落ちる滴
その日は入学式だった。教室も、クラスメイトも、学校も、みんな新しくて、落ち着かない。
すでにグループも出来つつある中、人見知りに加え同じ中学出身の子もいない私は、1人で、居心地が悪くて。
だから逃げるように、中庭に飛び出した。
「うわっ……、すごっ」
思わずそう呟く。
前々から、この高校の中庭はかなり広いということは聞いていた。
春は桜だらけの景色が圧巻だ、とも。
でも私の想像のはるか上を行く桜の量と広大な中庭が、目の前に広がっていた。
その時の私は、それに妙にテンションが上がってしまったんだと思う。
ろくに学校の構図すら知りもしないのに、無謀にも大量の桜の中へ飛び込んでいった。
「(うーん、こりゃあまいったなぁ……)」
完全に迷うのにそんなに時間は掛からなかったのは言うまでもない。
はいそうですバカですごめんなさい!
自分がどちらから来たのかも、見渡す限り桜桜桜……のせいでさっぱりだった。
「(まさか入学早々迷い込むとは……。散策のつもりだったんだけどなー)」
しかし当時の私は何故か冷静で……。
なんでだ?
とにかく歩こうと、自分がどこに向かっているのかもわからないまま歩き始めた。
それから5分もしなかった……と思う。
「あっ」
桜を見上げる男の子の姿を見つけた。
「(帰れる!!)」
咄嗟にそう思った。
人見知りとかこの状況でそんなの気にしちゃいられない!!
校舎口聞こう!すぐ聞こう!
ずっと桜ばっかりの景色の中、やっと見つけた頼みの綱に、迷子のせいで下がってしまった妙なテンションが再び上がり始める。
「あ、あのっ!!」
男の子が振り返る。
私は小走りで男の子の元へと駆け寄った。
「すいません、えっと……、校舎口って」
同じ学年かな?それとも先輩?
男の子の傍で立ち止まり、きちんと顔を確認する。
「どこで……」
――その瞬間、私は息を呑んだ。
ポタリと落ちる滴。
その子の瞳から止まることなく流れては、落ちていく――。
「(な、い、てる……)」
少しして、気付いた。
それが涙だということに。
その男の子が泣いているいうことに。