人しく命令を待った。

「彼のことは聞いてるな?」

 ルアードのことだ。黙って顎を引く。

「そうか。なら話は早い」

「・・・・組織が揺れています。報復として、俺に向こうの誰かを殺させようということですよね」

「ああ。このままでは士気が下がる一方だ。しかし、一人の死で組織が傾くなどあってはならない」

 ルアードの死を他人事のように語るこの上官だが、かつてルアードとは相棒同士だったと聞く。静かな表情の中に垣間見える深い悲しみと憤り。ソルドは黙って頭を下げた。

「必ず、彼の仇は討ちます」

 “黄金の鷹”の名は広く知られているが、それがまだほんの子供だと知るのはごく僅かな者だけだ。幼い暗殺者がルアードの世話になっていたのは組織の誰もが知っている。ソルドが報復することで弔いとなり、士気も回復するだろう。

『お前の未来が、少しでも明るくなればいいと思う』

 そう言ってくれた彼の真意に気づけぬまま、ソルドは再び銃を手に取った。






 標的は【樹海の毒草】ペルセフォネ。壮年の男で、どちらかといえばインテリ派らしい。

 どうせなら首魁を狙えばいいものを、と思うソルドだが、上官の考えも理解できるので口には出さなかった。

(過度の刺激は状況を悪化させるだけだ)

 そう心で呟き、ライフルを構える。標的は捕捉できた。しかし距離があるのでいまいち狙いが定まらない。

「博士を撃つの?」

 突然、真横で声が聞こえた。

「!?」

「あ、叫ばないでね。わたし見つかっちゃうから」

 自分より年下と思しき少女が、傍らで微笑んでいた。

「・・・・!」

 まるで気配がなかった。そう動揺しながらも、小型のナイフを少女の首筋にピタリと添える。

「お前は何者だ?」

「ノアリスです」

 にっこりと答えられたが、そんなもので騙されない。ここまで完璧に気配を隠せる者など、プロの暗殺者でもそうはいない。

「君の名前は? どうして博士を狙うの?」

「黙れ」

「答えてくれないの?」

 自分と年の近い子供を手にかけるのは初めてだが、見られた以上は仕様がない。ここで死んでもらう。

 そうして、その白く細い喉を切り裂こうと手を動かした。


 ズブ・・・・ッ


 けれどそれより早く、腹部で鈍い音がした。なんだ、と視線を下へやる。

「いっ・・・・!!」

 自分の腹から、【何か】がはみ出していた。咄嗟に判断はつかないが、臓器の一つだろうと遠ざかる意識の端で考える。

 激痛どころの話ではない。なんの悪夢だ。

「その金髪・・・・君は帝国の人だよね? どうしているのか知らないけど、駄目だよ。ここは危ないから」

 そう言って、ノアリスと名乗った少女はソルドの腹から長剣を引き抜いた。勢いよく噴出した返り血が、黒衣の彼女を紅く染める。

 新たに真紅を纏ったノアリスの双眸を見て、ソルドはその正体を悟った。

 氷のように冷徹な蒼の右目、鮮血と見紛う紅の左目。

 まさしく【悪魔の瞳】だった。

 



「ごめんね。でも、こうしなきゃ君は死んじゃうから」



 泣きそうな声で語る少女に言ってやりたい。今まさに死ぬじゃないかと。お前が殺してんじゃねぇかよ、と。

 けれど、息を吸おうとして血がせりあがって来る。激しくむせて、呼吸さえままならない。

 朦朧と霞む視界。遠のく意識。

 このまま眠れたら、楽になれるのだろうか。



 騒ぎを聞き付けた男は、自分が世話を焼いている少女の後ろ姿に大声を上げた。

「ノアリス!」

「あ、博士。ちょうどいいところに」

 運ぶのを手伝って、とにこにこ笑う娘。

「なんてことを・・・・!」

 ペルセフォネは血生臭い惨状を見て頭を抱えた。

「うーん。ちょっと深く抉りすぎたかも?」

「この馬鹿が!! 限度があるだろう」

「えー? 失礼な。ちゃんと加減したんだよ」

 少女は悲しげに笑った。

「殺すつもりなら、見かけた時点で首を刎ねてるもん。だって、それがわたしたち“ラジェーテ”の鉄則でしょ?」




 散歩のつもりで外に出たけど、すぐ博士に気付かれた。まだ部屋に帰るのは嫌だったから、ほんの悪戯心で姿を隠して様子を見てた。

 そしたら、反対側で博士を狙う金髪の男の子がいた。自分と年の近い相手を殺すのは躊躇われて、暗殺者にあるまじきと理解しながらも説得を試みた。だけど。

 その子はわたしを殺そうとした。条件反射で剣を抜く。

 接近戦で、わたしの速さに付いてこれるのは【ラジェーテ】でも数える程しかいない。我に返った時、彼は血塗れになっていた。

 不幸中の幸いか、すぐ近くにいた博士が治療してくれて、その子はなんとか一命を取り留めた。大怪我を負わせたのは心苦しいけど、彼はこうなってよかったのかもしれない。

 だって今頃、彼の所属する組織はわたし達【ラジェーテ】の襲撃で壊滅状態だろうから。

「お帰りなさい、セルガさん」

 帰還した首魁のセルガ・セカルジャーに、わたしが面倒みるからと彼をここに置く許可を求めた。

「犬とでも思ってんのか馬鹿娘」

 心底呆れたような顔でそう言ったきり黙ってしまった。勝手にしやがれ、と解釈して、わたしは踵を返す。

「反抗するようなら今度こそ殺せよ」

 うるさいなぁ。

「はーい、わかってるよ」

 わたしがあとどれだけ生きられるか分からないけど、このひとだけは絶対に殺してからじゃないと、安心して地獄に堕ちることもできない。

 それに・・・・早くあの男の子を、ここから逃がしてあげないと。

 








 少年の意識が回復したのは、あの夜から2週間が経過した頃だった。ペルセフォネの治療法に問題があるのではないかと疑り始めた丁度その時、ベッドから呻き声が聞こえた。

「あ、ようやくお目覚めだね」

 笑いかけると、彼はギョッと身を起こそうとしたけど。

「!」

「まだ傷が塞がらないからね。しばらく安静だよ」

「お、まえ・・・・っ」

 睨んでくるその両目が真紅である事に気づいて、わたしは目を剥いた。目付きは怖いけど、この色は無視できない。

「君も“魔女の児”なの?」

「は?」

「だって赤眼は“魔女の児”の証でしょ?」

 眩しい金髪は帝国の貴族を連想させるけど、この赤眼はわたしや弟と同じ【魔女の児】の証とされる色だ。

「お前、トロナイルの出身か」

「うん」

 諦めたように体を倒しながら彼は言った。

「帝国では畏怖されるだけで、トロナイルみたいに迫害はされないんだよ。寧ろ、女神の末裔の血筋として尊ばれる」

「そうなの?」

 お母様はオッドアイな上に赤眼のわたしを、ひどく怖がってた。弟に希望を託したけど、その子も見事に両目が真紅だった。もう会うことは叶わないだろうけど、精神を病んだと噂で聞いた。

「なんで殺さなかった?」

 顔も満足に思い出せない母のこと考えていたノアリスを、少年の警戒するような声が現に呼び戻した。

「なんで殺されたいの?」

 少年が軽く瞠目した。それも一瞬の事で、すぐ眉間に皺が寄る。

「誰がそんなこと」

「言ってるように聞こえるよ?」

 畳み掛けるように続けると、思い当たる節でもあるのか、少年は不快げに舌打ちした。

「うるさい」

「あはは、怒られちゃったよ。でも・・・・うん、本当にごめんね。刺しちゃって」

 今更だけど、悪いことをしたと思う。自己防衛にしても度が過ぎていると、博士にも叱られた。

 剣を持ったら、意識が急に冴えてくる。手加減なんて言葉は消えて相手の急所を探してしまう、死を呼ぶ災厄の剣。

 殺さずに済んだだけまだ良い方だ。

「ねぇ、君の名前も教えてもらえないかな」

「は?」

「わたしは言ったよ。ノアリスだって」

「知らん」

 口も利きたくないのか、少年はそっぽを向いた。まあ、それも当然なので言及はしないでおく。

 しかし困った。呼び名くらいあった方が良い気がするし、同じ年頃の相手と話せる機会はそうそうないので、出来れば仲良くしてもらいたかった。でも名乗りは期待できそうにない。ならば愛称でも考えてみようか――。

「じゃ、紅い月の夜に出逢ったから、わたしは君を“紅夜”って呼ぶね」

「は?」

 捨て犬に名を授けるような気軽さで決められ、少年は絶句した。

「勝手に決めんな」

「なんで? 目の色も踏まえて良いと思うよ」

「そういう問題じゃない」

 勘弁しろと首を振る。その仕草は年相応の少年らしいもので、嬉しくなったノアリスはにっこり笑った。

「よろしくね、紅夜」

 ちょっと待て。そんな抗議の声も虚しく、少女は上機嫌で新しい薬と包帯を取りに退室する。

 紅夜と名づけられた少年は、呆然とその後姿を見送るしか出来なかった。

(何あいつ)

 ある意味、一番厄介な人種に引っかかってしまった気がする。本気で関わりたくないと思った。

(動けるようになったらすぐ逃げよう)

 敵意は感じられなかったから、こちらに危害を加える気はないのだろう。しばらく様子を見て、心配ないようなら養生に専念しよう。駄目なら隙を見て脱出する。そうしなければ、なんだか彼女のペースに呑まれてしまいそうだった。

『なんで殺されたいの?』

 もう孤独に怯えて生きるのは疲れたから、楽になってしまいたいかった。

 人殺しの罪を犯しながら、どこかで終わりを望んでいる脆弱な心を、左右で異なる色の瞳に指摘された気がした。 







 臆病な自分を認めれば、もう武器を持てなくなるかもしれない。だから敵同士以前に、ノアリスには心を許してはならない。そう頑なに言い聞かせた。それはたとえ彼女が無邪気な小動物のようにこちらに懐いてきても、だ。

 しかし、この日、事件が起きた。


「紅夜! まだ動いちゃ駄目だよ」

「そんな名前の人間はいねぇ!」

 一体どんな抉り方をしたのか、半年経っても腹部に痛みが残っていた。自称【博士】ペルセフォネの遠回しな嫌がらせではないのかと、つい邪推までしてしまう。

「ほら、早く薬のんで」

「なんで紫色に発光してるんだ?」

 差し出された【薬】を見て顔が引きつる。これは【治療】ではなく【実験】だ。

「あの性悪男、いつか刺してやる」

「博士が怪我したら紅夜の薬わたしが作るよ?」

「・・・・」

 それはそれで困る。というか、それこそ毒杯を飲み干した方がマシかもしれない。

 一度だけ、彼女がクッキーと称する黒焦げの墨を押し付けてきたことがある。とても食べ物には見えず、勧められた時はこうやって味覚から殺していく気かとさえ思った。が、ペルセフォネが自決するような顔で必死に食べているのを見て、口には出せない日頃の感謝を表すため、しぶしぶ嚥下した。

 結果、死にかけた。

 博士共々ベッドの上をのた打ち回ることになり、首魁セルガ自らからかいに来たりと最悪な思い出になった。

 そういった過去の教訓から、黙ってグラスを受け取った。一気に飲み干す。・・・・なんとも言えない味がした。無臭なのが唯一の救いだ。

「おいしい?」

「そう見えるのか?」

「グレープ風味って聞いたよ」

「そんないいもんじゃねぇよ」

「そうなの? あとで貰おうと思ったのに」

「俺は毒見か」

 げんなり言うと、ノアリスはくすくすと笑った。小さな花の綻びを思わせる姿に一瞬見惚れ、慌てて頭を振った。

(阿呆だ)

 彼女は敵だ。仲間ルアードを殺した連中の同族で【死の舞姫】と畏怖される、悪魔の瞳を持った魔女。

 好かれることもあってはならないだろうし、こちらから好きになるのは論外だ。

 けれど、この半年間は心地よかった。誰かに献身的に世話されるのは不慣れで戸惑ったが、ノアリスの傍は全てを忘れてしまいそうなぐらいに心が安らいだ。

 ・・・・恋なんて下らない感情など、自分には永劫無関係だと思っていたのに。最悪だ。

(ルアード)

 組織の壊滅は、既にペルセフォネから聞いて知っていた。またソルドは自分だけ無様にのうのうと生き残ってしまったのだ。挙句の果てに仲間の仇である組織の庇護下にあり、その構成員である少女に心惹かれている。最低の裏切り者だった。






 もう歩き回るのは構わないと許可が出た頃、ソルドは気晴らしに部屋を出た。ここは【ラジェーテ】所有の屋敷で、ソルドには離れ一つが宛がわれていた。

 ただの捕虜に対してやけに気前がいいと訝しんだが、ノアリスとペルセフォネが組織内でそこそこ優遇されていて、ソルドは二人の【お気に入り】として認識されているようだった。

 中庭、薔薇園、噴水のある広場、菩提樹の並木道。窓の外に広がる景色は、今はもうない生家を思い出すほど見事な邸宅ぶりだった。ノアリスはどことなく育ちの良さを窺わせるし、ひょっとしたら彼女は没落貴族の令嬢なのかもしれない。セルガのノアリスに対する姿は上司と部下以外のものが含まれている気がする。特別扱い、というか。

 詮無いことを考えながら歩いていたソルドの耳に、乾いた音が聞こえてきた。

(え)

 物陰から様子を窺うと、尻餅をついたノアリスがいた。その真正面には見覚えのない赤毛の娘が仁王立ちしている。

「痛いよ、ラミアちゃん」

 小さく唸るようなノアリスの声。その頬が赤く腫れているのに気づく。殴られたのだろうか、あのノアリスが。

「あんたなんて、さっさと死ねば良いのよ!」

 赤毛の娘が吐き捨てた。ノアリスはひどいなぁ、と呑気に返す。それが余計に娘の神経を逆なでしたのは明白だった。

 やばい、と割って入ろうとしたソルドは、しかし次の言葉で固まってしまう。

「いつまでお姫様気分でいる気? もうあんたはトロナイル王室の娘じゃなくて、薄汚い人殺しの魔女なのよ」

「もちろん知ってるよ。ラミアちゃんが帝国のお家に帰らないみたいにね?」

 にこりと言い返すノアリスに、今度は赤毛の娘が凍りつく番だった。

「・・・・なんのこと」

「お母様はお元気なのかな? 元はヴァルスレム伯爵家のお妾さんだったっけ」

 ソルドは頭の中で貴族名鑑を捲る。ヴァルスレム伯爵家は燃え盛る炎のような赤毛が特徴の家系だ。太古に先祖が滅ぼした魔物の呪いだという。

 隠していたつもりなのだろう、自分の出生を雑談のように言われた赤毛の娘ラミアは、髪とは対照的に真っ青だ。そのまま、怯えたように走り去る。

 帝国貴族の御落胤が殺し屋になるなど世も末だと思ったが、それは自分も同じだった。

 そして呼びかける。

「トロナイル王国のノアリス・パルーシャ・ラフィリコルゲント殿下」

 彼女は弾かれた様に振り向いた。赤の左目は眼帯に覆われていたが、露な蒼の右目は大きく見開かれていた。

「まさか本人だとは思わなかった」

 隣国の王女が賊に連れ去られ消息不明となった事は帝国にいた頃から知っていたが、まさか暗殺者になっていようなどとは思いもしなかった。

「内緒ね」

 観念したようにノアリスは苦笑した。

「本当はノアリスって名前もあんまり使っちゃ駄目なの」

「お前・・・・」

「いい。やめて」

 何を言おうか躊躇うソルドに、蒼い目の少女はただただ優しく微笑んで見せた。






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