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ドラゴン牧場のお仕事~ドラゴンライダーを目指す君へ~

作者: 吠神やじり

「ねぇ、サクマ君。ちょっと君にやってもらいたい仕事があるんだけどね」


「それやったら生き返らせてもらえますか?」


 魔王コヤナギは渋い顔をしている。昔は同じ日本人だった事もあって多少のわがままも聞いてはくれるが、さすがに生き返らせてはもらえないらしい。


「それは難しいよね。だって君、元勇者じゃん。死んでゾンビになって僕らの仲間になったけどさ、生き返ったらまた勇者になっちゃうんでしょ?」


 そんな事はない、多分。生き返ったって帰る場所なんてない。元の世界にも、そして俺たちがいる今の世界にも。

 思い出しながらため息をつく。これまでの経緯を思い出してみるが、腐った脳から記憶がかなり抜け落ちている。そんなこんなで思い出せる事はこれくらい。


一、俺の名前は佐久間竜造。昔はフリーターだった。トラックにひかれて死亡。

二、気が付いたら異世界。なんかチート能力を持ってた。

三、調子ぶっこいてたら死んだ。気が付いたらゾンビだった。


 大体こんな感じ。一応昔は勇者だった。そんな風に呼ばれてた。だけど死んだらそれでお終い。ゾンビになったあと、勇者時代を知るヤツに何度か会ったが誰もが俺を嘲笑していた。

 これまで2回死んでるけど、2回とも偉そうな声が聞こえていた。一回目は『異世界に行ってもらう。スゲぇ能力やるからガンバレ』。

 二回目は舌打ちのあと、『マジかよ。クソの役にも立たねぇな、オマエ。もうそこで土に還ってろ』。

 その後、死んでいた俺を救ってくれたのがコヤナギ。元の世界ではサラリーマンをやっていたらしいが、なぜか異世界に来てから魔王になったらしい。


「まあ、あのまま死んでるよりはマシだったかも知れないけどよ。ゾンビはねえよ、ゾンビは」


 コヤナギも最初に死んだ時、俺と同じ声を聞いたらしい。そしてチート能力をもらった。無限魔力とかなんとか。コヤナギもかつては勇者と呼ばれていたらしいが、人間を統治していた王族のバカさ加減に嫌気が差していた時に、たまたま出会った魔族の少女に一目惚れ。

 そして勇者は堕ちた。無限の魔力を持つ魔王コヤナギが生まれた。そして後の勇者である俺は、コヤナギの元に辿り着く前に死んだ。ゲーム的に言えば結構序盤で死んだ。


「まあ、昔の事はさておき。僕が君にお願いしたいのは、ドラゴンの飼育なんだよ。ドラゴンって、言ってみれば絶滅危惧種ってヤツでね。ほら、少し腕に覚えのある人ってすぐドラゴンを狩りに来るでしょ? 確かに強いよね、ドラゴン。でも片っ端から狩られちゃったら、そりゃ数も減るよね。人間ってバカだよね、どっちの世界でも本当に変わらない」


 それでその絶滅危惧種のドラゴンを飼育する仕事に就けと? 酪農とかの経験があるヤツ探した方が良いんじゃないか?


「もちろんそうだろうね。一応近くの街のギルドでも募集はかけてるんだよ。だけどね、やっぱり普通の人間じゃ、成長したドラゴンに食べられちゃうしね。その点、ゾンビならドラゴンも食べない」


 まあ、それもそうか。人間には難しい仕事だよな。働くの嫌だけど、コヤナギには世話にもなってる。なにより勝手に自分の国を立ち上げて、この世界で恐れられている本物の魔王と、人間を統治する王族の両方を敵に回してるパンクな生き方には結構憧れてるし。

 そんなこんなで俺はこの『コヤナギ魔族共和国』の領内でドラゴン牧場を始める事になった。


     ***


 ゾンビの朝は早い。と言うか、普通に寝てない。寝る必要もない。身体のメンテは時々国から配給される防腐剤を飲むだけでいい。

 山岳地帯の谷間。コヤナギが用意してくれた場所は、冒険者や野良モンスターがあまり立ち入らない地域だった。

 牧場には五匹のドラゴンの子供。世話をするのは俺ともう一人。


「リューゾーって『竜を造る』って意味なんだってね。凄いじゃん、天職じゃね?」


 オークのボンゴ。ボンゴはオークとしては珍しく好戦的じゃないヤツで、おまけに動物の飼育にも興味を持っている変わり者だった。

 野良スライムの餌付けを成功させて、スライムによる農作物や家畜の被害を抑え、さらにスライム油を安定して収穫出来るようにした共和国の功労者らしい。

 本来なら共和国の首都で安穏と暮らしていられるはずだが、ドラゴン牧場の噂を聞いて自ら働く事を志願してきた。

 ボンゴも飼育の専門家という訳じゃない。本人曰く、たまたま上手くいっただけ、だそうだ。それもあってコヤナギから直接依頼を受けた俺が上司という事になっている。

 だけど、まあ、結構頼りになりそうなヤツだ。今もブヒブヒと笑いながら子供のドラゴンの身体を洗ってやってる。



第一章『ドラゴンってどんな生き物?』

サクマ・リューゾー著 『よい子のドラゴン飼育』より


 さていきなり壁にぶち当たった。ドラゴンとは何か? 俺も勇者時代にはドラゴンと遭遇しなかった。そんなモンが出てくるエリアまで辿り着かなかった。だから俺はドラゴンについて本当に無知だった。そしてそれはボンゴも同じだった。

 噂で聞いた話では爬虫類に近い身体的特徴を持つ大型のモンスター。ただし調べてみればその種類は膨大だった。爬虫類に属するであろう陸上ドラゴンは有名だったが、海に棲むクソデカい海蛇タイプもいる。かなり珍しい種類になるが昆虫型も存在する。

 もちろん種類が違えば生態なんかまるで違う。一応今回の依頼で飼育するのは陸上型、いわゆる爬虫類タイプ。一番メジャーなヤツらではあるけど、一番厄介な存在でもある。

 まず、とにかくデカい。子供の時点で既に成長しきった牛くらいのデカさ。そして種類が豊富な上に、種類が違えば餌の好みや習性がまるで違ってくるので、それぞれの種類の特徴をしっかり覚えるのが重要になる。

 今日も納屋が壊された。ボンゴが赤いウロコが特徴的なレッドドラゴンに水をかけたせいだ。


「あのな、レッドドラゴンは水を嫌がるんだよ。何度言ったら分かるんだよ。レッドドラゴンは乾いた布で丁寧にウロコを拭くの! 水ぶっかけてブラシで擦っていいのは緑か黒! 青はウロコが柔らかいから、水はいいけどブラシはダメ!」


「ゴメンよ。リューゾー。あとゴメンな、赤。水は嫌いだったんだよな」


 レッドドラゴンのぶちかましを喰らって納屋まで吹き飛ばされたボンゴは、頭からダラダラと血を流しながら赤に謝っていた。


 緑ウロコのドラゴンは、メジャーな陸上型の中でもさらにポピュラーな存在。それだけにドラゴンの代名詞とすら言われている。実際、単純に『ドラゴン』と言えば、大抵は陸上型の緑ウロコを指す。

 個体数はかなり多め、生息地域もかなり広範囲に分布している。しかし単独で行動する事が多く、それだけに狩られまくっている。


「ボンゴ、今日は緑1になに食べさせた?」


「今日は草だけだね。楽だね、緑は。本当に何でも食べてくれる。ただ栄養が偏っていないか心配だね。何でも食べるから大丈夫って訳じゃないからね」


 ボンゴの不安は的中した。緑ウロコは出された物は何でも食べる。元々が雑食で、それだけに何を食べさせても大丈夫だと高をくくっていた。

 木の実を食べさせたら二日間下痢が治まらなくなった。つきっきりで看病してやる。苦しんでいる緑ウロコに何度も声をかけた。


「おい、緑1。ガンバレ、大丈夫だから。俺がついてるから。緑1、緑1」


 俺は自分の口から出る言葉にわずかな違和感を感じていた。違和感というか矛盾。緑ウロコを心配している自分と、その緑ウロコに名前すらつけていない事。



第二章『触れ合う事が大事です』

サクマ・リューゾー著 『よい子のドラゴン飼育』より


 陸上型のドラゴンは基本子育てをしない。生んだら生みっぱなし。タマゴのまま放置プレイ。なぜそんな事をするのか、古い時代の文献にその答えらしきものを見つける。

 それによればかつてのドラゴンは生物としては最強を誇っていた。それだけに天敵と呼べる存在がいなかった。生まれたばかりのドラゴンであっても、野生動物を補食する十分な強さを持ち合わせていた。

 そのため、ドラゴンは生まれた直後から親から一人前として扱われてしまい、自ら獲物を狩って生きる事を強いられていた。

 人間の文明が進歩し、鉄の精錬や魔法の研究が発展した現在においても、その習性にはほぼ改善が見られない。一部の高い知性を持つ種族を除けば、陸上型のドラゴンは子育てをしない。


「でもなぁ、やっぱりスライムの時もそうだったけど、愛情を持って接する事が大事なんだよ。動物であろうと、モンスターであろうと、こっちが愛情を注げば彼らは理解してくれるんだよ」


 俺たちはドラゴンに名前すらつけていなかった。ウロコの色で呼ぶだけ。赤、黒、青、そんな感じで呼んでいた。緑ウロコは二匹いたので、緑1、緑2、と呼んでいた。

 理由は二つ。まずドラゴンはその習性から、親子ですら情がないと言われている。つまりこっちが愛情を注ごうが、ドラゴンには理解できないと決めつけていた。

 もう一つの理由は、牧場でドラゴンの繁殖に成功した場合、当たり前だがドラゴンの数が増えていく。それぞれに名前をつけるのも限界があると最初から考えていた。


「でも愛情ね。ゾンビとオークから注がれる愛情ってのもなんだけど、色とか数字はやっぱり無いよなぁ」


 こうして俺たちはドラゴンに名前をつける事にした。普段は大人しいが水をかけると暴れ出す赤には『ヒュージ』、成長すればかなり高い知性を持つと言われている黒には、『サージ』。

 陸上型だけど水辺が好きで、子供の頃から当たり前のように水を操っている青は『ビッケル』、暴れん坊で子供たちのボス気取りの緑1にはそのまま『ボス』。

 そして預かった時から衰弱していて、今も一匹だけ別に隔離して世話している緑2が『ピリポ』。


 いくら愛情を注いでも、それを覚えているのは黒ウロコのダークドラゴン『サージ』だけだろう。まったく意味なんてない。成長したらサージ以外のドラゴンは俺たちに襲いかかってくるかも知れない。

 だけど、どこかで信じたい気持ちもあった。青ウロコのビッケルに水をかけながら、優しくウロコを撫でてやる。気持ちよさそうに鳴き声を上げるビッケルに、俺は親の情みたいなモノが芽生え始めていた。



第三章『生き物を飼育するという事』

サクマ・リューゾー著 『よい子のドラゴン飼育』より


 ドラゴンに限った話ではなく、生き物を飼育するという事は悲劇に備えていなければならない。

 一生を通じてパートナーになってくれる生き物を飼育する機会なんて、ほとんどの人間に訪れない。多くの生き物は飼い主よりも先に死んでいく。

 もちろんドラゴンは長寿を誇る生き物だ。だが長寿で精強だとしても、不死ではない。ドラゴンといえど死から逃れる事はできない。ましてやそれが幼い頃ならばなおさらだ。

 事故、病気、あるいは飼い主の不手際。それがドラゴンといえど、幼い頃であれば容易く命を落とす。

 青ウロコのビッケルが死んだ。牧場内に侵入してきた三人の冒険者に狩られてしまった。俺とボンゴは決して強くはない。むしろモンスターとしては最弱から数えた方が早いくらいだ。

 でも戦った、そして敵わなかった。人間の冒険者たちは大喜びでビッケルのウロコを剥いで行った。そして腹をさばいて内蔵まで持って行った。

 人間の社会では、強いモンスターの肝やウロコ、ツメ、キバは珍重される。その味や栄養に関わらず高級料理としてありがたがられ、それが素材としては頑丈でもなく、特殊な効果がある訳ではなくとも豪邸の門やヨロイを飾り付けるのに使用される。

 冒険者たちはすべてのドラゴンから素材を得ようとしていた。たまたま通りかかった死霊騎士が助けてくれたお陰で三匹は無事だった。黒ウロコのサージ、そして緑ウロコのボスとピリポ。

 赤ウロコのヒュージはどこにもいなかった。狩られた訳じゃない。ただ牧場から逃げ出してしまったようだ。

 ボンゴは泣いた。ただ泣いた。自分の力不足に、ひたすら涙を流した。俺は呆然としていた。自分の中に渦巻く感情が自分でも理解できていなかった。

 色んな思い出。わずかな期間だが、一緒に過ごしたビッケルとの日々。つい先日の事、ビッケルのウロコを洗ってやった時の事。水辺を好むと分かったので、牧場から山を一つ越えた場所にある湖まで一緒に行った事。

 ぼんやりと夜空を眺めた。これから牧場でたくさんのドラゴンを育てていくだろう。そしてその多くと死別してしまうかも知れない。俺はそれに耐えられるだろうか。

 ゾンビの俺は、死を軽んじていた。ウロコを剥ぎ取られて無残な姿をさらしていたビッケルを、そのままの姿に放置すらしていた。また起き上がるんじゃないかと期待して。

 でもそんな奇跡は起こらなかった。俺がゾンビになったのは、コヤナギが救ってくれたから。そのコヤナギだってこの場にはいない。

 牧場で一番弱っているピリポが餌を求めて弱々しい鳴き声を上げた。オマエの仲間が死んだんだぞ、そんな事も理解できないのか。

 いつだって助けが必要だった衰弱しているピリポ。そんなピリポにすら当たり散らそうとする自分が情けなくなった。

 放置していたビッケルの遺体を弔ってやる事にした。そしてピッケルの埋葬を終えた夜、ゾンビになってから初めて泣いた。ゾンビでも泣ける事を初めて知った。



第四章『ドラゴンの身を護り、ドラゴンから身を守る』

サクマ・リューゾー著 『よい子のドラゴン飼育』より


 幼いドラゴンは弱い。体質に合わない物を食べただけでも下痢を起こす。もちろん戦う事なんてできない。確かに身体は大きい、それに伴い力もある。だが、それだけだ。

 幼い内は護ってやらなければいけない。それは牧場を襲撃した冒険者の事でも良く理解できた。その冒険者たちは人間の街に戻る事ができなかった。ドラゴンの子供から得た戦利品を担いで街に戻る途中、別のモンスターに襲われて全員死んだ。

 言いかえればその程度の冒険者すら、俺にはどうしようもなかった。しかし俺たちを救ってくれた死霊騎士が手を差し伸べてくれた。


「ドラゴンを育てるだけじゃなく、ドラゴンを護れる態勢も整えないといけないな。私でよければ力になろう」


 死霊騎士ノイスが仲間になった。一応俺と同じアンデッドだが、ノイスは格上の存在だった。


「気にするな。この共和国ではモンスターや魔族に階級はない。むしろ呪う事しかできない私など、共和国の厄介者だと思っていた。なにか私にも出来る事がないかと悩んでいたところなんだよ」


 ここで問題が一つ浮かび上がった。ボンゴの存在だった。ボンゴ自身にはなんの非もない。むしろアイツの献身的な世話には助かっている。

 だけどアイツは『生きている』。アンデッドの俺たちと違い、ドラゴンや襲撃者に襲われたら死んでしまう可能性がある。

 特に雑食の緑ウロコに接する時は注意が必要になってくる。ボンゴが喰われそうになった事も何度かあった。

 雑食の緑ウロコでもアンデッドを喰おうとはしない。暴れたドラゴンに襲われた事もあるが、アンデッドなら一晩で復活できる。

 ごく普通のオークであるボンゴに、ドラゴン牧場の仕事はかなり過酷だった。だけどボンゴは屈しなかった。


 ボンゴは数日の間、牧場を離れた。俺はドラゴンの世話に追われた。ノイスにドラゴンの世話は出来なかった。喰われる心配はない、ただノイスの身体からわき出てくる瘴気をドラゴンたちが嫌がっていた。

 特に黒ウロコのサージは酷かった。アイツは元からアンデッド嫌いらしく、前から世話をしている俺でさえ近付くと威嚇してくる事があった。

 俺よりも格上のノイスとなると威嚇では済まなかった。いきなり襲いかかったり、牧場から逃げだそうとしたりと、過敏な反応に困らされた。


 そんな苦労の日々が過ぎて、ボンゴが帰ってきた、大勢の仲間を引き連れて。ボンゴの仲間のオークたちは、牧場の改築をするためにやって来たのだった。


「まず石垣を築いて、周囲から護ると同時にドラゴンが逃げ出さないように」


 オークたちは不慣れな手つきながら牧場の外に大きく石垣を築いていく。その高さは成人男性の平均と大して違わない俺の身長の二倍程度。ほとんど城壁と言ってもいい石垣だった。


「ドラゴン房を作ろう。個別に仕切られた区画を持つドラゴンたちの寝床だ」


 それまでは木造の大きな倉庫でドラゴンたちは雑魚寝だった。衰弱しているピリポだけ別に隔離しているが、他は特に決まった寝床もない干し草を敷き詰めた倉庫をあてがっていただけだった。


「武器は必要ない。でも防具だけはしっかり用意しておかないと」


 ボンゴは街で買ってきた防具を俺たちに見せてくれた。オークが身につけるにはかなり高価そうなプレートアーマー。照れくさそうに笑うボンゴがオークの王様に見えるほど素晴らしいヨロイだった。

 ドラゴンを育てるのは大変だ。ドラゴンの身を護りながら、ドラゴンから身を守らないといけない。



第五章『衛生管理はしっかりと』

サクマ・リューゾー著 『よい子のドラゴン飼育』より


 俺たちの牧場は見違えるように堅牢なものとなった。それはまるで城塞のように。だが、その一方でドラゴンたちは妙に不機嫌になり、そして衰弱していった。

 何が悪かったのか、それは誰にも分からなかった。日々、衰弱していくドラゴンたち。最初から弱っていたピリポにいたっては一日中動かない事もあった。

 コヤナギが牧場の視察にやって来た時、俺たちに重大な過失があった事を知った。コヤナギは配下を引き連れて牧場へとやって来た。城塞のような牧場を眺めて、俺たちを賞賛すらしたらしい。だが近付くほどにその表情を曇らせて、最後は牧場に近付くのをやめた。配下を牧場に寄越して、俺たちはコヤナギが足を止めた場所へと呼び出された。そしてコヤナギの説教が始まる。


「あのね、臭い。とにかく臭い。酷く臭い。あり得ないくらい臭い。信じられないくらい臭い。

 オークとアンデッドじゃ分からないかも知れないけどね、これ無理。普通の生き物じゃ耐えられない。

 あのね、オークは不潔過ぎ、アンデッドはそれ以前の問題。これ、なに育ててるの? ヘドロ? 蠱毒? マジであり得ないよ」


 初めて見たコヤナギのマジギレ。俺たち三人はマジギレしたコヤナギを前に正座。コヤナギから衛生管理の大事さを延々と聞かされる。

 排泄物の処理をどうしているのかと聞かれ、『あれ? そう言えばほったらかしだな』と答えたら、さらにマジギレされた。


「サクマ君、もしかして生き物飼った事ないの? マジで? いや、でも分かるでしょ。ウンコは棄てて、少なくとも一カ所に集めようよ。出来るだけドラゴンがいる所から離してさ。

 あとは発酵させて肥料にするとかさ。なんかあるよね。いくら知らなかったとはいえ、ここまで臭くなったら普通気付くよね」


 いや、俺らアンデッドだし、普段から腐臭撒き散らしてるし。そもそも身体が腐ってるアンデッドに衛生管理を語る方がどうかと思う。

 とは言え、コヤナギの言う事は正しい。実際にドラゴンたちが衰弱している以上、改善を急がないといけない。

 まずはコヤナギの言う通りにドラゴンたちの排泄物を片付けた。そもそも、ドラゴンたちは好き勝手にクソをしていた。牧場のあちこちがクソだらけ。実際俺たちも掃除くらいしていた。ただし、自分たちの歩く範囲だけ。その範囲にクソが落ちてたらさすがに片付けてた。でもそれは牧場の隅に投げ捨てるだけ。

 そこで牧場の外に肥溜めを作った。さすがに人間だった頃も農業の経験は無かった。一応、排泄物をそのまま肥料に使える訳じゃない事くらいは知っていたけど、どうしたらいいのか分からない。


「あんれまー、酷いね-。これ、なんだろーねー。これじゃドラゴンちゃんたちが可哀想じゃないのー」


 アンデッドとオークが人間のおばちゃんにまで説教されていた。コヤナギが人間の街へ行き、農家を営むおばちゃんに肥溜めの作り方を教えて欲しいと頼んでくれた。

 そしてそのおばちゃんがやってきた。やって来て即説教開始。ちなみにこのおばちゃん、モンスターや魔族をまったく恐れていない。

 共和国に人間は暮らしていないけど、共和国まで来て商売をしてくれる人間は結構多い。特に共和国と隣接した地域に住む人たちは、結構モンスターや魔族に対する恐怖や不信感は払拭されているらしい。

 そしてやって来たおばちゃんはアンデッドとオークを相手にごく普通に説教を始めた。いや、いるよなー、こういうおばちゃん。


 それ以来、俺たちは自分自身も含めて衛生管理に気を使い始めた。俺は毎日風呂に入るようになった。防腐剤を飲む量を増やした。それだけじゃ今度は身体が薬品臭くなるので、風呂上がりに花びらから作った香水を身体に振りかけるようになった。

 そしてドラゴンが寝ているドラゴン房も毎日掃除するようになった。ドラゴンの寝床に干し草を撒いているが、その下はクソだらけになっていた。

 これからは寝床の干し草をかき集めて、そこからクソを取り除き、また新しい干し草を撒く。回収した干し草は水で洗ってまた干しておく。そんな作業が加わった。

 正直、手間だった。ただ急速にドラゴンの体調が戻ってきた以上、続けない訳にもいかなかった。

 散らばった糞尿や不潔な環境は病原菌の温床になる。それは人間にとって常識だったはずだが、既にゾンビ歴が長い俺は、そんな事スッカリ忘れていた。


 嬉しい変化もあった。それまで衰弱しきっていたピリポが回復してきた。恐らくは何かの病気を持っていたのだろう。環境が改善された事で、自力で回復するだけの体力を取り戻したようだ。


「ピー、ピー」


 初めて聞くピリポの元気な鳴き声に、俺も元気を分けてもらえたように思えた。



第六章『わかり合えない事はない』

サクマ・リューゾー著 『よい子のドラゴン飼育』より


 平穏な日々がしばらく続いたある日の事。コヤナギ魔族共和国と隣接する人間の国が、突如戦争状態に入った。

 コヤナギは最後まで和平の道を模索した。しかし人間の王は、黙って服従しないのならば侵攻する、との主張を一切曲げなかった。王は酷く無能だった。共和国に出入りするすべての人間が理解していた事だった。戦力差はあまりにも大きい。

 人間が総力を挙げて戦いに挑んだとしても、コヤナギ一人で踏みつぶせる。それだけの戦力差。その上さらに、共和国には愛国心が芽生え始めた者や、戦いに飢えていた者が大勢いた。戦う理由こそ違うが、命をかけて戦う覚悟を持つ者が多かった。

 しかし人間の王は無能だが非情だった。まずは国境を閉鎖、商人が共和国に入国するのを禁じた。その後、共和国に入国した事のある者に、片っ端から密偵の容疑をかけた。共和国と関わる者に、無条件に恐怖を植え付けた。

 自国の民を虐げながらも、共和国を非道な集団とののしった。人間たちは憤りをぶつける相手を探した。誰のせいなのか、誰が悪いのか。ただしそれは最初だけ。誰も自国の王に怒りをぶつけようとはしなかった。怒りの矛先は俺たちになった。人間は叫んだ、『魔族は滅ぼすべきだ』と。

 こうして戦争が始まった。共和国領内で頻発する戦闘。少数の軍が侵入しては、領内を荒らす。そしてコヤナギとは別の、本来の魔王はその好機を逃すほど愚かではなかった。

 コヤナギは人間との戦争の最中に、共和国へと入り込み反乱分子に扮した魔族に国を食い破られる事となった。

 コヤナギの敵は二つ。人間の国、アルドア。そして本来の魔王、ギャレス。この二つの敵は、コヤナギが現れる以前は対立関係にあった。しかし今、コヤナギを潰すためにアルドアとギャレスは同盟を組んだとしか思えないほどに連携した動きを見せていた。

 そしてその魔の手は俺たちの牧場にまで及んだ。まずはギャレスからの侵攻を受けた。共和国領内に魔族がいても誰も不思議には思わない。気が付けばギャレス軍は牧場の周囲に拠点を築いていた。


「なあ、リューゾー。最近、この辺りに妙な魔族の群れが増えたよな。あまり見かけない連中なんだよな。戦争が始まって、戦いたい魔族が集まってきたのかね」


 ボンゴがそんな事を言っていた。その矢先だった。牧場に見慣れない魔族がやって来た。そしてドラゴンの飼育に興味があるから見学させて欲しいと言ってきた。

 その日の夜、散発的な戦闘は一転して大規模な戦争へと変わった。そしてギャレス軍はこの牧場にも攻め込んできた。様々な魔族の混成軍で、その総数は200程度。軍と呼ぶには少数だが、牧場を襲撃するには大袈裟過ぎる。

 牧場に見学に来た魔族が先頭に立っている。その魔族はつまらなそうに吐き捨てた。


「ドラゴンの飼育などしているから、てっきり軍事目的だと思っていたよ。だが、まるで素人のお遊びだな。たかが三匹程度のドラゴンを素人が飼い慣らしたところで脅威にはならない。

 だが、将来的には分からんな。オマエらがドラゴンの飼育に成功した時は、ドラゴンという強力な手駒をコヤナギが握る事になる。それだけは避けなければならん。あとは分かるな?

 お前たちは皆殺しだ。ただし、ギャレス様にここで培った経験を捧げたいと言うのなら、一人だけ助けてやる」


 硬直する俺たち。悩むどころか思考すら停止していた。もしあと数分の猶予があったら、俺たちは醜い争いを始めていたかも知れない。誰が生き残るかをかけて、俺とボンゴとノイスは争ってギャレスに服従を誓ったかも知れない。

 だけどそうはならなかった。俺たちがくだらない争いを始める前に、俺たちを救うためにアイツらがドラゴン房から出てきた。


「見てられんな。リューゾー、乗れよ。ゾンビなんて俺の背中に乗せたくはないが、世話になった恩も返さずにいたら、ダークドラゴンの名折れだ」


「サージ! お前喋れたのか!」


「どうでもいいだろうよ、そんな事は。それよりも、蹴散らすぞ!この愚か者どもを!」


 ボンゴがその場に崩れ落ちた。心底安堵したように、それでいて目に涙を浮かべながら。しかしわずかではあるものの、共に暮らし、面倒を見てきた幼いサージの言動には小言を言わずにいられなかった。


「サージ。君はまだ子供だろう。それなのに、なんて偉そうな態度なんだ」


 そんなボンゴのつぶやきをサージは鼻で笑う。そして俺はサージの背中に乗る。意味なんてない。サージは勝手に動くだけ。俺は振り落とされないようにしがみつくだけ。

 ただ魔族の間では伝説のように語られている、ドラゴンを従えて戦う無敵のドラゴンライダーの事が。俺はゾンビでありながら、魔族の伝説を再現した。


 サージはまだ子供だった。それでも牧場にやって来た時からさらに二回りは大きくなった。なによりドラゴンが言葉を話すインパクトは絶大だった。

 そして怯えきったギャレス軍は一部の血気盛んな戦士のかけ声も虚しく、うろたえるだけでなんの動きもなかった。


 ドラゴン房から出てきたのはサージだけじゃなかった。緑ウロコが二匹、ボスとピリポ。アイツらは言葉が話せる訳じゃない。今の状況だってどこまで理解しているか分からない。でもヤツらは明確にギャレス軍を敵と認識していた。まるでボンゴとノイスを護るように、ギャレス軍と二人の間に立ちはだかった。


「ふふ、間抜けな緑ウロコのくせに、一応自分のやるべき事くらいは分かっているようだな」


「サージ。お前イチイチ偉そうだな……」


 俺のつぶやきには応えずに、周囲を威圧する咆哮を放つサージ。そして戦いが始まった。戦力差はわずかにこちらが優勢。子供のドラゴンが三匹。

 だが、かつての冒険者に襲われて逃げるだけだった三匹じゃない。子供とはいえ、戦う意思を持ったドラゴンは強い。

 サージは吠え、そして跳ぶ。ギャレス軍のど真ん中に降りたって、見境無く暴れ始めた。ボスは動かない、ボンゴの前で微動だにせず、正面の戦闘を見据えた。そしてピリポに唸り声で合図を送る。

 ボスの代わりにピリポが駆ける。かつての衰弱しきった姿からは想像も出来ない速度で周囲を駆け回る。そしてサージから逃れた魔族を片っ端から尻尾や前足で打ちのめした。

 俺たちはギャレス軍を圧倒した。虚を突き、そのままの勢いで数の上で勝るギャレス軍を怯ませた。



第七章『むやみに恐れるな、過度に敬うな。ただ共に歩め』

サクマ・リューゾー著 『よい子のドラゴン飼育』より


「やはり軍事目的か。ドラゴンを飼い慣らし、戦力にするための砦。この場で粉砕する! 構う事はない! 狼煙を上げろ! ヤツらに合図を送れ!」


 ギャレス軍の指揮官らしき魔族が吠えた。ゴリラのような体躯にトカゲの頭。よく見れば集団の中で一人だけ豪華なヨロイを身につけている。

 指揮官の合図から数秒のあと、轟音が響いた。狼煙と言っていたが、ほとんど爆発物に近い。一気に周囲に黒煙が広がり、そして舞い上がった。


「何者かに合図を送ったか……。面倒だな、一気に片付けるぞ!」


 サージの判断は遅かった。狼煙が上がった時点で既に何者かに合図は届いている。上空に上がっていく黒煙を見上げたほんのわずかな隙に、ギャレス軍は大きく後退した。

 気が付いた時は手遅れだった。ギャレス軍と向かい合う俺たちの後方から、おびただしい数の矢が降り注ぐ。


「伏兵かよ! たかがドラゴン牧場に仰々しいもんだな!」


 サージはその場で回転する事で矢を弾いた。ただ俺には何本か命中した。ゾンビじゃなけりゃ死んでたぞ。

 俺たちは挟み撃ちを喰らった。しかし、妙だ。最初から後方にも部隊を配置していたのなら、別に合図を待たなくてもよかったはずだ。むしろ初手からの挟撃を仕掛けていれば、一気にけりがついていた。

 サージは態勢を整え、再びギャレス軍に向き合う。俺はサージの背に乗って後方を警戒する。そして息を呑んだ。


「おい、リューゾー! アイツら人間だよ! アルドアの兵士だ!」


 ボンゴの叫びと同時に俺もソイツらを凝視していた。間違いなく人間の兵士、その兵士がまとうヨロイにはアルドアの紋章が刻まれていた。

 確かにアルドアとも交戦状態にある。それは事実だ。しかし、これは一体なんの冗談だ? アルドアの民は口々に言った、『魔族は滅ぼすべきだ』。それがどうしてギャレスと手を組んでいるんだ? 確かにアルドアとギャレスはまるで連携しているように共和国を攻めていた。それでもどこかであり得ない事だと思い込んでいた。

 だけどたった今、俺たちは理解した。共和国を滅ぼすために、人間と魔族が手を組んだのだと。


「このまま俺たちが滅びれば、万事丸く収まるって事か? 仮にそうだとしても、認めねえよ!」


 サージが笑う。豪快に、まるで吠えるように。


「ハッハッハッハッハッ! そうだな! ではこちらも伏兵を出そうか。おい! そろそろ出てこい! お前もドラゴンなら誇りを見せろ!」


 サージの言葉にギャレス軍が凍りついた。いや、俺もそうだった。サージの言葉の意味が分からない。まるでこの場にいる三匹の他にドラゴンがいるようなセリフだった。


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 甲高い轟音。それはあり得ないほどに暴力的な咆哮。思わず耳をふさぐ、そして咆哮の主を見ずに済むように無意識に目も閉じていた。


「オイオイ、リューゾー。それはいかんな。目を開けろ、そして手でも振ってやれ。家出息子のご帰還だ!」


 上空に赤い影。その周囲には陽炎がたつ。炎のように赤く、そして熱いナニか。それが空から落ちてきた。

 その赤い塊は高熱の風を巻き起こして降り立った。サージよりも二回りは大きい深紅のドラゴン。サージにもボスにもピリポにもない翼を大きく広げ、そして周囲を威嚇するように再び吠えた。


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 ドラゴンに情が無いなんて誰が言った? 誰かアイツらと分かり合おうとしたのか?

 アイツらと共に生きた事があるのか? アイツらのなにを知っているって言うんだ?


「アイツな、たまに牧場の周りをうろついてたんだよ。帰ってこいって何度か声かけたんだけどな」


 なんでもっと早く言わねえんだよ! どんだけ心配したと思ってんだよ! ああ、もうなんでもいいや。


「ヒュージ! お前の寝床もちゃんと用意してあるよ!」


 ボンゴが叫んだ。ヒュージが吠える、まるで笑っているみたいに。そしてまた翼を広げた、今度は威嚇ではなく、そのまま飛び上がった。

 巻き起こる熱風。脇腹の辺りから排出される高熱の呼気。それを翼に受けて、不自然なほど身体を動かさないまま上昇する。

 上空で身をひねり、そして全身が陽炎に包まれた。それまで静止していた翼をはためかせ、陽炎をまとう深紅のドラゴンは空を滑空した。


 ヒュージはアルドアの兵士たちに恐怖を与えながら滑空する。そして咆哮。何人かの兵士が呆然としたまま武器を落とした。たった四匹のドラゴン、たった二人のアンデッド、そしてたった一人のオーク。それだけの集団を前に、アルドアの兵士は恐れおののいた。

 それ以降は戦いと呼べるものではなかった。ヒュージは恐怖を与えただけ。そのあとを引き継いだのはピリポ。恐れおののくアルドアの兵士たちに地響きと共に突進した、そして枯れ枝をなぎ倒しながら進むようにアルドアの兵士たちを吹き飛ばす。

 多くの兵士が倒れ、それ以外の兵士は逃げ出した。その光景をつまらなそうに眺めながらヒュージは舞い降りた。


「さてリューゾー。お前、ドラゴンライダーのスキルを知ってるか? お前はもう、それを使えるはずなんだが」


 サージが言った。俺の眼前にはギャレス軍。援軍のアルドア軍を一蹴されても、そこに動揺はなかった。むしろ覚悟を決めた魔物の群れがそこにいた。



第八章『神の条件』

サクマ・リューゾー著 『よい子のドラゴン飼育』より


 ドラゴン。それは神と称えられる事すらある生物。その生物としての強靱さもさる事ながら、なによりも恐れられるのは、スキルの存在。

 ドラゴンのほぼすべての種は何らかのスキルを保持している。例えばブレス、種族によっては魔法を使うヤツもいる。レッドドラゴンは身体中にある排熱孔から高熱の蒸気を噴き出して、それを攻撃や飛行に使用する。

 しかし、ドラゴンが神と称えられた理由は決して強さにあった訳ではない。ドラゴンが神と同一視された根拠は『恩恵』。

 宗教的な話になるが、どんな神であろうと祈っていればなんらかの恩恵が与えられると信じられている。それは魚が大量に獲れるだとか、作物の出来が良くなるなんてものから、死んだあとの安息を約束してくれるなんて確認のしようがない与太話まで多岐にわたる。

 ドラゴンにはその恩恵があった。それも酷く分かり易い恩恵。ドラゴンを敬い、そしてドラゴンに認められた者は恩恵を受ける。その恩恵とは、ドラゴンとのスキルの共有。


「ドラゴンライダーのスキル、『スキル・シェア』だ。リューゾー、お前はドラゴンの力を持つゾンビになったんだよ」


 ドラゴンに認められた者は、ドラゴンライダーになる。そしてドラゴンライダーになると、自分を認めたドラゴンのスキルを自由に使えるようになる。

 その力は絶大だった。だからドラゴンは崇められた。誰もがドラゴンの力を求めた、しかしその力はほとんどの場合において悪用された。

 いつしかドラゴンは人を避けるようになった。そして人間はドラゴンとも渡り合える技術や魔法を手に入れていた。

 絆をその核とした希有なスキルは、使用できる者がいなくなり、伝説として語られるだけとなった。


「まあ、正確に言えばスキル・シェアはお互いのスキルを使えるようにするって事なんだが、俺はゾンビのスキルなんぞ使いたくもない。いや、そもそもゾンビにスキルなんてあるのか?」


 サージのヤツ、軽く俺をバカにしてる。だけどサージの言葉に忘れたつもりだった人間の頃の記憶がよみがえる。勇者だった頃の記憶。


「リューゾー。スキル・シェアは信じ合う事でスキルを共有する能力だ。俺を信じろ! 俺はお前を信じてる、ゾンビだろうが元勇者だろうが、俺はお前を信じてる! だから、お前も俺を信じろ! それがお前に力を与える。ブレスを吐け! 雷撃を撃て! すべての物質の強度を無視しろ! 俺を信じれば、お前はそれができるようになる」


「いや、ちょっと待て。サージ、お前も俺のスキルが使えるようになるんだよな。今はどうだ、俺のスキルが使えているか?」


 話の腰を折られたサージが少しばかり憮然としている。なにかを言いたそうにしているが、黙って目を閉じた。そしてそのまま愕然とした。目を閉じたまま、驚きを隠せずにうろたえる。少しばかり気分がいい、ちょっとは俺にも格好つけさせろ。


「おい、なんだこのスキルは? こんなもん反則だろう!」


「まあ、そうだな。こんなスキルを持っていながらアッサリ死んでるんだから、俺も間抜けだった。まさか死んでからもスキルが残ってるとは思わなかったが、ゾンビになってからは一度も使わなかったな」


「しかし、今これを使ってどうする? この場で使うスキルでもないだろう」


「まあ、説明だけはしておく。これは一日に1時間しか使えない。そして得られる経験値は五十倍。ついでに言えば自分よりも弱い相手でも経験値が得られるようになる」


 俺は昔を思い出しながらサージの背中を撫でた。昔、元の世界での俺は無気力だった。それが死んで、なぜかこの世界にやって来た。そしてなぜか妙なスキルまで持っていた。

 なぜか、なぜか、なぜか。分かっている事なんて一つもない。ただ俺は有頂天になった。無気力で貧弱だった俺は、軽くスライムを倒すだけでバカみたいに強くなった。

 一緒に旅していた仲間だっていた。だけどソイツらとはすぐに差がついた。だから俺は頻繁に仲間を代えた。もちろんそこに信頼なんてない。

 結局俺は自分の成長の早さにうぬぼれた。その当時の自分では勝てない相手に挑んだ。そして負けた。仲間は逃げた。俺は死んだ。


 ゾンビになって以来、俺はこのスキルを使わなかった。使う必要もなかったが、なによりこのスキルが俺を孤独にしたと思っていた。

 いいな、スキルの共有ってのは。お前はついてきてくれるんだろ? 死んで良かったよ。お前らと会えて良かったよ。

 今はまだ弱い、俺もお前も。お前は偉そうだけど、まだ子供じゃないか。俺だってゾンビだ。死んでからろくに戦った事もない。

 だけどこれから強くなろう。相手が巨大なら、それ以上に強くなろう。相手が卑劣でも、真っ向から打ち砕こう。

 サージは笑う。俺も笑う。そして俺たちは声をあわせて叫んだ。


「経験値ブースト!」


 俺たちは金色の光に包まれた。その光はすぐに消えた。だけど俺たちには分かってる。あり得ない速度で成長させる神の加護。なにを思って神は俺にこんな力を与えやがったんだ? 多分、なにも考えてねぇんだろうな。


 サージがブレスを吐いた。ギャレス軍の前衛が数名倒れた。サージの背中がわずかに大きくなった。地面に食い込んだ前足のツメに力がこもる。明らかに数秒前よりも力強く大地を踏みしめている。

 俺は両手に雷撃を溜めた。そしてもう一つのスキルを上乗せして撃ち放つ。防御力無視のスキルを追加した雷撃。一直線に雷撃は駆け抜け、その進路にいた魔族はすべては雷撃によって骨まで貫通する衝撃を受けた。

 身体の肉が落ちた。俺の身体が腐って崩れていく。どうもクラスチェンジが始まったらしい。ゾンビのままでも良かったんだけどな。



第九章『ドラゴンはかつて世界の歪みだった』

サクマ・リューゾー著 『よい子のドラゴン飼育』より


 ドラゴンという生き物を理解していくと、どうしても違和感を覚えてしまう。それは生き物と呼ぶには特殊過ぎるから。

 神と崇められた事もある。その理由や能力は理解できた。しかし、根本的な問題は残る。なぜ、ドラゴンなんて存在が生まれたのか。俺がかつて暮らしていた世界では、進化論という理論が存在した。まあ、その詳細の説明は面倒くさいのでやめておく。

 ここで指摘しておきたいのは、ドラゴンという存在についてまともの理論では説明が出来ないという事だ。神学であっても、錬金術であっても、魔術であっても、科学というこの世界にはない学問を通しても、ドラゴンの存在は不条理そのものとしか思えない。

 その不条理がなぜ生まれたのか。そしてその不条理がなぜ絶滅の危機に瀕しているのか。これは推測でしかない。ドラゴンは世界の歪みそのものだった。世界の矛盾、世界の不条理を凝縮した存在。実在する事自体が反則。生きたチート。

 人間は進歩した。魔族も進歩している。そこに様々な革新が生まれ、そしてチートはねじ伏せられるものに墜ちた。そして新しい不条理が生まれた。それが俺たちだ。

 ドラゴンはその役割を終えた。だからその個体数を激減させている。ただし、新しい不条理が存在する世界では、ドラゴンは歪みでも不条理でもない。ドラゴンは世界を構成する一員になっている。人に倒され、人を避ける。敢えて酷な言い方をすれば、ドラゴンも新しい不条理の前ではただのモンスターに過ぎない。

 だからこそ、絶滅する必要なんてない。この世界の一員なのだから、俺たちと共に歩めるはずなんだ。


 ギャレス軍との戦闘は終わった。ギャレス軍の魔族が一人倒れるごとに俺たちは強くなる。最後の一人が倒れた時、俺はアンデッドの最高位まで成長していた。コイツら元の経験値から異常に高かったみたいだな。ごちそうさんでした。

 サージはまだ子供のままだが、黒いウロコは明らかに別物に変わっていた。それまでは見た目にも間違いなく生物的な印象を受けていたが、今は硬質化したウロコに覆われて機械的な印象しかない。ああ、これ格好いいわ。ただ背中に乗っている俺にとっては、酷く座り心地が悪くなった。


「さてと、どう思う、リューゾー。ギャレスはまあいい。だが、アルドアの連中はなぜコヤナギに挑んだ? 敗れるのは分かりきっているだろう。アイツは無限の魔力を持っている。そんな化け物に対して、ギャレスと組んだ程度で勝てると思っていたのか?」


 俺に聞かれても知らん。だが、嫌な予感はする。そう、歪みだ。それが世界を正そうとするものなのか、混乱を引き起こそうとしているのかは分からない。ただ歪みは生まれ続ける、絶え間なく。

 他にもいるのかも知れないが、少なくとも俺は二人の歪みを知っている。この世界から見れば『異世界』にあたる場所からやって来た異邦人。コヤナギと俺。どちらもこの世界に送り込まれた理由は分からない。ただ人間だから、当たり前のように人間の味方についた。そしてコヤナギは人間に失望し、俺は単に間抜けだったから失敗した。

 どちらにせよ、歪みは世界を変えなかった。この歪みが目的を持って生み出されているのなら、まだやって来るはずだ。いや、やって来ているはずだ。


「要するにお前やコヤナギのような訳の分からないヤツがアルドアに荷担している訳か。で、どうする? コヤナギが倒れるような事になれば俺たちもタダでは済まんぞ」


 サージの問いかけに少し思案してから、俺はボンゴと戯れているヒュージに声をかけた。


「ヒュージ。少し空を飛んできてくれ。まず国境の周辺、それからコヤナギのいる魔王城の辺りを見てきてくれ」


 ヒュージはぐずるような唸り声を上げた。俺は首を傾げる、不満そうではあるが、理由が分からない。


「リューゾー。ヒュージはまだ子供だよ、一人で行かせるのは可哀想だよ」


 ボンゴは俺を責めるように言った。だが、そんなボンゴにヒュージが噛みついた。ボンゴの頭をヒュージが丸かじりするように噛みついた。その場にいた全員が絶句した。


「えっ? なに、これ? 僕なんか悪い事言った?」


 噛みついたように見えるが、じゃれているようにも見える。見た目はかなりエグいけど。次の瞬間、さらに見た目のえげつなさが増した。ヒュージはボンゴの頭をくわえたまま、ボンゴの身体を持ち上げた。首が絞まっている訳じゃないが、見た目は絞首刑にしか見えない。


「痛い、痛い、痛いよ、ヒュージ。なんか首が折れる、いやホントに。折れるっていうか、なんか外れそう。首が抜けそう。助けて、リューゾー!」


 さてどうしよう。なんかヒュージが楽しそうなんだよな。気のせいかな。ああ、分かった。うん、分かった。


「じゃあ、ヒュージ。ボンゴも連れてっていいから、ちょっと飛んできてくれ」


 俺の言葉にヒュージが吠えた、ボンゴをくわえたまま唸るように吠えた。


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 なんでだろう。なに言ってんだか全然分かんねえけど、喜んでるのが分かる。アルドアの連中威嚇してた時とほぼ変わんねえ咆哮なんだけど、妙に楽しそうだ。


「リューゾー! 助けてー!」


 こうしてボンゴとヒュージは空の彼方に消えた。小一時間ほどして帰ってきたボンゴは、マジで死にそうな顔をしていた。ボンゴのズボンに妙なシミがついていた事には誰も触れなかった。


「あのね、君たちおかしいよ。いやホントに。あのね、オークでも人間でもあんな風に持ち上げたら首がどうにかなっちゃうでしょ。笑ってんなよ、リューゾー」


 みんな笑ってたじゃん。なんで俺だけ!



第十章『素晴らしい世界を作ろう』

サクマ・リューゾー著 『よい子のドラゴン飼育』より


 ふてくされたボンゴをなだめながら、俺たちは空から見た共和国の状況を聞いた。


「まず、国境付近はほぼ共和国の圧勝。ただ一点突破して魔王城に突き進んでる一団がいるね。普通に考えたらコヤナギ様に勝てるはずがないと思う。でも逆に、勝てるはずがないと思っていたらそんな事はしない」


 勝てる根拠を持ってるヤツがいる。多分コヤナギや俺と同じチート持ち。俺のチートはレベルの上昇が早いだけで、特別な力はない。多分、そんな力じゃない。コヤナギに匹敵するような反則技を持ってるんだろう。


「コヤナギ様は周囲に軍を置かない。普通の統治者なら、身の回りに護衛くらい置くものだが、コヤナギ様にはそんなものが必要なかった。それだけに、コヤナギ様に対抗出来る者が近付いているとしたら危険だな」


 ノイスが言った。それには俺も同意見だ。コヤナギの周囲にいる側近に戦闘に長けた者はいない。基本的に秘書的な役割の魔族を従えているだけだ。ソイツらが実は強いなんて事もなく、コヤナギを護るなんて事はできそうにない。

 ノイスはピリポと向き合い、そして言った。


「なあ、ピリポ。俺を乗せてくれないか。お前のスピードなら、連中がコヤナギ様にたどりつく前に迎撃できるかも知れない」


「ノイス。お前死んでるくせに暑苦しいな。なにを荒ぶってる? 相手はチート持ちだぞ、お前が行ってどうなるって言うんだ?」


 サージのツッコミが容赦ない。確かにこれまではノイスが俺たちの中で最も強かった。だけどドラゴン四匹が戦う意思を持った以上、むしろノイスすら足手まといになるはずだ。実際、今日の戦闘でもノイスはボスに護られていた。


「さあな。これは賭けだよ。もしも人間側のチート持ちがコヤナギ様に匹敵するほどの強さを持っていたとしよう。それならばアルドアはそれを広く喧伝しているだろう。人間を鼓舞するために、そして俺たちを恐れさせるために。

 だがヤツらはそれをしなかった。恐らくは相性の問題だ。人間側のチート持ちは強いのではない、恐らくコヤナギ様の力を封じる事ができる能力なんだ。

 言いかえれば、コヤナギ様以外の敵を相手には本領を発揮できない能力だと思う。どんな相手にも通用する能力ならば、国境付近が共和国に圧倒されている状況を看過するはずがない。

 まあ、確かに根拠はない。だが、ここで隠れていても意味が無い。なにより、私は共和国が好きなんだよ。こうやってドラゴンを育てて平穏に暮らすのは、死霊騎士に堕ちていた私の魂を暖かく満たしてくれる。この国を護るためならば、無謀であっても人間の勇者に立ち向かって見せるよ。

 だから私はここで指をくわえて見てるわけにはいかないんだ」


「なにやってんだ、ノイス。早く行くぞ。まずヒュージとボンゴは先行して空から勇者を監視しろ。俺たちが到着するまで手は出すな。それから……」


「サージ。帰ってきたら礼儀というものを学んでもらおうか。いや、尊大な態度は別に構わない。ただ人の話はせめて最後まで聞くべきじゃないか」


「ちょっと待って。また僕も行くの? 今度こそ首がもげるよ!」


 俺たちはどこかふざけてる。だけどやるべき事は分かってる。たとえ俺たちが人間とも魔族とも敵対する事になったとしても、俺たちは俺たちの世界のために戦うだけだ。


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


「ヒィイイイイイイイイイイイイイ、リューゾー! 助けてー!」


 ヒュージ。背中に乗せてやれよ……。

 そんな事をしている内に、ノイスはドラゴン用の鞍を用意していた。一体いつの間にそんなもの作っておいたんだ? て言うか、一つくれ。サージにも一つつけてくれ。


「あんなモノを着けるのか……。いや、確かに背中に乗せているだけでは俺も激しい動きが出来ないとは思っていたが、しかしあれは……」


 その後、しぶるサージにも鞍を着け、俺たちは走り出した。

 牧場から魔王城へと突っ走る。その途中で大きく曲がり、魔王城へと向かってくる勇者を迎え撃つ。森の中を突っ切り、視界が遮られる。ドラゴンたちが森の木をなぎ倒す轟音、時折聞こえるドラゴンの咆哮。木々の切れ目から上空のヒュージの姿を確認する。森を先行するピリポを追う。次第にその2匹を目で追うのは難しくなっていった。


 上空から先行するヒュージ。障害物もなく悠然と空を舞うヒュージは当然俺たちよりもずっと速い。しかし、それを追うピリポも速かった。同じ種族に見えるボスとはスキルが違うのか、明らかにピリポの動きは速すぎる。先の戦闘で大幅に成長したはずのサージすら追いつけていなかった。

 先行するヒュージが遠くで戦闘を始めた。既に勇者たちと衝突してしまったようだ。俺たちが到着するまで待てと言っておいたはずなのに。その後、前方でピリポも戦闘に入る。

 まだ姿は見えない。先行する2匹のドラゴンは戦闘を始めたのは音で分かったが、どんな状況下にあるのかはまだ分からない。

 一気に森を抜け、そして眼前の光景に戸惑う。そこには既に圧倒され敗北すら予見させるほどに追い詰められたコヤナギがいた。


「ちょっと待て。お前なにやってんだよ! なんでお前が城から離れて一人で迎撃に出てんだよ、おっさん!」


「ああ、サクマ君か。ヤバかったよ、ホントに。君のところのドラゴン君たちが来てくれなかったら、もう死んでたね。あれ? クラスチェンジしたの?」


 どうでもいいだろ、そんな事。死にかけてるはずなのになぜか呑気なコヤナギを罵倒したくなる。だけど、今はそんな事よりも状況を把握しないといけない。


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


「どっこいせっと! あ、どっこいせ!」


 ヒュージの咆哮とボンゴのどこか間の抜けたかけ声。ただ間の抜けたかけ声の割に、ボンゴは恐ろしい技を繰り出していた。ボンゴの肌はまるでヒュージのようにたぎるような赤に染まり、そして棍棒を振り回しながら熱風を巻き起こしていた。


「ほう、ゾンビの次はオークのドラゴンライダーか」


 サージは面白そうにつぶやく。

 ようやくヒュージの背中に乗せてもらえたボンゴは威勢良く棍棒を振り回す。そして赤熱の暴風をその棍棒から放っていた。


 大地に電光が走る。魔法かなにかと思っていたが、それは全身に稲光をほとばしらせたピリポの姿だった。生きた稲妻と化したピリポが駆ける。

 勇者を護っていた軍勢は、その2匹のドラゴンが圧倒していた。しかし、その2匹のドラゴンすら勇者には近づけなかった。勇者のかざした手に熱風も電撃も威力を失っていた。



第十一章『ドラゴンライダーを目指す君へ』

サクマ・リューゾー著 『よい子のドラゴン飼育』より


 それは戦いと呼ぶには奇妙な光景だった。コヤナギと勇者は向かい合い、そしてお互いに手をかざす。ただそれだけ。

 二人は単に睨み合っているだけに見える。だがよく見れば二人の間にある空間が歪んで見える。竜巻でも起きているように草木が揺れ、砂埃が二人の間を回っている。

 俺とサージのそばに電光が止まった。それはノイスだった。


「来たか、リューゾー。ようやくこれで五分に持ち込めそうだ」


「ノイス! お前もドラゴンライダーになれたのか?」


「ほんの少しの付き合いかも知れないけどな、これでもピリポを結構可愛がってきたつもりだぞ。まあ、アイツは特別人懐っこいところがあるみたいだけどな」


 ノイスがこれまでの経緯を説明し始めた。と言っても、ノイスも戦いの最初から見ていた訳じゃないが。


「まず予想通り、勇者はチート持ちだ。それもコヤナギ様と正反対の能力だったよ。まるでコヤナギ様を無力化するための能力だな」


 勇者の能力は『魔力吸収』。吸収できる量に限界があるなんてありがちな弱点もない。コヤナギの無限の魔力をそのまま無限に吸収出来るらしい。


「ただ吸収するだけだが、逆に言えば魔力を含んだ攻撃はほぼ無力化される。ヒュージの熱風も、ピリポの雷撃もな」


「普通にぶん殴ればいいんじゃね?」


「勇者が率いていた軍勢がそれを阻んでいた。そして勇者に魔力を吸収されていたコヤナギ様はろくに抵抗もできずやられていた。

 俺たちの到着がもう少し遅かったら倒されていたかも知れないな。だが間に合った。たった今、ソイツらを駆逐し終わったところだよ。それでコヤナギ様と勇者は五分になった」


 じゃあ、あとは勇者を殴るだけか。なるほど、確かにコヤナギは満身創痍だ。放っておいたら死にそうだな。それに対して勇者は傷一つ負っていない。にもかかわらず、勇者はその表情を歪ませていた。そして俺を睨みつけて叫ぶ。


「オマエがサクマか! 勇者でありながらゾンビに堕ちたクズがなにをしている! 俺に加勢しろ、オマエそれでも人間か?!」


「いや、アンデッドだけど……」


 自分でも今、『ゾンビに堕ちたクズ』って言っただろ。なに言ってんだ、コイツ?


「貴様ァアアアアアアアア! 俺たち勇者に、なぜ神が能力を授けたのか分からないのか! 人類のためだ! 世界のためだ! 俺たちは選ばれたんだ、この世界を救うために!」


 勇者は激高している。かなり面倒くさいヤツだ。別にヤツがどれだけ自分の使命とやらに熱心であろうと構わない。ただ俺が加勢する理由はねぇよな。


「神の力を! 世界を救う力を手に入れながら、貴様らは闇に堕ちた! 貴様らは人間を裏切ったんだ、クズども! 今からでもいい、俺に従え! 俺は選ばれた男だ! 世界を救い導く、皇帝になる男だ!」


 ゴスッ!


 面倒くさいから石投げつけてやった。勇者は崩れ落ちる。いや、石一つで倒れるってビックリするくらい弱いな。


「ふう、助かったよ。魔法を使おうにも、すぐに吸収されちゃってね。まともに魔法も使えない。そうこうしているうちに、勇者が引き連れていた連中がやりたい放題にやってくれてね」


 そのやりたい放題だった連中の生き残りが悲鳴を上げている。そして我先にと逃げ出した。


「どうすんだ、あれ?」


「まあ、放っておくよ。勇者が倒されちゃったからね。彼らもしばらくは大人しくしてるんじゃないかな。ところでサクマ君、君凄いね。ドラゴンライダーだっけ? 本当にドラゴンに乗っただけで強くなるなんて事あるんだね」


「なあ、コヤナギ。アンタなんで俺にドラゴン牧場なんてやらせたんだ? もしかしてアンタもドラゴンを戦力にしようと考えていたのか?」


「いや、それは無いね。そもそも僕はドラゴンライダーなんて伝説を信じていなかった。ただね、ドラゴンって生き物は僕らと似ていると思うんだよ。彼らもまた、僕らと同じ異物なんだ」


 ドラゴンに奇妙な親近感を覚えていたのは俺だけじゃなかった。同じように異邦人であるコヤナギもまた同じだった。


「僕らは神だかなんだか知らないが、とにかく僕らの想像を超える力を持ったヤツに勝手に連れてこられた。なぜか不条理な力を持たされて。

 もしかしたらドラゴンも同じなんじゃないかと思っているんだ。単純に強く、更に個別にチート級の能力も持っている。そんな存在がその数を減らしていき、今では細々と生き残っているだけだと知って、妙に悲しくなったもんだよ。まるで僕らの未来を見ているようでね」


 そうだな。俺もそう思ってた。ドラゴンも俺たちもこの世界の異物。だけど、この世界で暮らす事を決めた以上、俺たちもこの世界の一員になった。

 コヤナギには感謝している。ドラゴン牧場を俺に任せてくれた事を。そしてボンゴにも、ノイスにも感謝している。アイツらのお陰で確信が持てた。

 俺とサージが信頼し合っていても、それは異物同士で傷をなめ合ってるだけに過ぎないとも言える。だけどボンゴやノイスは違う。アイツらは元からこの世界の住人だ。そのアイツらだってドラゴンとわかり合える。俺もアイツらと分かり合える。

 俺たちはこの世界の一員になれる。俺たちは混ざり合い、この世界を形作る。チート能力に自惚れたり、ゾンビになってやさぐれたり。そんな事もしてきたけど、ようやく自分を受け入れられそうだ。そして自分を受け入れる事ができたから、他人を受け入れる余裕もできた。


「オマエらの言っている事はイマイチ分からんが、ともあれ俺たちは共に歩んでいく事になる。これからもよろしくな、リューゾー」


 サージが笑う。俺たちも笑う。さあ、さっさと帰って牧場を修繕しないとな。派手に暴れたから、アチコチ壊れたままだった。


 ヒュージがボンゴの頭をかじった。


「え? またなの? いや、ちゃんと背中に乗せてよぉ!」


 遠くにボンゴの悲鳴を聞きながら、俺たちは牧場を目指した。俺たちの居場所へ。


 ドラゴンライダーを目指す君へ。ドラゴンライダーへの道程は遠く険しい、もしかしてそう思っていないか? もちろん違う。それはある日突然に到達する事もある。ただ心を開いて、そしてドラゴンを受け入れるだけ。

 恐れるな、そして敬うな。ドラゴンは俺たちの友なんだから。


     ***


「おい、式典ってヤツは俺も出ないといけないのか?」


「仕方が無いよ。君とリューゾーは共和国で初めてのドラゴンライダーだからね。言ってみれば僕らの代表みたいなものさ」


 サージがぼやき、それをボンゴがなだめる。いつもの光景だ。あれから五年。人間の王国は大きく変わった。あの戦いのあと、新たに現れたチート持ちの勇者が国を乗っ取ったらしい。本当に転移者ってヤツはろくな事しねぇ。

 ソイツは少なくとも共和国に挑むつもりはないらしい。すでに共和国とも和平交渉を進めている。

 俺たちと戦った勇者はどこかで冒険者をやっているって話だ。まあ、アイツのチートは少しばかり偏った能力だけど、魔術師相手なら効果的だからな。まともな仲間に恵まれれば上手くやっていけるだろう。

 本来の魔王、ギャレス。ヤツの動向は不明。依然世界の北方はヤツの支配下だけど、共和国への侵攻はあれ以来一度も無い。


 そして共和国は更なる発展を見せた。先代の王が封鎖した国境も、今は自由に行き来できる。物や人の交流は以前よりも盛んになったくらいだ。

 俺の牧場は相変わらず。世話をするドラゴンも増えたが手伝ってくれる人も増えた。ドラゴンライダーを目指すなら、冒険に出るよりもドラゴンと深く触れ合うべきなんだと分かったからだ。

 お陰で牧場は屈強なヤツだらけ。面白い事に人間もいれば魔族もいる。もちろん俺のようなアンデッドも。お陰でドラゴン牧場は、『あらゆる種族が理解し合うための場所』として認識され始めた。


「それで式典か……。まあ、意義は分かる。だが別に俺たちに勲章だとかを渡したからと言って、今更何かが変わる訳でもないだろう。」


「まあ、政治的なパフォーマンスと言えばそれまでだね。でも、コヤナギ様も大きくなり続けている共和国を維持するのに大変なんだよ。僕らも少しは手伝わないと」


 サージが深々とため息をつく。まあ、分かる。ぶっちゃけ面倒くさい。あれから共和国には三つのドラゴン牧場が新設された。そして近いうちに共和国には魔族の大学ができるとか。その大学には『ドラゴン学科』なんてものまで開設されるらしい。一体なにを学ぶんだろうな。

 なんにせよ、ドラゴンとの共存は共和国にとって最重要課題になっていた。異端、あるいは孤高。そんな言葉を象徴する生き物であるドラゴンとの共存は、様々な種族が存在し内部でも争いが絶えない魔族と、そして人間との共存に希望を与えている。

 そして俺はドラゴン飼育のエキスパートのように称えられ、そしてサージも人間との交流を受け入れた偉大なドラゴンとか言われている。


 さあ、出かけよう。ドラゴン学科で配布する予定のテキストの執筆は中断。て言うか、もう飽きてる。こんなもん、読んで覚えるもんじゃないよな。やっぱり牧場でドラゴンに触れないと。


「サージ。もう諦めろ。できるだけ早めに帰れるように行儀良くしとけ」


 俺はサージの背に乗った。そしてコヤナギが待つ首都を目指した。ドラゴンライダーとして、『世界は分かり合える』という希望を多くの人に与えるために。

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― 新着の感想 ―
[一言] ジョークとネタが上手く笑いました。 ラストもいいですね
2016/05/29 03:14 退会済み
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