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第5章ー混沌を打ち砕けー

―第5章 混沌を打ち砕け―


「ん...?う~ん...あれ...?俺、どうしていたっけ...?」

 確か、ヒナたちとデパートに行って、紗那と会って、その彼女の記憶を消すためにゆかりが魔法を使って...そのあとに黒い何かに飲み込まれた。俺はそのせいで気を失っていたのか...?

「ひ、ヒナ!?ゆかり!?紗那ちゃん!?」

 彼女たちを探すため俺は辺りを見回した。そして驚きに目を丸くした。いつの間にか周りには瓦礫の山が積み重ねられていた。天井の一部が壊れて崩落したらしい。

「ヒナ!」

 辺りに倒れている人たちの中からふと放り出されていたヒナを見つけた。俺は駆け寄り息を確認した。どうやら呼吸はしているようだ。身体に目立った外傷はない。ところどころかすり傷がついているけれどすぐに治るだろうし後も残らないだろう。俺はぐったりとしたヒナの身体を揺さぶる。

「ヒナ!ヒナ!」

「ん...?お兄、ちゃん...?あれ...ボク、どうして...」

 ヒナはあたりをきょろきょろと見渡してさぁっと顔色を変えた。慌てて俺に状況の説明を求めるが俺すらわからないことをどう説明すればいいのか。

「ゆかりお姉ちゃんは...?」

「探してるんだけど...どこにいるのか...」

「シン君...つっ...私は...げほっ...ここだよ...」

 瓦礫の山をかき分けてゆかりが姿を現した。けれど今の彼女は見るに堪えない姿だった。メガネにはひびが入りレンズには額から垂れている真っ赤な血がべったりと付着していた。押さえている横腹からぽたぽたと血が漏れている。それに血の混じったような咳を繰り返していた。多分瓦礫の山に押しつぶされてムリに出ようとしたからか...。

「これぐらい...ぐっ...どうってことないよ...治癒魔法が、あればね...」

 彼女の傷口に淡い光が宿り始める。とても優しい光が彼女の傷を包み込み、それをだんだんと癒していた。けれど完全には治療できないらしくまだ少し痛みを引きずった表情をしていた。

「応急処置はしたから...大丈夫...」

「なぁ...ゆかり...これって...」

「もしかしてゆかりお姉ちゃん...失敗したの?」

「なっ...ヒナ!?」

 俺がオブラートに包みこんで訊こうとしていたことをストレートに訊きやがった...。あの時ゆかりが記憶操作をするために魔力を流し込んだ、その直後にこの事態だ起こったのだからゆかりに何か一端があるのかもしれない、俺もヒナも同じ考えを持っていたというわけだ。

「ううん...私の魔法は失敗してないよ。ただし、成功もしてないけどね」

「どういうことだ?」

「私は確かにあの時魔力を流し込んだ。けれど焼き切る前に何か黒いものが私の中に流れ込んできて...」

「そう、なのか...」

 それじゃあこの原因はなんだ?もしかして紗那が何か関係あるのか?

「紗那ちゃんは!?紗那ちゃん...!紗那ちゃん...!」

「紗那ちゃんも気になるけど...ここにいる人たちをまずは安全な場所に運ばないと...また崩落が起こるかもしれない...ゆかりはアリスとウォルフに連絡を入れてくれ。あいつらの事だから死んではいないと思うけど...でも動けない怪我をしている可能性はある...」

「わかった...ちょっと待って...」

 ゆかりがポケットから携帯を取り出した瞬間だった。ヒナの悲鳴が俺たちの耳に反響して響いてきた。何事かと思い思わず駆け出した。

「ヒナ...!?」

「あ、あれ...見て...」

 ヒナが真っ青な顔をして指をさした。震える指と同じようにヒナはカタカタと奥歯を鳴らしていた。ヒナがここまで怖がる相手を見るのは少し度胸がいる。けれどここで怖気づいてしまってはダメだ。俺はゆっくりとそちらへ向いた。

「え...?あれ...マジ、かよ...」

 ヒナの指先、そこには中空に漂う紗那の姿があった。しかも右手でここに買い物に来ていたのであろう女の人を持ち上げて、その首元にかぶりついていた。まるで吸血鬼のように...。最初はじたばたと暴れていた女の人だがだんだんと血を抜かれていくにつれておとなしくなっていく。それは陸に打ち上げられた魚のようだった。初めはピチピチとはねていた魚だが、陸上では数分も生きられないためにだんだんと力を無くし最後には動かなくなっていくあの光景を彷彿とさせた。現に血を抜かれていく彼女はぴくぴくと細かく身体を痙攣させてだらりと四肢を投げ出してしまっていた。

「ぷはぁ...!ちっ...まずいな...この時代の女というのはこうもまずいのか...それともこいつが特別まずいのか?」

 ぶつぶつと不満そうにつぶやいた彼女は手に持っていた女をまるで飽きたおもちゃを放り投げる子供のようにその場に放り出した。ぐちゅり、という嫌な肉の砕ける音が響いた。ぎゅっと目をつぶってその瞬間を見ないようにしたが、その酷くリアルな音が俺の脳内に鮮明にべちゃりと叩きつけられる女の様子を映し出していた。

(あれが本当に...紗那ちゃんなのか?)

 疑っては見たがどう見てもあれは紗那そのものだった。顔も、服も、体格もさっきまで一緒にいた少女と同じだった。彼女と唯一違うところ、それはオーラだった。今の紗那からは、どす黒い何かがぶくぶくとマグマみたいに溢れ出しているようなオーラを感じる。

「紗那...ちゃん...なの?」

 ヒナが恐る恐る前に出て彼女に呼び掛ける。と、彼女もヒナのほうを見た。

「ひっ...!」

 けれど紗那の瞳に射抜かれたヒナは動けなくなってしまっていた。紗那の黄金に輝く邪悪な殺気を帯びた瞳に、動けなくなってしまっていたのだ。

「ほぅ...魔法少女か...しかも使い魔までいるとはな...これは思わぬごちそうだ。じゅるり...数百年ろくな魔力を食ってなくてな...まだ体に魔力が回らないのよ...あなたたちの魔力がたっぷり詰まったとろっとろの血液...浴びるほど飲ませてちょうだいよ」

 じゅるりと舌舐めずりをして邪悪に微笑む彼女を見て確信した。こいつは紗那じゃない。紗那の姿をした、何か別の得体のしれない物体だ。

「こいつ...紗那ちゃんじゃ、ない...紗那ちゃんの皮を被った何かだ!逃げろヒナ!」

 だけどそれはもう遅かった。俺の声を遮る様に紗那が魔法を放った。真っ黒な、それでいて妖艶な輝きを持つ光の矢が、ビクビクと怯えて動けなくなっていたヒナを狙って一直線に進んでいた。俺はヒナをかばうために横に飛ぶが距離が足りない。俺には...ヒナを守る力すらないのか...。ゴメン...ヒナ...。

 ヒナが死ぬ、精一杯手を伸ばしたけれど、ヒナとの距離は縮められない。ヒナに真っ黒な矢が直撃する寸前俺は思わずぎゅっと目を閉じてしまっていた。本能がヒナの最後を見るのを拒んだのか、それとも別の何かが働いたのかわからないが、俺は思いきり目を閉じてしまった。目を閉じてヒナの断末魔の声を予想して身震いした。ヒナの苦痛に満ちた声を想像して、涙が出た。

 けれど俺の予想していた声は漏れなかった。それどころかなぜか紗那の悔しそうな声が響いていた。俺は恐る恐る目を開ける。なんとヒナの目の前に光り輝く魔法陣が展開されているではないか。こんなことをしてくれるのは一人しかいなかった。

「アリス!」

「へへへ...ぎりぎりセーフ...だね」

 真上から響くアリスの声、見ると崩落して一続きになった上階から顔をのぞかせていた。すでに魔法少女服に身を包みこちらに手を振っている。

「くそ...邪魔をするな!」

「アリス避けろ!」

 紗那は今度はアリスに標的を絞ったらしい。真っ黒なボールのような塊を3つアリスのいる上階に向かって放った。黒いボールのような何かはアリスのすぐ足元に当たり、そして爆発した。爆発の衝撃で足場が崩れアリスはまっさかさまに転落する。

「キャーーーーーー!」

 悲鳴とともにアリスが落ちてくる。まっさかさまに落ちてくるアリスの下には鋭く尖った大きな瓦礫の破片があった。あれに刺さればひとたまりもない。

「アリス!何か魔法を!」

「あの速さじゃ落下前に魔法を使うなんてできない...ウォルフ!」

 ゆかりが指笛を吹いた。と、同時に落下していたアリスの姿が一瞬にして消えた。何事かと思いきょろきょろと原因を探していると目の前に突然巨大なオオカミ、ウォルフが現れた。その背にはしっかりとアリスがのせられていた。

「オオカミの姿のウォルフのスピードならぎりぎり間に合うかなって思ったけど...うん、私の予想通り」

 ゆかりはグッとガッツポーズをしてウォルフの頭を撫でた。気持ちよさそうにウォルフは目を細めて小さくうめき声をあげた。

「とりあえず全員そろったが...どうする?逃げるか?」

「逃げれる、かな?アリスはさっきの落下の時に気を失っちゃったみたいだから難しくなったかも...」

 アリスの防御魔法が使えれば逃げられる可能性は大いに増えたのだが...。俺は頭の中でどうにか逃げられる手立てを探すが何一つ見当たらない。

「戦うしか、ないのか...?」

「いいえ、あなたたちは下がっていなさい。ここは私たちが引き受けるわ」

 ふと、背後からかかった声にふりむくとそこには学園長がいた。それにエミリアさんもいた。彼女たちはいつもの服装ではなく魔法少女の服装だった。二人とも真っ黒なローブに真っ黒なとんがり帽子という絵に描いたようなおとぎ話の魔法使いのような格好だった。

「久しぶりね...まさか地獄の底から戻ってくるなんて思わなかったわ...ケイオス!」

「ほう...エリーか...昔と同じ姿ということは、どうやら呪いはまだ続いているのだな」

「おかげさまでね」

 学園長が紗那をケイオスと呼んだ。やはり俺の予想通りあれは紗那の姿をした別の何者かだったようだ。

「さぁ...昔のように殺し合いをしましょうか?」

 にたりとした笑みを浮かべるケイオス。紗那のおっとりしている顔が歪にゆがむほどの黒い笑みを浮かべていた。学園長もにやりと笑い手を前に構えた。

 そして事が始まった。先手を打ったのはケイオスだった。頭上に巨大な魔法陣のようなものを展開、そこから数多の黒い弾丸が降りそそがれた。無数に降りそそぐ弾丸の嵐、けれどその中心にいる学園長は微動だにしなかった。その弾丸がすべて彼女の目の前で霧散していく。見ると彼女の目の前にはうっすらとした光の膜が張ってあった。薄い膜に触れた黒はまるで浄化されたようにこの世界からの存在を消した。

「相変わらず攻撃パターンは変わってないわね...」

「フフ...これはまだウォーミングアップさ...本当の力はこれからだ!」

 ケイオスが叫ぶと学園長の周りに青白い炎が燃え上がった。じりじりと迫る真っ青な、まるで意思を持ち学園長を飲み込もうとせんばかりの炎。けれど彼女はそれでも慌てなかった。

「ホーリーバリア!」

 そう叫ぶと彼女の身体は光の球体へと飲み込まれた。そしてそのままカツカツと足音を鳴らしながら炎の中へと歩いていった。燃えてしまう、そう思った俺だったが彼女はどうもなかった。熱そうな素振りすらしていない。まるであの光の球体によって外とは隔離されているように。

「ほう...まさかその術を完成させていたとはな...」

「あなたが眠っていた間何もしてこなかったと思ってたの?あの時の私とは違うのよ...今度はこちらから行くわ...」

 学園長がきっと鋭い視線でケイオスを睨む。すると周りの瓦礫たちが浮き上がり一直線にケイオスに向かって突き進んでいった。それはさながらコンクリートの弾丸だ。

「ふん...これぐらい造作もない!」

 飛んでくる瓦礫をまるで飛んでいる虫を落とすか如く軽々と魔法で撃ち落としていく。けれどその全てを打ち落とすことはできず避けては撃ち、そしてまた避けてを繰り返していた。

「すばしっこいわね...これならどう?」

 ひときわ大きな瓦礫がケイオスの両端へと浮かび上がった。それはまるで磁石のS極とN極がくっつくときのような勢いでぶつかり合いケイオスを挟み込んだ。さすがにあの大きさで潰されればひとたまりもないだろう。

「フフ...これぐらいで私を倒せたと思ってるのかしら?」

「そんなに簡単に死ぬなんて誰も思っていないよ」

 潰されたと思っていたケイオスが不敵な笑みを浮かべて空中に浮かんでいた。何故だかわからずに俺はぶつかりあった瓦礫を見る。そこに挟まれているのは、マネキンだった。ただの無機質な人形が無惨に挟まれているだけだった。どうやらあの一瞬の間に身代りにしたのだろう。けれどあまりの速さに俺の目には見えていなかった、ということか。

「ならばこれならどうかしら!」

 学園長の背後に数多もの光の槍が一瞬で現れた。その切っ先のすべてがケイオスに向けられていた。

「黄金の槍、か...ならば...」

 ケイオスが横なぎに腕を振るうとその手には漆黒の剣が握られていた。まるで悪意そのものでできたようなまがまがしい剣を握り、彼女は学園長の元まで降下していく。

「ターゲットロック...貫いて!」

 学園長の掛け声とともに槍が一斉に掃射される。まるで黄金の魚が宙に飛びあがっているような不思議な光景だった。けれどその槍もケイオスには届かなかった。ものすごい速度で槍を次々と切り落としていく。無数にあった槍も最後の一発となり、それも無残に黒の剣で切り落とされてしまった。

「この身体だと少し動きづらいな...やはり乗り移る身体を選べないのは不便なモノだな...」

「やっぱりあなた...魂だけは生きていたのね...魂だけ生き延びて、いろんな人の身体を乗っ取っていた。そうでしょ?」

「まぁその通りさ。私は確かに業火に焼かれて死んだ。けれど魂に呪いをかけたのだ。お前にかけたのと同じ、不死の呪いをね。そして魂だけ生き延びた私は次々と宿主を変えていった。宿主の肉体が死ねばまた次の宿主へと、転々と命を乗り継いでやっとこの身体の時にチャンスが訪れた。復活に必要な魔力が流れ込んできたんだ」

「まさか...それって私のせい...」

 隣でゆかりが顔を真っ青にして呟いた。

「この世界の住人はどうやら魔力を持っていないようでな...苦労したさ。魂だけでは時空も越えられない...少しでもいい、魔力を流し込めれば、と思った矢先この世界にも魔法少女がいたと知った。私はこの好機を逃すまいとこの世界に魔力が流れ込むように細工した。魂だけでもそれはできるんでね」

 じゃあ学園長が言っていたこの世界での異常な魔力の飽和っていうのも、こいつが引き起こしたというのか。とすればすべての元凶は、このケイオスにあったのだ。

「なんで魂だけになってまで...」

「フフ...私が簡単に話すと思うか?今まではお前たちへの冥土の土産として話したまでだ。ここから先は別料金と行こうか?」

「仕方ないわね...それじゃあ強引に聴きだすまで...エミリア!」

「はい、お姉様...完璧に魔力チャージ終わりました...いきます!天の鎖!」

「な、なに...!?」

 今まで物陰に潜んでいたエミリアさんが叫んだ。すると虚空から鎖が飛び出してケイオスの身体を拘束していく。逃れようとするケイオスだが鎖はどこまでも彼女を追跡し、そして完全に体を拘束した。腕と足を虚空に固定されまるで張りつけにされているような格好だ。

「よくやったわエミリア...やっぱりあなたの拘束魔法は最高ね」

「いいえ...これもお姉様に時間を稼いでもらったおかげです...」

「本命はこれだったのか...」

 必死に鎖を断ち切ろうと暴れるケイオスだったがやがてそれが無駄だとわかり観念したように溜め息をついた。

「さぁ...話してもらうわよ。あなたの目的を」

 学園長はケイオスの元まで浮遊魔法で移動してその喉元にケイオスの漆黒の剣と形状の似た光の剣を突き立てた。

「私の目的、それは混沌の再来...あの時魔女狩りで世界は混沌に陥ったけど、まだ足りない...もっともっと大きな混沌を私は求めているの...世界、いえ、時空を超えた戦争を...」

「時空を超えた戦争だと?」

「私はこの世界の人間を、別の世界へと連れていく。支配欲におぼれたこの世界の人間はきっとすぐに世界を征服しようと戦う。これが私の目的、時空戦争の勃発。そして私は高みの見物を決め込むだけ...数多の人の血が流れるのを見ながら最高のワインを飲みながらね」

「腐ってる...本当にあなた腐ってるわね」

 侮蔑に満ちた学園長の声がケイオスを突き刺した。けれど彼女は全く気にしていない、いや、むしろそう言われて光栄だという風に笑みをこぼした。

「あなたが悪事を行う前に...私がここでもう一度地獄に送ってあげる...」

「本当にいいのかしら?私は今魂だけの存在、体はこの女のモノ...この意味がわかるかしら?この身体を傷つけても私は痛くもかゆくもない。苦しむのはこの身体の主というわけよ。少し例を見せてあげた方がいいかしら?」

 ぱちんと指を鳴らしたケイオス、その瞬間操り人形の糸が切れたようにぷっつりとぐったりとなった。そして次に目を開けた瞬間には、体に纏われていた邪気はすべてなくなっていた。

「あれ?ここ、どこ...?私は...え!?な、何で私こんなところに縛られてるの!?え!?あ、あなたがやったの...?ひっ...!そ、それ...剣...や、やめて殺さないで...!いや!私まだ死にたくない!誰か助けてぇ!」

 あれは、紗那の人格だった。紗那は顔いっぱいに恐怖を張りつけて身体をビクビクと震わせてまるで雨の中捨てられた子犬のようだ。泣き叫ぶ紗那の声にヒナは思わず耳を塞いでしまっていた。

「やめて...紗那ちゃんに酷いことしないで...」

 ヒナも瞳いっぱいに涙をためて学園長に訴えた。さすがに一般人である紗那の身体を傷つけるわけにもいかず学園長は剣を下ろした。

「ふひっ...この身体がある限りお前たちは私に攻撃も出来ない...今の私はこんなにも無防備だというのに...」

 次の瞬間には紗那の人格は消えケイオスが現れていた。さっきまでの紗那の涙が一瞬で歪んだ笑い顔に変わった。

「くそ...どうしたらいいんだよ...」

 あれじゃあ紗那を人質にとられているのと同じようなモノだ。どうにかしなければと思うが魔法を使うことができない俺が解決できる問題じゃなかった。

「さて...茶番は終わりだ。そろそろ拘束されるのにも飽きたからな...」

「て、天の鎖が...一瞬で...!?」

 ケイオスは少し鎖を睨んだだけでそれは一瞬にして黒い炎に包まれてちぎれてしまった。拘束を失い自由になった彼女は動けなくなってしまった学園長に近づき、彼女の身体に触れた。すると一瞬で彼女の身体は後方、冷たいコンクリートの床へと叩きつけられた。彼女はがはりと苦しそうな息を漏らしゴポリと口から血を吐き出した。

「さて...鎖のお礼もしておかないとな...」

 ケイオスが腕を振るうと千切れた鎖の先がエミリアさんに向けて放たれて彼女を拘束した。

「シン君...」

 ぎゅっと俺の服を掴んでくるゆかり。恐怖と絶望でがくがくと震える彼女を俺はそっと抱きしめた。こんなことただの気休めにしかならなかったけれど、少し体の震えが収まった気がした。

「あ、新太...くん...」

「学園長!?」

 唐突に学園長が俺の名を呼んだ。今にも途切れてしまいそうな弱々しい声だけど、確かにその声は俺に届いた。

「だ、大丈夫ですか!?うわ...血が酷い...それに腕も変な方向に曲がって...」

「そ、そんなことは...げほっ...どうでもいい...聞いてほしいことが...あるんだ...」

 ボロボロになった学園長、けれど彼女の瞳は力強くまっすぐに俺だけを見つめていた。

「キミの...魔力を...アイツにぶつけるんだ...この前言った通り...キミの魔力は通常の魔法少女の数十倍...きっとアイツの魔力も上回っているはずだ...」

「けど...俺魔法なんて使えませんよ...」

「キミが魔法を使えなかったのは...ヒナとうまくパスが繋がっていなかったからだ...」

「え...?」

 学園長曰く俺とヒナの契約が不十分なせいで俺の身体にヒナの魔力回路が上手く移植されなかったというのだ。不十分な魔力回路は魔力をためるだけの機関と成り果ててしまっていたらしい。そしてその回路を正常にする方法というのが...

「き、キス...ですか!?」

「あぁ...キスによって...直に魔力回路を移植するんだ...」

「死にかけにしては悪い冗談ですよ...笑えませんって...」

「冗談でも何でもない...キミが...ヒナとキスをするんだ...そして魔力を解放しろ...」

 そう言って学園長はガクリと意識を失ってしまった。呼吸は正常に行われているので死んだというわけではなさそうでとりあえずは胸をなでおろした。

「お兄ちゃん...」

 気付くと俺の隣にヒナがいた。うっすらと頬を染めて恥ずかしそうにしている、多分俺たちの話を聞いていたのだろう。

「キス...だよね...いいよ、お兄ちゃん...」

 とろんとした瞳で俺のことを見上げるヒナ。頬は真っ赤に染まり大きな瞳は涙できらりと濡れていた。けれどその涙が、嬉しさの涙だというのはすぐにわかった。

「いや、待て。俺のほうは心の準備が...」

 その前にまずヒナは弟だ。男と、しかも実の弟とキスって相当ヤバくないか?それが確かに世界を救うためだとは言えためらってしまう。

「キスしないと...ダメなんでしょ?ボクなら大丈夫だよ?お兄ちゃんが初めての相手でも...」

 しかも初めてだと!?俺がヒナの初めてを奪っていいのだろうか!?だんだんと心臓がバクバクと昂っていく。それに伴って血液も熱く沸騰していくのが分かった。

「ヒナ...?初めては大事な人のために取っておかないと...」

「ボク、初めてはお兄ちゃんがいいの...お兄ちゃんじゃないと嫌...!だってボクお兄ちゃん大好きだもん!」

「いや、多分その好きはホントの好きじゃ...」

「違うよ...これはホントの好き...ボクはね、兄としてじゃなくて、一人の男の子としてお兄ちゃんが好きって言ってるの...昔っからお兄ちゃんの事だけ見てて、お兄ちゃんに好きになってもらおうって女の子みたいな恰好したり、女の子みたいに振る舞ってみたりしてたんだよ?お兄ちゃんは気付いてなかったかもしれないけどさ、ボクは本気でお兄ちゃんの事、愛してたんだよ?」

「ヒナ...」

 ヒナの気持ちに、今初めて気づいた。女の子みたいにしていたことも、いつも俺と一緒にいたがるわけも、すべてすべて初めて知った。その女の子みたいな純粋な恋心が、魔法少女となるきっかけとなったことも...。

「それにお兄ちゃん約束したよ?おっきくなったらヒナとキスしてあげるって...お嫁さんの約束した時に言ったよね?」

 それは俺の心の中でずっと色あせずに残っている記憶だった。公園でお嫁さんごっこをしていた時に、ヒナがキスをせがんできた。当時の俺も弟とのキスが恥ずかしくて、はぐらかすように大人になったらなと言ったのだ。けれどこんな昔のことをヒナが覚えているなんてな...。いや、俺も覚えていたし、俺のことを大好きだって言ってくれたこいつが忘れるはずもないか。

 俺はヒナの肩に手を置いた。突然のことにヒナはびくりと肩を震わせた。

「そうだな...キス、するか...」

 俺は覚悟を決めた。俺の中で何かが固まった気がしたのだ。過去の約束を守ろう、いや、ヒナの思いに応えようと思った。俺の為に、こんなに可愛らしくなったヒナの気持ちに、一つの答えを与えることにした。

 それにさっき告白されてからヒナの事がとても可愛らしく見えてきたのだ。いつもより3割増しに可愛い...。大きくてうるっと潤んだ瞳、少しピンクに染まったマシュマロほっぺ、女の子と間違えてしまいそうな顔立ち、そしてプルンと潤っていてプニプニっとやわらかそうな、うっすらとした赤色をした唇...。その全てが、とても愛おしく思えたのだ。

 ヒナの顔に自分の顔を近づけるとさっきまでのトロンとした表情はどこへやら、急に慌て始めた。

「えっ...?いいの...お兄ちゃん?」

「お前からしようって言っておいていいも何もあるかよ。...それに」

「それに?」

「お、俺も...ヒナが...ううん!何でもない!」

「あ!お兄ちゃんずるい!ボクは恥ずかしくっても全部言ったのに!お兄ちゃんもちゃんと言ってよ!」

「い、嫌だよ!ホント恥ずかしいから言えない!」

「なんでよ!?いいでしょ!?ボクもお兄ちゃんの気持ち聞きたい!」

「ダメったらダメ!」

「うぅ...お兄ちゃんのバカ...むぐっ!?」

 ひたすらに次の言葉を要求していたヒナの口を、自分の口でふさいだ。むにゅり、とした感覚が俺の唇に感じる。それになんだか甘い、まるで唇が砂糖菓子でできているのではないかと思えるほどの甘美に俺の頭はトロトロにとろけてしまっていた。まるで全神経が唇に集中しているのではないかと思えるぐらい今の俺の唇の感度は敏感だった。唇の隙間から漏れだすヒナの吐息が唇をなでるだけで脳みそがスパークしてしまいそうなほどの気持ちよさが流れた。

「むぐっ...んちゅ...ちゅっ...」

 初めは驚いてヒナだがだんだんと気持ちよさそうに俺に身をゆだねてきた。俺は夢中でヒナに口付けを送る。兄弟でしているという妙な背徳感がヒナの唇を貪る欲求となって俺の全身を駆け回る。ねっとりで、それでいて繊細なキスをヒナに送る。ヒナもそれに応えるように俺に唇を押し付けてきた。世界が俺たち二人きりになり、時間が止まったと錯覚してしまうほどに、俺達はキスに夢中になっていた...。

「ぷはぁ...お兄ちゃん...キス、激しすぎ...」

 さすがに呼吸が苦しくなりお互いは口を離した。少し名残惜しい気もするがこれ以上していれば俺の気がおかしくなってしまいそうなので我慢だ。

「ゴメン...なんか...気持ちが抑えられなくって...」

「えへへ...でもうれしい...お兄ちゃんが激しくしてくれるってことはそれだけボクのことがす...」

「あぁダメダメ!それ以上言うな!恥ずかしい!」

「お兄ちゃんってば顔真っ赤!おサルさんみたい!」

「う、うるせぇ...」

 恥ずかしさでヒナの顔を直視できない。唇に残るヒナの感触が今でも忘れられず、ヒナを見るとまたキスしてしまいそうになる。こんなになるまで、俺はヒナの事が好きだったのだなと自分の中で一つの折り合いをつけた。

「あ、あのぉ...お二人さん...できれば物陰でやってほしかったんだけど...」

「うわぁっ!?」

 突然ゆかりに声をかけられてお互い飛び上るほどに驚いてしまった。多分ヒナも俺と同じで世界が俺たち二人だけだという錯覚をしてしまったのだろう。何かいけないモノを見つかった子供のように縮こまるしかなかった。

「はぁ...ほんとブラコン兄弟...キスまでしちゃうなんて...」

 ゆかりは頬を染めながらも悔しそうに、それでいて嬉しそうにぽつりとつぶやいた。

「そ、そうだ!魔法だ!」

 俺ははっと本来の目的を思い出す。ヒナとキスしたのは魔法を引き出すためであって俺たちが甘い時間に酔いしれるためにしたことではない。

 意識を入れ替えるために頬をバチンと叩き気合を入れなおした。そしていつも練習してきたようにイメージを固め瓦礫の中の一つにそれをぶつけてみた。

「う、動いた...」

 練習の時は全く動かなかったが、それは横にざざっとスライドしたのだ。俺は嬉しさを隠し切れずにまるでテストで100点を取った子供のようにバカみたいにはしゃいでしまった。そしてそれと同時に涙も出てきた。俺にも魔法が使えたんだって...どういう経緯で魔法を使えるようになったかはさておき、けれどあの練習は意味がないものではなかった。あの練習があったからこそここまで嬉しくて、そして感動したのだ。

「おめでとうお兄ちゃん!」

「ありがとうなヒナ...お前のおかげだ...ほんと、感謝してる...」

 涙で滲む視界でヒナをとらえて、いつもみたいにその頭をくしゃくしゃっと撫でた。俺の視界はほとんど滲んで見えなかったけれど、きっとヒナはいつも以上に気持ちよさそうな、それでいて嬉しそうな顔で微笑んでいるんだということはわかった。


「さて...これでどうするかなんだけど...」

 いや、もう俺にはそんなことを考える必要が無かった。さっきから頭の中に語りかけてくれる声に身をゆだねるだけだった。魂を取り出せ、お前ならその方法を知っている、という声を、信じるのみだった。

「ゆかり、お前はアイツの気を引いてくれ。少し危険な役回りになるが頼めるか?」

「うん...怖いけど...大丈夫!ウォルフも一緒に来てくれるよね?」

「あぁ、もちろんだ。俺にはゆかりを守るって使命があるんだからな」

「フフ...今日のウォルフ、いつもより頼もしい...」

「惚れても...いいんだぜ?」

「キモさは相変わらず...ううん...いつもよりキモいかも...」

 いつもみたいに軽口をたたく二人の顔に少し怯えが見て取れた。さすがにさっきのあれを見れば怖いのは仕方ない。けれど、それでも二人はいくって言ってくれた、みんなのために戦うって決めてくれたのだ。俺は内心で溢れんばかりの感謝の言葉を述べた。

「ヒナはサポートに回ってくれ。この二人が危なくなったら手助けをしてやるんだ。できるな?」

「うん任せて!ウォルフはともかくゆかりお姉ちゃんは絶対に守るから!」

「みんな俺の扱い酷くないか...」

「お前はそんな扱いをしても大丈夫って思われてるから仕方ない。諦めろ」

 落ち込むウォルフの肩にポン、と手を置いてやった。ふと俺の背中に彼女の声が聞こえた。

「アリスも...アリスも戦えるよ...」

「え!?お前、大丈夫なのか!?」

「うん...気を失っちゃっただけだから...怪我もしてないし...大丈夫!」

 アリスはポケットから新しいロリポップを取り出して口に放り込んだ。その瞳はリベンジの炎に燃えていた。

「わかった。それじゃあお前は防御にまわってもらう」

「オッケー!アリスの得意分野!...で、新太君はどうするの?」

「俺は隙ができたら紗那ちゃんの身体からケイオスを引きはがす」

「そ、そんなことできるの!?新太君魔法使えなかったよね!?」

 気絶していたから知らないのだろう。俺は魔法が使えるようになった経緯を簡単に説明した。告白とかキスの所は恥ずかしかったからぼかしたけどな。

「おめでとう新太君!よかったぁ...アリス、とっても心配してたんだから...このまま魔法が使えなかったらどうしようって...」

「ありがとな、アリス。お前にもいろいろ教えてもらったおかげだよ」

 と、アリスがロリポップを俺に向けて差し出してきた。

「これ、あげる。お祝い!今はこれしかあげられないけど...」

「ありがとな」

 今日二つ目のロリポップをポケットに入れて俺はケイオスを睨んだ。あくびを漏らしながらも律儀に俺たちの事を待ってくれていた。

「で、私を倒す算段はついたのかな?幼い魔法少女たちよ...そのかわいらしい顔が絶望に染まるところを見せておくれ!」

「へっ...そんなこと言ってるのも今のうちだぜ?泣いて謝っても俺たちは容赦しないからな」

「小癪な事を!」

 その声とともに戦闘が始まった。まずはオオカミとなったウォルフが敵の目をくらませるように動き回りながらもその背に乗ったゆかりが魔法を放っていく。もちろんそれは相手に撃ち落されるとわかっていて放つ魔法だ。さまざまな種類の魔法を連続で放ち相手の気をそちらに集中させる。だけど相手も撃たれっぱなしではないのは承知だ。ケイオスの得意としているのであろう黒い弾丸が広範囲に降りそそがれた。それをヒナが撃ち落とし、撃ち漏らしをアリスが防いでいく。そしてまたゆかりが魔法を使いケイオスを撹乱する。

「これなら...いけるぞ!」

 俺は思いっきり走った。身体のすべての全力を振り絞り、俺は駆けた。ケイオスの、すべての混沌の元へと。久しぶりに走ったので呼吸が上がるのが早い、鼓動もドクドクと高鳴り脳に酸素が届かずに視界がぼやける。けれども俺は足を止めるわけにはいかなかった。仲間たちが作ってくれたチャンスを、活かさなくてはならない。

「いっけー!」

 あと数歩の距離まで来ていた。俺はグッと足に力を入れて地面を蹴る。そしてここで魔法を使い浮遊すれば...。

「フフ...この私が気付かないとでも思ったのかい、お馬鹿さん」

「なにっ...!?」

 突然ケイオスと目があった。その瞬間跳躍しようとした俺の右足にすさまじい激痛が走った。

「ぐあぁぁぁ...くっ...!あぁ...!」

「少し手加減してあげたんだけどね...それでも痛いかい?」

 俺は思わずその場にうずくまり右足を抑えた。見るとぽっかりと穴が開いていてそこから止めどなく真っ赤な鮮血がこぼれ落ちていた。貫通はしていないようだが内側の筋肉は致命的なダメージを受けているだろう。歯を食いしばり痛みを耐えるがびりびりとした痛みが俺の脳内の痛覚を刺激して離さない。

(こんな痛みに...止まってられるか...!)

「うあぁぁ...!ぐっ...!動け...動け...!」

 立ち上がり前進しようとして、足の痛みに思わずのけぞってしまった。ガクッとひざが折れて無様に床に這いつくばる。けれどそれでも、俺は諦められなかった。床に這いつくばっても、俺は前に進んだ。どんなに無様な姿をさらしてもいい、俺は、やらなくちゃいけないんだ。

「お兄ちゃん...ほら、ボクに掴まって...一緒にいこ?」

 いつの間にか俺の元にやってきていたヒナが手を差し伸べてきた。小さな掌が俺のほうへと向けられている。けれど俺はそれを取ることができなかった。俺がこの手を取ってしまえば、それだけヒナの危険が上がるんだ。俺と同じように、ヒナも怪我を、最悪の可能性だってあり得るのに...。

「大丈夫...ボクの心配なんてしないで...ボクはね、お兄ちゃんを助けたいんだ...そのためならなんだってする...たとえボクの命が無くなっちゃっても、お兄ちゃんを助けたいんだ...」

「わかった...ヒナ...」

 ヒナの覚悟とともに俺はその手を受け取った。少し熱のこもったヒナの手が俺をもう一度立ち上がらせた。そして肩を借りながらも、俺はケイオスに近づいていく。

「ほう...まだ立ち上がるとはな...よほど死にたいようだな!」

 真っ黒な弾丸が俺たちを襲う。けれど俺たちは立ち止まらなかった。なぜなら、仲間を信じているから。

「新太君!ヒナちゃん!止まらずに進んで!攻撃は全部アリスが受け止めるから!」

 信じたとおり俺たちの頭上にはアリスが作ってくれた魔法陣が広がっていた。淡い光が俺たちの足元を照らしている。

「二人とも!ウォルフに乗って!」

 目の前にはオオカミに乗ったゆかりの姿があった。

「いいのか?」

「いいも何も...こうしないとお前たちが死ぬ、そんなのは俺も見たくないからな...早く乗れよ」

「ありがとう...」

「ほら、いってきて...みんなを助けるためにね」

 ゆかりに感謝して俺達はウォルフの背にまたがった。モフモフの毛皮が心地よかった。それに、命の温かさを感じた。ウォルフからどくどくと心臓の鼓動が伝わってきたのだ。

「掴まってろよ...!」

「あぁ!...ヒナ、俺の身体をぎゅっと抱きしめてろ。振り落とされるなよ!」

「うん!」

 背中に感じるヒナのぬくもり、それだけで何でもできる気がした。ヒナがいてくれるから、ヒナの存在が、俺の支えだ。ヒナが幸せになれる世界を壊す悪い魔女は、今ここで葬らねばならない!

 バッとウォルフが跳躍する。すさまじい衝撃で振り落とされそうになるがぎゅっと毛皮を掴み耐える。背中のヒナも振り落とされまいと俺にぎゅっと抱き着いてきていた。

「くそっ...犬っころの分際で!」

「誰が犬っころだと?俺はオオカミだ!誇り高い...オオカミだ!」

 ウォルフめがけて弾丸が降りそそぐ。けれどそれをウォルフは横なぎで振り払った。よくみるとウォルフの爪に炎が灯っていた。

「炎の魔法か...ならば...!」

「遅い!」

 ケイオスが魔法を使おうとしていた、けれど俺たちはもう彼女の懐まで来ていた。

「後は頼んだぞ...新太!」

「頑張ってお兄ちゃん!」

 俺はウォルフから飛び降りてケイオスの身体に触れた。そしてありったけの魔力を、混沌の原因へと解き放った。紗那の身体からケイオスだけをはがすイメージを膨大な魔力とともに解き放つ。

「や、やめろ...ぐあ...な、なんだ...これは...!?わ、私の魂が...!」

 ケイオスの動揺から見て俺の魔法は成功したのだろう。身体から命を取り除く、禁忌の魔法が...。

「これで終わりだケイオス!紗那ちゃんを返してもらうぞ!」

「まだだ...まだ終わらないぞ...この娘の身体から切り離されたところで、私は死なない!ここには幸い命ならいくらも転がっている。そのうちの一つに乗り移れば...」

「それはできないわね」

「そうです...あなたはもう、チェックメイトされています」

「なに...!?」

 振り返ると学園長とエミリアさんが起き上がっていた。そして二人は何やら呪文のようなものをつぶやくと俺にも感じることのできるほど激しい魔力の流れを感じた。それはケイオスの後ろからだった。見るとそこにはぐにゃりと空間のゆがみのようなものが現れていた。

「あなたの魂は...異空間に封印するわ...」

「もう帰ってこれないと思っていてください」

「き、貴様らぁ...!くそ!離せ!私から手を離せ!」

「もう終わりだ、ケイオス...お前の魂は、もう解放される...さようなら、混沌の魔女さん」

「ウソだぁぁぁぁぁ!」

 耳をつんざく絶叫とともにケイオスの魂が紗那から離れた。そしてその魂は空間に吸い込まれ、そして空間のゆがみとともに消滅した。俺達は勝ち取ったのだ、混沌の魔女を打ち負かして、世界の平和を。そして後に残ったのは、崩れた天井から漏れるオレンジと、何もなかったかのように平凡に鳴くカラスの声だけだった...。


―エピローグ―

 その後の話をしよう。無事にケイオスを異空間に封印することができたが残った課題は山積みだった。まずはケイオスが殺した人たちの事だ。デパートの崩壊に巻き込まれて死んだ者もいれば、彼女自身に血を抜かれて死んだ者もいる。これらは欠陥のせいでデパートが崩落し犠牲になったと世間で言われるようになった。俺たちにとっては魔法の存在が表に出なくてよかったと思う半面、犠牲を減らせなかったのかと後悔していた。

 次に残っているのはこの世界の魔力の安定だ。これはあの例の石でどうにか片付く問題だったが軽く見積もっても1年は魔力の飽和に悩まされるそうだ。けれど大災害に発展することはないということで俺はほっと胸をなでおろした。故郷の街が魔力飽和で悲惨なことになるなど想像もしたくなかった。

 最後の課題は紗那だった。どうやら紗那にはあの時の記憶は一切なく自分がケイオスだったということさえも覚えていなかった。ヒナの魔法少女の件はどうなったかというと...

「ゴメン紗那ちゃん!ボクね、女の子の格好する趣味があるの...気持ち、悪いよね...」

「ううん!謝らないで。私前から思ってたんだ、日向ちゃんが女の子の格好したら可愛いかなって...。女の子の格好してほしかったけどでも日向ちゃん嫌がるかなって思って我慢してたの...」

「そう、だったんだ...ありがと、紗那ちゃん...これからも、ボクの友達でいてくれるよね?」

「うん!もちろんだよ!それでさ...日向ちゃんにいっぱい着てほしい服あるんだけど、今から家に来てくれる?」

「可愛いお洋服、着れるの?」

「もちろん!」

「やったー!」

「よかったな、ヒナ...あ、紗那ちゃん、あの画像の事だけどやっぱり光の錯覚だってさ」

「へぇ...こんな風にきれいに映ることってあるんだねぇ...ありがとねお兄さん!」

 という風にヒナの魔法少女疑惑も無事に解決されて一件落着だ。

 学園長の怪我も、俺の足の怪我もリリィ先生に治してもらって無事に完治した。吸血鬼の血を少し飲まされただけで一瞬にして治ってしまうのだから不思議なモノだ。けどその代償に俺の血を求めてきたあの時の本気のリリィ先生の目はきっと気のせいだと思いたい...。

「お兄ちゃん!あの時なんて言おうとしてたのか教えてよ!ボク気になって夜も眠れないんだよ!」

「ウソつくな、お前いつも爆睡じゃないか。昨日なんて涎垂らしてたぞ?」

「そ、そんなことないもん!ボク涎垂らして寝るなんて下品なことしないよ!」

 で、俺はというとずっとヒナにあの時のことを迫られていた。普段から一緒に過ごしている分余計にその性質の悪さが際立っている。

「もういい加減許してくれよ...」

「わかった...ボクもやり過ぎちゃったよ...キス、してくれたら許してあげる...」

「き、キス!?」

「いいでしょ?あの時もしてくれたんだからもう一回してくれたって...お兄ちゃん...ダメ?」

「うっ...」

 上目づかいでうるうるした瞳で見つめられると俺も我慢できなくなってしまうじゃないか...。ヒナに乗せられてその気になってしまった俺は弟の肩に手を置いた。そしてそのまま顔を近づけて...

「お~いヒナちゃ~ん!お兄さ~ん!」

 ふと俺たちを呼ぶ声に気付きびくりと肩が震え思わず飛び上がりそうになってしまった。

「えっ...!?紗那ちゃん!?どうしたの?なんでここに?ここ魔法学校だよ?」

「う~ん...なんだかよくわかんないんだけど、私も魔法少女の才能があるんだって。私はよく覚えてないんだけどケイオス事件の影響だって言ってた」

 そう言ってニヘヘと垂れ目がちの目をさらに下げて微笑んだ紗那。まさか紗那まで魔法少女になってしまうとは意外だった。

「紗那ちゃんがホントに魔法少女なの!?すごぉい!」

「なんとなんとヒナちゃんと同じ2組なんだよ!」

「えぇ!?やったやった!これでまた紗那ちゃんと一緒にお勉強できるんだ!」

 ヒナは飛び上るほど喜びぎゅっと紗那に抱きついた。紗那も嬉しそうに頬を染めて友人のハグを快く受け止めていた。

「そういうことだからこれからよろしくねヒナちゃん、お兄さん!」

「あぁ、俺からもヒナをよろしく頼むよ、紗那ちゃん」

 俺の日常はまたいっそう騒がしくなること間違いなかった。けれど不思議と騒がしい日常が嫌ではなかった。前まではうるさいのは苦手だったのにな...。

 俺は内心で苦笑しつつ自分自身の変化のきっかけとなったヒナにありったけの感謝をした。

(ありがとな...ヒナ...)

 魔法学校の日常は、まだまだ始まったばかりだ―



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