第4章ーおつかいできるかな?ー
―第4章 おつかいできるかな?―
「体の力を抜いて...集中力は切らさないで...そう、あとは自分を信じて...」
「よし...燃えろ!」
「う~ん...またダメかぁ...それじゃ私がちょっと実演してあげるね」
ゆかりも訓練に加わり数日が経過した。けれどやっぱり魔法は使えないままでして...。少しくじけそうになるが頑張るって決めたのだ、諦めるわけにはいかない。で、ゆかりの実演をじっくりとみる。懐からおもむろに木でできた魔法の杖みたいなものを取り出してそれを振りかざす。するとぼぉ!とそこから炎が噴き出した。
「あれ?魔法には別に杖っていらないんじゃ...」
初めて魔法を使う時にヒナに言われたことを思い出して頭の上に疑問符を浮かべる。
「まぁ普通はいらないんだけど...これがあった方がなんか魔法少女っぽくてテンションあがるし狙いもつけやすいしね」
魔法とメンタルは密接につながっているらしいからこれはこれで有効な魔法を使う手段なのだろう。俺も杖を使って試してみようかな...。
「はぁ...もう一回だな!...で、お前ら、なにしてるんだ?」
俺は少し離れているところにいるヒナとアリスのほうを向いた。
「え?何って...応援だよ?」
「そうだよ!お兄ちゃんが頑張れるようにね!ガンバレガンバレお兄ちゃん♪」
彼女たちは可愛らしいチア服に身を包み、手にはポンポンまで持って完全にチアガール気分だ。おへそもふとももも、胸元も丸見えのその衣装は目に毒すぎる。真っ白できめ細やかな素肌につつぅと汗が滴っている、それがつつぅと垂れておなか、そしておへそのくぼみへと吸い込まれていくのがまた何ともたまらない。
「フレフレ新太君♪フレフレ新太君♪」
「ガンバレガンバレお兄ちゃん♪フレフレお兄ちゃん♪」
ポンポンを振りながら俺に声援を送ってくれるのは嬉しいのだが...気が散って練習どころではなかった。アリスは少しでも動くとその豊満な胸が薄いチア服のせいでいつもより余計にプルプルと震えるし、ヒナはヒナでスカートが捲れそうで捲れないギリギリの動きをしているし...。こんなの見せられたら誰だって集中力が欠けるし魅入ってしまいたくなる。
「はぁ...もうシン君ってばぁ...」
隣ではゆかりがジト目で俺のことを見ている。けどそんなこと気にするか。あの二人の犯罪的なまでに可愛らしいチア姿を目に焼き付けるのが今の俺のやることなのだから!
「どうしたのお兄ちゃん?練習しないの?もしかして...ボクの応援、たりなかったかな?もっと応援した方がいい?」
「これ以上の応援なんてアリス思いつかないよ?」
「う~ん...ボクも思いつかないなぁ...どうしよぉ...」
うんうんと唸ってる二人もかわいらしい。どうしよ...鼻血でそう...。
「てかその衣装どうしたんだよ?」
「チアリーディング部から借りたんだ。お兄ちゃんを応援したいって言ったらすぐに貸してくれたよ?あ...でも代わりに写真撮らせてって言われちゃって...」
チアリーディング部GJ!あとでその時撮った写真ってのも貰いに行かないと...。ヒナの兄ですって言えばもらえるかな?
「あ!新太君新太君!ちょっとこっち来てくれるかな?」
突然後ろから俺を呼ぶ声がかかる。正直今は脳内メモリーに二人を録画するので忙しいのだが、そんな変態的な事をしているとばれればこれからの立場が危うい。というわけで俺はしぶしぶ声の主の方向を見た。
「学園長?どうしたんですか?」
わざわざ学園長自身が俺のほうに出向いてくるなんてどうしたんだろう。俺は不思議に思いながらも彼女に近づいた。
「いやぁ...ゴメンね、練習中...じゃなかったみたい...もしかして、キミの趣味なのかい?」
学園長は後ろの二人を見てニヤニヤとしたいやらしい笑いを浮かべた。俺はぶんぶんと首を振って否定する。
「そんなに恥ずかしがることもないよ。お姉さんも君ぐらいの年齢の時は人には言えないぐらいの趣味を持っていたからね...」
遠い目で過去を振り返っている学園長に俺はとりあえず心の中でお姉さんって年齢じゃないだろというツッコミを入れた。さすがに声に出して言えば殺されかねないからな。
「で、何の用ですか?つまらない用件なら帰りますよ?」
「あぁ、いやいや。大事な要件なんだ。おつかいを頼みたいんだよ。これをね、ある場所においてきてほしいんだ」
学園長がそう言って俺に手渡してきたのは手のひら大ぐらいの大きさの石ころだった。少し平らな石ころには魔法陣のような奇妙な模様が彫られていた。
「これ、なんですか?それにある場所って?俺が知ってるところですか?」
「これは魔力を安定化させる石なんだ。魔力飽和を少し遅らせることができる」
「はぁ...」
確か魔力飽和っていうのはある場所に規定以上の魔力がたまることを指すんだよな、で、飽和した魔力は異常をもたらす存在となる。この前授業で言っていたな。
「で、これをキミたちの世界、キミたちの住んでいたところにおいてきてほしいんだ」
「いいですけど...何で学園長自身がいかないんですか?」
「いやぁ...面倒な書類がたまっちゃっててね...それで今教頭に部屋から出るのを禁止されてるんだよ...まったくあのババア...学園長をなんだと思ってるのかしら...減給よ減給!」
「そもそもの原因はあんたが書類仕事ほっぽってたからだろ...」
ぶつくさとふてくされている学園長に俺はそう返さずにはいられなかった。こんな学園長に付き合わされて挙句の果てに減給までされる教頭先生が可哀想で仕方ない...。
「学園長!ここにいましたか!ほら、早く戻ってください!明日までに書類の山を片付けてもらいますからね!」
「ヤバ...教頭だ...」
学園長はしまったという顔を浮かべていた。
「じゃあ頼むよ、新太君」
そして学園長は俺に手提げサイズの袋を手渡すとそのまま走っていってしまった。
「その中に設置ポイントの地図が入ってるから!できれば今日中にお願いねー!」
去り際、こちらを振り向いて学園長が叫んだ。...しかしあの人、逃げ足早いな...。もう見えなくなってるし...。
「なんのようだったの、学園長先生は?」
「なんかさ、この石を俺たちの世界においてこいって...」
「ふ~ん...じゃあ一緒に行こうかお兄ちゃん!ボクお洋服とか買いに行きたいんだぁ」
「買い物目当てかよ...いいよ、別に。石置くだけなら一人でもできるし」
「何言ってるの?お兄ちゃん転移魔法使えるないでしょ?」
「あ...」
大事なことを忘れていた。魔法で例の穴を召喚しなければあっちの世界に帰れないじゃないか...。
「もぅ...お兄ちゃんってばうっかりさんなんだからぁ...」
「てかお前、その前に着替えろよ。チア服のままあっちの世界でうろつくわけにはいかないだろ?」
「は~い...えへへぇ...お兄ちゃんとデートだぁ...」
ヒナがポツリと何かつぶやいた気がしたが俺の耳には届かなかった。
「う~ん...!この街も久しぶりだなぁ...な~んにも変わってないや!」
黒っぽい衣装でそろえてきたメガネっ子。相変わらず駄菓子ポーチはそのままだ。
「あっ!そんなに走ると転ぶぞ、気をつけろよ」
こいつはワイルド系で攻めてきているな...。しかし一歩間違えばチャラ男とみられかねないぐらいだ。
「うわぁ...すごぉい...ここが新太君たちの世界なんだぁ...どこもかしこも建物ばっかり...」
彼女は白っぽいワンピースに身を包みお気に入りのロリポップを舐めながらスキップでもするかのように街を歩く。まるで休日を満喫している女の子みたいだ。
「ふはぁ...久しぶりの地元の空気ってのは格別だなぁ...」
で、俺のお姫様はフリフリのいっぱい付いた女の子の服に身を包んで気合い満々だった。けれどその表情はどこか影があった。
「お兄ちゃん...何でみんながいるの!?ボクたちだけで行くんじゃなかったの!?」
道幅いっぱいに広がったアリス、ゆかり、ウォルフを指差してヒナが声を荒げた。どうやら俺と二人っきりだと勘違いしていたらしくどこかむっと頬を膨らませてご機嫌斜めのようだ。
「...せっかくお兄ちゃんと二人っきりでデートだって思ってたのに...これじゃ台無しだよ...」
あの場には彼女たちもいたのだから当然話が漏れるわけで、ゆかりは懐かしさから、アリスは興味本位から俺についてきたいって言うのは当然だろう。俺と一緒に行くと決めたのはヒナが着替えに行っている間の事だったのでそれもまた怒りを誘発させていた。
「ヒナ、そう怒るなよ?そうだ!デパートのソフトクリーム買ってやるから、お前好きだっただろ?」
「うん...じゃあチョコスプレーいっぱいかかったのがいい...それにバナナとウエハースのトッピング...じゃないと許してあげないもん...」
「うっ...マジかぁ...」
さすがにそれはお財布的にも痛いが...けれどヒナの機嫌を取るには必要経費だ。ヒナが喜んでくれるんだったら痛い出費なんて俺にはないさ!
「あぁ、わかった。それで手を打とう」
「やった!お兄ちゃん大好き!それじゃさっそくデパート行こ?ボクはやくソフトクリーム食べたいなぁ...」
「いや、デパートは最後だ。まずはこいつをおいていかないと」
「そんなの後でもいいじゃん...」
「ヒナは買い物もしたいんだろ?荷物持ちながら歩くのは結構大変だぞ?」
「お兄ちゃんに持ってもらうからいいもん♪」
「俺荷物持ちかよ...いや、俺も食料品とか掃除用品欲しいからさ」
「お兄ちゃん主婦みたい...」
痛いところを突かれて言葉に詰まってしまう。自分でもそう思ってるんだからあんまり言葉にしないでくれ...。
「それにやることが終わってから遊んだ方が楽しいだろ?」
「う~ん...お兄ちゃんがそんなに言うならボク我慢するよ...その代りソフトクリームもう一個ね!」
「お腹冷やしても知らないぞ...」
ヒナの許しも出たことだしまずはこの石を置いていかないと。春の暖かな陽気の元俺たちは学園長から渡された地図と照らし合わせながら様々な場所に向かった。
電信柱の影、トンネルの中、自動販売機の下、様々な所に石をおいていく。中には川に投げ捨てろなどとおかしな場所も指定してあった。
「この公園懐かしいなぁ...昔よく一緒に3人で遊んだよね」
「あぁ...そうだなぁ...」
で、最後の石を置くためにきたのは公園だった。俺達が昔よく遊んだ場所であり、そして俺がこの魔法だらけの日常に足を踏み入れたきっかけとなったゆかりの場所である。俺は辺りの遊具に目を向けてちょうど一週間ぐらい前と同じように過去に思いをはせた。次々と過去の思い出がよみがえり懐かしい気分だ。
「ねぇねぇ新太君!ここって?」
「アリスは知らないのか?公園って言って遊ぶところなんだけど...」
「公園...へぇそうなんだぁ...ちょっと遊んできてもいい?」
「あぁ、いいぞ」
「あ!ボクも行く!」
わんぱくに無邪気に遊具に向かって走っていくアリスの背をヒナは慌てて追いかける。遊具で遊ぶ二人の姿は幼い日の自分たちに似ていた。けれど注意してほしいのはあの二人はもう高校生だということだ。人より小さいがれっきとした高校生だ。遊具で遊ぶ年齢ではないのだが...でも可愛いから許せるっ!
「よし、これで最後だ」
俺は最後の石を滑り台のちょうどてっぺんにおいてふぅ、と息をついた。そして俺は何気なく滑り台の上からあたりを見渡した。
あの時の景色とずいぶん様変わりしているな。俺が最初に思ったのはそんなことだった。幼少期に俺たちが遊んだ公園は当時の姿を保っている。つまり俺が言いたいのは視点の問題だ。あの時はこの滑り台の上からの景色はまるで天の上から見下ろしているような、そんな優越を感じていたのだが、今はそうではなかった。あの時遊んだこの大きなジャングルのような公園が、とても小さく見えた。子供の時は毎日が大冒険だったこの場所が、とてもちっぽけで古びたモノに見える、ジャングルの面影なんてどこにもなかった。
これが、大人になる、ということなのかもしれない。俺はふとそんなことを思っていた。向こうではまだ童心を忘れていない二人がきゃっきゃと騒いでいる。それに混じれない俺は、もう大人なんだな、と少し寂しく思えた。あの大冒険だった日々は、もう二度と帰ってくることが無いんだな、と思い目頭が少しだけ熱くなった。そんな思いを振り切るように俺はバッと勢いよく立ちあがって空を拝んだ。あの時より、空が近くなっていた。どう頑張っても手が届かなかった空に、手を伸ばせば届きそうな距離のところに、俺はいた―
「それじゃあデパートに行くか!...で、お前ら何か見たいものとかあるのか?」
滑り台の上から成長を感じた少し後、俺達は次の目的地、デパートに向けて出発することに。で、それぞれの目的を聞いたのだが...
「あ、私本みたいなぁ...あっちに行ってる間の新刊をチェックしないと」
「俺はゆかりについていくだけだ。別に見たいものなんてない」
「アリスは...デパートってよくわかんないから...」
「だったらアリスちゃんはボクと一緒にお洋服見て回ろ?一緒だったら迷子にならないし、それにデパートの事もよく教えてあげられるしね」
「う~ん...この流れだと俺は一人で食料品売り場を回んなくちゃいけないのか...」
高校生が一人で食料品売り場をうろつくのは相当場違いな感じがある。周りの人はたいていはおばちゃんか、家族連れだ。その中に一人で野菜の質を調べたり魚のパックはどれがお得かっていうのを見ながら回るっていうのはなぁ...。まぁ慣れたからいいんだけどさ...。
「お兄ちゃんだけで食料品持つのきついでしょ?ボクが手伝ってあげるよ!」
「アリスも持つよ!...重いものは無理そうだけど...」
「あ、私も手伝うよ。この前ご飯に呼んでくれたお礼に」
「ゆかりに重いものを持たせられるか、俺が持つ」
「お、助かるな。それじゃ食料品は最後にみんなで見て回るか。じゃあ時間を決めておこう。今からだと12時くらいにはデパートにつくから...お昼を食べるとだいたい1時か...じゃあ3時だ。3時にいったん集合しよう。場所は大広間でいいな?」
「大広間って確かおっきなテレビがおいてあるところだっけ?たまにヒーローショーとかもしてるとこだよね」
「あぁ。何かあれば携帯で連絡してくれ」
「オッケイ!」
「それじゃ何食べるか決めようよ!ボクはオムライスがいいな!」
「俺は肉がいいな。ステーキが食いたい!口に入れた瞬間肉汁がぶわぁって広がるぐらいのウマいやつだ!」
「ほんとウォルフはお肉好きだよねぇ...私はパスタかな...」
「そうだなぁ...アリスいっぱい食べたいのあって困っちゃうなぁ...」
「お前ら食いたいものもバラバラかよ...じゃあファミレスだファミレス!」
俺達はワイワイと向こうで遊ぶ予定を話し合いながら目的地であるデパートへと向かった。
「ふぅ...ファミレスなんて久しぶりだったけど案外美味いもんだな」
「この世界ではあんなに美味い肉がお手軽価格で食えるとは...恐ろしい...」
「アリスの食べたお子様ランチっていうのもおいしかったよ!カレーもハンバーグもエビフライも一緒に食べれるなんて最高だよぉ」
アリスはカレーのてっぺんに乗っていた爪楊枝で作った旗を嬉しそうにパタパタとしながら嬉々としていた。食べたいものがいっぱいで困るって言っていた彼女にふざけてお子様ランチを勧めてみたのだが、これが案の定お気に入りになってしまったようだ。お子様ランチを嬉しそうに頬張る姿なんて本当にもうただの幼女にしか思えなかった。
「みんなアメ舐める?よかったらあげるよ」
食後のロリポップタイムのようでアリスはいつもみたいにそれを口に咥えていた。とりあえずみんなアリスから一つずつロリポップを受け取った。さすがに舐めながら歩くというのはマナー的にも見た目的にもアウトなので俺はポケットに詰め込んであとでいただくことにした。
「それじゃ各自自由行動だ。3時に集合だからな」
『は~い』
皆の間延びした返事とともに俺たちは各々好きな場所へと歩きだした。
で、俺はというと第2の目的である掃除用品を物色しに日用品売り場へと行った。石鹸のような洗剤のような独特のいい匂いが漂うそこで少しプラプラと歩く。ここは歩いているだけでもいろんな発見があって面白い。目的のモノ以外にも様々な便利グッズがおいてあり欲しくなってきてしまう。たとえばくっつきにくいフライパンとか結構欲しい。料理をしているとどうにも焦げ付きを落とすのが面倒になりがちなのだが、これはどうやら焦げ付かないらしいのだ。ということは洗い物の手間が一つ減るということ、これは画期的すぎるではないか。
「う~ん...欲しいなぁ...思い切って買っちゃおうかなぁ...」
俺がうんうんと唸っているとふと後ろから聞き覚えのある声が俺を呼んでいるのに気付いた。
「もしかして...日向ちゃんのお兄さん、ですよね?」
「ん?あぁ、そうだけど...あ、久しぶりだね紗那ちゃん」
声に振り返るとそこにいたのはヒナの友達で同級生だった魅上紗那だった。ヒナと同じぐらいの身長に黒髪のおさげの髪型、目元は垂れ下がっていておっとりとした雰囲気を与えている、左目元の泣きぼくろが愛らしい、顔だちは少し大人びた大人しい顔つきだ、その顔立ちと同じように彼女はとても大人しくまじめな性格だ。服装は白のパーカーにフレアスカートとどこにでもいそうな高校生のファッションだ。
「よかったぁ...もし間違えてたらどうしようって思ってて...」
紗那はほっと溜息をつき胸をなでおろした。彼女はヒナの昔からの友達でよく俺の家にも遊びに来ていたから知っていた。礼儀正しくておとなしい彼女がどうしてあのヒナと仲良くなったのか不思議でならない。一度聞いてみてもあんまり覚えてないと返される始末だった、ということでこの謎は永遠のモノと成り果てたのだ。
「どうしたの紗那ちゃん?俺に声なんてかけてきて...何か用事でもあるの?ヒナなら今たぶん服を見てると思うんだけど...」
俺がそういうと紗那は不思議そうに首をかしげた。俺、何かおかしなこと言ったか?
「ヒナ...?それって日向ちゃんのことですか?」
「あっ...」
しまったぁ...!長いこと日向の事をヒナって呼んでたから馴染んでしまっていた。それにヒナのほうが呼びやすくて愛着がありこっちの名前でずっと呼ぼうかな、とか思ってたから自然と口を滑ってしまったらしい。もしかするとここから魔法の事がばれてしまうかもしれない。俺はしどろもどろになりながら言い訳を考えた。けれどテンパった頭ではうまい言い訳など考えられるはずなかった。これは相当ピンチだ...。すまんヒナ...兄ちゃんのせいでお前が男の娘魔法少女だってばれてしまうかもしれない...。けれど...
「お兄さんって日向ちゃんのことお家ではそう呼んでるんですか?可愛いし私もヒナちゃんって呼ぼうかなぁ...」
「そ、そうなんだよ!紗那ちゃんの前では恥ずかしくてヒナ、なんて呼べなくてさ...さっきのはちょっと気が緩んでて自然に出ちゃったり...」
紗那の勘違いに便乗するように俺はまくしたてる。
「あ、それわかります!私も外では恥ずかしくて兄の事を兄さんって呼んでるんですけど、こんな休みの日に急に友達にあったら家でお兄ちゃんって呼んでるっていうのばれちゃったことあるし...」
「へぇ...紗那ちゃんはお兄さんがいたのか。知らなかったなぁ...」
「あ、ごめんなさい...」
「いや、謝らなくていいよ。...で、紗那ちゃんは何で俺に声をかけたのかな?」
「あ、その話でした。え~と...」
(よし...!自然な流れで会話を元に戻すことに成功したぞ!)
俺は内心でガッツポーズをとった。多分顔にも少し笑みが漏れてしまっているだろうからどうにかそれを抑え込む。
「用事っていうか...その...どう言ったらいいのかな...まずはこの写真、見てもらえます?」
そう言って紗那は自分のスマホを俺に向けて見せてきた。俺はよく見えるように少し腰を落として画面を覗いた。
「!?」
俺は驚きで一瞬呼吸が止まりそうになる。だけどここで動揺を見せるわけにはいかないのでどうにか心臓が高鳴るのを押さえつける。紗那のスマホ、そこに写っていたのはヒナだった。ヒナを撮った写真、けれどただそれだけで俺が驚くはずがなかった。そこに写っていたのは、ピンクのウサミミパーカーを羽織ったヒナの魔法少女としての姿だった...。
「これって...日向ちゃん、ですよね...?」
そう尋ねられて俺は回答に詰まった。喉がカラカラに乾きじんわりと嫌な汗が背中をさすった。気付けば唇も乾ききっていて俺はゆっくりと舌で潤した。
「そ、そんなのただのコスプレだって!ヒナって昔から女の子の服とか着るの大好きだったしさ」
震える声でそう答えた。これでなんとか誤魔化せるといいんだけど...。
「うん...それは知ってますけど...じゃあこっちを見てくれますか?」
紗那はスマホを操作してもう一枚の画像を俺に見せてきた。そこに写っていたのは子猫、きっとミケだろう、を追いかけながら例の契約の魔法を撃っていたヒナの姿があった。ヒナの手からは魔法の光線が伸びていてそれがくっきりとカメラに写ってしまっていたのだ。
俺は顔から血の気がさぁっと引いていくのが分かった。これはどうしても誤魔化しきれなかった。光の反射だろうというにもあまりにも鮮やかな一本の線を引いているし、合成だとケチをつけるのも不自然だ。これはどう考えてもヒナが魔法少女だっていうのを表した証拠だ。
―魔法のない世界で、魔法がばれればどうなるか―
授業で聞いた内容を思い出しながら、もしこれが世間に流布したら?と、俺は最悪の事態を想定して身震いした。少なくとも実験機関での研究材料としてモルモットのように飼いならされるのは目に見えていた。過去にこの世界で起こった魔女狩りが復活するかもしれない、とも言っていたっけ...。とにかくだ、ばれるのだけはまずい、ここは何とか濁さなくては。
「う~ん...ヒナにも似てるけど...でも少し暗くて見えないなぁ...そうだ!俺の友達に画像加工に詳しい奴がいるんだよ、そいつに一度見せて暗いところを明るくしてもらってさ、もう一回見よう」
「え?そこまでしなくていいですよ...たぶん私の勘違いだし...しかもこんな魔法みたいな光線...」
「そ、それも光の反射かどうか加工でわかるんだって!だから一回みせてやろうよ」
「う、うん...分かった...それじゃ送りますね」
もちろん画像加工が上手い友達なんて真っ赤な嘘だ。少しでもあの人に連絡を入れられる隙ができればそれでいいのだ。俺は紗那から画像を受け取ると少し電話で説明したいからといって彼女から離れることに成功した。トイレの入り口近く、人があまり来ないであろうところで俺は彼女からもらった画像をあの人に送信し電話をかけた。
「はいもしもしぃ...」
電話越しに憔悴しきったような声が聞こえてきた。まぁそれも仕方ないだろう。今の今まで書類整理をさせられていたのだから...。
「学園長...俺です、新太です」
「わかってるよぉ。着信画面に名前が出てたからね」
俺が電話をかけたのは学園長だった。何故向こうの世界に電話がかかるのか、それは簡単だった。俺が今使っている携帯端末、見た目はこちらのスマホとほぼ同じだが機能や造りは完全に違っているからだ。入学初日端末を学園長に無理やり奪われてそれが帰ってきた時には魔改造を受けていた、というわけだ。まぁどういう理屈かはわからないが意世界にも通じる便利な携帯と化していたので大目に見ることにした。
「結構ヤバい状況なので結論だけ言います。ヒナが魔法少女だってばれた」
「なんだって...!?」
「ばれた、というより怪しまれてるっていう方が近いけれど...でもばれるのも時間の問題だ。さっき送った写真見てくれたか?」
「あぁ...ばっちりヒナだな...」
「どうしよう...?もしばれたら大変なことになるよな...」
「あぁ...魔法なんて存在が知られたら大惨事だ。すぐに記憶消去の魔法を行ってくれ。確かそっちにはゆかりがいただろ?彼女の魔力なら成功する可能性がぐんっと上がる。彼女には私から連絡を入れておくよ」
「学園長自身が来られては...?」
「いや、私はそちらの世界の魔力飽和の原因を探らなければいけない...キミたちがさっきおいてくれたあの魔術石、どうにも効果を発揮していないようなんだ...場所は完璧に抑えているはずなのに...何かがおかしい...私はその調査をしなければいけないので手が離せないんだ」
「わかりました...」
「すまないね...本当に危ないと感じたら私を呼んでくれ。なんとか迎えるように手配しよう」
「はい、ありがとうございます...それでは」
俺は電話を切って急いでゆかりの元へと向かった。俺がついたころには彼女にはもう話がついていたみたいですんなりと俺についてきてくれた。
「そういえばお前、記憶魔法って使えるのか?」
俺は移動しながらゆかりにそう尋ねた。以前記憶操作はタブーだって話を聞いていたし学校でもらう教科書の一通りに目を通してみたがそんな魔法は載っていなかった。
「さっき学園長に教えてもらった。理論としては簡単みたい。相手の頭に直接魔力を流し込み記憶を焼切ればいいの」
「は!?記憶を焼切る!?」
「そう。魔力を持たない人間は魔力にも抵抗はない。だから頭に魔力を流しただけで記憶操作できるんだって」
「それで...脳に影響とかないのかよ?」
「うまく記憶を焼切るイメージをすれば大丈夫だって言ってたよ。たぶん...この中だと私にしかできないはずだから、ちゃんとやるよ...」
ゆかりは力強くそう答えた。こういういざという時に頼りになるのがゆかりだ。昔もやばいって思った時に助けになるのが彼女だった。
「けどどうする?多分紗那ちゃんはゆかりの事を知らないぞ?警戒されるかもしれないし正面からは不可能だ」
「ならシン君が話でもして気を逸らして。私が後ろから近付いて魔力を流し込む」
「わかった」
「それじゃ私変身してくるからちょっと待っててね」
「あぁ」
確か魔法少女は通常時はセーフティが働いているから魔法を十分に使えないんだっけ。ゆかりがトイレに駆け込んでいくのを見送って俺はぼぉっと店内の客を眺めていた。誰も彼もが俺たちの危機とは関係なく楽しそうに騒いでいる。まぁ世界とはそんなものだ。他人の危機など自分に降りかからなければ何の問題も関係もないからな。少し薄情な人間の作りを観察しながらもゆかりを待つ。ふと、俺の視界に見知った人物の影が映った。
「お、ヒナ。どうしたそんなに慌てて?」
人混みの中で見つけたヒナはとても慌てていた。顔いっぱいに焦りの表情を浮かべて走っていたのだろうか、少し息も上がっていた。
「あ、お兄ちゃん!紗那ちゃんどこ!?」
「あぁ、紗那ちゃんならたぶん日用品売り場のあたりだろうな」
「わかったありがとう!...ボクが、紗那ちゃんを守らないと...」
「おい、ちょっとまて」
走っていこうとするヒナの手首をぎゅっと握った。少し力を込めただけでぽっきり折れてしまいそうな女の子みたいにほっそりとした腕をぎゅっと握り俺のほうへとグイッと吸い寄せた。
「い、痛いよお兄ちゃん...」
「守るってどういうことだ?もしかして、記憶を消す邪魔をする気か...?」
俺がそう尋ねるとヒナはバツが悪そうに顔を背けた。それが無言の肯定となり俺の頭を駆け回る。
「なんでだ?記憶を消さないと危ないんだぞ、お前も、俺も、ゆかりたちも!」
「けど...ボクの大事な友達の記憶を消すなんて、できないよ...もしかしたらボクといた記憶も消えちゃうかもしれないんでしょ?そんなの、ボク嫌だよ...」
ヒナは大きな瞳に涙をためて弱々しくそう言った。今にも泣きだしそうな声でこう続けた。
「男の子なのに、女の子みたいなボクを、紗那ちゃんだけはかわいいって言ってくれた、女の子みたいな趣味でも、気持ち悪いって思わなかった、ボクのことを、初めて理解してくれた大事な友達なの...もうそんな友達、できないって思うぐらい大切な友達...」
ヒナの声は嗚咽にまみれていた。その小さな口から紗那への大事な思いが溢れていく。今まで胸に秘めてきた、紗那への思いが。
「なぁヒナ...ヒナがそう思ってるならさ、きっと紗那ちゃんもそう思ってるはずだ。紗那ちゃんもヒナの事を最高の友達だって思ってるんじゃないかな。紗那ちゃんはそんな友達のこと、忘れちゃう子なのかな?」
「ううん...紗那ちゃんなら、ボクのこと絶対忘れたりしないと思う...いつもボクが一番の友達って言って笑ってくれてる紗那ちゃんが、忘れちゃうなんてありえない...」
「きっと紗那ちゃんなら大丈夫...ヒナの事、絶対忘れたりしない。科学的な根拠とかそういうのは何もないけどさ、ヒナと紗那ちゃんの友情って、消えることが無いんじゃないかなって思うんだ...それに記憶を消す魔法少女は俺の自慢の幼なじみでお前にとってはお姉ちゃんみたいな存在だ。そんなゆかりをお前は信じられないのか?ミスをすると思うのか?」
俺がそういうとヒナはフルフルと横に首を振った。なら大丈夫だ、と俺はにっと微笑みヒナの頭を撫でてやった。昔からヒナはこうすると落ち着いてくれる。今回も少し瞳に涙をためながらも、けれど確かに微笑んでくれていた。
「もう...終わったかな?」
「うわっ!?ゆ、ゆかり...!?」
「ゆかりお姉ちゃん!?いつからいたの!?」
「ヒーちゃんが来た時からずっと...」
申し訳なさそうにトイレのほうから出てきたゆかり。どうやら彼女にはさっきの事を聞かれてしまっていたらしい。あれ?そういえば俺ゆかりのことも言ってたっけ...?
(うわぁ...最悪...ゆかりに変なこと聞かれた...恥ずかしい...)
「シン君、私嬉しかったよ...自慢の幼なじみが信頼してくれてるんだもん、私も頑張るよ!」
「ゆかりお姉ちゃん...ボク、信じてるからね!絶対に成功させてよね!」
「もちろん!...で、これ、結構恥ずかしいんだけど...」
黒を基調として白の色合いが混じったフリフリのゴスロリワンピースがゆかりの魔法少女衣装だ。一見するとコスプレみたいだ。ゆかりはメガネの奥の瞳を少し潤ませて恥ずかしさに頬を染めていた。
「す、スマンゆかり...ちょっとの間だけ我慢してくれ...」
「うぅ...これもシン君とヒーちゃんのため...我慢...我慢よ私...」
パンと自分の頬を叩いた彼女、どうやら割り切れたらしい。俺はできるだけ早く紗那の元へと向かった。
「紗那ちゃん、久しぶりだね」
「あ!日向ちゃん!...うわぁどうしたのその格好?可愛い!女の子の服もやっぱり似合うね」
「えへへ...」
「お兄さんがわざわざ連れてきてくれたんですか?」
「いや、たまたまそこで会ってな、紗那ちゃんがいるって言ったら逢いたいって言ったから連れてきたんだ」
さりげない会話で気を逸らすことに。少し難しいかなと思っていたけどヒナがいてくれたから十分簡単にできた。二人は楽しそうに、まるで俺がここにいるということを忘れたみたいに話し込んでいる。これならばゆかりが近づいてもばれないだろう。
俺は事前に決めていたゴーサインを出してゆかりを誘う。少し離れたところにいたゆかりは頷きこちらへと歩いてくる。一歩、また一歩とゆかりと紗那の距離が近くなる。そして...
その手が紗那の頭に触れた、その瞬間だった。一瞬にして俺の意識は真っ黒の何かに侵食された...
―幕間の物語4―
「ど、どういうこと!?何この異常な魔力値は...」
学園長室で第5世界の魔力の動きを観察していたエリーが唐突に声を上げた。その声は絶叫や悲鳴に似ていた。
「お姉様、どうしたのですか?」
隣で同じように観測をしていたエミリアが姉の観測機を見て驚きに声を詰まらせた。顔いっぱいに不安の表情を張りつけて縋りつくように姉を見た。そんな人間じみた妹の顔を久しぶりに見た、という感傷に浸ることすらできないでエリーは観測を続けた。
「これは...魔力が一点に集まっている?どんどんと魔力が集まって...大きな、何かが生み出されているの...?」
「この魔力の流れ...どこかで見たことある気がしませんか、お姉様?」
「魔力の流れ...?」
エミリアの言葉に一層注意深くその魔力の渦を見る。集まるように渦巻く、けれど決して一つにまとまらず周囲に拡散され続ける無茶苦茶な動きの魔力に、彼女はある一人の魔法少女、いや、魔女と呼ぶべき存在の事が頭によぎった。けれどその考えを振り払うように勢いよく頭を振った。
「ありえない...ありえないわ、こんなの...」
「えぇ...ですが、こうして目の前に現れては...」
二人の顔は恐怖と絶望に染められていた。窓から差し込む爽やかな空気が場違いなほどに彼女の髪を撫でた。
「でも...アイツは...ケイオスは、死んだのよ...?」
「はい、ケイオスの死亡は私も確認しました...」
過去に混沌の名を欲しいがままにした魔女のことを思い出し彼女たちは身震いした。かつて第5世界に現れた史上最悪の魔女、それがケイオスだ。彼女は魔法を使いさまざまな悪行を行ってきた。その末路が、中世の魔女狩りだ。ケイオスをとらえ、殺すことだけに第5世界の魔法少女は犠牲となり、その儚い命を散らせていった。いや、魔法少女だけではない。魔法を持たないただの人間までも巻き込み、断罪された。数多の冤罪の十字架の末、ケイオスが処刑された。彼女は十字架にかけられ業火によって焼かれた。そして魔女は最後にこう言った。
「私ひとりを殺すために貴様らは何千、何万という無罪の人間を殺してきた。それが貴様らの罪で、私の願いだった。この魔女狩りこそ、私の思惑通りの結果に終わった」
彼女の目的は魔女狩りを起こすことだったのだ。人間が、数多の無関係の命を、大義名分のために摘み取る最悪の生き物だという証明をして、彼女は死んでいった...。
「まさか...蘇った...?」
ケイオスの死の現場に立ち会った彼女たち二人。彼女たちはこの世を憎悪しながらもまるで絶頂したかのように恍惚の笑みを浮かべながら死にゆくケイオスを、その目で見ていたのだ。今も時折夢に見る彼女の死に顔が、脳裏にこべりついてはがれない。
「どういうことかわからないけれど...とにかく行くしかないようね...」
「えぇ、そうですね...」
「それにあそこには新太たちがいる...もしかしたら最悪の事態になるかもしれないわ...」
急いで出かけようとする彼女たちの耳に意外な人物の声が響いた。
「あの...取り込んでるとこ悪いんだけど、これ、見てくれる?」
「はぁ...リリィか。ゴメンだけど今はそれどころじゃ...」
普段はこんな時間に起きているはずのないリリィがまた珍しく眠さを全く感じない瞳を彼女に据えて立っていた。胸には何か書類のようなものを抱えていた。
「知ってる。新太君たちが危ないんだよね?」
「どうして...?」
「部屋の外まで声が聞こえてきたよ?すっごく慌ててた」
まさか自分の声が部屋の外まで聞こえていたとは知らずエリーは恥ずかしさに頬を染めた。
「これは新太君たちが助かるかもしれない唯一の方法...読んでもらったらすぐにわかるよ」
「こ、これは...」
そこに書かれていたことに一通り目をとおした彼女は目を丸くして驚くと同時、急いであちらの世界へ行かなければと使命感に駆られていた。