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シマの冬のある日

作者: 坂井明仁

 ここは大きな森の中。季節は冬。森に生える木々は葉を枯らし、新しい春への準備をしています。地面には真っ白な雪が積もり、白銀の世界がどこまでも広がっているのが見えます。雪は今も振り続き、動物たちが歩く新しい足跡を消していきます。

「ねぇお母さん。冬はいつ終わるの?」

 森の中にそびえ立つ、背の高い木の真ん中辺りにある樹洞から、ひょっこりと生き物が顔を出しました。その生き物の正体はリス。掌に収まるほどの小さなリスでした。

「それはお母さんにも分からないわ、シマ」

 樹洞の中からお母さんリスの声がします。お母さんリスは樹洞の奥で枯れ枝や葉にくるまって、眠たそうにあくびをしています。

「む~、冬は退屈だよお父さん」

 シマと呼ばれたリスは外に出していた顔を引っ込めて、お母さんリスの隣で木の実をかじっているお父さんリスに向かって愚痴をこぼしました。

「それも仕方がないことだ。季節とは楽しい時もあれば、辛くつまらない時もあるのが摂理なのさ」

「難しくてよく分からな~い」

「ははっ、いずれシマにも分かる時がくるさ」

 シマの退屈だという言葉を無視するように、雪はシンシンと降り続けています。

「ほらシマ。ご飯でも食べて気を紛らわせよ」

「ご飯も毎日同じでつまらない~」

 シマは駄々をこねました。それも仕方のない事でしょう。毎日毎日同じ食べ物を食べているのですから。

 秋の間に巣に蓄えた食べ物は、冬の間でも食べられる保存のきく食べ物ばかり。食べ物が実らない冬の季節の間を秋に集めた食べ物で過ごすのですから、必然的にそうなってしまうのです。

 そんな毎日の同じご飯にシマは飽き飽きしていました。

「もっと美味しいものが食べたい~!」

 シマのその言葉にお母さんが声を上げて怒りました。

「冬の間は我慢なさい! 春まで待てば美味しいものが食べられるようになるから。待つことも大切なことなのよ」

 お母さんリスはシマに説教を言い切ると、再び身体を縮こまらせて眠りにつきました。

「……そういうことだ。春まで待てば美味しい物も食べられる。それまでの辛抱だな。ほら、一緒に寝よう」

 お父さんリスは苦笑しながら、シマに近くに来るよう手招きをします。シマはしぶしぶそれに従い、お父さんリスの隣で身体を丸くしました。でもシマは寝るつもりはありませんでした。ある作戦を考えていたのです。


「よいしょっと」

 家族揃って昼寝を始めてから一時間の後。シマは一人こっそりと巣穴を抜け出し、今だ雪が降り積もる真っ白な地面へと飛び降りました。シマは毎日の同じご飯に飽きたので、美味しいものを自分で見つけ出してお父さんたちを驚かそうと企んでいたのです。勿論お父さんお母さんには内緒です。

「ふ~んだ。僕一人で美味しいものを見つけてびっくりさせてやるんだ」

 自分の巣穴を見上げるシマはやる気満々でした。美味しい食べ物に囲まれてお父さんお母さんに褒められている自分の姿が、シマの頭の中では浮かんでいます。シマはムフフと笑みをこぼして気合を入れました。

「よ~し、絶対に見つけてやるぞぉっ!」


 それからシマは降ったばかりのふわふわの雪の上を、ピョコッピョコッと飛び跳ねながら少しずつ前進して行きました。ふわふわの雪の上では、まともに走ることが出来なかったからです。

「ふう、ふう。雪の上を行くのって大変だなぁ」

 それでもシマは諦めません。いつも説教ばかりでうるさい両親を見返すために、自分がどれだけすごいかを見せたかったからです。更には、いつもとは違う美味しいご飯を食べたいという理由もあるからです。

 そうして飛び跳ねながら進むこと数十分。

「あっ! やっと森を出たぞ!」

 初めて見る森の外の世界。それだけでシマはとても興奮しました。外の世界には、人間が住む大きな家や農作業をする場所である田畑が見えます。家の数はそこまで多くなく、山の中に存在する小さな村落といった感じでした。

「人間には見つからないようにしなくちゃ」

 お母さんの説教は嫌でも、その中で聞かされた人間の怖さだけは忘れることが出来ません。何をしてくるか分からない大きな存在。人間はシマにとって、いや、リスたちにとって恐怖の塊でした。

 シマは人間に見つからないよう神経を集中させ、慎重に歩を進めました。すると見えてきたのは大きなビニールハウス。半透明なビニールで植物を覆い、気温を維持して育てる農業用の小屋が見えてきました。

「うわぁ~、大きいなぁ~」

 シマは初めて見るビニールハウスに興味津々です。それに何やら甘い香りもビニールハウスの中から漂ってきています。その匂いにつられてビニールハウスに近づくと――

「こんにちは、坊や」

 突然、シマの後ろからしゃがれた声が聞こえました。手足の無いなが~い胴体に、全身を鱗で覆われたヘビさんでした。シマはヘビという生き物を今までに見たことがなかったので、優しそうなその声に、素直に返事してしまいました。

「こんにちはおばさん。おばさんは誰なの?」

「私の名前はシム。シムおばさんとでも呼んでくださいね」

 ヘビのシムおばさんはシマに優しく語りかけました。それは知識無き、幼いリスの子を騙す作戦でもあったのです。そのため、シマはシムおばさんのその優しい声にすっかり騙されてしまいました。

「シムおばさん。この大きな家の中には何があるの? いい匂いがするんだけど」

 シマは目の前のビニールハウスを見上げてシムおばさんに訊きました。

「このビニールハウスの中にはね、あま~いイチゴが実っているんだよ」

「イチゴ?」

 シマは聞いたことのない食べ物の名に首を傾げます。

「そう、イチゴという食べ物よ。赤くて、小さな種が周りに付いていて、とっても甘いの。坊やの顔より大きいイチゴも多いのよ」

「うわぁ~、おいしそ~」

 シマは想像しただけで涎が出てしまいました。

「こっちよ、坊や」

 シムおばさんはシマをビニールハウスの中へと案内します。シマは素直に付いて行きます。シムおばさんが何を考えているのかも知らずに。

「すご~い。赤い実がいっぱいある~。あれ全部がイチゴ?」

「えぇそうよ」

 シムおばさんは長い舌をシュルシュルと出し入れしながら笑みを作っています。それは悪いことを考えている怖い笑みでした。しかし、シマはそれに気づきません。目の前に広がるイチゴの量に圧倒され、感動していたからです。目をキラキラさせながらイチゴを見つめているシマの後ろで、シムおばさんがゆっくりと口を大きく開け始めました。その口の大きさは、シマをぺろりと一口で丸呑みできるほどの大きさです。シムおばさんはゆっくりとシマに近付きます。少しの音もたてずにゆっくりと。二人の距離はどんどん縮まっていきます。シムおばさんが油断しきっているシマに飛びつこうとしたその瞬間――

「くぉらぁ――っ! それはお前たちの食べ物じゃねえ!!」

 冷たい風とともに怒声が響き渡りました。それは人間の声。天敵の声でした。

 怒声がした時にはすでにシムおばさんの姿はありませんでした。その逃げ足の早さはウサギ級だったのです。

 完全にその場から逃げ遅れたシマは身体を硬直させていました。恐怖からその場を動けなくなってしまったのもありますが、両親の教えを思い出したからです。「天敵に出会ってしまった時は死んだふりをしなさい。身動きせずに固まっていれば、いずれ天敵はその場を去って行くわ」、と。シマは両親の言うとおりにしました。そして、後悔もしていました。お父さんお母さんの言うことを聞いていれば、命の危険な状況に陥らなくて済んだのに。お父さんお母さんの説教は正しかったのです。シマは泣きそうになる気持ちをグッと堪え、もし生きて帰れたら、お父さんお母さんのいうことはちゃんと守ろうと決意しました。

 その前にまずこの窮地を乗り越えなくてはいけません。シマは我慢比べをするかのように、身体を少しも動かさず、じっと人間が立ち去るその時を待ちました。しかし、人間は一向に立ち去る様子がありません。しかも、人間はシマへと近付いて来たではありませんか。もう駄目だと覚悟したその時、シマの尻尾に冷たくて大きい何かが挟まれました。

「ほれ、一個やるからもうこんなところに来るな。それと、ヘビに付いて行っちゃ駄目だぞ。お前たちリスを食べちゃう危険な生き物だからな」

 そう言って人間はビニールハウスを出て行きました。その瞬間を逃さず、シマはイチゴを尻尾で抱えたまま全速力でその場を後にしました。自分が通ってきた道を懸命に走り、森に辿り着いた時――

「シマ!」

「お父さん! お母さん!」

 森の入り口にシマのお父さんリスとお母さんリスがいたのです。

「バカッ! お父さんとお母さんがどれだけ心配したと思ってるのよ! シマがいなくなったらお母さんたち生きていけないじゃない!」

「ごめんなさいごめんなさい」

 シマは必死に謝り続けました。自身が危険な目にあっていたことは分かっていました。シマがお父さんお母さんの言いつけを守らなかったから危険な目にあったのです。

「でもほら、お母さん。イチゴっていう甘い食べ物取ってきたよ」

「まったくもう。それはすごいことだけど、今後一切森から出てはダメよ」

 危ないことをしたのだからそれは当然の処置でした。

「それとね、お母さん。人間は意外と優しいのかも。このイチゴをくれたのも人間だったし。ヘビさんが危険だってのも教えてくれたし」

 お父さんリスとお母さんリスは顔を見合わせました。怖いと教わってきた人間が実は優しい。不思議な感覚に陥ったお父さんリスとお母さんリスでした。

 それから三人は仲良く自宅である巣穴へと戻り、イチゴを食べました。そのイチゴは本当にほっぺたが落ちてしまいそうになるほど甘くて美味しいものでした。シマはまた食べたいと思いましたが、命を賭けることまでは出来ないと諦めました。おとなしく春がくるのを待つことにしたのです。それからのシマはお父さんリスとお母さんリスのいうことをきちんと守り、我慢することの大切さを覚えました。


 そして春がやってきます。

「雪がなくなったよ! 美味しいものが食べられる季節が来たね!」

「ふふ、シマは食欲には勝てないのね」

「お父さんもお腹減ったぞ~」

 シマたち三人家族は、毎日を仲良く幸せに暮らしましたとさ。


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