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鳥籠姫と黒い翼の魔法使い  作者: 飛翔生姜
第四章 紅蒼比翼 ~君に捧ぐ名~
50/118

黄昏の空

十年前のラジェーテの話。

主人公はソルド達で

ジャスリアではありませんが、

彼らにもちょっと関係ある過去篇になります。

ちょくちょく馴染みの人が登場します。


 








 綺麗な色だと思った。

 弟と同じだと思った。

 だけど、それ以上に『男の子』だった。

 だから、たぶん。

 わたしが彼を好きになったのは、きっと必然だったのだ。











 夕暮れに染まる灰色の町を、黄金の双眸が静かに見下ろしていた。

「よぉチビ、状況は?」

「変化なしだよ、オッサン」

 チビと呼ばれた少年は振り向くこともせず答えた。

 年の頃は十をいくらか過ぎたという程度。鈍い光沢を放つ黄金の髪に黄金の双眸を持つ。彼は祖国ファディロディアで神話に伝わる【最後の将軍】と共に戦った戦闘部族の末裔だった。

 かの大帝国では英雄の血を引く者の証だとされた赤眼も、ここ隣国トロナイルでは【魔女の児】と迫害の対象となる。今は魔法で目の色を変化させていた。

「そーかい、ほらよ」

「ん」

 投げて寄越されたのは固焼きのパンだった。かなり顎の筋肉が鍛えられそうな手触りと歯ごたえだったが、カビも虫もついていないだけ上等だと、文句は言わずに嚥下した。味の批評は避ける。

「ほら、牛乳も飲め」

「いいよ、てかいつのだよ。ハラ壊すだろ」

「んな上品な腹じゃねーだろーが」

「どんな下賤でも死ぬときは死ぬよ」

 少年ソルドは眩暈がした。頭痛もひどい。

(これだから団体行動は苦手なんだ)

 しかも父親ほど年の離れた【同僚】と。誰かの補佐で使いっ走りの方がまだ楽かもしれない。

 そう思って、それではいけないと考え直す。

【あいつら】を見つけて、この手で殺す。その時まで休むことなく腕を磨き続けるのだ。

 それが両親と弟、そして生まれるはずだった妹への弔いだった。

「! オッサン」

「おう?」

 標的が動いた。

 ソルドがすばやく踵を返し、中年の「オッサン」がそれに倣う。他の男どもは慌てて銃を手に取った。

 が、遅い。

 

パシュッ・・・・


 遥か眼下の人影が、その場に崩れ落ちた。

 目を凝らせば、血が辺りを染めていくのが確認できる。

 頭を打ちぬかれたのだ。

「任務完了」

 淡々と報告する、少年の声。

 その双眸は、血を見紛うほど艶やかな真紅。

「ソルド?」

 中年の彼が、気遣わしげな眼差しを送る。

 どうしてこんな子供が、暗殺者の部隊に送られてきたのか。その答えを今、目の当たりにした。

「ルアード?」

 ソルドは鼻をならした。

「なにさ」

「お前は・・・・」

 幼い少年の淡々とした態度に、ルアードは泣きたくなる。ソルドは彼個人から見て、あまりに哀れで、悲しい存在だったから。

「敵は殺す。それが組織の教えだろ」

 あどけない顔立ちの中、血色の瞳が異彩を放つ。

 のちに復讐鬼【黄金の鷹】と畏怖されるソルド・ディオールの、これが初仕事だった。





 復讐鬼【黄金の鷹】。

 影で畏怖とともに囁かれる名が自分のことを指しているのだとソルドが知ったのは、初仕事から随分の月日が経ってからだった。

 初仕事といっても、殺しは初めてではなかった。正式に命令として受けたのは初めてだったというだけで、人を殺めたのはあれが最初ではない。

 復讐鬼。

 確かにそうだと自分でも思う。障害となるものは全て破壊してきた。こんな子供に大人が本気で怯えているのだから、おそらく自分はかなり危険な存在なのだろう。

 戦闘部族の血を引くがゆえの異能。これがあるからこそ、今までソルドは生き延びることができた。化け物と罵られても構わない。復讐を果たすために、この力はもはや必要不可欠だ。

「おい、チビ」

 けれど、例外もいるにはいる。

 組織の同僚で、あの【初仕事】に居合わせた中年おやじルアード。国によっては“魔女の児”などと迫害される赤眼のソルドに対し、何の遠慮も見せない変人だった。

「チビじゃない」

「十三なんてまだまだガキだよ」

「・・・・十三?」

「おう」

「だれが」

「お前が」

 ソルドはポカンとした。

「俺いつ十三になったんだ?」

「はあ!?」

 年甲斐もなく騒ぐルアードに眉根を寄せる。

「なんだよ、いいだろ別に」

 家族を理不尽に奪われたあの日から、ソルドは自分の中の【人間】を殺してきた。夜が不安で眠れず、孤独の冷たさに震え、心の闇に本当はいつも怯えている。

 そんな自分が嫌で、【人間らしさ】を捨てる努力をしてきた。だのに、まるでそれが間違いであるかのような反応をされては腹が立つ。確かに誕生日を忘れていたのは間抜けだが、今更この命を祝福してどうするのか。

「よし、俺様が祝ってやる。なにが欲しい?」

「あんたの口を縫う針と糸が欲しい」

 ルアードにはかつて妻子がいた。彼自身も善良な一般人で、こんな汚れた仕事とは縁のない暮らしをしていたと聞く。

 ソルドと同じ、目の前で家族を奪われた、憎しみに狂った無様な道化師だ。

 たとえ理不尽に大切なものを壊されても、歯を食いしばって耐える者は確かにいるのだ。そしておそらく、それが最後の境界線。

 太陽の下で生きるか、月の世界で影に身を潜めるか。

 ルアードには息子が一人いたらしいが、暗殺組織【ラジェーテ】の首魁セルガの気まぐれで惨殺された。

 だから彼は銃を取った。政府お抱えの暗殺部隊に所属し、復讐の時を静かに待っている。

 小耳に挟んだ話では、その息子が生きていたなら丁度ソルドと同じ年頃だということらしく、ルアードは守れなかった存在をソルドに重ねて見ているのだ。

(別にいいけど)

 それで彼の心が少しでも慰められるなら、別にソルドは構わない。なんだかんだで世話になっている自覚もあるし、実害さえなければ不快とも感じないのだ。

「可愛くねーガキだな」

(なら息子の墓で聞いて来いよ)

 口には出さず毒づいた。

 一人のうのうと生き残った罪悪感から家族の墓を見舞うことができないのは、ソルドもよく知る感覚だった。






 紅い。

 それしか考えられなかった。

 この真っ赤なものは何だろうか。秋の紅葉を思わせる。楓だろうかと意識の端で考えた。

 体が熱く、そして重かった。

 赤いのは紅葉じゃない。カルダの手。

 喧嘩も沢山したけど、本当に仲の良い大好きな弟。初めての妹の誕生を心待ちにしていた。

 なのに。

『逃げて!』

 母さんの声に振り向いた瞬間、銀が目の前で鈍く光っていた。剣で斜めにばっさりと斬られたのだ。

 そのすぐ後にソルドは意識を失い、目覚めたときは炎の中にいた。

 屋敷を襲った賊が、そのまま火を放ったのだ。

 どうして自分だけが生きているのか分からないけど、まあいいや。

 これから同じ処に逝けるのだから。

 そう思って再び意識を手放し、もう二度と目覚めない筈だった。

『にーちゃん!』

 瞼の裏に焼きついた幼い弟。耳の奥で響く自分を呼ぶ声。

 そんな風に笑わないでほしい。もう会えないのに。

(また、夢か)

 分かっているのに、覚醒できない。

 助けられず絶叫するしかなかった、遠い日の記憶だった。






 起きろ、と肩を乱暴に揺すられる。

「・・・・ぃ、おい、ソルド」

「・・・・!?」

 ルアードだった。呆れ顔を装った心配性な中年のルームメイトは、苦笑しながら水の入ったコップを差し出した。

「ほらよ」

「ん・・・・」

 受け取るや、一気に飲み干す。全身が汗だくで、喉が渇いて仕様がなかった。寝ながら拳を握り締めてでもいたのか、掌に爪の食い込んだ跡があり、血が滲んでいる。

「・・・・っ!」

 また、紅。

 これだから夜は嫌いだ。家族の最期を夢に見て魘され、目が覚めた瞬間、自分の弱さと孤独に怯える心を思い知らされる。

「大丈夫か?」

「たぶん・・・・」

 大丈夫、なんてことは永遠にない。どんなに腕を磨いても、過去に失われた存在は戻らないのだから。ソルドは命の終わる時まで孤独に彷徨い続ける。心の傷が癒えない限り。

「まだ若いのに、難儀だな」

 ルアードが遠慮なしに頭を撫でてくる。

「お前の未来が、少しでも明るくなればいいと思う」

「なに急に」

 妙にしんみりとした口調で語られ、ソルドは怪訝に思った。

 ルアードは一瞬、泣きそうな顔で笑ったが、すぐなりを潜めた。

「なんでもねーよ。・・・・明日から俺、しばらく任務で出るからな。夜泣きも大概にしとけよ?」

「くたばれオヤジ」

「うるせぇ。せめてアニキと呼べ」

 そう愉快げに笑う彼に、先程の影は見当たらない。

 だからソルドは、小さく笑ってコップを突き返した。

 そしてこれが、ルアードと交わした最後の言葉になった。










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