若奈ちゃん
進級してからお決まりになりつつあるやり取りが、今日も行われていた。
三木が今教室にいないため、私の視線は自然とそのやり取りの方へと向いている。
「若奈ー!教科書貸してーっ!」
「えぇー!?また!?」
「まあまあ!そう言わずにさー?」
「いやいや、毎日のように駆けこまれてたらそう言いたくなるから……」
と言いつつも教科書を貸してあげるクラスメイトの女子。
私はこの通り人見知りだから、クラスメイトとの交流がまずない。
だから顔は覚えていても名前は曖昧というのがほとんど。
だから彼女のことも、名前が『若奈』という事しか知らない。
でも若奈ちゃんは、私と少し似てる気がする。少し、だけど……。
「実穂乃ー、現社の教科書でいいんだっけ?」
「うんそれでいい!若奈ありがと!」
「ったく、ちゃんと教科書くらい持ってきてよねー」
「努力はする。じゃ!また返しに来るからね!」
他クラスの女子は元気よくビシッと敬礼して去っていった。
若奈ちゃんはそれを見送りつつも、「ほんとあの子は……」と呆れ顔。
そして見送った後は、若奈ちゃんは誰かと話すわけでもなくそそくさと自分の席へと戻り、そのまま机に突っ伏して、動かなくなった。
ここが私と少し似ていると思うところ。
若奈ちゃんも、まだいまいちこのクラスと馴染めてないように感じるのだ。
いや、完全なるぼっちの私と一緒にするのは申し訳ないけど、若奈ちゃんがこのクラスの誰かと一緒にふざけたり笑ったりしているのは、あまり想像できない。
隣の席の男子と話してるところはよく見るし、何度か三木とも話してるのを見たことはあるけど、なんだろう。
自分から極力絡もうとはしてないように思えるのだ。
男子や三木と話す時だって、相手側が割と一方的に話してる印象が強かった。
聞き上手なんだろうか、それとも私と一緒で人見知りなんだろうか。
私はいつの間にか、突っ伏して動かない若奈ちゃんをじーっと観察しながら、彼女についていろいろと考えを巡らせていた。
なんていうか謎が多い。
「(いや、絶対優しい子だとは思うんだけど……)」
すると、教室のドアがガララと開いた。
クラスメイトたちと和気あいあいと話しながら入ってきたのは、三木。
私の視線が、また引きつけられるように変わる。
教室に入った途端、三木は何人かのクラスメイトにすぐさま話しかけられていた。
あっという間に周りにちょっとした人だかりができる。
どれだけ人気者なんだとさすがに私も呆れてしまう。
「(うちのクラス、ほんと三木好きすぎ……)」
私もなんだけどね!?私もその一人だけどね!?
諦めよう諦めようと何回も何回も思っているのに、未だ自然に目で追ってしまうし、声がすれば探してしまうし、偶然でもなんでも目が合うと逸らしてしまう。
浅そうに見えていて、深いふかーい溝に私はハマってしまったようだ。
抜け出すには相当な時間がかかるだろう。
なるべく早く抜け出さないとと頭で思いつつ、今日も私の視界はほとんど三木しか映っていなかった。