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鳥籠姫と黒い翼の魔法使い  作者: 飛翔生姜
序章 宴の前に
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引き裂かれた心




 杞憂は、現実になった。

 サズは、帰って来なかった。









「サザード様が、お亡くなりになりました」

 青白くなった顔で、声を震わせながら、侍女が言った。

「え……」

 言葉の意味が理解できない。脳が情報を拒絶するように。

 呆然と立ち尽くすリアの肩を、父が揺する。

「リア、しっかりしろ」

「だって……え? そんな……」

 彼は異能の戦士の末裔だけあって、体は常人とは比較にならないほど丈夫だ。本人も武術に覚えがあり、そうそう遅れをとるとは思えない。

「死因、は?」

 心が麻痺していた。代わりに、頭の芯が氷のように冷えていく。

「転落死だそうだ」

「サズは飛行魔法を使えるわ」

「封じられたのだろう」

「魔物がそこまでの知能を持ってるの?」

 詰るように父を見上げると、そこには苦渋の色があった。ようやく気づく。

「まさ、か……」

 全身の血が引く。その半面、体中の血液が沸騰しているかのような錯覚を起こす。気が狂いそうなほどの恐怖と怒りに、体が戦慄いた。

「皇太子殿下が……?」






「結婚式、もうすぐらしいね」

 淡々とした口調に、サズは眉を顰めた。無難に相槌を打つ。

「ええ」

「彼女を幸せにできるのはお前じゃない」

「自分こそがそうだ、と?」

 溜息が零れた。皇太子の前でいささか無礼な振る舞いだと理解しているが、この天幕内には二人きりだった。互いの本性を知っている上で遠慮するのも馬鹿らしい。

「まあ、レリアルなら僕らが死んでも、お前の死を嘆いたら僕の事はすっかり忘れて、新しい人生を謳歌しそうな気もするな」

 確かに。苦笑まじりに肯定しつつ、それでもどうだろうかと思う。

 リアは皇太子を嫌い、サズのことは慕ってくれている。だからこそ自分の死は悼んでくれるだろが、皇太子の死は鼻をならして聞き流してしまうというのも頷ける。

 けれど、新しい人生を謳歌できるかは定かでない。彼女を独り置き去りに死ぬつもりは毛頭ないが、それでも自分を喪ったリアはどうなるだろう。自惚れかもしれないが、それこそ昔の状態に戻りかねない気がする。彼女がどれだけ自分を頼ってくれているかは、よく分かっているつもりだ。そうなるよう振る舞ってきた自覚もある。

「お前はレリアルを悲しませる」

「そうかもしれません。だが、あなたは彼女を苦しめる」

「たかが伯爵の分際で、“最後の将軍”であるレリアルを守りきれると思っているのか」

「全て捨てて共に逃げる覚悟はあります」

「それはお前の押し付けがましい独占欲だ」

「そう言う今のあなたは嫉妬の化身ですがね」

 互いに目も合わせず言った。終わりの見えない冷戦状態だ。

「……レリアルのことがなければ、僕はお前を嫌いにはならなかっただろうな」

 少し残念そうな声で告げられ、サズは怪訝に思った。知らず、眉根を寄せる。

「どうなさったんです、突然」

「本心だよ。お前の歯に衣を着せない物言いは好ましく感じるし、武芸の腕に関しては感服している」

「? 恐縮です」

 なんだ急に。嵐の前触れか。不気味さに戦慄するサズの考えは当たっていた。


「すまない」


 ゴツッ……こめかみにひやりと冷たい何かが押し付けられた。

 拳銃だ。機械国家であるこの国には、もうこんな小さな銃まで製造されている。

「殿下」

 しかしサズは慌てず、目を逸らすことさえしなかった。

「すまない、とは?」

 相手がトリガーを引くより早く、皇太子を昏倒させるなどサズには造作もないことだ。それくらい、彼らの力量には差があった。

 皇太子が口を開く。

「わかっている。僕にお前は殺せない」

 ならば何故だ。見ると、皇太子の表情は暗かった。苦渋を孕み、悲しげに歪んだその瞳。人を殺めるのが恐ろしいのだろうか。

「もう、遅い」

 そう言って、皇太子は銃を下ろした。すまない、と繰り返す。

 サズはそれを諦めと見て取った。お気になさらず。そう言おうと苦笑を浮かべようとした。

 そして、ようやく気づく。

 顔の筋肉が、硬化していた。口も満足に動かず、手や足にも痺れが走ってくる。

「に、ぉ……っ」

 何をした。そう怒鳴りたかった。けれど指までに麻痺が広がり、それどころではなかった。

 立ち続けることも侭ならないサズはその場に崩れ落ちる。それも満足に受身の取れない状態で、ひどく無様だった。屈辱と怒りに顔が歪むのを感じる。

「すまない」

 皇太子は膝をつき、サズの目を真っ直ぐに見た。腹を据わらせたような毅然とした表情。臣下として主のそんな様子は喜ぶべきなのだろうが、今は不吉の象徴でしかない。

「約束する。レリアルは命に代えても守ってみせる」

「……っ」

 ふざけるな、誰が譲ると言った。絶対くれてやるものか。お互い幸せとは言えない立場でも、彼女は自分を選んでくれた。だから、あの少女だけは守り抜くと誓ったのだ。

 想いは声にこそならなかったが、皇太子は察したようだった。寂しげに微笑み、踵を返す。

「そんなお前に、僕はいつも憧れていたよ」

 だから、これでいいんだ。言い聞かせるように呟く声を朦朧とする意識の隅で聞いたが、意味を考える余力はない。体が石のように硬くなって重い。

 奴を崖から放り捨てろ。そう外の兵に命じる皇太子の背中を最後に、視界が暗くなった。

(だめだ……)

 共に生きると、約束したのに。



『いってらっしゃい』



 泣きそうな声で見送ってくれた少女の笑顔が、瞼に浮かぶ。


「リア……」


 それがサザード・ダズル・ナリガレロの、最後の言葉となった。










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