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鳥籠姫と黒い翼の魔法使い  作者: 飛翔生姜
序章 宴の前に
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悪意の影




「リアお姉さま」

 背後で名を呼ばれ、リアは振り向いた。

「公主さま」

 皇帝の娘である皇女、マリアンヌ・ルーゼランカ・ラフィファディロディアがこちらに駆け寄ってくるところだった。高価なドレスの裾をからげ、お転婆そのものといった公主は、リアより二つ年下だ。

「ご機嫌うるわしく、殿下」

「ありがとう。お姉さまも」

 淑やかに礼をとるリアにマリアは微笑み、自らも倣った。後ろの方で複数の女たちが頭を下げているのを見て、リアは苦笑した。

「殿下、お付きの侍女たちがしびれを切らしているのでは?」

「マリアとお呼び下さいな、お姉さま」

 皇女はリアの言葉を綺麗に聞き流し、そう主張してきた。こういうところは兄エドワードと似ていると思う。それでいて決定的に違うのは、彼のように押し付けがましくなく、控えめで礼儀正しい性格の持ち主であること。

「お呼び止めしてごめんなさい。お見かけして、うれしくて」

「私もお会いできてうれしいです、マリアさま」

 皇太子が見たら差別だと喚きかねないほど優しい表情で頷くリアだったが、急に視界が暗くなった。目を誰かの掌に覆われたのだ。

 リアはさして驚かなかった。こんな子供染みた振る舞いをするのは身近に二人しかいないのだから。

「サズ、殿下の御前よ」

 確立は二分の一。そして、

「残念、外れだ」

 低く太い男の声。いい年して何するんだと呆れながら見ると、そこにいたのは実父ギルバート・ロディ・ストレイ公爵がいた。そしてそのすぐ脇にいる少年は、ニヤニヤと笑っている。

「俺のほうがよかった?」

 サズだった。

「こんな馬鹿するのは宮廷であんたぐらいのもんでしょ。というより父様」

「はは、怒ったか?」

 娘の白い視線を笑顔で流す父に、リアは舌打ちしたくなるが、マリアンヌの手前やめておく。

「……私よりサズといる時間の方が長いですね。もしかしてアレですか、私たちの婚約を許して下さったのも、実はサズを義息子に迎えたいだけとかですか」

「まさか。お前を幸せにできるのは彼だけだと思ったからだ。気持ちだけなら、もう立派な婿だろう」

 爽やかに微笑む父だが、それはリアに対するからかいが含まれていた。こんな風に言えば、サズが調子に乗ってリアをおちょくるのは目に見えている。

「そうそう、ご婚約おめでとうございますわ、お姉さま。ナリガレロ伯爵も、叔父さまも」

 リアは照れくさく、頬を染めて俯いた。そんな彼女の頭に手を置きながら、サズが微笑んで答える。

「ありがとうございます皇女殿下。婚約式の折はぜひご出席くださいね」

「馬鹿! 殿下に対してそんな軽々しく……っ」

「いいえ、お姉さま。とっても嬉しいですわ。ぜひに」

「~~っ、父様からもなんとか言って!」

 父ギルバートは微笑みながら頷き口を開いた。

「式はいつにしようか。リアも十四になったことだし、そろそろいいんじゃないか?」

「!? ちょっと!」

「まあ、それは素敵ですわ。ご祝儀はなにがよろしいかしら」

「殿下まで何を」

「マリアとお呼びください、お姉さま」

「こら、皇女殿下のお願いを聞かないとは何事だ」

「父様はもう黙ってください」

「リア、俺の義父上に冷たく当たるな」

「まだ籍も入れてないんだから義親子じゃないでしょ!!」

 頭が痛くなってきた。婚約でこれなら、実際に結婚したときはどうなるのだろうか。






 それからしばらくして、サズが二人で話そうとリアを連れ出した。

「リア」

「なに」

 むすっとした顔で見ると、思いの外、真面目な表情のサズが苦笑した。

「話を変えるけど、来週からしばらく会えないんだ」

「えっ」

 リアの血が、半分ほど引いた。

「それって、例の……?」

「そう、魔物討伐隊。皇太子の護衛も兼ねて」

「……」

 リアとサズが婚約して、およそ二年の歳月が経過している。今まで二人の身辺が荒れることもなく、平和そのものだった。けれど。

「なんで? サズが騎士団長なのは知ってるけど、任務は皇室警護のはずでしょ」

「さあね。でも仕様がない。うまく皇帝陛下を丸め込んでる」

 誰が、とは言うまでもない。

「大丈夫よね……?」

「まあ、今回は俺の部下たちが大勢いるし。あの方もそう馬鹿な真似はなさらないだろ。たぶん」

「たぶん?」

「もし本当に馬鹿だったらって話だよ」

「馬鹿じゃないの」

 本気で言ったリアだが、不敬そのものの発言にサズが吹いた。

「確かに」

 冗談めかして笑う許婚に、リアは苛立った。

「サズ」

「分かってる」

 一転して、真摯な眼差しで告げる。

「さっき閣下にもお許しをもらった。帰ってきたら、俺たちの結婚を正式発表しよう」

「……あんまり遅いと、怒るわよ」

「ん、まかせろ」

 そう言って髪を撫でてくれる手の温もりの優しさが心地よくて。

 胸に渦巻く不安を必死に押し込め、リアは小さく呟いた。

「いってらっしゃい」



 これが二度と来ない平和な日常で、彼と交わした最後のことばだった。








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