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わたしを倒す旅の六歩。

立ち寄った村で困っていることがあれば助けてあげるのもユウシャの役目なんだって。

めんどくさーい。


わたし達は盗賊退治しなくちゃいけないの。

貧しい村で村長に泣きつかれたから。



旅で立ち寄った村は、貧しいながらも村民が自給自足で暮らしていけるだけの畑や水があったの。

お金はないから村の外から物を買うことには苦労するけど、生きていく分には十分整っている。そんな森に囲まれた小さな集落。


そんな村に盗賊一派がやってきたんだって。

生活するには十分だし、辺鄙な土地に取り締まりに来る奴なんていないから、この村はすごく彼らにとって都合が良い土地だったみたい。


それからは搾取される生活が続いているらしいの。

育てた作物や周辺から採った果物は持って行かれて村民が食べる分が無くなって飢えているって。


助けを求めようにも、盗賊を退治できる騎士が駐屯している町は遠く、そんなお金は村にはない。

近くの村はやはり農民ばかりで、とても盗賊相手に戦うことなどできない。


そんな助けのない中で、とうとう盗賊達は村人から家すらも取り上げようとしてたんだって。


盗賊達が村人に出した選択肢は二つ。

盗賊に抗い殺されてしまうか、盗賊のために生きるか。


盗賊達は自分で働きたくないから奴隷として村民を生かして生活しようとしているみたいなの。

そしてもしも抵抗すれば即刻殺される。


どうしようか決めかねている時に、ちょうどよくやって来てしまったのがわたし達。

タイミング悪かったよねー。


天の采配とばかりにユウシャに泣きついて、盗賊を退治して欲しいと言われたの。


頼まれたからにはやらないといけない。

当然、わたしも手伝わないといけない。

すごいやだー。


やだけど、わたし達はもう行動を始めてしまってる。

リナに手を引かれるまま、流されてたらあれよあれよと言う間に盗賊のアジトへ連れて行かれた。急を要することだから、迅速に対応するってリナとタイチョーが話し合ってたよ。


少し向こうでは盗賊のアジトという名の、洞窟。

昔雨宿りに使った洞窟よりも小さいし、奥行きもほとんどないように見える。柔らかそうな土の壁がそり立ってる場所だし、雨を凌ぐために彼らが自分で掘ったのかもしれない。

そんなちゃっちぃ洞窟の周りには下手くそな小屋もどき。


そこで下衆な笑みで面白そうに談笑している男たち。どいつもこいつも薄汚い格好をしている。

うわ、ばっちぃ。


「いいか、これから盗賊を殲滅するための作戦を言うぞ」


森の中で身を潜めているわたし達に、タイチョーが声を抑えながら指揮をとる。


「討ち漏らしのないように周囲から挟み撃ちにする。儂とカーリナは左手から、アルは右手から、フランクとラヒーはアジトの正面であるこの場から、一斉に殲滅を開始するぞ。何か意見等はあるか?」


タイチョーが、みんなの目を見据える。

なんだか、空気が張り詰めてて面白くないなー。もっと楽しそうにすればいいのに。


「では、今から3分後に作戦を開始する。以上、散れ」


その合図でフランク以外がこの場を走り去る。

作戦を考えるなんて人間って面倒臭いことするんだなぁ。大変そー。


他人事のように、って実際わたしは人間じゃないから間違ってないけど、見てると、フランクが小声でわたしの名前を呼んだ。


「ラヒー。君は戦うことに異常なまでに魅入られている。これは以前言ったことがあるよね?」


戦いの前だっていうのに真剣な表情で、辛気臭いフランクに対して頷く。

崖の下でそんな事を言われた気がするの。


「その時、俺は君が魔物相手の戦いだからなのだと思っていた。でも、今の君は魔物の変わらず戦いを望んでいるように見える。もしかして、これまでに人の命を奪ったことはあるのかい?」


睨む一歩手前くらいの目力を発するフランクだけど、まだまだ弱いね。それじゃ、わたしは全然怖くないもん。

でもまぁ、隠すことじゃないし。いいかなー、正直に答えても。


「ないよ。でも皆みんな、すぐ死んじゃうんだよ。あるのは死体だけなんだもん」


そして、魔族領に落ちてた死体(ユウシャ)はわたしのご飯になってたんだよ。

生きていたのは王都に来てから初めて見た……あ、違う。

王都に来る前のお勉強で行った村が初めてだった。記憶を貰うために行ったんだよね。あの時、人間が死んじゃったけど殺したことになるのかな?あれは記憶を貰うためで、殺すためじゃないのに。弱すぎて死んじゃったのはわたしのせいじゃないと思うんだよね。


「そう、か。死に慣れすぎたのか。でもね、死んでしまった者と、自分が殺した者とでは違う。ラヒー、君には人を殺す覚悟はあるかい?」


む。なんかフランクの話は難しくって分からない。

覚悟?覚悟って何の?


質問の意味が分からなくって言葉に詰まってると、フランクが優しく微笑んだ。


「うん、難しいよね。いいんだ、まだそんな覚悟はしなくて。今回は、俺の後ろにいるといい。君みたいに若いうちに殺すことに慣れる必要はない」


頭をポンポンとされるけど、正直訳が分からない。

何、勝手に納得してるの?それにどうして獲物を独り占めしようとするのかな。前も独占しようとしたよね、コイツ。


「さぁ、開始時刻になる。でも無理に力むことはないからね。行くよ」


フランクが森から駆け出す。

同時にリナの魔法が炸裂し、タイチョーやユウシャも飛び出して近くにいた盗賊を切り捨てる。


みんなズルい!わたしだけ置いていかれたよ!


わたしも負けじと追いかける。

よーし、わたしだって人間をたくさん殺すの。人間が使ってもおかしくない程度の魔法を詠唱すーー


「ラヒー!援護を頼む。適当な魔法で盗賊を纏めて足止めしてくれ」


ーーるところで、騎士が邪魔をした。

なんなの!今日の騎士はうっかり殺しちゃいそうになるくらい嫌な奴だよ。


不満だし、全然納得いかないけど、言われたからにはやってあげる。わたしって優しい。

人間は頼られたら、出来る限りで応えてあげるらしいものみたいだし。本当意味の分からない種族だよね。魔族は基本的に自分のためにしか動かないもの。


「土よ、捕えよ」


盗賊達の足元の土が彼等の膝あたりまで盛り上がる。突然地面が自らの足を囲み、膝までを固定したのだ。動けないだろう。


対応しきれなかった盗賊は、そのまま動けなくなり、フランクやタイチョーに切られる的となる。

数人の勘の良い奴は魔法で捕らえられなかった。ぬ、悔しい。


「魔法使いがいるぞ!優先的に狙え」

(カシラ)が戻ってくるまで持ち堪えろ!戻ってきたら、こんな奴ら皆殺しにしてくれるはずだ」


緩んでいた顔を引き締めて、それぞれの武器を手にした盗賊達が、雄叫びをあげながら向かってくる。

フランクやタイチョーは危なげなくそれを捌いている。あと、なんかムカつくけどその二人よりもユウシャの方が余裕を持って対処してる。前衛組に危険はなさそうだし、後衛のリナやわたしは足止めの魔法を使ってそれをアシストしているの。

それでも、敵の数が多い。終わらない。


まるで大きな生物相手に、小動物が大勢でウジャウジャ挑んでいるみたいだ。


小動物は確実に数を減らしていく。それでも、大きな動物に小さな手傷は与えられている。

それでも挑むことを止めない愚かな小さき生き物達は、この場に轟いた一つの声を聞き

皆一様に表情を変えたの。



それが現れたのはリナの後ろからだった。


「ギャオオオォォ!」

「きゃーっ!」


大きな体。それに吹き飛ばされたリナが近くのあった木に打ち付けられる。そのままぐったりと地面に力なく横たわった。

吹き飛ばした側を向けば、所々見える骨や筋肉。削げ落ちた肉がかろうじで胴体にぶら下がった状態。どこかで見たことのある特徴。

それでも感じてしまう不気味な違和感の塊。


「カーリナ!」

「なんだ、これは……」


リナの名を叫んだのは、彼女に一番遠かったユウシャだった。そして、同時に呆気にとられたようにつぶやいたのがタイチョー。


でも、タイチョーが驚くのも無理ないと思うの。だって、これには流石のわたしもちょっと驚いているもん。

数多の魔族や魔物を食べたわたしでも見たことのない獣。 味わったことのない、おやつ。


(カシラ)の魔物だ!」

(カシラ)が戻ってきたぞ」


ざわめく、小動物。勢いづき、瞳に希望が宿るのが分かった。

リナが抜けたせいで、足止めが追いつかない。弱っちい魔法だけじゃ、対処しきれないの。わたしの能力が使えたならこんなことにはならないのに。


人間を前足の横薙ぎで払い飛ばせる大きさの魔物が近くにいたタイチョーに、前足を振り下ろす。

タイチョーは、魔物の足を剣で受け止めたけど体の芯がブレる。力負けしてるみたい。


「今のうちだ!(カシラ)の魔物に続け」


一対一で魔物の力比べをしているから動くことのできないタイチョー目掛けて、周囲の盗賊が襲いかかる。

それを横からフランクが斬り捨てる。強さはフランクが勝っている。でも、賊の数が多いの。

タイチョーまで行かせないようにフランクが必死で食い止めている。今はなんとかなっているけど、長くは続かないだろう。だってフランクは人間だもの。人間は疲労が溜まる生き物だから。


面白そう。心の底からそう思うの。

勝つか負けるか、絶妙なバランスの上での戦いなんて、もう久しくやっていない。みんな弱っちいんだもん。


タイチョーは未知の魔物と戯れてるし。

フランツは、勝つか負けるか、楽しく戦ってるし。


何より。一番愉快な状況なのは、タイチョーの加勢をしようと動いてるユウシャだ。


近くにいる盗賊を、簡単になぎ倒して、タイチョーのもとへ急いでいる。


そして、その焦りは。

決定的な隙なの。


わたしはユウシャの方へ、短く魔法の詠唱をする。


「風よ、切り裂け」


風の刃は、真っ直ぐユウシャに向かって。


彼の背後にあった気配に当たった。


瞬間。

何もないように見えていた空間から、大柄な筋肉ダルマのような男が生まれた。

ユウシャに振りかぶるように斧を構えた男の胴体はそのままゆっくり崩れ落ちる。ちゃんと急所を狙ったから、もう生きてはいないの。


ユウシャは急に現れた大男に驚いて振り返った。

同じようにユウシャの近くにいた盗賊の一人が、目を丸くしている。その顔は、信じられないものを見たように驚愕を示している。


(カシラ)?!」

「嘘だろ。(カシラ)は腕のいい魔法使いなんだぞ!」


わたしは許せない。

だって、どうしてユウシャが一番愉快な状況なの?


許せないから、壊してあげたの。

わたしだって命が危うい危機的(・・・)素敵な(・・・)状況になんて片手で数えるくらいしか経験したことないのに!


人の目に見えないように姿を消しても、わたしの目にはちゃんと見える。

誰かの能力のおかげで、恒常的によく見えてしまう視力があるからね。わたしに見えないものはないんだよ。人間にしては見えすぎるけど、これは能力をオフにできないから仕方ないよね。


一瞬、ユウシャがわたし一瞥したような気がしたけど、そのまま再び盗賊達に向き合った。

カシラって奴が死んだからか、盗賊達全体の士気が急速に萎んでいく。だからこれまで以上にアッサリとユウシャもフランクも剣を振るっている。


結構すぐに盗賊達は地に伏したの。


この場に残っている生者は大きな獣と、ユウシャ、フランク、タイチョーとわたしだけ。

あ、リナも辛うじで生きてるか。


「代わります。ゼルマン隊長は下がってください」


なんとかその場に押しとどめていたタイチョーは、ボロボロだった。何度も降ってくる攻撃を完全に受け止めきれなかったみたいで、数回掠ったみたい。少し血が流れている。

タイチョーと入れ替わるように前に出たフランクとユウシャ。二人が剣を構える。


「……これは腐狸なのか?」

「腐狸なら、この距離でも臭いがしないのは不自然だ」


魔物を見上げたフランクが呟き、ユウシャが答える。


多分違うものだとわたしも思うんだ。ユウシャと意見が合うなんて最悪だけど。


腐狸なら、こんなに大きくならない。それにアイツらって群れるんだもん。

一匹だけで、しかもこの大きさってことは違う生き物なんだと思うの。

でも、こんな大きさだと噂くらい聞いていてもおかしくないのに、聞いたこともないんだよね。食べた記憶もないし。


こいつは何なんだろう。

どうしてこんなに腐狸の特徴と一致する所が多いんだろう?

あと、どんな味がするのかなぁ?食べてみたいなぁ。


「一気にカタをつける」

「了解。なら俺がヤツの注意を引く。行くよ!」


フランクが加速しながら獣の前に立ち塞がる。


素早く身を翻しながら、獣の視界の中を廻る、踊る。鬱陶しそうに獣が振るう前脚を、剣でいなしながら動きはさらに速くなる。

剣の残像が加速を止めず、体は見るたびに位置を変え舞う。


「わぁ」


目が覚める思いがしたの。思わず唇を舐める。

今まで、わたしは人間をちょっと侮ってたよ。


か弱い種族。

美味しくない種族。

何も出来ない小さな命。


わたしの横で膝をつきながら、同じ光景を目にしていたタイチョーが教えてくれる。


「初めて見ると驚くだろう。フランクは本来、速度を武器にする騎士だからな。儂には及ばないが、それなりに力もあるから敵にとってはやりづらかろう」


獣の脚に剣の跡が増える。血が噴き出し、周囲を赤く染めだした。


その時、不意にフランクが獣の前から退いたの。


横のタイチョーの声が、わたしの耳にスッと入った。


「そして、あれが勇者(アル)だ」


フランクばかりに目がいっていたけど、ユウシャを見て、視線が釘付けになった。


普段振るっている剣は不思議な黒い靄に覆われ、不穏な空気を周りに散らす。剣を中心に靄は密度が上がり、別次元の奈落の底を思わせる。

背中に駆け巡るゾクゾクした感覚が、ユウシャから目を離させてはくれないの。


「はあぁぁあ!」


ユウシャの声が、耳に貼りついた。いつまでもその声が続いているような錯覚に陥る。


一閃。

腐狸もどきの大きな獣に、斬りかかった剣が生き物のように獣を襲う。


わたしが今まで持っていた人間のイメージが消えてゆく。


あの獣の体が、傷跡から無傷だった胴体へ、黒い粒子が纏わり付いて漆黒の塊に姿を変えていく。


苦しむ獣の鳴き声が、わたしをウットリさせるの。

なんて、なんて面白そうなんだろう、って。

なんて、面白いんだろう。人間って。


ユウシャが腕を横に振ると、黒い塊は霧散した。残ったのは地に落ちた、血だらけの獣の亡骸だけ。


「あれが歴代最強とも囁かれるアルの力だ」


荒い息遣いしか聞こえなくなったこの場に、タイチョーの声が小さく響いた。

でも、そんなのに構ってられない。わたしはそれどころじゃなかったんだもん。


わたしはわたしの体を抱きかかえたの。こうしてないと、このまま戦いを挑んでしまいそうだったから。

わたしの遊びは、まだ終わらせられない。終わりたくない理由ができたの。

小刻みに震えるわたしの体が、ゾクゾクとした興奮を示している。口角が上がったまま戻らない顔を見られないように、わたしは俯いた。


「戻ろうか」


いつの間にかわたしの横にいたフランクが、わたしの頭を撫でながら、みんなに声をかけた。


「カーリナとゼルマン隊長の傷の手当てもしないといけないしね」


ユウシャが気を失ったままのリナを抱えて歩き出す。フランクとタイチョーも後に続くように足を踏み出した。


彼らの後ろ姿を見送り、思うの。

ーー人間のこと……


ちょっと足を止めたユウシャが、わたしを振り返って怒鳴る。


「おい、ガキ。とっとと来い!」


凄惨な笑みを隠して、わたしも後を追いかける。


ーーもっと知りたくなっちゃった。



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