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鳥籠姫と黒い翼の魔法使い  作者: 飛翔生姜
第二章 楽園の扉を開く鍵
22/118

星空の宴

 





 扉を潜った先に、大勢の団員服を纏った人達がいた。

 背景には高貴な白い月。そして満天の星空。

【星空の宴】――――ほぼ無意識に、彼らの名を心で呟いた。


「主役の二人が来たっていうのに、大人組が出来上がってるってどういうことさ」

 上品とはいえないが、活気ある宵の喧騒に不思議と見とれるリアの後ろから、知った声がした。

「あ、ラド」

 呆れた口調のラドら、ムスッとしたセブンを連れている。セブンがリアを不躾な眼差しで睨み、彼女が気付く前にジャスが肘で彼を小突いた。身長差がある為、セブンの頭がまるで肘置きのようになっている。

「何しやがるカマ男」

 カマ男――女顔という意味らしい――と呼ばれたジャスは黙れクソチビと言い返したい衝動を堪え、卑怯な手を打った。

「ディディ、セブンが少し話があるって」

「え?」

「はっ!?」

 呼ばれて振り向くディディと、硬直するセブン。ある意味【星空の宴】の名物でもある。

 ディディへの恋慕が周知の事実となっているセブンだったが、彼女本人を前にすると口がまともに利けなくなるのだ。恋は人を強くも弱くもするというが、時に言語能力までも奪い去っていくらしい。

 入り口付近で赤面のまま硬直するセブンと首を傾げるディディを残し、ジャスとラドは新人娘達を団員達の方へと案内する。

「ああ、二人とも。半日ぶりだな」

 親しげに声をかけてきたのはワインレッドの髪の青年・ランティスだ。見慣れた姿に少女たちが安堵の息を漏らす。

「ちょっと、僕ら野郎はノーカンなの?」

「そういえば、ラド。なんで俺らの後ろから来たんだ?」

 ジャスは質問しながらもおおよそ察しがついているらしく、ラドに白い目を向けている。ランティスも呆れたようだった。

「サボり魔がデカイ口叩くな」

 このやり取りに、リアはこみ上げる笑いをかみ殺した。

(ほんとに兄弟みたい)

 外見もまるで似つかないが、気の知れた仲だというのはよく分かった。

 そのまま少し雑談をしていたら、ジャスとランティスの背から女性の声がした。

「ちょい、そこの壁二人。新人さんたちが見えないでしょ」

 振り返った当のランティスとジャスは各々言葉を返す。

「誰が壁だ、誰が」

「てか俺らが標準値の背でもリアとか小人だし見えないんじゃね?」

「ちょっと、ジャス!?」

 目をつり上げるリアを観察しながら、ラドが小声で抗議する。

「ていうかルー姉、それって遠回しに僕をチビって言ってない?」

「いえいえ、そんなことは」

 リアはジャスを小突きたい衝動を抑え、声の主を窺った。

(うわ)

 そこにいたのは、寒気がするほど美しい楚々とした麗人だった。外見年齢は二十代に見える。長い銀髪は滝のように背まで流れ落ち――

「どうも、シンルー・アーゼです。初めまして。トロナイルの北方出身で、雪女なの」

 シンルーは微笑み、雪より白く儚げな細腕を差し出した。しばし見惚れたリアだったが、慌てて握手する。

 続いて握手しているリーシャが太陽の巫女なら、彼女は白銀の望月がよく似合うだろう。月の乙女のようだ――そんな風に思った。

 しかしリアの視線をどう解釈したか、リーシャと挨拶を終えたシンルーは気遣わしげな眼差しを送ってきた。

「やっぱり、怖い? 私の目」

「へっ?」

 シンルーの目は夕日の色――早い話、忌避されがちな赤眼だ。しかし、リアも異能を発動させれば赤眼になるわけで、しかも彼女は髪の色や纏う衣服まで変わるのだ。郷愁を感じさせる瞳だとは思ったが、怖いなどとは少しも感じなかった。

「いえ。とっても綺麗ですよ。なんだか夕日みたいで」

 他意のない言葉だったが、シンルーは虚を突かれた様な顔をした。呆然とリアを見つめた後、ややして意識的に相好を崩し微笑む。

「よろしく、二人とも」

「はいっ」

「こちらこそ、よろしくお願いします!」

 緊張気味に答えるリアとリーシャの背後に、ぬっと影がさした。すかさず、ランティスとジャスの義兄弟が立ちはだかる。

「……何やってんだ、イリヤ」

「何って、新人さん達にご挨拶だよ。顔見たいからそこ退いてくれないかな、壁組二人?」

 にこやかに答えたイリヤス・ジルハーツに、ランティスが眉を上げた。

「お前も十分壁だろ。仲間になるか?」

「新人さん達に挨拶させてくれたらね」

 どこかあの海神の息子イーヴァを思い出させるイリヤに、ランティスが反撃する。

「馬鹿言え。何やらかすか分かったもんじゃない」

「全くだ。特に金髪に手ぇ出したら、明日の日の出は拝めないぞ」

 さり気なく、ジャスがランティスを揶揄した。

「ふーん? じゃ、茶髪の子は?」

「トロナイル王子殿下のご不興を買うだろうな」

 ランティスが即座に反撃する。イリヤは笑みを深めた。本当に面白い兄弟だ。

 一方、男達のじゃれ合いを傍観していたリアとリーシャ、そしてシンルーは、すぐに別の人物から声をかけられる。

「あーっ、噂のお姫様達ですか?」

 やや鈍った口調で呼ばれ、どんな噂だとリーシャとリアは揃って首を傾げた。声は女のものだった。

 鮮やかなオレンジ色の髪を黒のカチューシャで飾った少女はスラリと背が高く、モデルのようにスレンダーな体格だった。十センチ程わけてくれないだろうか。リアの目に羨望が浮かぶ。

「初めまして、ミーナ・リコリスいいます。みんなミナって呼ぶんよ」

 ミナは夏空を思わせる碧眼の持ち主だった。リーシャの不思議な色合いの碧眼も神秘的だが、ミナの双眸も綺麗だとリアは思った。

「ミナさん、ですか? よろしくお願いします」

「はい。でも敬語はいりませんよ。同じ年頃や聞いてます」

「なら、あたし達にも敬語はいらないわ。ね、リーシャ?」

「ええ。私のことはどうぞリーシャとお呼び下さい」

 傍らで見ていたシンルーが、「なら私もルーって呼んでね」と口を挟み、女同士で場の空気が和んだ時――

「あれ、ミナじゃん。どしたの? 俺に会いに来た?」

 いきなりイリヤがミナを抱きすくめた。ぎょっと驚くのはリアとリーシャだけで、他の面々は「またか」と肩を竦める。これもある意味で恒例行事だ。

 瞬間、ミナがその細腕からは想像もつかない強力で、イリヤを背負い投げた。リアは仰天した。すごい。

「ちょっとジャス、ミナならリーシャと腕相撲しても互角に渡り合えるわ」

「あー、そうだな」

 龍の血を引くリーシャは、か弱く儚げな容姿とは裏腹にかなりの怪力娘である。チュニアールに辿り着く前にうっかり「腕相撲」を教えてしまった彼らは悉くその被害に遭っていた。

「その前にあの二人隔離しないと、歓迎会がいつも通りのばか騒ぎになるよ?」

 いつの間にかちゃっかり飲み物を取ってきているラドが言った通り、僅か数秒目を離した隙にミナとイリヤのやり取りは闘争に様変わりしている。何故と首を傾げるリアとリーシャに、シンルーが苦笑気味に囁いた。

「痴話喧嘩も大概にしてほしいわよね」

「あっ」

「そうなんですか!」

 リアは驚き、リーシャは素敵だと眼を輝かせた。が、リアの目に映るミナはまるで親の仇のようにイリヤを殴ろうとしている。イリヤの方が微笑みながら避けて挑発するので、余計にミナが腹を立てているのが窺えた。

「ほんとに大丈夫なの?」

「大丈夫。ミナがあんな風に怒れるのはイリヤだけだ」

 断言するジャスに、リアが疑問符を浮かべる。

「どうして?」

「ミナは回りに気を配りすぎるからな。イリヤが自分で捌け口になってるんだ。それもお互い承知してる。いいコンビだろ?」

「とりあえず」

 目の前の光景を見ながら言った。

「被害が周囲にまで及んでいるのはよく分かるわ」

「結局いつも通りだけど、まあ空気に馴染むための歓迎会だし」

 いつしか、そこらに人々が倒れていた。ミナが投げた樽や椅子、テーブル等が当たったようだ。この騒ぎで、気づけば側にいる知り合いはジャスだけになった。遠くにリーシャが見えたが、横にディディがいるので問題ないだろう。ランティスはイリヤを引きずってどこかへ行き、ラドが言葉巧みにミナを鎮めようとしている。

 それをみた周囲の野次馬が、酔っぱらい丸出しで「おお、勇者ラディールよ!」などと囃し立てた。

 あちこちで笑い声が響く。

「これが見慣れた光景なの?」

「ここじゃこんなん日常茶飯事だよ」

「なんか、本当にとんでもない所に来ちゃったのね、あたし」

 そう言いながら、リアはどこか楽しそうだった。

 窮屈な祖国を抜け出して、彼女はやっと本来の自分を取り戻したのだ。

「でも、嫌じゃないだろ?」

「ええ。こんな風に騒いだりするの、初めてだもの」

「なら、混ざってくる?」

 ジャスが指す別の方向では、酔っ払い共が輪になって怪しい踊りを楽しげに踊っている。しかも女王ルフィスまで一緒になっていた。

(本当に不思議な国)

 その隣では再び勃発しているミナとイリヤの喧嘩を囲い、「どっちの体力が先に尽きるか」と賭けをしている中年から壮年層の男女。ランティスは諦めて離脱したらしい。

 他にも、飲み比べをしているらしい男達がいて、その中に一人だけ女性が混ざっている。

「ルーさん?」

「うん。あの人あれで城一番の酒豪で底なしだから」

 あの細い体で、人は見かけによらない。リアはあんぐりと間抜け面になった。

「反対に一番弱い下戸は……」

「サーシャだねぇ」

 不意に違う少年の声が割り込んだ。リアが名前を確認するように呼ぶ。

「リオン」

「あ、覚えてくれたんだ? 嬉しいな」

 柔和な笑顔に会釈を返したリアは、彼の後ろにいるもう一人の存在に気付いた。

 リオンがその視線に気付いた。にっこり笑って紹介する。

「この黒髪美人はサーシャ。ランティスは知ってるよね? 僕ら三人は子供時代からの幼馴染なんだ。改めてよろし――」

「――お言葉ですが、」

 氷のように冷たい声が、リオンの声を遮った。

「私の名前はサーシェス。サーシェス・ユリットです。どうかそのようにお呼び下さい、レリアルさん」

「じゃあ、あたしのことはリアって呼んでください。サーシェスさん」

 冷たい声に、もしや嫌われているのかと内心びくびくしながらリアは挨拶した。その様子にジャスが苦笑して言い添える。

「サーシェスはちょっと堅くてな。クリフよりはマシだけど、基本誰のことも呼び捨てたりしないんだ。愛称も滅多に使わない。俺も“ジャスティスさん”以外で呼ばれたことないし」

「そうなんですか」

 ジャスの仲介に安堵しつつ、黒い髪の女性に向き直る。

「申し訳ありません。どうしても癖が治らなくて」

「いえ。どうかよろしくお願いします、サーシェスさん」

 リアと言葉を交わすサーシェスを、遠くでランティスが見ていた。




 呑み比べで勝ち取った戦利品を片手に、シンルー・アーゼは見慣れた赤毛の青年に声をかけた。

「お帰り、ラン」

 一人酒していたランティスが、軽く手を挙げて挨拶する。ただいま、といっているつもりだ。

「なぁ、ルー」

 ランティスは周囲を見渡した。

 リーシャは今ディディと一緒に挨拶回りをしている。リアとジャスも離れた場所だ。話すには丁度いいタイミングだった。

「なあに?」

「あいつのあの髪、どういうこと?」

 あいつというのはサーシェスの事だ。

「もう言わなくても分かってんでしょ。ご明察。髪に有りっ丈の魔力込めて、あの変態人魚に渡したの」

 シンルーは清楚な美貌に反して、ミナと並ぶ口の悪い娘である。どうしてこの国の女はこうも強いのだろうか。

「体調は?」

「自己管理のしっかりしてる子だから、そのへんは安定してるわね」

「そうか……」

 ランティスは空を仰いだ。

 自分の大切なものを、友が見えない所で守ってくれたのだ。

「本人はイメチェンって主張してるから、お礼なんて言っちゃ駄目よ」

「分かってる。それに、あの髪型も似合ってるし」

「なら、そう言ってあげなさい」

 ぐしゃぐしゃと髪をかき回される。けれど、不思議と嫌な気分はしなかった。

 出会った頃から、ランティスにとってシンルーは姉のようなものだったから。

「で、あのリーシャって子はなに? あんた達が女の子お持ち帰りだって、随分話題になったのよぉ」

 ランティスは鼻に皺を寄せた。

「別に、恋人ってわけじゃないけど」

「あー何? いつの間に十代に戻ったの」

「悪かったな根性なしで!!」

 そう――結局ランティスは、リーシャに決定的な言葉を告げられないままだった。憎からず思ってくれているのは態度で分かるが、友人としてかそれ以上なのか、判別がつかないでいた。

「悪くはないでしょ。ジャスは手に負えないけど」

「手に……うーん」

 無自覚らしい弟には、さすがのランティスも言葉を濁したのだった。





 初夏の星空を仰ぎながら、新たな仲間の誕生を祝う宴。

(結局いつもの馬鹿騒ぎになってるし)

 酔っ払って寝転がるだらしない駄目大人達を跨いで、ジャスは主役の片割れたる少女の傍らに腰を下ろした。

「よ」

「ジャス……?」

「おい、大丈夫か?」

 リアは予想に反して酒に強かったが、それでも限度というものがある。今も意識が曖昧で呂律も回っていない状況だった。

「ろ、ろぶ」

(『大丈夫』って言ったつもりなんだろうな)

 これは絶対二日酔いになるだろう。必然的に看病役になるジャスは思わず苦笑した。

 それでも、人見知りがちな彼女がこうやって騒ぎの輪に混ざっているのは、たぶん悪いことではないはずだ。

 その時。

「んー」

 ころん、と。

「へっ?」

 リアがジャスの膝に頭を乗せてきた。なんだかむにゃむにゃ口を動かしている。他にも「だうー」「ぷひー」「るっぱー」だのと寝言を延々続けているが、どれも意味の無い単語のようだった。

(子猫みたいな奴だな)

 つい喉下をくすぐってやりたい衝動に駆られたが、後が怖いのでやめておく。 

「リアさーん。男の膝で寝こけるなんて淑女としてドウナンデスカー?」

 とりあえず肩を揺する。このまま部屋まで抱えて行ってやることも出来るが、時間は深夜だ。いくらなんでも異性の寝室に踏み込んでよい時刻ではない。

(それで前にえらく怒らせたし)

 あれは出逢って数日後のこと。ランティスがいる国境の神殿に出向く際、勧誘の為に彼女の部屋を訪れたのだ。

(今にして思えば、結構な暴挙だったな)

 曲がりなりにも婚礼前の生娘に、かなり無神経な行動だった。今度また改めて詫びよう。

「んー、さ……ぶあぇ、がっふー!!」

「どんな夢みたらそんな寝言が出て来んの?」

 やや呆れながらも小さな頭をそっと撫で、ぼんやり思う。

(可愛いな)

 あくまでも、単純に他意なく、それ以上の何も考えなかった。それは小動物にむける感情に似ている。

(皇太子妃なんて、似合わない)

 こうやって、ゲラゲラ笑ってべろべろ酔う方がよっぽど似合う。歳相応に楽しく過ごして欲しい。

 木漏れ日のような少女。

(かわいーじゃん)

――ジャスが自分の胸に萌したその感情の名前を知るのは、もう少し先の話。

















 自身の知らぬところで、運命の歯車が少しずつ狂い始めていることも。





 この時の二人は、まだ。














シンルー・アーゼ

(23歳/女/銀髪紅眼/11月13日生)

誕生花はオレンジウム  花言葉【神秘的な恋】

通称【ルー】

・トロナイル北の辺境テシア村出身の雪女。

・十年前、ある事件で村が彼女を除き全滅。その後レイラに保護され、共にチュニアールの民となった。

・地図にも載らない田舎町で自分を冷遇した村だが、唯一の生き残りでもあるのだからと、テシア復興を密かに願っている。

・亡き姉の恋人に複雑な感情を抱いている。


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