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第2章―魔法少女だらけの学校「クロノス」―

―第2章 魔法少女だらけの学校「クロノス」―


「さて、それでは君たちにはこれからクロノス魔法学校高等部1年生として通ってもらう。あ、ヒナはいつも通りでいいけどね」

「は~い」

 学園長の部屋につくなり彼女は俺たちにそう言って教科書類を手渡してきた。

「ちょ、ちょっと待てよ。なんで俺が1年生なんだ?年齢的には2年生だぜ?それに高等部って...俺まだ魔法使えない...」

「あぁ、そのことね。そういえばまだ説明してなかったわね...一般的に魔法が使えるようになるのは15歳を過ぎてからなの。だからこの学校は高等部という名目だけどみんな魔法に関しては素人同然なわけ。で、新太君、君も魔法の素人だから1年生。分かった?」

 15歳以上で女の子じゃないと魔法は使えないっていうのは意外だ。俺が知ってる魔法とずいぶんと違うことに驚きを隠せなかった。

「ま、これはたまに例外がいるんだけどね。才能を持ってる女の子は例え15歳に満たなくても魔法が使えるの。そういう場合は年齢に応じて初等部、中等部に配属されるわけ」

「なるほどなぁ...」

 ふんふんと相づちを打つ。

「で、これが最後の説明になると思うけどヒナの事が男だとばれないように、それだけは念を押しておかないといけないわ」

「あぁ、それは大丈夫だ。昨日も言ってたしな」

 隣でヒナが心配そうに見てくる。うるうるとした瞳にちょっと不安げに曇った表情、それを払うべく俺は弟の頭に手を置いてわしゃわしゃと撫でた。

「むぅ...お兄ちゃんやめてよぉ...髪の毛せっかくセットしたのにぃ」

「悪い悪い。ヒナが不安そうにしてたから励まそうとしたんだけどさ...嫌、だったか?」

「う~ん...嫌、じゃないよ?」

「そっか。...ヒナの事は俺が絶対守ってやるからな...安心して兄ちゃんに頼ってくれよ?」

「うん!そうする!」

 またヒナの顔にぱっと笑顔の花が咲いた。やっぱりヒナはこうしてた方が可愛らしいしヒナらしい。

「それじゃお兄ちゃん、教室にいこっか!」

「あぁ、そうだな」

「あぁ、言い忘れてたけど新太君は4組だ」

「え...?じゃあお兄ちゃんと離れ離れじゃん!ボクそんなの嫌だよぉ!せっかくお兄ちゃんと一緒に授業受けれると思ったのに!」

「それは仕方のない事なの。ヒナも知ってるでしょ?この学校のクラス分け制度。魔法の才能が高いものから1組、2組と分かれていくのは」

「うん...」

 確かその制度なら昨日貰った生徒手帳に書いてあった。魔力の才能によって1組から5組まで配属されるって。

 俺が配属されるのは4組だから下から2番目、落ちこぼれからギリギリ踏ん張っているっていうレベルか?それにしても一番下に入れられると思っていたんだけどな...。

「新太君、もしかして自分が何で一番下じゃないのかって思ってるでしょ?」

「えぇ、まぁ...」

 どうやら顔に出てしまっていたらしい。学園長はいやにニヤニヤしながらこう答えた。

「昨日の触診の結果キミに蓄えられた魔力量は常人の遥か数十倍にも及ぶことが分かったの。これは1組の優秀な生徒と比べても十分に高い数値なの。でも君はそれにも関わらず魔法を使うことができない...もし魔法の使い方に問題があれば4組が最適なはずと判断したの」

「確か4組って魔法の使い方が下手な子たちがいっぱいいるって聞いたことがある...」

「そう、だからキミは4組に入ってみんなと一緒に魔法の扱い方を勉強してもらいたいの。それで十分に魔法が使えるってなったら徐々にクラスをあげていくわ」

「じゃあお兄ちゃんと一緒に勉強できることも...!」

「えぇ、新太君の頑張り次第では、ね」

 そう聞いただけでヒナは俺にぎゅっと抱き着いて喜んだ。ぷにっとした身体とふんわりとした石鹸のようないい匂いがすごく近く感じる。

「やったねお兄ちゃん!一緒に勉強できるんだよ!」

「いや、それって俺の頑張り次第だし...もしかするとできない可能性だって...」

「大丈夫だよ!お兄ちゃんならできるって!ボクも応援してるから!」

 そんなにキラキラした瞳で見られると頑張らないわけにもいかないじゃないか...。どうやら俺は編入早々大きな目標が出来てしまったらしい...。


「はぁ...ほんとに俺、魔法学校に通うんだよな...」

 マンガに出てくるお嬢様学校のようなきれいな廊下をゆっくりと歩いて俺の配属される4組の教室の前まで来た。学園長曰く今はホームルームの時間なので廊下には生徒の影が無かった、それが唯一の幸いか。女子高同然のこの学校の廊下にいきなり男子生徒が歩いているとなれば大騒ぎになりかねなかったからな。

「ふぅ...なんか緊張するな...」

 教室のドアに手をかけるとどっと緊張の色が見え隠れしてきた。手が少し汗で湿り鼓動もこころなしか早くなってくる。

(落ち着け...俺...初めの印象が一番大事だぞ...ここはみんな女の子なんだ。一度嫌われればもう二度と好感度の回復は望めないだろう...)

 すぅはぁと深呼吸をして呼吸を落ち着ける。

「それでは転校生君、入ってきて」

「は、はい!」

(あ、ヤベ...声裏返った...)

 教室の中からの合図と同時に俺はがらりと扉を開いた。魔法学校というからどんな教室だろうと思っていたが案外普通の、俺がいた世界の教室とほとんど同じだった。黒板がかけられていて教卓があって、そして20余りの机といす、そこに座っているのはもちろんみんな女の子だった。

「はい、今日から一緒にこのクラスで一緒に勉強することになったお友達よ!ほら、自己紹介して」

 20代前半ぐらいの若い女の先生が俺に向かってそう言った。俺は少し早くなる鼓動を抑えて教卓の前に立ってクラス中を見渡した。

(ホントに、女の子ばっかりだ...)

 クラスの全員が女の子、そしてその全てが魔法少女なんだ。見るとエルフのような尖った耳の子がいたり明らかに俺より年上そうな子がいたり、はたまた獣耳っ娘がいたり...本当にいろんな世界があるんだなと実感させられた。

「あの...俺、柚木新太って言います。趣味は料理、です...その...女の子ばっかりの学校で緊張してますが...よろしくお願いします!」

 なんとか自己紹介を終えてペコリとお辞儀をする。だけどなぜか少し間があった。女の子たちはじっと黙って俺のことを見ていた。

(もしかして...失敗した?)

 けれど俺のその考えは見事に打ち砕かれた。

「うわぁ!男の子だ!本物の男の子!やったぁ!」

「カッコいい...ねぇ、あなたもそう思わない?」

「う~ん...私はどっちかっていうと可愛いって思うな」

「はいはい!彼女とかいるの!?いないなら私と付き合ってよぉ!」

「いきなり告白!?抜けがけはずるいよ!」

 クラスのあちこちから黄色い悲鳴が上がる。俺はその気迫に思わずたじろいでしまった。見るとみんなの瞳は飢えた獣のようにぎらぎらと光っていて...。

(もしかして俺って...ライオンの群れに放り込まれたウサギ...?)

 得物を射るような瞳が俺に集中する。あまりの恐ろしさに逃げ出したくなった...。

「ほら、みんな!男の子が珍しいのはわかるけどそういうのは後にしてね」

『えぇ~!』

 クラス中の勢いに先生もたじろいでしまっていた。一斉ブーイングが起こる始末である。

「そ、それじゃあ1時間目は柚木君との交流会っていうことで、自習でいいかな?...ゴメンね、柚木君...みんな男の子が珍しいみたいでさ...それじゃあとはお願いね!」

 先生は一言俺に手を合わせて謝るとそそくさと教室を後にしてしまった。

「ちょ、ちょっと先生...!?...え、え~と...」

「ふっふっふ~...」

 ゆっくりと顔を横に向けてクラスのみんなを見る。ぎらぎらとした瞳がじりじりと俺に近づいているのが分かった。どうやら俺の新しい学園生活の第一歩は順調にスタートしたらしい...。

 

「ねぇねぇ柚木君!料理が得意って言ってたけど何が得意なの?」

「う~ん...料理全般なら全部作れるし、あんまり得意な料理って考えたことなかったなぁ...強いて言えばカレーかな?カレーの日はヒナがおいしいって言っていっぱい食べてくれるし」

「私カレー大好きなんだ!今度柚木っちの作ったカレー食べさせてよ!」

「あぁ、いいぞ。...柚木っち?」

「え!?ヒナって誰!?彼女!?」

「あ、違う違う。妹だよ」

「それって1組の魔法がとっても上手な子?確か同じ世界の子だよね?」

「違うよ、確かにあの子も柚木君と一緒の世界から来てるけど...2組の子だよ、小っちゃくてかわいい子いたでしょ?」

「あぁ、あの子ね...言われてみればどことなく面影が...」

「それでさ、新太君は魔法どれぐらい使えるの?」

「恥ずかしながら全く使えなくてさ...」

「あ、私も使えないから安心して!同じだね」

(これが転校生の名物、魔の質問タイムか...疲れる...)

 さっきから数十にも及ぶ質問をされてさすがに疲れてくる。それにしても女の子ってこんなに男子に興味津々なんだな...。いや、女の子しかいないっていう特殊な環境だからかな...。

「ねぇねぇ新太君は好きな子とかは...」

「ちょっとみんな!新太君困ってるでしょ!」

 と、周りに群がった女の子たちをかき分けて出てきたのは、幼女だった。小学校の高学年に入ったばかりぐらいの身長の幼女だ。少し短めの金髪をちょこんと頭の横辺りでツインテールにくくっている。顔だちも幼いことこの上ない、けれどつり目がちな真っ赤な瞳が幼いけれども少し生意気な感じを醸し出していた。それに目を引くのが学校で授業中にもかかわらずなぜかロリポップを口に咥えている所である。喋るたびにロリポップの持ち手がぴょこぴょこと動く。

 だけど一つ幼女とは全く思えない部分があった、それはおっぱいだ。まるでバレーボールを詰めてるかと思うぐらいにおっきなおっぱいを持った幼女だったのだ。

「おい、初等部の生徒が混じってるぞ?ほら、お兄ちゃんと一緒に教室に帰ろうなぁ」

「むっ...アリス初等部じゃないもん!」

「ん?アリスちゃんっていうのか、可愛いお名前だねぇ。でもちゃんと初等部に帰らなくちゃ。お胸にボール詰めてお姉ちゃんたちの真似事してもダメだからね」

 そう言ってアリスの不釣り合いに大きな胸からボールを出そうと触った。

 もにゅん―。

「ん?」

 もにゅもにゅ―。

 やけに柔らかなボールだな...。まるでお餅みたいにやわらかくってマシュマロみたいにプニプニだ。

「や、やぁ...アリスのおっぱい触んないでよぉ...」

「え...!?これ...本物の...おっ...!」

 アリスが顔を赤く染めて身悶える。もしかして俺、今超ピンチ?転校初日にロリ巨乳幼女のおっぱいを、それもクラスの女の子が見てる中で揉んじゃった...?

 もにゅもにゅ―。

 ピンチだと頭では思っているんだけど手がなぜか動きを止めようとしない。もにゅりもにゅりとした柔らかな感触を楽しむようにひたすらに手が動いている。

「え、えっち...!新太君のえっち!変態!バカ!ハゲ!」

「い、いや...ハゲじゃないんだけど...」

 真っ赤な顔で涙目で恨めしそうに俺を見てくるアリス。

「ほら、新太君もアリスちゃんもそろそろ止めないと」

 そう言って女の子の一人がアリスの胸から俺の手を離してくれた。手は離れたけどいまだにあのマシュマロみたいなおっぱいの感触が手に残っていた。

「もう...男の子ってえっちなんだからぁ...けどいいなぁ...私も新太君のおっきいおててでおっぱい揉まれたかったなぁ...」

「わ、私も!あ、別にいやらしい意味なんてないよ?ただ男の子におっぱい揉まれるとおっきくなるってこの前読んだ雑誌に書いてあって...」

「それなら私も読んだ!ねぇ柚木君...私も...してくれる?」

(な、なんですとー!?)

 幼女の胸を揉んだらみんなが胸を差し出してきた!これって現実?もしかして俺っておっぱい触った瞬間にみんなに殺されてそれで天国に来ているのか!?きゅっと手の甲をつねってみると痛みが走る。どうやら現実のようだ。

「お、おいおい...みんな...止めろって...」

 けれど俺も理性というモノは持ち合わせているしここでセクハラに問われるようなことはできない。

「ほらみんな!新太君困ってるでしょ!それに女の子がそんなに簡単におっぱい触らせちゃダメ!このヘンタイはナニしでかすかわからないよ!」

「は~い」

 またアリスの一声でみんなは落ち着きを取り戻した。この子、いったい何者なんだ...?

「なぁ...キミ...アリスっていったい何者?」

「え?あぁ、アリスちゃんはこのクラスの委員長なんだよ!それにこんなに小っちゃくてかわいいけど17歳なんだよ!」

「え!?それじゃあ俺と同い年じゃんか!」

 まさかこんなにちっちゃなアリスが俺と同い年で、それに委員長もしてるなんて...。

「改めて...新太君!(おおとり)アリスです!ヨロシクね!」

「鳳、アリス、か...ゴメンな、さっきおっぱい触っちゃって...こんなに小っちゃいのにおっぱいだけメッチャ大きいから何か詰めてるのかと思ってさ...でも天然の巨乳だったなんて驚きだよ」

「ふふん!アリスのおっぱいは自慢のおっぱいなのです!でも自慢のおっぱいだからってもう揉んじゃダメ!アリス、えっちな子は嫌いなの!」

 そうやって自慢げに胸を逸らすアリス。プルンと柔らかなおっぱいが揺れる。

「みんなも!あんまり新太君に発情してたらアリス嫌いになっちゃうからね!」

「ヤダぁ!アリスちゃんに嫌われたくないよぉ!」

 なんだかんだ騒がしいクラスだけどうまくやっていけそうな気がした。

 

「それじゃ新太君、2時間目は魔法の実技練習だから外いこっか?」

「ん?あぁ、わかった」

 1時間目を何とか乗り切り休み時間に入ったころ、アリスが俺に向かってそう言った。そして俺はアリスの後ろについていきグラウンドに出た。

 グラウンドは俺が通っていた学校の2,3倍は広かった。そのグラウンドの隅のほうにクラスメイトが集まっていた。けれど彼女たちの服装に少し違和感があった。なぜか制服じゃないのだ。さっきの時間は制服だったのに...。それに体操服、というわけでもなさそうだ。彼女たちの衣装は個々それぞれにばらばらだったからだ。

「そういえば新太君って魔法の事もあんまり知らないんだよね?」

「あぁ、そうだな」

「じゃあ変身も知らないか...」

「変身?」

「そう、あの衣装の事!」

 アリスはそう言って彼女たちを指差した。

「魔法は普通の格好でも使えるんだけどセーフティがかかっちゃってるんだよ。だからそれを解除するためにアリスたちは魔法少女に変身するの!」

「ん~...どういうことだ?」

「見本みせた方が早いや...それじゃちょっと待っててね」

 そう言ってアリスは校庭の隅っこに生えている木の下から枯葉を束にして持ってきた。それを焚き火をするかのように盛り上げていく。

「まずは変身前ね...燃えろ!」

 幼いながらも鋭い声が俺の耳を震わせた。その瞬間ぱちりと目の前に火花が散ってぼぉっと枯葉の山に炎がついた。けれど声の勢いの割にはその火は今にも吹き消されてしまいそうなほどに儚かった。

「今のままじゃこれぐらいしか使えないの...けど変身したら...」

 アリスが目を閉じて集中する。そうすると彼女の身体から光が溢れて一瞬目がくらむ。光の奥、ようやく彼女の姿が見えるときにはさっきまでの制服のアリスはどこかへ行っていた。

 フリフリのスカートと一緒になった水色を基調にしたワンピース、ほどかれたツインテに頭の上には黒いカチューシャ、そして首から提げられた懐中時計とまるで童話の中のアリスのような格好だ。それにスカートのあたりにハートやらクラブのマーク、いわゆるトランプに使われているマークが大小さまざまに刺繍されているところも物語のアリスっぽさを増幅させていた。けれど変身しても相変わらずロリポップはそのままだった。

「可愛いな...」

 俺は思わずそうつぶやいていた。小声で言っていたつもりなんだけどどうやらアリスには聞こえてしまっていたようで頬を少し朱に染めていた。

「えへへ...男の子に可愛いって言われたの...初めてです...女の子に言われるより、嬉しいなぁ...」

 そう言って恥ずかしそうにもじもじする。けれどその動作でおっぱいが揺れて俺はそっちのほうに思いっきり気がとられてしまった。

「むっ...どこ見てるの?」

「あ、いや...その...ゴメン...」

「はぁ...これだから男の子は...まぁいいや、それじゃ魔法使うからちゃんと見ててね...燃えろ!」

 アリスの鋭い声が響く。次の瞬間にはさっきと比べ物にならない大きさの炎が枯葉の山を包んでいた。ぱちぱちと燃えるオレンジの炎がやけに眩しい。

「どう?すごいでしょ?これが変身して魔法少女になったアリスの力なのだ!」

「なるほどな...」

 それじゃああの時ヒナが着ていたフリフリのウサミミコスチュームは変身したあとの姿だったんだな。コスプレ趣味とかじゃないということが分かり少しほっとした。

「魔法を使えるようになるとね、自然とこの変身の魔法が頭に浮かぶんだ。それが魔法少女になった時の合図なんだって。この服装もその人の頭の中に浮かんだイメージがもとになってるんだって」

「ふ~ん...ってそれじゃ俺も変身が...?」

 もしかして俺もこんなフリフリの付いた服を着ないといけないのか...?

「新太君は使い魔でしょ?使い魔と魔法少女は別物なの」

「なら変身しなくてもいいんだな?」

「うん、そうだよ」

 俺は安堵の息を吐いて胸をなでおろした。さすがに自分があんな恥ずかしい服を着た姿は想像しただけで吐き気を催しそうだったからな...。

「そういえばアリスの使い魔は?それに他のみんなの使い魔も見ないんだけど...」

「あぁ、それはね、アリスの使い魔は子狐さんだからだよ。それにみんなもちっちゃな動物さんでね、普段は寮の部屋に置いてきてるんだ」

「寮で飼育してるってわけか...」

 それってほとんどペットと同じじゃないか?

「新太君みたいな人間の使い魔っていうのはほとんど稀でね。みんな可愛い動物さんがいいみたいだよ。」

 そういえばあの時ヒナも猫を追いかけてたな...。

「たま~におっきな動物さん、例えばユニコーンだったりドラゴンだったり...」

「待った!え?ユニコーンとかドラゴンって存在するの?」

「うん、もちろん!アリスがいた世界にはユニコーンなんて普通にいたよ?動物園に行ったら見れたもん」

 あの伝説上の動物、ユニコーンが動物園の檻の中にいるさまを想像して思わず吹き出してしまった。しかしそう考えるとやはり異世界は常識を覆してくるな...。ここでこれから生活していくなら元いた世界の常識は捨て去らないといけないかもしれない。

「で、そんなおっきな動物さんはね...え~と...あそこ、見える?」

 そう言ってアリスが指差した先は森だった。校舎のフェンスを越えた少し先に大きな森があったのだ。

「あの森に放し飼いにされてるの」

「なるほど...それじゃあの森に行けばユニコーンもドラゴンも見れるってわけか...すげぇな」

「あ、でも行くのはあんまりおすすめしないかも...先生が言ってたんだけどあの森は帰らずの森って言われてて迷路みたいになってるんだって。年に数人があの森に行って遭難してるって噂だよ?」

「おいおい、マジかよ...」

 伝説上の動物がいて迷路みたいになってる森ってどこのファンタジーゲームのダンジョンだよ...。

「ま、そんなことはさておき...それじゃ新太君、魔法の練習しようか?」

「あ、そうだな」

 時計を見るともう授業の3分の1の時間は経過していた。改めて気合を入れるべく俺はパンと自分の頬を叩いた。

「よし!アリス、教えてくれ!」


「はぁ...やっぱり俺って才能ないのかなぁ...」

「だ、大丈夫だよ!まだちょっとしか練習してないよ?頑張ったらできるって」

「俺頑張るの嫌いだし...」

 あのあと残り時間いっぱいを魔法の練習に費やしたが結果はダメダメだった。昨日と同じくいちばん簡単な移動魔法さえ使えなかった始末なのだから...。

「もぅ!子供みたいなわがまま言っちゃダメでしょ!めっ!」

 アリス的には真剣に怒ってるのだろうがその幼い見た目からはどうにもお姉さんぶって背伸びをしているふうにしか見えなくてなんだか笑ってしまった。

「新太君!ちゃんと話聞いてるの?」

 俺のそんな態度が気に入らなかったのかアリスは少しむっとした。

「ごめんごめん、聞いてるよ」

「新太君、魔法っていうのはね一朝一夕でどうにかできるほど簡単なモノじゃないの...それはわかってね」

 俺はこくりと頷いた。それを見たアリスはよろしいといった風でなんだかご満悦だ。そして俺たちは何でもない会話をしながら廊下を歩いた。

「あ!お兄ちゃん!お~い!」

「ん?ヒナか?」

 少し先から見慣れた栗色のポニーテールが走ってくるのが見える。改めて女の子の制服を着ているヒナを見ると本当に周りの女の子と同化して男だと言われても信じられないぐらいだ。

「どうしたんだヒナ?」

「うん?」

「俺を見るなり走ってきたんだから何か用事でもあるんじゃないか?」

「え?別に用事はないよ?ただお兄ちゃんとおしゃべりしたいなぁって...」

「そんなのいつもしてるじゃん」

「いつもしててもボクはお兄ちゃんとおしゃべりしたいの!」

「ねぇ新太君?もしかしてさっき言ってた妹さん?」

 俺とヒナの会話を横から聞いていたアリスがそう尋ねる。

「あぁ、妹のヒナだ、ヨロシクな。んで、こっちはアリスだ」

「よろしくね、ヒナちゃん!」

「アリスちゃんはえらいね~。こんなに小っちゃいのにご挨拶できたね~」

「むっ...」

 ヒナはアリスの頭をえらいえらいと撫でている。だけどアリスは頬を膨らませてむっとしていた。これは説明してやらないといけないな...。じゃないとアリスが怒りそうだ。

「ヒナ...あのな、アリスは...」

「お兄ちゃんなんでこんな小っちゃい子と一緒に歩いてたの!?もしかして誘拐!?お兄ちゃんってロリコンの変態さんだったの...?ダメだよ、そんなことしちゃ...ボクも一緒に謝ってあげるからちゃんとお母さんたちの所に連れて行ってあげないと...」

「い、いや...ヒナ、違うんだ。アリスは...」

「アリスちゃん、怖かったねぇ...ゴメンね、お兄ちゃんが迷惑かけちゃって...お母さんどこにいるかわかる?」

 だんだんアリスがプルプルと震えている。顔も少し赤くなって怒り爆発寸前だ。

「アリス子供じゃないもん!アリスはもう17歳だよ!もうお姉さんだもん!」

「え...!?それじゃあお兄ちゃんと同い年...?」

 ヒナが信じられないといった風に俺を見てくる。俺はこくりと頷いて返した。

「ご、ゴメンね...!ボク、アリスちゃんが小っちゃいからつい...」

「また小っちゃいって言った!アリス小っちゃくないもん!ほら見てよ!ぼいんぼいんでしょ!これのどこか小っちゃいの!」

 すまんアリス...お前がおっきいのはその胸だけであとは平均以下の小ささなんだ...。

「ほら、二人ともそれぐらいにしておけよ」

 二人の頭に軽くチョップを入れて落ち着かせる。なんとかうまくアリスをなだめてその場を取り持つことに成功した俺は少し雰囲気が悪くなった空気を変えるように適当に話題を変えることにした。

「そ、そうだ...!アリスって何でずっとアメなめてるんだ?」

「え?これ?」

 アリスがずっと口に含んでいるロリポップが気になってそう尋ねてみた。授業中も休み時間も関係なくずっとなめてるのだから何か大きな理由があるはずだ。

「う~ん...なんて言えばいいのかな...アリスってね、おしゃぶり中毒なんだ」

「おしゃぶり中毒...?ヒナ、聞いたことあるか?」

 ヒナに聞いてみるけどフルフルと首を横に振るだけだった。

「アリスはね、昔からこれが大好きでずっとなめてたんだ。多分寝る時以外ずっとなめてたかも...で、気付いたらこれが無いと口が寂しくなっちゃってもう手放せなくなってたってわけ。これなめてないとアリスのパワーが半減しちゃうのだ...」

「アメの舐めすぎって怖いんだな...」

「うん...ボクもアメなめるときはこれから気を付けるよ...」

「あ、そうだ!これ、新太君たちにもあげる!友達の証だよ!」

 そう言ってスカートのポケットから小さなポーチを取り出してそこからロリポップを二つ取り出して俺たちに渡してきた。さっきの話を聞いた後だと少しなめるのをためらわれるけど...まぁ一つや二つなら大丈夫か、というわけでありがたく貰うことに。

 早速口に含んだ。口の中に甘ったるいミルクのような味が広がっていった...。


「はぁ...やっぱりアリスの言うとおり一朝一夕でどうにかできる問題じゃないのかなぁ...」

 俺は大きなため息をつきながら寮の部屋へと足を進めていた。結局今日一日魔法の練習をしたがやっぱり進歩などなかった。放課後にアリスとヒナの二人に教えてもらったというのにそれでもだめだったのだ。

 空が夕焼けに染まってくるころ、練習を打ち切ってこうして寮に行くことになったのだ。

「お兄ちゃん、そんなに抱え込んじゃだめだよ?あんまり悩み過ぎるとできるものもできなくなっちゃう」

 どうやら魔法にはメンタル面も強く作用されるらしい。悩んでいたりショックを受けたりした時に魔法を使うといつもより弱くなってしまうし、下手をすれば暴走する、という可能性もあるらしい。だから俺もあまり悩んだり落ち込んだりしないようにはしているんだけど...。

「う~ん...そんなこと言ってもなぁ...」

 正直に言うと弟のヒナが出来て俺にはできないというのが少し劣等感を感じてしまいメンタルに大きな影響を与えていたのだ。だからといって別にヒナを恨む気はないけどな。できないのは俺自身の問題だ、他人に責任やら原因をなすりつけるのはお門違いというものだ。

「あ、お兄ちゃん、そろそろ見えてきたよ」

「お...あそこか」

 学園から徒歩5分前後に立てられたアパートのような建物、それが俺たちが今から暮らす学生寮だ。どうやら学生寮は他にもたくさんあるようだが空きがあるのがここしかなかったので俺たちは強制的にこの寮に入れられることに。空きがある=人気が無い、環境が劣悪だと思っていた俺だがどうやらそれは誤解だったらしい。どうやら空きがある原因は新しく建築されたからだと推測される。壁にはまだ塗られて間もないぐらい綺麗な真っ白だしセキュリティも万全で、非の打ちどころがなかった。

「今日からここがボクたちのお家かぁ...」

 ヒナは寮を見上げてほへぇとまの抜けた息を吐いた。早速俺たちは寮に入り割り当てられた部屋を探す。

「え~と...3階の6号室...うわ、最上階のしかも角部屋って...」

 階段を上り部屋の前に立つ。豪勢なドアノブをゆっくりと回してドキドキしながら部屋に入った。

「うわぁ...ひろぉい!」

「だな...」

 中も思っていたより何倍も広かった。ここで二人で生活するには少しもったいないぐらいの大きさだ。

「みてみて!ちゃんとキッチンもついてるよ!あ、お風呂もある!」

 どうやらこの部屋には本格的なキッチンも綺麗なお風呂もあるようだ。まるで昔林間学校で泊まった宿舎の一室を大きくしたような感じだ。ただ欠点は個室がひとつしかないということだ。まぁ別にヒナは男だし兄弟相部屋にして問題はないか。

「お、テレビまであるのか」

 魔法も化学も存在するこの世界ってマジ万能だ。

「お兄ちゃん!見て!これ、ボクたちの世界の番組だよ!」

「マジか!?」

 俺達は興味津々でさらに部屋を調べ回った。大きなテレビ、きれいなトイレ、広いウォークインクローゼット...。やっぱり二人で使うにはもったいないぐらいの代物がたくさんあった。

「こんないいところに住めるなんて...ボクたちいきなりセレブだね!」

「はは、確かにな...っと、それじゃさっそくごはんにするか。冷蔵庫に食材が入ってたし」

 学園長が気を利かせて用意してくれていたのだろうか、冷蔵庫には大量の食材が入っていた。俺は食材を眺めて今日のメニューを決めていく。

「じゃあボクはご飯ができるまでテレビでも見てよっかな」

「あ!」

「ど、どうしたのお兄ちゃん!?」

 俺があげた声にびっくりした日向が目をぱちくりとさせながらこちらを見た。

「飲み物、何もないぞ...」

「えぇ!?」

「お茶の葉とかもないから沸かすのも無理だ...」

 学園長...あんた少し抜けてるよ...。さすがに水道水を飲む、というわけにもいかない。

「ヒナ、こっちの世界って自販機あるのか?」

「うん、あるよ」

「それじゃお金渡すから何か飲み物買ってきてくれよ。できればジュースよりお茶がいいな...あれ?そういえばこっちの世界の硬貨って使えるのか?」

「僕たちの世界の自販機を探せば使えるよ...確かエントランスにいっぱい自販機があったからたぶんあの中のどれかにはあるはず...」

 ヒナの今の言葉から推測すると自販機は他の世界にもあるらしい。まぁあんな便利なモノ、ない世界の方がおかしいか。

「あ、お兄ちゃん、こっちの世界のお金貰っておいた方がいいよ。ボクたちがいた世界のお金も使えるけどこっちのお金のほうが何かと便利だしね。学園長先生に言えば換えてもらえるはずだよ?」

「おう、わかった」

 俺の返事をきくなりヒナは飲み物を買いに行った。

「さて、それじゃ料理するか」

 

 しばらくしてヒナが両手いっぱいに飲み物を抱えて戻ってきた。

「はい、お兄ちゃん。言われた通りお茶いっぱい買ってきたよ」

「サンキューな...ありがてぇ...キンッキンに冷えてやがる...!」

 10本あれば数日は持つかな。俺はその中から1本取り出してそれを喉に流し込んだ。少し渇いた喉に苦みとコクがたまらなく染み渡る。美味すぎる...!犯罪的だ!

「あれ?ヒナ、それなんだ?」

「ん?これ?」

 見慣れない缶ジュースのパッケージを持っているヒナにそう尋ねた。

「こっちの世界のジュースなんだ。乳酸菌飲料なんだけど炭酸が入ってるの」

「カ○ピスソーダと何が違うのか?」

「こっちのはねちょっとドロっとしてて味が濃いの。それにちょっとフルーツみたいな香りもしておいしいんだよ」

「ふ~ん...」

 ヒナは嬉しそうにそう語って缶のプルタブに手をかけた。だけど次の瞬間、プシュぅ!と缶の中から大量の真っ白な液体が噴水のように噴き出した。

「うわっ!?」

「だ、大丈夫かヒナ!」

 どうやら持って帰ってくる途中に十分にミックスされてしまっていたらしい。炭酸入りだというその飲み物は大量に噴き出して無慈悲にヒナの顔に降りかかる。

「うへぇ...べとべとのねちゃねちゃだよぉ...」

「ひ、ヒナ...!?」

 俺はヒナの顔を見て一瞬固まった。ヒナの可愛らしい顔、そしてふんわりとした髪の毛が、大量の白濁液にまみれているのだ。粘性の高いその液体はねっとりと糸を引きながらぽたぽたとヒナの身体にも垂れ落ちていた。

「最悪だよぉ...うへぇ...おててまでねちゃねちゃになっちゃったよぉ...」

 顔にかかった白濁をぬぐおうと手でごしごしと擦るけど粘性の高いそれは手にべったりとこべりつく。そしてぬちゃぁとヒナの手の中でいやらしく糸を引いた。

「ヤダもぅ...」

 ヒナの顔や体に大量にぶっかけられた白濁液、見ているだけでムラムラとしてくるのはなぜだろう...。

「お兄ちゃん?どうしたの、そんなに呆けた顔しちゃって...」

 顔にかかった液体を指で拭い取りぺろぺろとなめながらヒナがそう尋ねた。その声に俺ははっと我に返る。

「あ!ひ、ヒナ...!服!そのままにしてたらダメだろ!」

「あ...ほんとだ...制服にまでベタベタがついてるぅ...これ、明日までには乾くかな?」

「あぁ、すぐ洗濯すれば何とかな。ほら、服脱げよ。洗濯してやるから」

「え...?え~と...は、恥ずかしいよぉ...」

 ヒナはもじもじとしながら服を脱ぐのをためらっている。別に弟の着替えぐらい何とも感じないのだからここで脱いでくれても構わないのだけど。

「ほら、早くしないと染みになっちゃうぞ?」

「でもぉ...」

「早く脱がないと兄ちゃんが脱がせるぞ?」

「そ、それはダメぇ!」

 どうやらやっと観念したらしくヒナはゆっくりと制服に手をかけた。するすると制服のリボンを外してゆっくりとボタンをはずしていく。何故だかそのしぐさに妙にドキッとしてしまう。

「お兄ちゃん...その...服、脱ぐところ、見ないでね...」

 何をいまさら恥ずかしがっているんだと思ったけどヒナの目に少し涙が浮かんでいるので俺はゆっくりと目を閉じた。ガサゴソと布ずれの音が耳にやけに大きく響く。今俺の目の前ではヒナが着替えてるんだよな...。

(あれ...?なんで俺、ヒナの着替えにこんなに興味津々なんだ...?)

 ドキドキとした鼓動がだんだんと早くなり頭の中で悪魔がささやく。目を開けろ、と俺の中の悪魔がそうささやいたのだ。必死に抵抗しようとしたがやはり悪魔の声には逆らえない。俺は少し薄目を開けた。

「な、なん...だと...!?」

「ふぇ...!?お、お兄ちゃん...!何目開けてるの!?だ、ダメだよ!早く目つぶってぇ!」

 だけど一度開いた目をもう一度閉じるなんてできなかった。俺の視線はあるものに釘付けになって瞬きをすることすら忘れていたのだから。

「ヒナ...それって...」

「み、見ないでぇ...」

 それはヒナの下着だった。いや、正確に言うとヒナの身に着けている、女物の下着だ。水色と白のしましま模様の可愛らしいパンツに、なぜかブラまでつけている。すべすべっとして透き通った真っ白な肌に女の子の下着が妙に馴染んでいて本当に男なのかと疑問がわいてくる。けれどぴっちりとした女の子物のパンツにはもっこりと男の子のシンボルが浮かんでいて...。

「これ以上見ちゃダメぇ!」

 ヒナの叫び声とともに俺の身体に衝撃が走った。その衝撃は体全体を襲いゆっくりと意識が遠くなっていく。

(もしかして...魔法、くらったのか?でも...ヒナのあんなに可愛い姿を見れて...満足、だぜ...)

 だんだんとぼんやりしてくる頭がそんなことを思う。途切れそうになる意識の中、涙目になってフルフルと恥ずかしそうに震えるヒナの姿が目に映った...。

 

「あれ...?そういや俺...」

 どうやら気絶してしまったらしい俺はゆっくりと頭を持ち上げる。時計を見るとあれから10分ほど経過していた。

「ヒナは...シャワーか」

 聞こえてくる水音にそう判断して俺はゆっくりと立ち上がった。その時ファサァと毛布が落ちた。

「ヒナがかけてくれたのか...」

 俺は落ちた毛布をたたんで心の中でヒナに感謝した。

「はぁ...けどあの時のヒナ、すっごく可愛かったなぁ...」

 下着を見られたときに恥ずかしそうに慌てふためくヒナの姿が脳内でリピート再生される。その前の白濁ぶっかけ事件もよかったけどこっちもまたダイレクトな刺激でインパクトがあった。

「い、いや...あれは忘れなきゃ...」

 さすがにヒナに申し訳ないと思い俺はぶんぶんと頭を振ってまた料理に没頭する。

「あ、お兄ちゃん、起きたんだ」

 それからしばらくしてシャワーからヒナが上がってきた。うっすらとピンクに上気した肌にまだ水気を帯びた髪が妙に可愛らしくて色っぽい。だけどその色っぽさも子供っぽいモコモコのパジャマによって半減していたが。

「ごめんね...ボク、恥ずかしくってテンパっちゃって...それで加減できなくて...」

「いや、いいよ。俺のほうこそ見ちゃダメって言ったのにじっと見ちゃってさ...」

「あのさ...お兄ちゃん...ボクのこと、気持ち悪いって思った...?」

 突然のヒナの問いかけに料理の手を思わず止めてしまった。

「え...?なんでだ?」

「だってボク、男の子なのに女の子のパンツとか穿いちゃってるし...」

「あぁ、そのことか。別に俺は気にしてないけどな。それにそれって男だとばれない様にだろ?」

「それもあるけど...でも、可愛いから穿いてるってのもあるんだ...いいよ、ほんとのこと言ってくれて...ボクに気を使わなくてもいいんだよ?」

 ゆっくりとヒナに近づいて俺はぽんと弟の頭に手を置いた。まだじっとりと湿った髪の感触が手に伝わってきた。

「その...なんていうかさ、あの時のヒナ、すっごく可愛くて似合ってるって思ってさ...男の子だからダメ、とかさ、俺そんなの気にしないぞ?俺がそんなの気にする奴だったらヒナの魔法少女の格好とか女の子の制服着てるの見て変だって言ってるぞ?」

「...ほんとに?」

「あぁ、ほんとさ」

 瞳に涙を浮かべて見上げてくるヒナに頭をなでながら俺は笑顔で返した。

「ほんとに...ボクのこと、嫌いになったりしない?」

「あぁ、もちろんさ。むしろさっきので余計に好きになっちゃったぐらいだよ。もしヒナが女の子だったら彼女にしたいぐらいさ」

「か、彼女って...お兄ちゃんのバカぁ...」

 少し大げさに言いすぎたみたいだけどヒナが嬉しそうにしてくれたのでよかった。けどどうしてヒナはそんなに頬を赤くしてるのだろうか...?結局俺にはその真実はわからずじまいだった。

 

「...お兄ちゃん、これ、ボクたちだけで食べれるかな...?」

「いや、無理そうだな...ゴメン」

 今俺たちの目の前には大量の料理があった。すべて俺の自作である。

「お兄ちゃんって気分がよくなったらいっぱいお料理作るのは知ってるけどさ...これは作りすぎじゃない...?」

「すまん...調子に乗り過ぎた...」

 沢山の材料にテンションが上がっていろいろ作ってみたのだが、二人で食べきるには多すぎる量だ。作り置き、という手もあるがそれにしても多すぎる。

「そうだ、お隣さんだ!」

 ヒナがポンと手を叩いて名案とばかりに声を荒げた。

「ボクたちまだお隣さんにあいさつに行ってないよね?そのついでにさ、このお料理ちょっとおすそ分けしてあげるっていうのはどう?」

「押し付けてるみたいでちょっと悪い気もするけど...まぁいいか」

 早速タッパーに料理を詰めてお隣さんの家に。インターフォンの軽快なベルを鳴らしてしばらくすると扉が開いた。

「あの...今日から隣に住むことになった柚木です。その、これからお世話になると思いますので...ええと、これ、おすそわけです。食べてください」

「あれ?新太君?そんなにかしこまっちゃって」

 初めてのあいさつで周りも見えずテンパっていた俺の耳に聞きなれた幼そうな声が聞こえた。

「あれ...?アリス...?」

「どうしたの?もしかしてここがアリスのお部屋だって知らなかった?」

「あぁ...」

「フフ、新太君って天然さんかな?」

 アリスがネームプレートを指しながらクスクスと笑う。

「そっか...新太君がお隣さんだったのかぁ。なら今日の訓練が終わったら一緒に帰ればよかったね」

 淡い水色のTシャツにショートパンツというラフな格好のアリス。厳粛な制服との違いに少し心が打たれた。それにこのTシャツ...胸元にウサギのような動物の顔がプリントされてるけどアリスのおっきなおっぱいのせいで横に広がって何の動物かわからなくなってしまっていた。

「はは、そうだな。...あ、これ、食べてくれよ。俺が作ったんだけどさ、ちょっと作り過ぎちゃって...」

「あ!それじゃ新太君のお部屋にお邪魔していい?アリスね、一人で住んでるからごはんの時ってすっごくさびしくて...」

「あぁ、いいぞ。ヒナも喜んでくれるんじゃないかな」

「ホント?ありがとう新太君!」

 俺の手を握ってぶんぶんと振り回すアリス。激しく動くせいかおっぱいまで動き回って目のやり場に困る。

「それじゃ新太君のお家へれっつごー!」

 間の抜けた掛け声に俺は苦笑しながらも部屋に向かった。

 

「それじゃあ...いただきまーす!」

「あぁ、どんどん食べてくれ」

 アリスを迎えたこの世界で初めての食事が始まった。各々好きな料理に箸を伸ばしておいしそうに口に運んでいく。おいしそうに食べてくれる、それがうれしくってもっと料理を磨きたいって思ったんだっけな。

「うわぁ...このお肉、トロトロでおいしい!それにこっちのスープもお野菜のおいしさがじわぁって滲み出してる!こんなの食べたことないよぉ」

「えへへ...なんてったってボクのお兄ちゃんは世界一料理が上手いんだよ!おいしいのは当たり前じゃん!」

「世界一って...」

 さすがに世界一美味いってわけじゃないけど、でもヒナの中ではそれほどまでに高評価だったということに喜びが隠せなかった。俺はニヤけそうになる頬を抑えるためにご飯を口に放り込んだ。

「そういやアリスっていつも一人で食べてるのか?さっきも一人で住んでるって言ってたし...」

 アリスがもごもごとエビフライを口にくわえながらこっちを向いた。行儀悪いから食い終わってから話せよ...。

「もぐもぐ...ごくん。えっとね、毎日クラスの子たちと一緒に近くの食堂までご飯食べに行ってるんだけどね、今日は新太君の特訓に熱出し過ぎたせいで誘うの忘れちゃってて...それで一人ぼっちかなぁって思ってたところに新太君が来てくれたってわけ」

「そっか」

「なんでそんなこと聞いたの?」

「うん、お前がずっと一人でご飯食べてるんだったらこれから一緒にご飯食べないかって誘おうと思ったんだけどさ」

「え!?いいの!?」

 俺の言葉に思ったより食いついてくるアリス。グイッと顔を近づけてくる彼女に俺はびっくりして少し後ずさってしまう。

「いや、でもお前他の子たちとご飯食べてるんだろ?」

「そうだけどさ...でも毎日外食って思ったよりお金かかるんだぁ...だからごはん食べさせてくれるんだったらアリス嬉しいなぁって...」

「現金な奴だな、おい...」

 俺ははぁ、とため息をつき苦笑いを浮かべた。

「ダメ、かな...?」

 うるうるとした上目づかいが俺の瞳をとらえる。

「別にいいんじゃない、お兄ちゃん?ごはんって大勢で食べた方がおいしいでしょ?それにボクたちだけじゃ食べきれない時だってあるし...」

「ま、別にいいか。今更一人分増えたところで問題ないしな」

 それに俺も料理の腕の振るいがいがあるってもんだ。俺は頷くとアリスはさも嬉しそうに飛び上がる。

「やったぁ!おいしい晩ご飯ゲット!新太君大好きぃ!」

「...ったく、ほんと現金な奴」

 けれど悪い気はしなかった。アリスはこっちの世界で初めてできた友達と呼べる女の子だ、そんな彼女と一緒にご飯を食べるってのもいいものだなと思った。

「あ、アリスちゃん!お、お兄ちゃんが好きって...ダメだよ!お兄ちゃんはボクのだぞ!例えアリスちゃんでもお兄ちゃんは渡せないもん!」

「ひ、ヒナ...」

 そう言ってヒナはグイッと俺の腕をつかむ。さらにぐぬぬと呻ってアリスを威嚇してるし...。

「お兄ちゃんが一番大好きなのはボクなの!ボクのお兄ちゃんは絶対だれにも渡せないよ!」

「ひ、ヒナちゃん...?じょ、冗談だって...だから落ち着いて、ね?」

「え...?冗談...?なぁんだ、もぅ...ビックリさせないでよね。ほんとにお兄ちゃんが大好きって思っちゃったよぉ」

 ここでアリスに大好きって言われても実際戸惑ってしまうだけだろうし...。

「フフ、新太君ってばこんなに愛されちゃって。幸せ者だね♪」

「そ、そう、か...?でもこいつ妹だぞ?妹に好かれてもなぁ...」

 そう言った俺だけどその言葉とは裏腹にさっきから心臓がドキドキと煩いぐらいに高鳴っていた。相手は女の子の格好をしているとはいえ実の弟だというのに、この胸のドキドキはなんなんだ...?ヒナに好きって言われるたびに心臓がきゅっと締め付けられるように痛くなってしまう...。

 結局この痛みの正体もわからぬまま食事に戻った俺だが、あまり食事が喉を通らなかったのは言うまでもないだろう。


 現在進行形で俺はピンチに陥ってしまっている。これは俺の人生最大の窮地といっても問題じゃないぐらいの危うさだ...。

「くぅ...すぅ...むにゃむにゃ...」

 俺の右隣りですぅすぅと寝息を立てるヒナ、月明かりに青白く照らされたその表情がやけに可愛らしくてドキドキとしてしまうのだ。本当に俺はどうかしてしまったんじゃないのか?なんでただヒナが横で寝ているだけなのにドキドキが止まらなくなってヒナが愛おしく思えてきてしまうのだろうか。そんな俺の苦悩などいざ知らずヒナは気持ちよさそうな寝息をついていた。

 事を遡るとだいたい1時間ぐらい前だろうか。そろそろ寝ようとしていた時にそれは起こったのだ。

「お兄ちゃん...!ここ、小部屋が一つしかないよ」

「うん、知ってる。けどそれがどうしたんだ?」

 そのままヒナに連れられて問題の小部屋に行ってみるとそこにはご丁寧にも布団が二つ敷かれていた。

「どうやらここで寝ろってことらしいな...」

「やった!お兄ちゃんと一緒に寝れるんだ!」

 横ではヒナが嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねている。そういえばヒナと一緒に寝なくなったのはいつごろだっけ?俺が小学校高学年ぐらいの時にはすでに一人部屋を持っていたから、多分そのころだ。その時のヒナったらお兄ちゃんと一緒に寝るの!とか言ってよく俺の布団に知らず知らずに潜り込んでいたっけ。

「...で、なんでこうなったんだ?」

「え?だってこっちの方が温かいよ?それにお兄ちゃんとぎゅ~ってしながら寝れるし絶対いい夢見られるよ」

 いざ寝ようとしたのだが俺の布団にヒナが潜り込んできたのだ。

「えへへぇ...お兄ちゃんの背中おっきいねぇ...昔と大違いだよ」

「そ、そうか...?」

 背中にぎゅっと抱き着いてきたヒナのぬくもりを感じる。少し温かなぬくもりがじんわりと俺の背に伝わって体全体に霧散していく。

「うん...それに今のお兄ちゃん、昔よりずっと頼りがいがあるし...むにゃむにゃ...」

「ほら、ヒナ。眠いんだったらさっさと寝ろよ?明日遅刻しても知らないぞ?」

「わかったぁ...おやすみ、お兄ちゃん...」

 そう言ったヒナは数分もたたないうちに気持ちよさそうな寝息を立て始めた。かくいう俺も眠ろうと思ったのだがいささかヒナと眠るのは久しぶりすぎて少しドキドキしてしまったのだ。で、眠れないままで現在に至るというわけである。

「それにしても...ヒナってすごく成長したよな」

 隣で眠っているヒナを起こさないようにそっと頭をなでる。

「昔は泣き虫でずっと俺にべったりだったのになぁ...あ、俺にべったりってところは今も変わりないか」

 昔のヒナはすぐに泣いてしまう子だった。テストでいい点が取れなかったり、おやつを俺にとられちゃったり、友達におふざけで酷いことを言われたりしてもすぐに泣いていたっけ。そんな泣き虫のヒナはクラスではかっこうのいじめの的だった。同級生のいじめっ子たちが寄ってたかってヒナをからかったりしていた。その度ヒナは泣きながら帰ってきていた。そんなヒナを見ていられなくなって俺はヒナのために立ち上がった。そのいじめっ子たちに立ち向かったのだ。

「日向をこれ以上いじめたら俺が許さないぞ!」

 そんな強がりを言ってみせたけどその時の俺の心臓はもう蛇に睨まれたカエルみたいにぎゅっと萎まって呼吸も震えていたと思う。当時の俺の取り柄といえば人より少し野球が上手いってだけでケンカもしたことなければ殴り合いもしたことが無い、そんな俺が一人で立ち向かったのだから今思えばとても無謀だなと思える。そして結果はボロボロの惨敗だ。みじめに年下のいじめっ子たちにぼこぼこにされた。

「日向が受けた痛みに比べたらこれぐらいどうってことない...!もっとかかってこい!」

 けれどそれで終わる俺じゃなかった。何度殴られようと俺は必死に、みじめに、だけど獰猛(どうもう)に彼らに食いついた。彼らの身体に縋り付きもうこれ以上日向をいじめるなって必死に叫んだ。暴力の嵐に俺の身体はがたがたと震えて痛みが逃げ出せと本能に叫んでいたのに、今思えば俺のどこにあれだけのパワーが残されていたのか...。

「俺は...負けない!日向のために...負けられないんだ!」

 最後にはどうやら俺の根気がいじめっ子たちに勝ったんだ。何度殴られてもあきらめない俺を見てゾンビだ!と叫んで逃げて行った覚えがある。で、それ以降日向はいじめられなくなった。ただその代償として学校にこんな噂が流れ始めた。

「日向の兄はゾンビだ!何回やっても倒れないアイツには勝てない!」

 結局俺は卒業するまでゾンビという肩書を背負っているしかなかった...。

「そういえばあの後ぐらいか、ヒナが女の子っぽくなったのって」

 いじめを受けなくなったヒナは突然俺の前で女の子っぽくなったのだ。元からかわいらしい顔立ちをしていたし女の子っぽかったヒナだったが、今度は服装までもそれっぽくしていたのだ。それに今思えば俺のことが好きって言い出したのもあの頃だったっけ...。ヒナの中で俺は正義の味方、みたいに映ったからだろうか...?

「ま、可愛いからいいか」

 例え女装していようといくら女の子らしくてもヒナはヒナだ。俺の可愛くて大事な弟に変わりはない。俺はもう一度ヒナの髪を撫でた。ふわふわとした髪の毛からシャンプーだろうか、爽やかで少し甘い香りが漂ってくる。それに同じ布団で寝ているからだろうか、ヒナ自身のいい匂いが漂ってくるようで...。

「あぁ...ヒナ...いい匂いだよ...兄ちゃんの大好きな匂いだ。もっと嗅がせてくれ」

「...」

「ヒナ...ヒナぁ...あぁ、こんなに可愛くていい匂いのヒナを食べちゃいたいよ...もう兄ちゃん辛抱できないよ」

「...」

「食べちゃうからね...実の弟とか男同士だからとか関係ない...ヒナ...ヒナぁ...!」

「学園長!」

「は、はひ!?」

「...さっきから俺の声マネして変なこと言わないでください...」

 部屋に備え付けられたクローゼットの隙間、そこから学園長の全く似ていない声マネが聞こえてきたのだ。しばらく黙って聞いていれば変な事ばかり言いやがって...。

「で、何の用ですか?わざわざあの穴作って俺たちの部屋まで来たのには理由があるんでしょ?」

 俺はヒナを起こさないようにゆっくりとクローゼットまで近づき扉を開けた。その中には俺の予想通り学園長がいた。例の穴からにゅっと上半身だけを出している姿がやけにシュールだ。

「昨日言ったでしょ?ちゃんとした機械を用意して新太君の魔力を測るって」

「だからってこんな夜中に...」

「ま、いいじゃない。どうせすぐに終わるし」

 学園長はにやにやと笑いながら言葉を続ける。

「どうせあのままだと悶々として寝られなかったでしょ?ちょっと頭を冷やすにはもってこいの時間じゃない?」

「覗き見の趣味があるなんて感心しないな」

「覗きなんて失礼な!私はただ生徒がちゃんとしているかを監視してるだけなんだから、決して覗きではないわ」

「はいはい」

 力説する学園長を尻目に俺はあきれたように適当に返事を返した。

「さ、それじゃいきましょうか。この穴に入ってくれる?」

 俺はしぶしぶと学園長が入っていた例の穴に飛び込んだ。

 

 飛び込んだ先で俺が真っ先に感じたのは鼻につく薬品の匂いだった。アルコールやらなんやらが入り混じったどこか嫌じゃない匂いだ。周りを見ると真っ白な壁に真っ白な天井、それに真っ白なベッド...この白い部屋はどうやら保健室のようだ。身体測定でよく使う身長を測るあれとかもおいてあるから確実だ。

「やぁ。キミが新太君だね?待ってたよ」

「学園長、この人は?」

 保健室に備え付けてあった椅子に座っている20前半の女性のことについて俺は尋ねた。

「あぁ、彼女は保健の先生、リリィって名前だ」

「こんにちは...ううん、こんばんは、かな。気軽にリリィ先生って呼んでね」

 やけに眠たそうに話すリリィ先生。その目の下には大きなクマも出来ている、そのせいでかほんわりとして可愛らしい顔が台無しになっていた。髪の毛も綺麗な茶髪だというのに寝癖のせいで台無しだ。

 真っ白な白衣を翻して彼女は立ち上がった。立ち上がったけれどどこか気だるげに姿勢が前かがみになっていた。

「ふわぁ...ねむねむ...さっきまでずっと寝てたんだけどまだ眠たいなぁ...キミは眠たくないのかい?」

「いや...俺は別に...」

「ふわぁ...すごいねぇ」

 妙に間延びして気の抜けた声にどこかテンポが崩される。

「こう見えてもリリィはヴァンパイアなんだよ。ただちょっと眠たがりなんだけどね」

「は!?ヴァンパイア!?」

「そ~だよ~...ふわぁ...」

 この今にも眠ってしまいそうなリリィ先生がヴァンパイア...!?...ってヴァンパイアってあれだよな、人の血を吸ったりする...

「あれぇ?新太君ちょっとビビってる?」

「い、いや...そんなことは...」

 ふらふらとした足取りで彼女は俺に近づいてくる。そして俺の前まで来るとぎゅっと肩を掴んだ。彼女の腕はほっそりとしていて今にも折れてしまいそうだというのに力強く俺を掴んで離さなかった。ぺろりと舌なめずりをした瞬間唇の隙間から尖った牙がちらりと見えた。

「大丈夫...血を吸われるのは気持ちいいから...」

「え...?」

 ずいっと顔を近づけてきて耳元でそうささやいた。その声はさっきまでの眠たそうなゆるい声とは違いどこか悪魔のささやきのような妖艶な響きを持っていた。

「私ね...若い男の子の血って大好きなんだ...ちょ~っと吸わせてくれるかな?怖がらなくてもいいよ?採血するみたいにすぐに終わっちゃうから...」

 そのささやきに俺の頭は麻酔で痺れたようになる。本当に血を与えてしまいそうになっている。

「あ、別にタダとは言わないからさ...この保健室の鍵、あげるね。私昼間はずっと眠ってるからいないも同然だよ?」

「鍵なんて...いりません...」

「そうかなぁ?この保健室を自由に使えるようになる鍵、ほんとにいらないの?ここの鍵があったら女の子連れ込み放題だよ?」

「ふぇ...!?」

 明らかに声が上ずったのが自分でもわかった。

「ここの娘たちはね、み~んなシたいヤりたい盛りの娘たちだよ?君がすこ~し男を見せただけでキュンキュンって発情しちゃうお年頃だと思うよ?そんな娘たちとベッドもカーテンも用意されてる保健室であ~ん、なこと、シたくなぁい?」

「こら、健全な男子生徒を誘惑するな」

 リリィ先生の頭にチョップを食らわせる学園長。

「いたっ...もう...冗談だってばぁ...」

 冗談に聞こえなかったのは俺だけだろうか...?まださっきの悪魔みたいなささやきが脳内をループしていた。

「あ、さっきの事、もし血をくれるっていうなら叶えてあげるよ?」

 ぼそりと耳元でそう言った彼女は楽しそうにまた席へと座った。俺の頬は自分でもわかるくらいに紅潮していた。

「で、エリー、何の用なの?私もうちょっと寝てたいんだけど...」

「ごめんね、けどこっちも大事な用事でね。この子の身体を調べて欲しいの」

「新太君の身体を?」

 リリィ先生の瞳が鋭くきらりと光るのを俺は見逃さなかった。あの植えた獣みたいな瞳にぶるっと身震いがした。

「どうにも彼は魔法が使えないみたいなんだ。魔力は十分身体にたまっているというのに...」

「ふんふん...確か新太君って使い魔だったよね。ちょっと待っててね、すぐに検査の用意するからね」

 バタバタと慌ただしく用意をしているリリィ先生を横目に俺は学園長に気になっていたことをきいてみた。

「あの...俺が魔法を使えないのって、俺が男だから、とかじゃないんですか?」

「いいや、使い魔の魔法には性別なんて関係ない」

「そうなんですか?」

「あぁ、使い魔が魔法を使えるのは主人である魔法少女の魔力回路を植えつけられるからだ。ほら、腕に浮き出た契約の証さ。それは魔法少女の魔力回路をそのまま写し取ったものなんだよ」

「じゃあ魔法を使えるのは、このおかげだ、と」

 俺は自分の腕、契約の証が浮き出たところをぎゅっと握った。

「まぁそれもあんまりはっきりしていないんだけどね。魔法っていうのは解明されていないことが多いのさ」

 じゃあこの人たちは常に得体のしれないモノを平気で使っているっていうことなのか?俺たちの世界の常識だと考えられないことだな...。何かわからないモノはしっかりと調べて解明されるまでは世に出回らない、それが科学が歩んできた道なのだ。

「例えば、この前言ってたなぜ女の子だけが魔法を使えるかっていう話、覚えてるか?」

「えぇ...学園長は魔法が使えるのは恋をしたからって言ってましたよね」

「あぁ、だけどあの説にはもう一つあってね。男の子にはなくて女の子にあるモノが原因だっていう説。キミはそのあるモノが何かわかるかな?」

 男の子にはなくて、女の子にあるもの...?俺は脳内で男女の身体をイメージして差異を図る。

「...おっぱい、とか?」

「新太君はエロガキだねぇ」

「え、エロガキって...」

 てか俺ガキっていう歳じゃないんだけどな...。

「でもおっぱいなら男の子にもあるでしょ?女の子のおっぱいが膨らむのは女性ホルモンの仕業。男の子にもちょっとおっぱいが膨らんでる子とかいるんじゃない?」

 まぁいないとは言い切れないかもしれないな...。

「答えはね、子宮だよ。子宮に魔法を使える秘密があるって」

「なるほど...」

「魔法少女が生んだ娘は必ず魔法を使える、つまり魔法を受け継いでるっていうことからこの理論は生まれたんだけど...まぁけどそれもヒナの登場で完全に破綻してしまった説だけどね」

 そう言って学園長はおかしそうに笑った。

「これで魔法少女の恋説を笑った奴らを見返せるわけよ。早くあの堅物頭たちの吠え面が見たいわぁ」

 笑いが抑えられないのかひぃひぃと呼吸困難のように陥ってしまっていた。

「一泡吹かせてやるっていうのはいいが...俺のヒナが嫌な目にあうのだけは許さないからな」

「あはは、弟...いや、今は妹か。妹思いのいいお兄ちゃんだな。こんなに優しいお兄ちゃんを持ってヒナも幸せ者だな」

「別に普通の事なんじゃないか?」

 ヒナのことを思いやるのも守ってあげるのも兄としては普通の事じゃないか。何を特別な事みたいにこの人は言っているのかわからない。

「そうかな?世間の兄弟はそこまで仲がいいとは思えないんだけどな」

「そ、そうなのか...!?」

「あぁ、キミたちが、いや、キミが相当なブラコン、と考える方がいいかな?」

 ブラコンはヒナのほうが重傷じゃないのか、と思う。けど別にブラコンで悪い気はしない、ブラコン上等だぜ。

「新太君、用意が出来たからこっちに来て」

「あ、は~い」

 学園長との話に一区切りがついたところでリリィ先生から声がかかる。カーテンに仕切られた部屋の奥に俺は足を踏み入れた。

「それじゃそこのベッドに寝転んでくれるかな?仰向けにね。それでゆっくり深呼吸して気分を落ち着かせるんだ」

 俺はゆっくりと深呼吸を繰り返した。その間リリィ先生は俺の身体の上に手を置いて何かぶつぶつと呟いている。途端その手が淡い光に包まれる。

「なんですか、それは?」

「これはね身体の様子を調べる魔法だ。体の中、要するに内臓とか骨格の様子を調べてるんだよ...はい、終わったよ。次はこっちの機械を使うからね」

 ...で、そのあと数個の検診を終えて俺はようやく解放された。

「これで検査は終わり。お茶でも飲んでリラックスしてね。あ、そうそう、もし気分が悪くなったとか身体が思うように動かなくなったと思ったらすぐに私の所に来てね。たまに検査で使った魔法とかお薬に反応しちゃう子がいるからさ」

 俺はこくりと頷いて差し出されたお茶を飲んだ。少し渇いていた喉が潤うのが実感される。

「検査結果が出るのはもう少し先になると思うから待っててね...ふわぁ...ねぇ...もう寝てもいい?さっきからもうフラフラなんだよねぇ...」

 大きな欠伸をしてぐらぐらと頭が不安定に動くリリィ先生。その様子は危なっかしくて見ていられなかった。

「あぁ、ありがとねリリィ。それじゃ新太君、帰ろうか?君ももう眠いでしょ?」

「あぁ...確かに俺も眠いし...」

 俺も視界がフラフラとしてきてもう限界が近かった。家に帰った俺はヒナと一緒の布団で心地よい眠りについた...。

 

―幕間の物語2―


「そういえばさ、あんたと同じ世界から男の子が来たって話、知ってる?」

 時刻は同日の夕刻まで遡る。夕日に照らされた街頭に二人の少女がゆっくりとした足取りで歩いている。一人はどこにでもいそうな普通の女の子、これといった特徴はない女の子だ。

「あ、その話なら聞いたよ。確か使い魔になったって男の子...でもどうせ知らない子だよ」

 もう一人はきっちりと制服を着こなした黒髪のメガネの子だ。雰囲気からして優等生な感じがただよっている。しかしそれは雰囲気だけではなかった。彼女は本当に優等生なのだ、このクロノス魔法学校で歴代を争うほどの。

「そうかもしれないけどさぁ...そこはもうちょっと夢を見たら?」

「例えば?」

「う~ん...あ!前に話してくれた幼なじみの男の子だった、っていうのならどう?」

「え~?絶対ありえないよぉ」

「ちぇっ...ゆかりが大好きになったその男の子、すっごく見たかったのになぁ」

「し、シン君はただの幼なじみ!好きとかそんなこと...」

 ゆかりと呼ばれたメガネの少女は夕暮れのオレンジに負けないほど顔を赤く染めた。

「でも...もしシン君だったら...」

 彼女は昔離れ離れになった幼なじみの男の子のことを思い出す。少し引っ込み思案だった彼女を外の世界に連れて行ってくれた、まるで王子様みたいな男の子を...。

 


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