染まる季節
一緒にいようと決めたのに。
共に生きると、約束したのに。
「いなくなった?」
「ついに愛想つかされ……痛い痛い痛いっ!」
昔なじみの引き篭もり壮年男を抓り上げ、金髪の青年は頼れる女性に向き直った。
「こっちに連絡とかは?」
「ないな。いや、しかし彼女なら一個小隊を相手にしても無傷で帰ってくる筈だろう」
「じゃあ、やっぱり自分の意志で行動してるのか、あいつ」
女性の言葉に、己の推測があながち間違いではないと悟った青年は、しかし喜ぶことはなく呻いた。
「あの莫迦」
「トロナイルか?」
「多分な。帰ってくる途中だったんだ」
すると、それまで黙っていた壮年の男が口を開いた。
「実家か。厄介だな」
「別に? 俺はただあいつを迎えに行くだけだ」
交際開始から既に十年は経過している筈だが、この熱愛ぶりはどうなのだろう。普通に佇んでいれば落ち着いた恋人達のように見えるが、近くで生活していれば食傷気味になってしまう。
「あ、そうだ。もし相手がこの家のことを把握していると厄介だから、荷造りしてくれ」
「「はっ!?」」
何気ない風で告げられた言葉に大人達が目を剥く中、金髪の青年はにこりと笑う。
「もうそろそろ潮時だろ? ここはトロナイルとアルポロメの国境からも遠くないから、トロナイルの兵が調べに来るかもしれないし、そうなったら困るだろ? 全員が前科者みたいなもんだし」
悪魔の笑みだ、と育て親は思った。
(それに、な)
青年は久々の自室に入り、目を伏せた。
旅先から帰省する途中だった。もはや片割れともいえる恋人が姿を消したのだ。
彼女が自分の意志で行動し、幼い頃に出た実家を訪れている――――。
それなら、まだいい。家族に会いたいと思うのは当然のことだ。
黙っていなくなったのも、心配させた分の埋め合わせを貰って、また日常が帰ってくる。
それならいい。
だが、拭いきれない懸念がある。
【黎明の騎士団】という、組織。
きっと、自分達4人は彼らにとって憎い仇敵であるはずだ。だからこそ、彼女の傍にいられないことが不安でならない。
もし何かあったら。心が焦る。
(そういえば)
全く別の話だが、気になる話題を彼らに話すことを失念していた。
青年は居間にいる女性を思う。
何故か彼女を連想させる噂だったのだ。後でちゃんと話そう。
(赤毛の男に“メロディア継承者”か)
きな臭い。心底そう思った。
「鬱陶しいわね」
開口一番、赤毛の女ラミアナ・スプランはそう言った。
「何がだよ」
紫眼の青年は振り向きもせず応える。
「あんたの行動。怪しいわ。意中の相手ストーキングする変態みたい」
「悪いかよ!? 不安なんだよ俺は!」
「あー煩い」
女は妙なテンションの義弟を疎ましく思った。なんでこんな奴拾ったのだろう。
いや、理由は覚えている。
帝国貴族を彷彿させる眩しい髪が、【彼】と良く似ていたからだ。
目も黄金だったなら、自分の人形にしてやろうと思ったのに。何より性格が似ていない。共通点といえば、愛しい恋人しか眼中にないところくらいだ。
思い出したら苛々してきて、八つ当たりに目の前の男を叩いた。
「何だよ!? あっち行け」
「あらそう。暇つぶしに手伝ってあげるわ。確かルトレイ……いや、ストレイさんよね?」
「嫌がらせかよ」
青年はげんなりしつつ、それでも資料を渡した。今はどんな情報でも欲しい。
女はしっかり読み込み、実りがないと判断して次の資料へ手を伸ばした。意外にも真面目に手伝ってくれるらしい。
それからしばらく、無言が続いた。
青年は頃合を見て声をかけた。
「ラミア」
「何よ」
「お前って“ラジェーテ”だったよな? 聞きたい事があるんだ」
「イア? どうしたの」
改まった様子に怪訝な顔をするラミアに、イアは尋ねた。
「ランティスって名前、心当たりあるか?」
「“緋の疾風”よね? 悪名高い裏切り者の息子で、父親譲りの才能を持っていたわ」
というより……とラミア深刻さを払い、どこか気楽に続ける。
「私の母親の姉妹の息子でもあるわ。あ、これザノイックに内緒ね」
「えっ!?」
従姉弟関係だったとは知らなかった。衝撃に呆けるイアは、思考の端で確信する。
(ラミアは、信用できるか?)
組織の思想に、心酔している風には見えない。寧ろ逆で、無関心のような印象がある。
視線を感じ、ラミアは薄く笑った。
「どうでもいいのよ。私は【悪魔の瞳】さえ殺せれば、それでいいもの」
歯車が、動く。
終焉の宴へ、ゆっくりと。しかし確実に。
終わりが始まりつつある事を、彼らはまだ知らなかった。
独立国チュニアール
上質な真珠はとろりとした乳白色で、月に翳せばより神秘的に、太陽の下では更に眩しく輝いている。
大陸でもかなり格式ある名門公爵家――――それも現皇帝の弟という家系で育ち、金銀宝石の類を見る目は誰もが認めるほど確かなリアでさえ、思わず魅入るほどに美しい真珠だった。
が、それは問題ではない。彼女が硬直しているのは、それをまるで飴玉のような気軽さで手渡されたからだ。
「ジャス。これは何?」
「真珠のイヤリングだよ。片方で悪いけど」
「いや、そうじゃなくてね!?」
どう見ても高価な品だ。皇太子がアホみたい贈って来た宝飾の類に引けをとらない。個人的な好みでいえば、寧ろ最上級だ。
「? セレナから聞いてなかったのか」
「え?」
思わぬ名にドキリとする。それは夏頃、リアが夢の中で出会った少女のことだ。
ジャスにとってはかけがえの無い親友であり、リアにとっては命の恩人にして母の想いを届けてくれた特別な存在でもある。
そして――――最近ジャスが彼女の名を口にするたび、妙なざわめきが胸に生じるようになっていた。務めて無視しているが、この天然魔性の男から、果たしていつまで目を背けられるだろうか。
(落ち着け落ち着け落ち着け)
こんな自己暗示にどこまで意味があるかは限りなく微妙だったが、このまま胸に萌した想いを容認してはいけない。
資格がない。
【彼】から全てを奪った罪は、死する瞬間まで償い続け
「おいリア、聞いてるか?」
「!? ちょっと顔!近い!」
……る、義務があるのだが、この男はそれを平気でなぎ倒し、リアの心を占めつつある。それも無意識に。
「あんたが聞いてないから、耳元で言おうとしただけだ」
「莫迦! もうやめて!!」
ああもう。リアは悪態をついた。夏からこっち、どうも駄目だ。
一方、何故か怒鳴られたジャスは途方に暮れた。以前からそうだったが、最近は輪をかけておかしい。何かそこまで気分を害するようなことをしただろうか?
「わかった。もうしない」
嫌われたくはないからな――――溜息混じりの本音は小さく、リアの耳には入らない。
「とにかくこれは、セレナからあんた宛だ。一時的とはいえ体を提供してくれたお礼だって」
「だからって、こんな立派な」
言いかけたリアはふと、以前に良く似た乳白色を見たことを思い出した。
あれ?
彼が耳飾をしていたのは知っていたが、ちょっと待て。
「ジャス、右耳の飾りはどうしたの」
「ここだけど」
服の下でペンダントにしているらしい。何だそれ。仲良く半分こしろとでも言う気か。
一方で、ジャスが何年もセレナの贈り物を肌身離さず大切にしていたと知った。彼がイヤリングをしているのを意外に思い、尋ねたことがあったのだ。その時「貰い物だ」と答えをもらったが、贈り主はセレナだったらしい。
「いいから、ほら。あんた向けに意匠も変えた」
きらりと光を弾くイヤリングに、リアは視線を戻した。
そして気付く。
「これ……鈴蘭?」
「ああ。好きなんだろ?」
何より目を引くのは、見事な銀細工の鈴蘭だった。精緻な意匠は可憐な花を完璧に再現している。他にも真珠を引き立てるように、小粒ながら上等のダイヤモンドが煌めくようだった。
「好き、だけど」
素晴らしいの一言に尽きる、美しい芸術品だった。片方だけの欠けた状態だからこそ、より神秘的に映るかもしれない。
だが、こんな高価な品を受け取れるような事はしていない筈だ。リアはそう断ろうとした。
しかし当然、ジャスは渋面になる。
「俺に着けろってか」
明らかな女物を十八歳の男にどうしろというのだ。彼は綺麗な顔なので違和感はないが、本人はそうでもないらしい。
「ほら、貰えって。セレナの気持ちでもあるんだぞ」
そう言われると、やはり弱い。
しばらくの押し問答の末、リアは承諾した。躊躇った後、右耳につける。
「どう?」
こんな綺麗な物が自分に似合うとは思えないが、それでも贈り主が目の前にいるのだから、とリアは小首を傾げた。イヤリングを揺らして、彼から見易いようにだ。
「うん。似合う。リアは白だな」
妙に心の篭った返答。気恥ずかしくて軽く俯く。
「そ、そう?」
「初めて逢ったときも白だった」
懐かしそうな口調だ。もう、半年以上前になる。
「ああ、披露宴のドレスね。動きにくかったわ」
「あんたらしい感想だな」
屈託のない笑顔を向けられて上気する頬を隠す為、リアは再び俯いたのだった。
のんびりとした空気が二人を包んだ時だった。
「リア、それどうしたの? 綺麗ね」
いきなり心臓をつかまれたような感覚を覚え、リアはぎょっとした。振り返ると満面の笑みを浮かべたルフィスがいる。
一部始終を見ていたに違いないと悟ったジャスは、大仰に溜息を吐いた。
「覗き見なんていい趣味ですね」
「あら? だって青春っぽくて、見てるだけでも飽きないもの」
「何の言い訳にもなってません!」
酒の肴にされているのは知っていたが、リアの前ではやめてほしい。恥かしがりでもある彼女は、明らかな揶揄を受けて聞き流せるほど大人ではないのだ。下手に意識されて避けられては堪らない。
「あら怖い。ねえリア、ジャスが怖い顔するの。やめなさいって叱ってくれない? リアの言う事なら可愛い子犬のように聞くと思うの」
「え?」
当惑を絵に描いたような反応をしながら、リアは無意識にジャスへ助けを求めた。彼の服の袖と小さく握ったのだ。
結果として、それは逆効果だったのだが。
「「……」」
ニヤリとあまり上品ではない笑みを浮かべる女王に、異国の王子は呆れ面を装って軽く睨むふりをする。内心では少女の所作を可愛らしく思っていたが、口に出せばルフィスに笑われ、リアからは手酷い反撃を受けるだろう。たとえこちらに悪意は一切なくても。
「ルフィスさん。リアで遊ぶのは止めてください」
「えぇえー? あなたの特権だから?」
「!? 違いますっ」
即座に否定したのはリアだった。そんなに俺との仲を疑われるのが嫌なのか……ジャスは僅かながら落ち込んだ。
そんな予想を裏切らない二人の反応に満足したらしいルフィスは、にっこり笑った。
「でもね、気になるのは本当なのよ」
「?」
首を傾げる少年少女に、不老の女王は優しく告げる。
「あなたのご先祖のことを思うと、やっぱり心配してしまうの」
「ルフィスさん……?」
「何でもないわ。ああ、そうだ」
ルフィスは徐に一枚の写真を取り出し、二人に見せた。美しい紅葉の風景だ。秋の風物詩ともいえるだろう。
「綺麗ですね」
「素敵です」
ジャスはやや警戒を抱くが、リアは故郷にない景色を楽しそうに見つめた。
「でしょ? 今度二人で行ってらっしゃいな」
これは協力のつもりなのか。
ルフィスからポストカードを受け取ったジャスは複雑な気分だ。リアは綺麗な自然が見られると大喜びしていたが、あれでは同行者にさしたる拘りを持たない子供と代わらない。
態度で【圏外】と示されている。彼女が無意識だから余計に苦しい。
(それになぁ)
彼女と一緒にいたい。傍で多くの時間を過ごしたい。共に在りたい。
そう思いながらジャスが行動に移せないのは、躊躇ってしまう理由があるからだ。
リアは誰かを想っている。
母の愛を受け、最近は以前よりずっと柔らかい空気を纏うようになっているが、ジャスは気付いていた。
(恋人がいた風には見えないけど)
あまりにも異性との関わり方が年齢と釣り合っていない。誰とでも友人になれるのは美点だが、母の件から心の成長が止まっていたのも大きいだろう。一つ下なだけなのに、幼い印象が拭えない。
彼女の心の中には既に誰かがいる。
そう、察してしまった。
何よりジャスには、時間が殆ど残されていない。
二十歳を機に王宮へ戻る――――もう、一年と少しだけだ。様々な準備を考えれば、自由に過ごせる時間は本当に少なくなっている。
もし彼女の心を得られても、その先にあるのは別れの道だ。
動けない。
ただ小動物のように、子供のように。戯れ合いの中から抜け出せない。
彼女を縛ることだけは、絶対にできないのだから。
2日後の朝、ジャスとリアはゴンドラで運河を移動していた。魔力で動くそれは船頭も不要であり、操作はジャスが担当している。最初は訓練もかねてリアに舟を委ねてくれた彼だったが、壁への衝突未遂を7回も重ねれば、流石に閉口して当然だろう。
渡されたポストカードの裏にはルフィス宛ての文字があり、どうやら首都から離れた場所にある孤児院の院長から送られた、季節の頼りらしい。
「親切ぶってたけど、実質パシリだよなコレ」
「いいじゃない。こんな綺麗な紅葉、見た事ないもの」
帝国にいた頃、リアは籠の鳥だった。屋敷や王宮以外の場所に縁などなく、たまに遠出が許されても大勢の監視・護衛の目があった。
息苦しい生活だったとしみじみ思う。
護衛されているは一緒にいるジャスで、しかし彼を守っているクリフは主の意向で姿を隠してくれている。気配は感じるが、最近では却って賑やかに思えるようになった。クリフの事も、個人的には好ましい性格の持ち主だと分かってきたからかもしれない。
「それに、お手伝いって言っても、そんなに大層なことじゃないでしょ?」
「そうだけど、俺とあんたで女王の名代ってどうなんだ」
「え?」
内容を今の今まで知らなかったらしい少女は目を点にした。
「み、みょうだい?」
「呂律あやしいぞ」
「名代!? 女王陛下の!?」
一気に蒼くなるリアだが、チュニアール暮らしの長いジャスは「女王の名代」という大任も「ルフィスの名代」と言い換えれば何でも気楽に感じられるので、特に焦る様子もない。
「落ち着け。夏は下着で噴水に飛び込んで臣下にこっぴどく叱られるような“なんちゃって女王”ルフィスさんの名代だ。そんなに萎縮してやる価値があるか」
さらりと真顔で酷いことを言うジャスにリアは不敬な、と思ったが、確かにその通りな気がした。
「それに、何も外交してこいって訳じゃない。孤児院のガキどもに魔法の手解きするだけだ。それもクリフが」
「じゃあ、何しに行くの? 主にあたし」
クリフの拘束・解除魔法は神の建造物さえ突破する実力だ。夏の一件でも知らない所で世話になったと後で聞いた。
しかし彼は【星空の宴】ではなく、あくまで【トロナイル王子の侍従】だ。クリフに何かを頼むなら当然ジャスを通さねばならず、主であるジャスに異論なくばクリフはその命に従う。だが、彼らが護衛とその対象の関係である限り、クリフは単身で主の傍から離れることができないのだろう。
ここまではいい。しかし、リアがいる意味は何だ。
確かにジャスとは誰よりも共に過ごす時間が多い。しかし別に不離不測ではない。寂しくて弱るウサギでもあるまいに。
(あれ? あたしがウサギなの?)
図らずとも彼と一緒にいることを喜んでいる自分を再認識する羽目になったリアは船上で身悶えた。ジャスが怪訝な顔をしているのには気付かない。余裕がなかった。
「子守はクリフに任せるとして、俺達はその孤児院の後援者に会う」
「孤児院は国の管轄だって聞いたけど、後援者なんているの?」
「地方貴族がな。教材費や食費、生活費とか諸々の費用は国が賄うけど、施設で育った全員が長じたのち首都に働き口を見つけるとは限らない。というか、地方の孤児院出身は殆ど土地を離れないと統計が出てる。雇うのがその後援者達だ」
「どうして首都に来ないのかしら」
「さぁ? でも多分、【家】がなくなるからじゃないか」
「?」
首を傾げるリアに、ジャスは俺の勝手な考えだけど、と前置きする。
「孤児院は、出たらもう【家】じゃない。少なくとも、長年寝起きして一緒に暮らした連中とも、今までのような生活はできなくなる」
「……そうね」
上手くは言えないが、「家が家でなくなる」という事。
「思い切って首都に出てくる奴もいるよ。俺達も今回その話をしに行くわけだしな。でも、チュニアールの孤児は、皆“世界の孤児”だから、ようやく見つけた安息の土地を離れたくないんだと思う」
「世界の孤児?」
「俺やあんたの国ではかなり少ないけど、連邦じゃ未だに飢饉が絶えない地域がある。寧ろ多いくらいにな。下手したら、村そのものが消えて報告されてない場所もある。それに」
ジャスは言葉を切った。頭のいいリアのこと、ここまで話せば察しが付くと踏んだのだ。
案の定リアは悟ったようだ。どこか顔を伏せて言う。
「紛争や、独裁政権で民間人には辛い地域ね?」
「それもある。他にも、ランティス達みたいに組織の崩壊で行く場を失った子供……野放しにしておいては危険だと判断した場合が多いだけど。まあ、自分達が居場所を奪った負い目もあったんだろ」
昔ラドやセブンがディディを保護した時のように、仲間を助けた礼として国籍を進呈し、本人達が望めばチュニアールへ移住できることもある。
「そうやって、外の世界で悲惨な目にあってきた奴が多いから、やっと見つけた安心できる場所を離れたくないんだ。もう【家】じゃないってわかっても、せめて近くにいたいんだと思う。ようやく得た“安らげる家”での思い出を拠り所にして生きていこうとするのが多いみたいだ」
「そう、なんだ」
思いがけず深刻な話だった。というか、やっぱり重要な役目を与えられたのではないだろうか。
「その後援者の方々とは、どんなお話をするの?」
「そう構えるなよ。今の施設で首都に行きたいって奴はどれくらいいるんだって話するだけだ。施設で聞くのが一番いいけど、地方にも雇い切れる限界がある。そういうのを話し合ってから俺らは施設へ行ってクリフと合流。職員が何人か、この話し合いで施設を空けるから、クリフは施設の子供を一度に集めて講義する。それが終わる頃には俺達も終わって、施設に着いてるだろ」
「わかった」
リアは神妙な顔で頷いた。
きっと自分は出来ることもない。それでも彼がリアを伴うのは、きっとこれからの為だ。
いつまでも、ジャスに引っ付いているわけにはいかない。
今までは首都の警備や見回り、城内での事務作業などが主だった。しかし【星空の宴】の一員である以上、今回のような仕事は一人で請け負うくらいできるようにならなくてはならないのだ。
「それが終わったら、紅葉見物な」
「えっ、いいの!?」
知らなかったとはいえ、大切な仕事に行くのに何を浮かれていたのか――と密かに落ち込んでいたリアは顔を輝かせた。
一方、リアに対しては見学2割で紅葉が8割のつもりで連れてきていたジャスは首を捻った。
「あのな、ただの仕事に道連れじゃ完璧な嫌がらせだろ。ルフィスさんも写真を見せびらかせただけの陰険女王になる」
「違うけどっ! あ、じゃあこれ、椛とか拾って帰っていい!?」
「いいけど、そんなの拾ってどうするんだ?」
心底嬉しそうな少女に苦笑する。どれだけ楽しみにしていたのだろう。
可愛い、と思う。口に出せば水中に突き落とされるのが目に見えているので言いはしないが。
「押し花にするの。栞つくりたい」
「意外に押し花したことあるんだな」
帝国でも庭には出ることができたらしい。ジャスは妙な安堵を覚えた。
しかし、ジャスの指摘を受けた瞬間、リアは顔を強張らせた。過去を懐かしんでいるような表情ではない。先ほどまでとは違って、どこか寂しげな色を瞳に浮かべている。おそらく無意識だ。
「リア?」
どうした、と尋ねると、慌てて少女は大きく首を振った。
「な、何でもない」
あるだろが莫迦。咄嗟に言いかけ、ジャスは思い留まった。代わりに、一つカマをかけてみることにした。
「船酔いか?」
「ううん。違うの。平気」
「ふーん……」
リアは誤魔化した気になって、油断というほどではないが、心に僅か隙が出来ている様子だ。
ジャスはにっこりと愛想よく笑んで、その問いを吐いた。
「で、鈴蘭はそいつと一緒に見たから好きになったのか?」
読みは当たっていた。
「え……」
リアは顔から表情が消え失せ、絶句というに相応しい様子だ。
こいつは何を言っているのだという唖然の表情ではない。これは図星を指された人間の反応だと、ジャスは知っている。
狙い通りの展開だったが、もちろん面白いわけが無い。
(あっそ。相手は帝国時代の知り合いか)
けれど、あまり幸福な恋ではなかったようだ。悪意を持って問うた訳ではないが、善意があったわけでもない。ジャスは居心地の悪さを覚えるが、自業自得だ。
秘していた傷口を暴かれ、動揺するなという方が無理な話だろう。地雷を踏んだのは、リアの硬直した姿で充分に理解できた。
「……ジャスっ」
「ごめん」
少女の上擦った声と、少年の謝罪が重なった。
リアはその言葉を受けて更に動揺する。何もかも見抜かれているような恐怖が体を支配した。
サズを失った悲しみ。それを止められなかった後悔と、己に対する憤り。
そして、その複雑な想いを昇華しきれぬまま、目の前の少年に惹かれつつある現実。
見透かされ、彼に軽蔑されるのが怖かった。そう思うことさえ許されないのに。
今まさに自分の醜悪さ狡猾さを、美しい真紅の瞳が映している。
あの優しくて綺麗な色を自分が汚しているような錯覚さえ感じ、リアはどうしたらいいのかわからなくなる。
「嫌なこと思い出させたみたいだ。ごめん」
「ち、ちがう。あの、あたし」
言葉を忘れたように身振りで訴える。
するとジャスは、こちらの意図に気付いたようだった。
「ああ、俺の勘違いだったか?」
優しい演技に、必死で頷く。お茶を濁そうなどと最悪な選択に、彼は付き合ってくれたのだ。




