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鳥籠姫と黒い翼の魔法使い  作者: 飛翔生姜
序章 宴の前に
10/118

幼馴染みの約束






「なにやってるんだ?」


 それが“彼”の最初の言葉だった。


「べつに」

「まさかと思うけど、自殺とか?」

「……っ」


 実母を死に追いやりながら自分はのうのうと生きている、罪業深き悪魔の子。屋敷で囁かれる陰口に加え、継母からの風当たりが異常に強い。年齢が十にもならない上に、もともと気弱で精神的に不安定なリアはすっかり参っていた。鳶色の眼差しからは既に光が失われて、もはや死人のそれだった。

 七つかそこらの子供の目ではなかった。この世の全てに絶望し、表情には常に悲壮感が漂っている。明らかにおかしいのだ。ましてや、上流階級の姫君がこんな人目のつかない場所で鋏をじっと見つめているなど普通ではない。

 声をかけてきた少年は呆れたようにため息をつき、許可もなくリアの横に腰掛けた。

 年の頃はリアより三、四歳ほど上に見える。仕立てのよい衣服を身に纏い、育ちのよさを窺わせた。金褐色の髪とアメジストの瞳が綺麗で、特にその紫の双眸は亡き母を彷彿させる。

「もしかして、ストレイ公爵閣下の娘さん?」

「とうさまを知ってるの?」

「そりゃね。先帝の御子の中でも目立つ方だし、今上さまのお気に入りだから」

「あなた、貴族なんだ」

 このファディロディア大帝国において、金髪は高貴なる血筋の証とされている。まがりなりにも皇族に連なる者でありながらリアは茶髪で、それがひどいコンプレックスでもあった。

 鋏を手放すことはせず、くるくると弄ぶ。少年の方もそれを注意する気はないらしく、生返事で応えた。

「まーね。うちは君ん家みたいに高貴な尊い血筋じゃないけど」

「あなた、いくつなの?」

 自分が言えたことではないのだろうが、彼にはこの年頃特有の瑞々しさが感じられない。妙に枯れているというか、達観しているというか。もしや童顔なだけで実は十ほど上なのだろうか。実際に見たことはないが、この世には成人しても十代前半に見られてしまう大人もいると聞く。

「十一だけど。なに?」

 見た目通りの年齢らしい。得体のしれない不気味な存在を胡乱な目で観察していると、相手は困惑したように苦笑した。

「どした?」

「へんなひとだなって」

 死ぬつもりでいたのに、すっかり気を殺がれてしまった。八つ当たり気味に、しかし淡々と毒づく。

「あたしは、貴族なんてきらい」

「皇家の血を引く大貴族の姫君の台詞とは思えないね」

 喉を鳴らして応える彼は、楽しそうに笑った。

「俺も、大っ嫌いだよ。貴族なんて」

 他者の痛みよりも自分の富と名誉を優先する、この世でもっとも卑しい人種だ、と。

 リアは目を見開いた。そんなことを言う人と―――自分と同じ考えを持つ相手と出会ったのは初めてだった。

「あなた・・・・名前は?」

 後から思えば、この時リアは彼の持つ闇に惹かれていた。自分と同じ側の人間だと本能で感じていたのだろう。

「俺はサズ。サザード・ダズル・ナリガレロ―――伯爵家の人間だよ。よろしく、レリアル・ウルフラーナさん」

 どこか影のある少年の彼は優しく微笑み、さりげなく―――実にさりげなく、リアの手から鋏を奪って少女の頭を撫でた。

 この小さな出会いが、後にリアの人生を大きく狂わせる。




『なんでこんなことするの……?』


『リアのことが好きだからだよ』




 ずっと欲しかった言葉。


 だけど、想いは雪のように溶けていく。




『あたしはもう、あなたの傍にはいられない』




















 瞬く間に日々は過ぎる。

「リア」

「げっ」

「おい、その顔は女として駄目だぞ」

 出会ってから五年の歳月が過ぎようとしていた。どういう訳かサズはリアを気に入ったと言って何かしら構ってくる。口では鬱陶しいとぼやきつつも、内心でうれしく思っている自分を最近になって知った。

「今日こそ“天空の覇者”を完成させよう」

「別に単体飛行なんてできなくても、普通に飛行艇使えばいいじゃない」

「だめ。せっかくリアは“最後の将軍”なんだし、なにより素質だけはあるんだから、磨かないと損だろ」

「だけって言ったわよね?」

「あはっ☆」

「あはっ☆じゃないわよ! 爽やかに笑えば全部聞き流すと思ってんの!?」

 その弾けた作り笑いに腹が立つ。

「まあまあ。でも真面目な話、リアの魔法監督が俺の仕事だし?ちゃんとできなきゃ俺クビになって違う奴が先生面しにくるぜ」

「うっ」

「これ以上堅っ苦しい家庭教師が増えんのも嫌だろ? 閣下もお前が息抜きできるようにって俺を推薦したんだと思うし」

 最初にサズを魔法の指南役として紹介されたときは何の冗談かと思ったが、どうやら父なりの気遣いらしい。少しでも気の許せる相手と過ごせる時間を娘に与えてやりたいという親心。

「わかったわよ――もうっ」

 口に出しこそしないものの、サズに対して兄を慕うような感覚を持つリアは渋々といった様子で従った。

「“遠き空に馳せる想い。応えて翔けよ、舞い踊る双翼の風”」

 少女の足元に青い魔方陣が現れ、その身を黒い衣服が覆う。

 太古から伝わる、特殊な飛行魔法。その発現。

「――“天空の覇者”!!」



 爆音と、土煙。

 サズは煙の晴れた頃、ポツリと呟いた。

「ノーコンにも程があるだろ」

 ついさっきまで目の前にいた少女は今現在、おそらくは遥か上空まで飛んでしまっているだろう。なかなか悲惨な結果に見えるが、教導を開始したばかりの頃と比べると目覚しい進歩である。なぜなら大気圏付近まで上昇して、意識不明のまま落下してきたこともあるのだから。

「先は長いなあ」

 そう苦笑して、自身は一般的な飛行魔法である【翼】を発動させ、蒼穹で彷徨っていうであろう少女を迎えに行った。




「あーあっ!」

 芝生に倒れこんだリアは大きな溜息をついてみせた。

「もう疲れた」

「おつかれー」

 このへたくそ振りには、リア至上主義を自覚するサズも閉口せざるをえない。彼女が乗り気でない風体を装いながらも、努力を惜しまず励んでいるのはもちろん知っている。武人である父親譲りの向上心と意志の強さは筋金入りだ。

 けれど、リアは自身に宿る異能を恐れている。それは長く人の世の歴史に語り継がれる、建国の女帝に与えられた神の力。

 その血を引いているだけなら、尊い身分にあるだけの姫君でいられたかもしれない。しかし、彼女の体に流れるその血は濃すぎたのだ。

(“やがて来る災厄から人々を守るため神が遣わした天よりの使者”)

 数千年に一度生まれるかどうかという神秘と奇跡の存在。それが今サズの目の前にいる茶髪茶眼の少女だ。

 国の上層部は、既に彼女の力を認めている。信仰もあるだろうが、いざとなれば国力、ひいては戦争における最強の兵器ともなると皮算用しているようだった。

 が、サズにはリアをそんな道具にする気は毛頭ない。そんなことをするぐらいなら、二人で国外に亡命したほうが遥かにマシだろう。

(それが“最後の将軍”、か)

 思わずため息が零れる。その称号と異能を引き継いだ少女に想いを寄せる身としては、なかなか迷惑な伝説の存在である。




 【最後の将軍】というのは、この国に古くから伝わる神話の女将軍を指している。

 それはまだ小国ばかりがひしめき合い領土争いをしていて、やがて一つの国に纏まるなど誰も夢にも思わなかった遥かなる大昔。後に【七皇六帝時代】と呼ばれる当時、この地は魔物が溢れ、人々は滅びの危機に瀕したという。そこに現れたのが魔物狩りの聖女。彼女は魔物により滅びかけていた小国の姫で、黄金に輝く髪と炎のように煌めく双眸が特徴だった。魔法に秀でた才能を持っていた聖女はその身に青き光を纏い、神より賜った炎の力で魔物を浄化し、人々を破滅の危機から救い出した戦女神として語り継がれている。

 そんな彼女も、やがては結婚して子供を産んだ。

 その血が今日まで続き、ましてや公爵家の令嬢が先祖返りとして多大なる魔力を引き継いでいるなどとは、一体誰が思うだろうか。

 なによりも、強すぎる力は災いを呼ぶと畏怖される。その性質から、迫害めいたことも行われていたと聞いた。

 サズは、そんな特殊な戦闘部族の血を引く一人だ。リアとは言ってしまえば主従関係のようなもの。彼女は古代の血を引く姫君で、自分は家臣の血を引いている。

 けれど、それ以上の感情を抱いている自分に、最近気づいた。

 こちらは十六、彼女は十二。貴族としてはありがちな年齢差と言える。最低でもあと二、三年は待たねばならないだろうが、婚約の打診はもう済んでいる。彼女の父も割と乗り気らしく、数日中には色よい返事がもらえるだろう。

(ただなぁ)

 サズには憂鬱なことがある。というか、不愉快なこと。

 どうしてくれようか、と考えた瞬間だった。

「レリアル!!」

 出た、と。幼馴染は揃って顔を引きつらせる。サズは疎ましげに眉根を寄せ、リアに至っては完全に逃げ腰である。相手が伯父――皇帝の息子でなければ、彼女は脱兎の如くこの場を離脱したことに違いない。

「エドワード皇太子殿下」

「他人行儀だな。エドと呼んでくれ」

 まさか正直に、他人でいたいのですなどと言える訳もなく、リアは曖昧な笑みを浮かべた。

 サズの気に食わないことというのは、この皇太子の存在だ。どうやらリアに病的なまでの執着心を持っているらしく、こうして悉く二人きりで過ごす時間を邪魔されている。王家に連なる者でなければそこらの池に重石付で鎮めてやりたいと切に思ってしまう。

 なんて目障りな奴だと内心毒づきながら、臣下として礼をとる。

「ご機嫌麗しく、皇太子殿下」

「ああ、いたのか伯爵」

 バチバチっと静電気のような音が聞こえてきそうだった。というか実際、リアの目には火花が散っているように見えるのだが、気のせいだろうか。

「エドさま、なにか御用でしょうか?」

「ああ! とても大事なことだよ」

 皇太子はジットリと、天敵であるサズを睨みながら言った。

「君がここにいる下賤の輩と婚約すると聞いたが、本当なのかい?」

 普段ならその暴言ぶりに大反論するリアだったが、さすがに今回だけはできなかった。

「は?」

「やはり知らなかったのか。外堀から埋めようなどとは、卑怯な真似をする」

 至極一般的な求婚の形式と順序を踏まえて行動したつもりのサズにとってはかなり不名誉な言い分である。先を越された悔しさがあるのだろうが、あまりに幼稚な皮肉の言葉に、サズは不快や優越よりも呆れを感じた。

「貴族間の婚姻、縁談ならば定石と思うのですが」

「レリアルの気持ちを考えろ」

「お言葉ですが、彼女の気持ちを汲んだとしても、殿下のもとには嫁がぬと存じます」

「なっ、無礼だぞ、弁えろこの下等生物!! なにが伯爵だ、異形の分際でっ」

「お褒めに預かり光栄でございます、皇太子殿下」

 さすがに呆然としていたリアも大切な――と、口には出さないが――幼馴染を理不尽に罵倒されカチンときたのか、柳眉を逆立てた。

「エドワードさま、今の発言は取り消してください」

「レリアルは黙っていなさい」

「嫌です。というか、もし仮に私と彼が婚約したとしても、殿下にご迷惑などおかけしないと思うのですが」

「君は僕と結婚するんだ」

「嫌です、絶対しません。謹んでお断り申し上げます」

「なぜ!?」

 心底不思議そうに問われ、リアは困惑した。まさか好かれているとでも勘違いしていたのだろうか。もしそうだとすれば頭は大丈夫かと逆に問い返してやりたいが、とりあえずその胸に訊いてみてくれと心のなかで呟いた。

「レリアル、この男では君を守れない」

 リアのひどい拒絶に少なからずダメージを受けつつも、皇太子は根気よく、想う少女を諭した。

「私は男性に守ってもらいたいと思ったことなど、ただの一度もありはしません」

 しかし残念ながら、相手は父親から恐ろしいほどの鼻っ柱の強さを譲り受けた武人の娘だった。にべもない。

「僕は心から、君のことを愛しているんだ」

「そのお言葉だけで充分です」

「本当の気持ちを言ってくれ!!」

 ああ、どうしよう。リアはサズを盗み見た。彼も辟易した表情でこちらに視線を寄越して、その眼差しは彼の心情を如実に表していた。

『マジでウザイ』

 目の前で喚き散らすこの色ボケ皇太子にとっての“真実”は、リアと自分が相思相愛であるという救いようのないほど阿呆な妄想だ。嘘でもつかない限り納得しないのだろうが、それでうっかり言質でもとられたら洒落にならない。そのような失態を犯してやるつもりは全くないが、迂闊な真似はできなかった。

『あたしだってウザイと思ってるわよ』

 肩をすくめることでそう応え、リアはとりあえず微笑んだ。いざとなればヘラヘラ笑って受け流せ。長年、この傍らにいる幼馴染を見て学んだ人生の極意である。

「うふふふ、殿下」

「なんだい?」

「私、伯爵と魔法の練習をしておりましたの。ここにおられては殿下の御身が危のうございます。どうかお引取りくださいませ」

 本音を言えば、「目障りだからさっさと失せなこの変態ナルシスト」。あるいは「ストーカー予備軍」だろうか、と考え首を振る。予備軍だなんて、そんな生易しいレベルの愛着ならリアもここまで嫌悪したりしない。

 言ってやりたい言葉は山のようにあったが、相手が悪いのでオブラートに包み、我ながら嘘くさいほどの愛想笑いを添えた。

「殿下なら分かってくださいますでしょう? 私たちは、臣民としてあなたさまを危険にさらすわけにはいかないのです」

 その笑顔を見ていたサズは思わず笑う。

(猫被り通り越して羊に擬態する狼だな)

 本人に聞かれたら間違いなく骨の数本をへし折られそうなことを考えるサズの前で、皇太子が唸った。

「む、わかった。君がそう言うのなら今日は退く。だけど」

「?」

「君は、この男との婚姻を叔父上が認めたら、素直に従うのかい?」

「えっ」

 一転して、真剣みを帯びた眼差しで問われたリアは困惑した。

サズに対して好意を抱いているのは確かである。出会った頃から傍で支え続けてきてくれた恩人に、リアは全幅の信頼を寄せている。

拒む理由はない。むしろ、彼以外の誰かを己のあずかり知らぬところで婚約者にされたらと考えると、それだけで腹が立ちそうだった。

だから、たぶん、きっと―――。

「そう、ですね。私は自由に相手の男性を選ぶことは叶わない身ですが、もしもそれが許されるのなら伯のお傍にいたいと思います」

 心のままに告げたリアは、ハッと我に返って火山が噴火するように赤面した。

(あたし今、なんて言った!?)

 思わず俯く。正面にいる皇太子の表情も、後ろにいるであろうサズの顔を見るのも、今のリアには困難極まりなかった。

 だから気づかなかった。

 この瞬間から既に、彼ら三人の運命は歪み始めていたのだと。












 リアは大急ぎで自室へ走り、内側から鍵をかけた。心臓がうるさい。あんなふうにあっさりと告白まがいの言葉を口走るなんて。今すぐ白目を剥いて失神したい気分だった。

「おい、リア!!」

 サズだった。あの流れでは予想できたことだが、やはり追ってきていたらしい。リアは毅然とした態度で挑もうと言い聞かせ口を開く。

「いない! 私はいない!」

「ならお前だれだよ?」

「通りすがりの扉の精霊よ」

 一方、リアの堂々とした謎の宣言に、サズは心のなかで少し呆れた。

「なにげに厚かましくないか」

 言うに事欠いてまさかの自称「精霊」。サズは失笑した。

 皇太子の御前から逃げるように去ったリアを追い、彼女の屋敷に帰ってきた。恥ずかしいと自室に立てこもった少女に説得の声をかけながら、先程の出来事に思考が脇にそれる。

 去り際に見た皇太子の表情。怨念と憎悪の篭った瞳だった。いずれ何かあるだろうなと危惧しつつ、扉の向こうの少女に声をかけた。

「リア?」

「いないって言ってんでしょ。独り言は老化の始まりよ、知らないの?」

「あそ」

 やれやれ。肩を竦めながらその扉に凭れる。

 確証はないけれど、彼女もこの向こうで同じようにしているように思った。なんとなく。

「勝手に話とか進めてたの、怒ってる?」

「……ちょっとだけ、気にいらないわ。せめて何か言ってくれたらいいのに」

「ごめん。お前に直接、嫌だって言われたらって思うとさ」

「ふんだ」

 言うわけないのに。心の声がサズに届くはずもないのだが、先程の会話で憎からず思っているのは知られてしまった。とんだ失態だと溜め息を吐く。

「――レリアル」

 不意に真面目な声色で普段は使わない正式な名を呼ばれ、リアは狼狽した。

「な、なによ」

「初めて会った日のこと憶えてるか?」

「は?」

 忘れるはずがない。あの日、彼がほんの数分でも現れるのが遅ければ、自分は喉を裂いて死んでいた筈だ。

「憶えてるけど、なに?」

「気持ちは変わった?その理由に俺が入ってるなら嬉しいんだけど」

 自殺を諦めた理由の一つに、自分は含まれているのだろうかと。

 彼の言わんとしていることを悟り、リアは戸惑う。

 ……数ある【理由】の一つどころか、生きている意味そのものなのだが。どうやって伝えようか。

 サズがいなければ、生きようとは思えなかっただろう。母を死なせ父に迷惑をかけ、義母と異弟に存在を否定されるだけの【世界】。

 誰も自分になど見向きもしなかった。関わるまいと視線を逸らし、疎外感だけがあった。


『なにやってるんだ?』


 膝を折り、目線を合わせて。真っ直ぐにリアの瞳を覗き込んだ、夜空のようなアメジストの双眸。

 ほんの些細な、ただそれだけのことで、どれほど救われたか。

「……ばか」

「は?」

「教えてあげない」

「ケチくせーな、これだから金持ちは」

「あんたは爵位持ちじゃないの」

「ただの飾りじゃん」

 異形には過ぎた装飾。自嘲気味に呟く彼の気配を扉越しに感じ、リアは返答に窮した。異形。

(あの噂、どこまで本当なんだろう)

 思って、すぐ首を振った。出自がどうであろうと関係ない。サズはサズだ。世界で一番にリアを大切に想い、理解してくれるかけがえのない優しい人。

(私が守る)

 そのための婚約だと思えば何の苦にもならない。彼と支えあって生きる。たぶん、それがリアにとって一番の幸せだろう。

 だけど――彼を幸せにできるのかは、わからない。自分はあまりに特異な存在で、その為に迷惑をかけてしまう可能性が高い。

「ねぇ」

「ん?」

「怖くないの?」

 扉の向こうでサズが訊ねた。

「何が?」

「あたしと一緒にいて、良い事は一つもないわ」

 人が持つには大き過ぎる異能。

 確かにサズは同じ血を引く貴重な存在だ。だけど。

【最後の将軍】リアと共に生きるなど、正気の沙汰ではないのだ。利用するのではなく、彼は【リア】を求めている。本人同士がそう納得していても、周囲にはナリガレロ伯爵が国力とも呼ぶべき兵器を独占しているように映るだろう。

 そばにいて、守りたいと思う。

 けれど、それは彼の不幸に繋がるのだ。

「いつか、また死にたいと思う日が来るかもしれない」

 そしてその時、サズは自分の傍にはいないかもしれない。

 今は生きる。彼が隣で微笑んでいてくれる限り。

 だけど、それを失ったら――?

「俺が殺してやるよ」

「え?」

「もしも【世界】が本当に絶望で埋め尽くされて、生きていくのがどうしても苦しくなったら俺に言え。殺してやるから」

 気は確かなのかと思った。なんの宣戦布告だ。

 けれど、死を語る彼の口調はひどく優しく、慈愛に満ちた温かなものだった。

「だから、その時までは一緒にいよう」

「……あたしを殺して、その後あんたはどうすんの」

「すぐ追いかける」

 やっぱり馬鹿だ。

「じゃあ、死ねないわね」

「だろ?」

 互いに出逢えた奇跡を忘れずに、生きていればいつか新しい希望を見つけられるかもしれないから。

 そうやって少しずつ、人を信じることのできる心を育てたい。

『まずは、ここからふたりで』

 扉越しに背中を合わせ、彼らは小さく呟いた。

『生きてみよう』









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